満月に囚われる。

柴傘

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02:王弟殿下との邂逅

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ふかふかと踏み心地の良い深紅のカーペットに膝をつき、頭を垂れる。よい、と顔を上げるように響く声は威厳に満ちていて、耳触りも良かった。

ゆっくりと顔を上げ、玉座を見上げる。そこには艶やかに輝く濃灰の毛並みを持った狼頭の獣人が、圧倒的な存在感を放ちながら座っていた。ぞくり、食われるのではないかと思い背筋が粟立つ。
やはり苦手だ、恐ろしい。だけど今はそんな気持ちを押し殺して、どうにか友好的な表情を取り繕わなければいけない。俺が粗相をすれば、その皺寄せは母国へといってしまう。

自分の恐怖など押し殺せ、現状を受け入れろ。そう暗示をかけながら、俺はゆっくりと口を開いた。

「ルイーゼ国ワングレイ侯爵が長男、シルティア・ワングレイと申します。この度、王弟殿下の魔術の教育係として選ばれた事、至極光栄です」
「此方こそ、快く引き受けてくれて感謝する。何分、今の我が国には魔術を使える者は居れど、誰かに教える程練度の高い者は居なくてな…ヴィンセント、此方へ」
「はい、陛下」

凛とした声が、広い空間にやけに響く。思わず陛下から視線を外し、声の主を見た。

その瞬間、思わずこくりと喉が鳴る。
艶やかな白銀の毛並みは光に反射しきらきらと輝いていた。陛下の毛並みも美しいが、その何倍も煌いて見える。何より満月のような金色の双眸から目が離せない。

ヴィンセントと呼ばれた狼獣人は、俺に対して一礼をした。

「私の名はヴィンセント・ユースチス。今後貴方に魔術の指南を受ける者だ…何卒、宜しく頼む」
「…こちら、こそ。宜しくお願い致します、殿下」

俺の声は、震えてなかっただろうか。ちゃんと、笑みは作れていただろうか?

どくどくと、心臓が嫌な音を立てる。俺の恐怖の象徴である顔立ちなのに、この世の何よりも美しいと感じてしまう。そんな未知の感情が、酷く恐ろしい。俺は一体、どうしてしまったのだろうか。
呼吸するたびに煌く白銀に、目を奪われる。俺を映している二つの満月から目をそらせない。そらしてしまったら、俺は酷く後悔するとすら錯覚してしまう。

アルフォンスを前にした時よりずっと、ずっと胸が高鳴っている。俺はこんなにも、軽薄な人間だっただろうか?

分からない、何もかも。分からない故に、どうでもいいと感じてしまう。この人の前では何も繕える気がしない…直ぐにボロが出てしまいそうで、怖い。
この人に嫌われたくない、見捨てられたくない…愛されたいとすら、思ってしまう。

はっとして直ぐに視線をそらす。不味い、これ以上見ていては粗相を起こす。軽く顔を俯かせると、俺の黒い髪がさらりと顔に落ちてきて表情を隠した。

「…ふむ。これからお互い一緒に過ごす時間が増えることだし、今から茶でも飲んで話してみたらどうだ?」
「陛下が仰るなら、私は構いません…ワングレイ殿はどうですか?」

至極柔らかな声で問い掛けられる。きっと此処で断っても、この兄弟は俺を咎めたりはしないだろう。

でも何故だろう、断ってはいけない気がする。俺の本能が、その提案を受け入れろと騒ぎ出す。
煩いくらいに心臓が早鐘を打っているが、俺は無理矢理笑みを作った後ゆっくりと顔を上げた。あぁ、上手く笑えている気がしない。どうしよう、怖い。

「是非。私も、殿下とお話してみたいと思っておりました」

心情とは正反対の言葉を放った直後、背筋につうと冷や汗が流れ落ちた。
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