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17:朧げな記憶
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『シルティア、この世で一番強い魔術は何だと思う?』
頭の中に、優しげな女性の声が響く。
女性にしてはやや低いが、決して男性的でもない。耳馴染みがよく、その声を聞いているだけでうとうとと微睡んでしまう。
眠たい瞼を必死に持ち上げながら、彼女の質問に分からないと返事をする。
そうすると彼女はくすくすと笑い、俺の頭を優しく撫でた。
『一番強い魔術はね、』
そこから先の言葉が、聞こえない。
彼女の口元は動いているのに、声は出ていない。彼女の顔も、靄が掛かっているように霞んでいる。
一体この人は誰なんだろう?俺は、知ってる筈なのに覚えていない。記憶が曖昧で、思い出せない。
彼女の唇が、俺の額に触れる。おやすみ、その声を聞いた後俺は深い眠りへと落ちていった。
「っは…はぁ、なんだ、今の」
勢いよく飛び起きる。窓の外はまだ仄暗くて、夜明け前だと簡単にわかった。
何だろう、今の夢は。ぼんやりとしか覚えていないが、俺は誰か知らない女性に寝かしつけられていた。
恐らく2、3歳頃の記憶だろう。夢の中の俺の手はふくふくとして柔らかそうだった。
一体彼女は、誰なんだろうか。義母でもない、知らない女性。
「…いや、知ってる。知ってる筈なんだ…でも、思い出せない」
どうしても、顔と名前が思い出せない。誰なんだろう、彼女は。
屋敷のメイドにしては話し方が気安すぎるし、何処かのご令嬢と一緒に寝ているわけが無い。
それに俺がいた部屋の内装は、ワングレイ侯爵家の部屋とも違う気がする。そもそも、あそこは見知った侯爵邸ではない?
…分からない、何もかも。思い出そうとすると頭が痛む。
まるで、身体が思い出す事を拒んでいるようだ。俺が記憶の蓋を開けようとするのを、本能がそうさせまいと引き止める。
俺は一体、何を忘れてしまったんだろう。
「…ははうえ、」
指に嵌めたままの指輪に触れる。父から母は産後の肥立が悪くて死んだと聞かされたけど、それは本当に事実なのだろうか?
夢に出てきた女性こそ、俺の母なのではないだろうか。
何らかの理由で、記憶を消された?それとも、俺が自分を守る為に忘れているか。
「考えても、分からないな。もう少しだけ寝よう…」
独り言を呟き、再びベッドへと潜り込む。
すると直ぐに眠気が襲ってきて、うとうと微睡み始めた。シーツから漂って来る石鹸の匂いで心が落ち着く。
ヴィンスも今頃、夢の中だろうか?それとも早起きして、剣の鍛錬でもしているのだろうか。
今日もまた、俺の事を迎えに来てくれるかな。エスコートして、嬉しそうに笑ってくれるかな。
…覚悟を決めて、誓いの返事をしてしまおうか。
いや、まだ駄目だ。ヴィンスを危険な目に合わせたくない。
そんな事をつらつら考えている内に、瞼が開かなくなってきた。思考もままならず、もうすぐ夢の中に落ちるのが分かる。
どうか今日も、一日平和に過ごせますように。そんなお願い事をして、俺は意識を手放した。
頭の中に、優しげな女性の声が響く。
女性にしてはやや低いが、決して男性的でもない。耳馴染みがよく、その声を聞いているだけでうとうとと微睡んでしまう。
眠たい瞼を必死に持ち上げながら、彼女の質問に分からないと返事をする。
そうすると彼女はくすくすと笑い、俺の頭を優しく撫でた。
『一番強い魔術はね、』
そこから先の言葉が、聞こえない。
彼女の口元は動いているのに、声は出ていない。彼女の顔も、靄が掛かっているように霞んでいる。
一体この人は誰なんだろう?俺は、知ってる筈なのに覚えていない。記憶が曖昧で、思い出せない。
彼女の唇が、俺の額に触れる。おやすみ、その声を聞いた後俺は深い眠りへと落ちていった。
「っは…はぁ、なんだ、今の」
勢いよく飛び起きる。窓の外はまだ仄暗くて、夜明け前だと簡単にわかった。
何だろう、今の夢は。ぼんやりとしか覚えていないが、俺は誰か知らない女性に寝かしつけられていた。
恐らく2、3歳頃の記憶だろう。夢の中の俺の手はふくふくとして柔らかそうだった。
一体彼女は、誰なんだろうか。義母でもない、知らない女性。
「…いや、知ってる。知ってる筈なんだ…でも、思い出せない」
どうしても、顔と名前が思い出せない。誰なんだろう、彼女は。
屋敷のメイドにしては話し方が気安すぎるし、何処かのご令嬢と一緒に寝ているわけが無い。
それに俺がいた部屋の内装は、ワングレイ侯爵家の部屋とも違う気がする。そもそも、あそこは見知った侯爵邸ではない?
…分からない、何もかも。思い出そうとすると頭が痛む。
まるで、身体が思い出す事を拒んでいるようだ。俺が記憶の蓋を開けようとするのを、本能がそうさせまいと引き止める。
俺は一体、何を忘れてしまったんだろう。
「…ははうえ、」
指に嵌めたままの指輪に触れる。父から母は産後の肥立が悪くて死んだと聞かされたけど、それは本当に事実なのだろうか?
夢に出てきた女性こそ、俺の母なのではないだろうか。
何らかの理由で、記憶を消された?それとも、俺が自分を守る為に忘れているか。
「考えても、分からないな。もう少しだけ寝よう…」
独り言を呟き、再びベッドへと潜り込む。
すると直ぐに眠気が襲ってきて、うとうと微睡み始めた。シーツから漂って来る石鹸の匂いで心が落ち着く。
ヴィンスも今頃、夢の中だろうか?それとも早起きして、剣の鍛錬でもしているのだろうか。
今日もまた、俺の事を迎えに来てくれるかな。エスコートして、嬉しそうに笑ってくれるかな。
…覚悟を決めて、誓いの返事をしてしまおうか。
いや、まだ駄目だ。ヴィンスを危険な目に合わせたくない。
そんな事をつらつら考えている内に、瞼が開かなくなってきた。思考もままならず、もうすぐ夢の中に落ちるのが分かる。
どうか今日も、一日平和に過ごせますように。そんなお願い事をして、俺は意識を手放した。
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