満月に囚われる。

柴傘

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03:見透かす満月

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東の庭園にテーブルを置き、王弟殿下と向き合って座る。用意された紅茶が良い香りを立てているが、俺も殿下も一言も喋らない。

余りにも気まず過ぎる空間に、俺を含めメイドや護衛の騎士達も気まずそうな顔をしていた。
本当に申し訳ないと思うが、何もきっかけが作れていない。陛下は何故、俺と殿下を二人きりにさせたのだろうか?意図が読めなくて、恐怖すら感じる。

一先ず心を落ち着けようと、カップを取りお茶を飲む。口に入れた瞬間、ふわりと花の香りが広がった。

「…おいしい」

思わずポツリと呟く。このお茶、本当に美味しい…侯爵邸でも色々なお茶を飲んでいたが、此処まで香りの良い物は無かった。

少しだけ心が落ち着いた。そろり、殿下の様子を伺うとばちりと目が合ってしまう。
え、何でそんなに俺のこと見てるんだ?微動だにせず俺を見つめ続ける満月の瞳に、どきりと心臓が跳ねる。さっきから一体なんなんだ、この不整脈は。俺は一体、殿下にどんな感情を抱いているというんだ。

何だかいたたまれなくて、ふいと視線をそらしてしまった。

「貴方は、可愛らしい方なんだな」
「…え、」

予想だにしていなかった殿下の言葉に、間抜けな声が漏れ出てしまう。

え、今なんて?俺が、可愛い?
確かに世間一般的に見れば、俺の顔はかっこいいより可愛いや綺麗といった部類に入るだろう。だが、身長もそこそこあるし、護身で剣を振るうのでそれなりの筋肉もある。アルフォンスのように小柄な子に言うのは分かるが、俺はそれに当てはまらない。

訳が分からなくて混乱していれば、殿下の狼耳がぱたりと揺れた。

「あ、いや、その…すまない、何でもないんだ。ただ、ずっと緊張していたようだったから」
「お気遣い、痛み入ります」
「先程は陛下の前だったから尊大な態度を取ったが、こういう場や授業の時は自然体で居て欲しい。私も、少し緊張しているんだ」

そう言って気まずそうに頭を掻く姿に拍子抜けしてしまう。どうやら、彼も随分と気を張っていたらしい。

なんだ、俺だけじゃなかったのか。そう思ったら、自然と笑みがこぼれ出ていた。
くすくす笑い続けていれば、殿下はふいと顔をそらす。耳はぺたんと下がっていて…これは、拗ねているのだろうか?

表情は余り変わらないが、感情表現は豊かなようだ。確か俺と歳も変わらないらしいし、いい友達になれるかもしれない。

「それじゃあ、お言葉に甘えて…俺のことは、気軽にシルとでも呼んでほしい」
「…あぁ。では、私の事はヴィンスと。これから宜しく、シル」
「うん、宜しく。ちゃんとヴィンスに俺の知識を叩き込むつもりで居るからね」

いつの間にか、彼に対する恐怖心は消えていた。代わりに残った、心の奥底で灯った何か。

この気持ちの正体が分からない。友情だろうか、親愛だろうか?少なくとも悪感情でないのは確かだ。
出会ってまだ数時間のはずなのに、長年連れ添ってきた親友を相手しているみたいだ…ヴィンスは何か、そう思わせる柔らかな気配を持っている。あぁ、此処で上手くやっていけそうだな。

その後暫く、ゆったりとしたお茶会が続いていった。
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