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1巻
1-3
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☆
メラニーの部屋は女子寮の二階で、私の隣だ。私の部屋は貴族エリアではなくて、平民エリアにさせた。
だって、せっかくの夢にまで見た全寮制の学園生活なのだ。夜は他の子の部屋で恋の話とか、遅くまで色んな話をしたい。貴族部屋なんかにしたら、お高くとまってそういうことはなかなかできないではないか。
メラニーもそうだとは思わなかったが、まあ、男爵家だと貴族エリアと平民エリアを選ぶ人がそれぞれ半々くらいだと言うし……
ドンドンドンドン!
大きな音をたてて、思いっきりドアを叩く。
「うるさいわね!」
怒ってメラニーがドアを開けた。
「えっ、さようなら!」
しかし、私を見るなりぎょっとして、いきなり扉を閉めようとする。
私はそうはさせまいと、手を扉の隙間に入れた。
扉が私の指をバシッと挟む。
「ぎゃっ」
私は悲鳴を上げてみせた。本当はこんなのじゃびくともしないんだけど……
「えっ、すみません」
慌ててメラニーが扉を開けてくれたので、その隙に強引に部屋の中に入った。
「ちょっと、フランソワーズ様!?」
メラニーは私の突然の暴挙に困惑している。
「メラニー、同じ転生者としてお願いがあるの」
「転生者ってなんですか?」
白々しく聞いてきたけど、そんな態度には騙されないわよ。
「何を言っているのよ。信号機、知っていたでしょ」
「いや、何の話なのか……」
あくまでもメラニーは白を切ろうとした。
「私のことを悪役令嬢って呼んだわね? 『エルグランの薔薇』をやったことがあるんでしょ。誤魔化そうとしても無駄よ」
私は言い切ってやった。絶対に言い逃れはさせない!
メラニーは私を上から下まで見て、諦めたようにため息をついた。
「あなた、何歳の時に、自分が転生者って知ったの?」
メラニーがあまりにいきなり開き直ったので、私は一瞬きょとんとしてしまった。
「ちなみに、私は小さい時からよ。今とは別の記憶があって、これは何だろうって、ずっと不思議だったの」
「そうなんだ。でも、これがゲームの世界ってことはいつわかったの?」
「この国の名前がエルグラン王国だって知った時かな。それに王子の名前がアドルフだったから。それで、あなたはいつ?」
「私は二週間前かな。剣の稽古をしていたら、頭を打っちゃったのよね。その瞬間に記憶が蘇って、三日間寝込んだわ」
「えっ、そうなの? じゃあ最近なんだ。悪役令嬢やめたの」
「別に私は昔から悪役令嬢じゃないわよ」
酷い決めつけに、私はムッとする。
「うそ、ゲームでは我儘三昧の嫌な奴じゃない!」
「そりゃ、転生を知る前はもっと我儘だったかもしれないけれど、アドにケーキを食べに連れて行かせたり、護衛をまいて下町を散策とか、そんなに酷いことじゃないわよ」
私は眉をひそめて反論した。
「侍女とかを虐めていたんじゃないの?」
「虐めるほど侍女はいないわよ。うち、貧乏だから」
「えっ、公爵家なのに?」
メラニーは驚いて聞いてきた。
「先々代がグレースの所の公爵家に嵌められて、領地が半分になったのよ。なのに、未だに税率を上げていないから本当にもう火の車。屋敷なんてこの十年間全く修繕していないのよ。その上、お金もないのに、お父様もお母様も人が好くって……すぐにお金を他人のために使ってしまうのよね。だから本当にお金がなくて。借金で首が回らないほどよ。だから私がアドの婚約者になったんだから」
「えっ、あなたの我儘で王子の婚約者になったんじゃなくて?」
「そんな訳ないでしょ。何であんな女好きな王子の婚約者に進んでならないといけないのよ。婚約者になるなら、ヴァンのほうが百倍はましよ」
私は心の底から思っていることを話した。
「ヴァン?」
「シルヴァン第二王子よ」
「ああ、攻略対象者のね」
「ヴァンも攻略対象者なんだ」
私は知らなかった。
「あなた、そんなことも知らないの? シルヴァン王子は腹黒だけど、見た目は良いから二番人気よ」
「ええええ!? あんた何を言っているのよ。ヴァンは腹黒じゃないわよ。ジェドと並ぶ天使よ!」
「あなたの弟の? ジェラルドも攻略対象者よね」
「そ、そうなんだ」
私はそれも知らなかった。
「ちょっとあなた、本当に『エルグランの薔薇』をやったことあるの?」
疑わしそうにメラニーが聞いてきた。
「あ、あるわよ」
私は目をそらしながら答えた。
「本当に?」
「ええ。……でも、いつもフランソワーズに虐められて自殺していたけど」
「それって最初の最初じゃない!」
メラニーが呆れているが、ぐうの音も出ない。
「だって、それ以上進めなかったんだもの!」
「わかった。だから悪役令嬢のはずのフランソワーズがこんなふうになっているのね。あなたじゃ悪役にはなれないわよ」
なんとも失礼なことを言ってくれるじゃない。
「私も少しくらい悪役になれるわよ」
「ムリムリ、あなたじゃ絶対に無理だわ。悪役令嬢がこんなに単純で、やっていける訳ないじゃない」
「どういうことよ、それは……」
私はムッとして言った。
「そうか。あなたがバグだったんだ」
一人納得したようにメラニーが頷いている。
「ちょっとメラニー、人を勝手に虫にしないでよ」
「えっ、虫って、まあ、そうなんだけど……虫じゃなくて、ゲームのプログラムにひそむ間違いのことよ。エラーかな」
「ええ、なんかそれも酷くない?」
「まあ良いわ。で、何で平民と仲良くしたいの? 公爵令嬢なんだから、貴族の中で威張っていたら良いじゃない」
「それじゃ面白くないじゃない。あんたも知っているように、貴族なんて足の引っ張り合いしかしないし。私、前世は病弱で学校も満足に通えなかったのよ。だから今世は学園生活をエンジョイしたいの!」
せっかく元気なのだから、絶対にちゃんとした学園生活を送りたいのだ。
「でも、貴族の荒波に揉まれるのも青春だと思うけど」
「そんなの大人になってからでもいいじゃない。私はクラスの皆といろんなことを協力しながらやりたいの。……やったことがないから」
最後は静かな声でぽつりと呟く。思わず零してしまったが、メラニーにはこれが効いたようだ。
「わかったわ。協力するから。悪役令嬢が悲しそうに言うの止めてよ。本当に調子狂うんだから……」
「本当に? ありがとう! よろしくね!」
私は喜んで思わずメラニーの手を握って飛び跳ねた。若干メラニーは引いていたが、そんなのは知ったことではなかった。
私たち二人はその日遅くまで、過去のこと含めて色んなことを話し合った。
私に生まれて初めて、本当の女友達ができたのだった。
☆
メラニーは前世で入った会社がブラックで、過労で死んだそうだ。だから今世はあくせく働くのは嫌だって言っていた。のんびりしたいんだって。
「面倒そうだから、あなたとはあんまり絡みたくない」
とはっきり言われた。
そのくせ、『エルグランの薔薇』はいやというほどやっていたみたいで、私の将来がどうなるかとても気になるみたいなのだ。
そのあたりをつついて一生傍に置こうと思ったことは、今は秘密だ。
そして翌朝、私はメラニーを引き連れて、ノエルの部屋を襲撃した。
「フランソワーズ様」
扉を開けたノエルは、私を見て動きを止めた。
「さあ、ノエル。朝食に一緒に行こう」
寝起きであんまり頭の回っていないノエルの部屋に入り込んで、無理やり着替えさせる。ドサクサに紛れて私をフランと呼ばせることにも同意させた。そのまま、食堂に向かう。
「へえ、ノエルの家は西地区の閑静な住宅街にあるんだ」
「はい、フラン様」
「フラン。様はいらないわ」
「で、でも……」
畳み掛けるようにして言うと、ノエルは青ざめて黙り込んでしまった。
うーん、これはダメか。私が諦めようとした時だ。
「もう、フランは強引すぎるのよ」
横からメラニーが助け舟を出してくれた。
「ノエル、この馬鹿はどうしてもそう呼んでほしいんですって」
「馬鹿ってメラニー、そんなこと言って……!」
「別に良いのよ。だって私たちはクラスメイトじゃない。クラスメイトに敬語で呼びかけられたくはないの」
私はメラニーの言葉に乗っかった。
「……不敬にならない?」
少し悩んだノエルが、恐る恐る聞いてきた。
「なる訳ないじゃない。私が認めているんだから。そもそも、この学園で私の言うことに反対できる奴なんていないんだから」
そういえばピンク頭とグレースは私の言うことは聞かないだろうが、それは黙っていることにした。
「じゃあ、フラン」
やっとノエルは呼んでくれた。
「よろしくね。ノエル」
私はノエルの手を取った。
やった、今度こそ正真正銘の平民の友達が出来たのだ。
「でも、あなたは貴族食堂で食べなくていいの?」
トレイに朝のメニューを載せながら、ノエルが聞いてきた。
「どうして?」
「だって一般食堂は私たちには豪勢でも、お貴族様には質素でしょ」
「いいえ、そんなことはないわ。ここの食事は豪華よ。うちの朝飯なんてパンとミルクとヨーグルトだけなんだから」
「えっ、そうなの? だってあなたのところは恐れ多くも公爵家だし、朝からフルコースなのかと」
私の顔と朝食を見比べて、ノエルが驚いた声を出す。
「そんな訳ないじゃない。うちは元々質実剛健の家だから。……貧乏なのもあるけどね」
「貧乏って、公爵家が?」
「ええ、貴族のしがらみとかいろいろあって、中々大変なのよ」
私は笑って誤魔化す。あんまり公爵家が貧乏だって広めるのも良くないような気がするし。
「我が家に比べてここは卵料理もあるし、果物もいっぱいあるじゃない。とっても豪華よ」
「そ、そうなんだ……」
なんか若干引かれているけど、まあ、平民と仲良くなるのに貧乏であることは問題ないだろうと勝手に思う。
質実剛健を掲げているのは建国からで、我が家が食事にあまりお金をかけていないのは事実だ。健康のためにもその方がいいみたいで、中年になると他の貴族たちが皆太っていく中、我が家はそれはないし。
その時、アルマンたちが入ってくるのが見えた。
「アルマン!」
大声で呼ぶと、アルマンはギョッとした顔をしたが、周りにノエルとメラニーも居るのを見て、おっかなびっくりこちらに来た。
「どうかされましたか。フランソワーズ様」
「フラン! 私はフランよ」
私が言い切る。
「いや、しかし……」
「ふーん、あんた、国王陛下のおっしゃったことに逆らうんだ」
「な、何を言い出すんだ!?」
ぎょっとしてアルマンが言う。
「だって陛下は、私の言うことを聞けっておっしゃったでしょ」
本当は私のことをよろしくとしかおっしゃっていないけど、使えるものは何でも使わないと。
「いやあ、そりゃそうだけど」
強引に言えば、脳筋のアルマンは頷いてくれた。やっぱり言った者勝ちだ。
「じゃあクラスメイトなんだから、私のことはフランで!」
「ほ、本当に良いのか?」
「良いに決まっているでしょ。何しろ国王陛下が認められたんだから」
なんか、メラニーの視線が冷たい気がするが、ここは無視だ。
こうして、私は大半の生徒を篭絡していったのだ。
昼食時、私は朝に続いてクラスの皆と交流していた。
「えっ、あんたのお母さんはケーキ屋さんをやっているの?」
私がバンジャマンの家がケーキ屋さんだという話に食いついて、詳しく聞き出そうとした時だ。
横からツンツンとメラニーに突かれた。
「えっ、どうしたの? メラニー」
「あそこからオーレリアンが呼んでいるけど」
メラニーが教えてくれた方を見るとオーレリアンが笑みを浮かべている。碌なことがなさそうだ。私は無視することにした。
「で、お店はどこにあるの?」
「良いのか? お貴族様が呼んでいるけど」
「良いのよ、別に」
「でも、殿下絡みじゃないの?」
横からメラニーが余計なことを言う。
「それじゃあ、行った方が良いんじゃないか?」
バンジャマンは若干引きながら話を切り上げてしまった。
アドめ、せっかく皆と仲良くなりかけている時にまた邪魔をするのか?
私は仕方なしに、オーレリアンの傍に行った。
「公爵令嬢を呼び出すなんて、あんたも偉くなったのね」
開口一番、いつもなら絶対に言わない地位を笠に着た嫌味を言う。
「いや、あの、殿下が呼んでいらっしゃいまして……」
私の悪役令嬢然とした態度に恐れ入ったのか、オーレリアンはしどろもどろだ。
「私、今は忙しいの。用なら前もって言っておいてよね」
そう言うと、皆のところに戻る。
「えっ、いや、そんな」
オーレリアンはまだ何か言いたそうだったが、私は無視した。今は皆と仲良くなるとても大事な時なのだ。それをアドなんかに邪魔されてたまるかという気分だった。
「良かったの?」
「良いの良いの」
メラニーが心配して聞いてくれたが、私は首を横に振った。アドよりも、皆と話すことの方が大切なのだ。
「ほら、ケーキ屋の話の続きを聞かせてよ。結局お店はどこにあるの?」
「中央区の噴水の傍なんだ」
「えっ、あの、コインを投げ込む噴水の傍?」
「そうそう、そこから――」
私はまた、話に夢中になった。
しばらくして、再度メラニーから小突かれた。
「今度は何? メラニー」
「今度は殿下ご本人が睨んでおられるけど」
そう言われて入り口を見ると、怒った表情のアドが立っていたのだった。
アドの後ろにはオーレリアンもいる。
「何かご用ですか? 殿下」
私はぶすっとして言った。
「いや、私がオーレリアンにフランを呼びに行ってもらったら、『他の人を使うなんてどういうこと? 来てほしかったら自ら呼びに来なさいよ!』と怒っていると聞いたから」
「私、そんなこと言った?」
私は後ろのオーレリアンに憮然とした顔で問いかける。
「それに似たことはおっしゃ、いえ、そんなことはおっしゃっていません」
私が途中でギロリと睨むと、オーレリアンは慌てて前言撤回した。
「あのう、殿下」
ここで、私は珍しく下手に出ようとしてみた。
「殿下じゃない。アドだ。フラン!」
しかし、アドが言い直させた。
私は少しムッとした。ええい、もう面倒くさい!
「じゃあアド。見ての通り、私、今忙しいのよ」
遠慮はせず、ズバリと本音を言う。
「俺も忙しい」
「じゃあ来なけりゃ良いでしょ」
アドの言葉に、私はより不機嫌なのを態度に表す。
「いや、気になることを聞いたものだから」
私の怒りを察したのか、慌ててアドが弁明した。何だ、気になることって?
「オーレリアン。何か余計なことを言ったの?」
私の問いかけに、オーレリアンは必死に首を横に振る。
「いや、ジャクリーヌ嬢が、フランが俺という婚約者がいるにも関わらず、男たちを侍らせて喜んでいると言っていたから……」
「何言っているのよ。そっくりそのまま返させてもらうわよ。今日は聖女様とグレース嬢と一緒に鼻の下を伸ばしてニヤケ顔で食事していたんでしょ」
アドはそれを聞くと、慌ててオーレリアンを振り向いて睨みつけた。
「いや、俺じゃないですよ!」
オーレリアンはまたも必死に首を横に振る。
「注進してくれる貴族なんて他にも掃いて捨てるほどいるわよ。そもそも、何回も言うように、王宮で倒れたのに、見舞いにも来ない男を婚約者なんて思ってもいないけど……」
私は未だに根に持っているのだ。
「いや、フラン。それは悪かったって謝ったじゃないか」
「でも、他の女を侍らせて喜んでいるんでしょ」
「陛下からは聖女の面倒を見ろと言われたし、いきなり無視するのは悪いだろ」
「私も陛下にはクラスの皆と仲良くするようにって言われているのよ。今、仲良くなれるかどうかの瀬戸際なんだから、邪魔しないでくれる?」
「邪魔……いや、俺はフランが一人で寂しく食べていたらかわいそうだと思って」
「何よ、それ! あんたらが皆して私を邪魔してくれたからそうなりかけたけど、今必死に軌道修正しているのよ。邪魔しないでくれる?」
私は啖呵を切って席に戻った。
「ちょっと待ってくれ、フラン!」
アドが呼び止めてくるが、無視する。
なんで忙しい時に邪魔をしてくるかな。今まで放っておいたくせに。今更構ってきても遅いわよ。
しばらくアドはそこにいたみたいだが、切れている私は完全に無視した。
「良かったの? フラン。王子様怒ってたけど」
食事を終えて教室に帰る途中で、メラニーが聞いてきた。
「ふんっ、良いのよ。今まで私を放っておいたんだから。それに、聖女が出てきたんだから、どの道アドは聖女とくっつくんでしょ」
「まあ、ゲームではそうだけど……あなたはそれでいいの?」
「良いわよ。別に男はアドだけじゃないし」
「そりゃ、そうだけど」
「いずれサマーパーティーで断罪の上、婚約破棄されるなら早い方が良いじゃない」
「えっ、でも断罪されたら下手したら処刑よ」
「しょ、処刑!?」
私は驚いて大声を上げてしまった。処刑ってなんだ。そんなの聞いていない! 断罪されたら処刑されちゃうの? 私はパニックになりそうになった。
「しっ」
メラニーが注意してくれた。急に大声を上げたので、皆私を見ている。私は慌てて口を閉じた。
「やっぱりあなた、全然ゲームやっていないでしょ」
「だから、最初で嫌になって止めたって言ったじゃない!」
「……後で教えてあげるわ」
メラニーは額に手を当てて、ため息をついた。
☆
放課後、私はメラニーの部屋でゲームの内容を詳しく教えてもらった。
メラニーは嫌になるほどやったと豪語するだけあって、かなり細かく覚えていた。
メラニーによると、これから悪役令嬢は王子と仲良くする聖女に嫉妬して虐めまくるのだという。
それはよく知っている。何しろ、そこを私はクリアできなかったのだから。本を隠されるのはましな方で、破かれたり、水をかけられたり、周りに無視されたり、変な噂を流されたりとありとあらゆる嫌がらせをされる。心優しいヒロインはそれに耐えられずに自殺してしまうのだ。
でも待った! 今のピンク頭はどう考えても、やられる方でなくてやる方だと思うんだけど……
虐められてもびくともしないタイプみたいだし、どっちかというと私が虐められて自殺しそう……!
「どっちもどっちよ」
メラニーにはそう言われてしまったが、あのピンク頭と一緒にしてほしくないわ!
ゲームでは何とか虐めに耐えていると、グレースや王子に助けられて、励まされるのだそうだ。私がプレイしていた時は、アドも周りも助けてはくれなかった。やっぱりアドはムカつく。
その後フランによる虐めは更に悪化する。最終的には人を雇って聖女を襲わせようとするが、それが未然に発覚。サマーパーティーで断罪されて、処刑されてしまうのだとか。
「ええええ!? そうなの? 私、処刑されちゃうの!?」
私はそれを聞いて涙目になってしまった。だって、せっかく前世で楽しめなかった青春をエンジョイできると期待していたのに、それも叶わず処刑されるなんて酷すぎる。
「いや、だからそれは聖女を虐めた場合だから。フランは今は聖女を虐めるつもりはないんでしょ」
メラニーが呆れつつも慰めてくれた。
「そりゃ、そうだけど……。そもそも、あのピンク頭って本当に聖女なの? ちょっと見た感じだと、とても性格悪そうだったんだけど」
「うーん。普通は聖女って言ったら、清い心を持った女の子が選ばれるものだけど」
「いや、どっちかって言うとあっちの方が悪役令嬢って感じよ!」
私は思ったままの印象を言う。
「でも、そんな展開無かったわよ」
しかし、メラニーは首を横に振った。
「じゃあ、私が冤罪をでっちあげられて処刑されるのかも……」
私はとんでもないことを思いついてしまった。それは十分にあり得る。グレースもグルで何か悪いことしそうだし。アドも一緒になって私を陥れるかも。
どんどん嫌な方向に想像が広がる。
「まあ、それはないわよ。少なくとも殿下は、今はあなたのことをとても気にしているわよ」
「はん、そんな訳ないでしょ。あいつ、私が王宮で気を失っていたのに、三日間も全く見舞いに来ないで帝国の皇女といちゃいちゃしていたのよ。最低の男なんだから」
「まあ、あなたの言葉を信じると最悪なんだけど……さっきの、思い詰めたようにあなたを見ている殿下の姿を見たら、違うと思うけどな」
なんかメラニーがやけにアドの肩を持つ。何でだろう?
メラニーの部屋は女子寮の二階で、私の隣だ。私の部屋は貴族エリアではなくて、平民エリアにさせた。
だって、せっかくの夢にまで見た全寮制の学園生活なのだ。夜は他の子の部屋で恋の話とか、遅くまで色んな話をしたい。貴族部屋なんかにしたら、お高くとまってそういうことはなかなかできないではないか。
メラニーもそうだとは思わなかったが、まあ、男爵家だと貴族エリアと平民エリアを選ぶ人がそれぞれ半々くらいだと言うし……
ドンドンドンドン!
大きな音をたてて、思いっきりドアを叩く。
「うるさいわね!」
怒ってメラニーがドアを開けた。
「えっ、さようなら!」
しかし、私を見るなりぎょっとして、いきなり扉を閉めようとする。
私はそうはさせまいと、手を扉の隙間に入れた。
扉が私の指をバシッと挟む。
「ぎゃっ」
私は悲鳴を上げてみせた。本当はこんなのじゃびくともしないんだけど……
「えっ、すみません」
慌ててメラニーが扉を開けてくれたので、その隙に強引に部屋の中に入った。
「ちょっと、フランソワーズ様!?」
メラニーは私の突然の暴挙に困惑している。
「メラニー、同じ転生者としてお願いがあるの」
「転生者ってなんですか?」
白々しく聞いてきたけど、そんな態度には騙されないわよ。
「何を言っているのよ。信号機、知っていたでしょ」
「いや、何の話なのか……」
あくまでもメラニーは白を切ろうとした。
「私のことを悪役令嬢って呼んだわね? 『エルグランの薔薇』をやったことがあるんでしょ。誤魔化そうとしても無駄よ」
私は言い切ってやった。絶対に言い逃れはさせない!
メラニーは私を上から下まで見て、諦めたようにため息をついた。
「あなた、何歳の時に、自分が転生者って知ったの?」
メラニーがあまりにいきなり開き直ったので、私は一瞬きょとんとしてしまった。
「ちなみに、私は小さい時からよ。今とは別の記憶があって、これは何だろうって、ずっと不思議だったの」
「そうなんだ。でも、これがゲームの世界ってことはいつわかったの?」
「この国の名前がエルグラン王国だって知った時かな。それに王子の名前がアドルフだったから。それで、あなたはいつ?」
「私は二週間前かな。剣の稽古をしていたら、頭を打っちゃったのよね。その瞬間に記憶が蘇って、三日間寝込んだわ」
「えっ、そうなの? じゃあ最近なんだ。悪役令嬢やめたの」
「別に私は昔から悪役令嬢じゃないわよ」
酷い決めつけに、私はムッとする。
「うそ、ゲームでは我儘三昧の嫌な奴じゃない!」
「そりゃ、転生を知る前はもっと我儘だったかもしれないけれど、アドにケーキを食べに連れて行かせたり、護衛をまいて下町を散策とか、そんなに酷いことじゃないわよ」
私は眉をひそめて反論した。
「侍女とかを虐めていたんじゃないの?」
「虐めるほど侍女はいないわよ。うち、貧乏だから」
「えっ、公爵家なのに?」
メラニーは驚いて聞いてきた。
「先々代がグレースの所の公爵家に嵌められて、領地が半分になったのよ。なのに、未だに税率を上げていないから本当にもう火の車。屋敷なんてこの十年間全く修繕していないのよ。その上、お金もないのに、お父様もお母様も人が好くって……すぐにお金を他人のために使ってしまうのよね。だから本当にお金がなくて。借金で首が回らないほどよ。だから私がアドの婚約者になったんだから」
「えっ、あなたの我儘で王子の婚約者になったんじゃなくて?」
「そんな訳ないでしょ。何であんな女好きな王子の婚約者に進んでならないといけないのよ。婚約者になるなら、ヴァンのほうが百倍はましよ」
私は心の底から思っていることを話した。
「ヴァン?」
「シルヴァン第二王子よ」
「ああ、攻略対象者のね」
「ヴァンも攻略対象者なんだ」
私は知らなかった。
「あなた、そんなことも知らないの? シルヴァン王子は腹黒だけど、見た目は良いから二番人気よ」
「ええええ!? あんた何を言っているのよ。ヴァンは腹黒じゃないわよ。ジェドと並ぶ天使よ!」
「あなたの弟の? ジェラルドも攻略対象者よね」
「そ、そうなんだ」
私はそれも知らなかった。
「ちょっとあなた、本当に『エルグランの薔薇』をやったことあるの?」
疑わしそうにメラニーが聞いてきた。
「あ、あるわよ」
私は目をそらしながら答えた。
「本当に?」
「ええ。……でも、いつもフランソワーズに虐められて自殺していたけど」
「それって最初の最初じゃない!」
メラニーが呆れているが、ぐうの音も出ない。
「だって、それ以上進めなかったんだもの!」
「わかった。だから悪役令嬢のはずのフランソワーズがこんなふうになっているのね。あなたじゃ悪役にはなれないわよ」
なんとも失礼なことを言ってくれるじゃない。
「私も少しくらい悪役になれるわよ」
「ムリムリ、あなたじゃ絶対に無理だわ。悪役令嬢がこんなに単純で、やっていける訳ないじゃない」
「どういうことよ、それは……」
私はムッとして言った。
「そうか。あなたがバグだったんだ」
一人納得したようにメラニーが頷いている。
「ちょっとメラニー、人を勝手に虫にしないでよ」
「えっ、虫って、まあ、そうなんだけど……虫じゃなくて、ゲームのプログラムにひそむ間違いのことよ。エラーかな」
「ええ、なんかそれも酷くない?」
「まあ良いわ。で、何で平民と仲良くしたいの? 公爵令嬢なんだから、貴族の中で威張っていたら良いじゃない」
「それじゃ面白くないじゃない。あんたも知っているように、貴族なんて足の引っ張り合いしかしないし。私、前世は病弱で学校も満足に通えなかったのよ。だから今世は学園生活をエンジョイしたいの!」
せっかく元気なのだから、絶対にちゃんとした学園生活を送りたいのだ。
「でも、貴族の荒波に揉まれるのも青春だと思うけど」
「そんなの大人になってからでもいいじゃない。私はクラスの皆といろんなことを協力しながらやりたいの。……やったことがないから」
最後は静かな声でぽつりと呟く。思わず零してしまったが、メラニーにはこれが効いたようだ。
「わかったわ。協力するから。悪役令嬢が悲しそうに言うの止めてよ。本当に調子狂うんだから……」
「本当に? ありがとう! よろしくね!」
私は喜んで思わずメラニーの手を握って飛び跳ねた。若干メラニーは引いていたが、そんなのは知ったことではなかった。
私たち二人はその日遅くまで、過去のこと含めて色んなことを話し合った。
私に生まれて初めて、本当の女友達ができたのだった。
☆
メラニーは前世で入った会社がブラックで、過労で死んだそうだ。だから今世はあくせく働くのは嫌だって言っていた。のんびりしたいんだって。
「面倒そうだから、あなたとはあんまり絡みたくない」
とはっきり言われた。
そのくせ、『エルグランの薔薇』はいやというほどやっていたみたいで、私の将来がどうなるかとても気になるみたいなのだ。
そのあたりをつついて一生傍に置こうと思ったことは、今は秘密だ。
そして翌朝、私はメラニーを引き連れて、ノエルの部屋を襲撃した。
「フランソワーズ様」
扉を開けたノエルは、私を見て動きを止めた。
「さあ、ノエル。朝食に一緒に行こう」
寝起きであんまり頭の回っていないノエルの部屋に入り込んで、無理やり着替えさせる。ドサクサに紛れて私をフランと呼ばせることにも同意させた。そのまま、食堂に向かう。
「へえ、ノエルの家は西地区の閑静な住宅街にあるんだ」
「はい、フラン様」
「フラン。様はいらないわ」
「で、でも……」
畳み掛けるようにして言うと、ノエルは青ざめて黙り込んでしまった。
うーん、これはダメか。私が諦めようとした時だ。
「もう、フランは強引すぎるのよ」
横からメラニーが助け舟を出してくれた。
「ノエル、この馬鹿はどうしてもそう呼んでほしいんですって」
「馬鹿ってメラニー、そんなこと言って……!」
「別に良いのよ。だって私たちはクラスメイトじゃない。クラスメイトに敬語で呼びかけられたくはないの」
私はメラニーの言葉に乗っかった。
「……不敬にならない?」
少し悩んだノエルが、恐る恐る聞いてきた。
「なる訳ないじゃない。私が認めているんだから。そもそも、この学園で私の言うことに反対できる奴なんていないんだから」
そういえばピンク頭とグレースは私の言うことは聞かないだろうが、それは黙っていることにした。
「じゃあ、フラン」
やっとノエルは呼んでくれた。
「よろしくね。ノエル」
私はノエルの手を取った。
やった、今度こそ正真正銘の平民の友達が出来たのだ。
「でも、あなたは貴族食堂で食べなくていいの?」
トレイに朝のメニューを載せながら、ノエルが聞いてきた。
「どうして?」
「だって一般食堂は私たちには豪勢でも、お貴族様には質素でしょ」
「いいえ、そんなことはないわ。ここの食事は豪華よ。うちの朝飯なんてパンとミルクとヨーグルトだけなんだから」
「えっ、そうなの? だってあなたのところは恐れ多くも公爵家だし、朝からフルコースなのかと」
私の顔と朝食を見比べて、ノエルが驚いた声を出す。
「そんな訳ないじゃない。うちは元々質実剛健の家だから。……貧乏なのもあるけどね」
「貧乏って、公爵家が?」
「ええ、貴族のしがらみとかいろいろあって、中々大変なのよ」
私は笑って誤魔化す。あんまり公爵家が貧乏だって広めるのも良くないような気がするし。
「我が家に比べてここは卵料理もあるし、果物もいっぱいあるじゃない。とっても豪華よ」
「そ、そうなんだ……」
なんか若干引かれているけど、まあ、平民と仲良くなるのに貧乏であることは問題ないだろうと勝手に思う。
質実剛健を掲げているのは建国からで、我が家が食事にあまりお金をかけていないのは事実だ。健康のためにもその方がいいみたいで、中年になると他の貴族たちが皆太っていく中、我が家はそれはないし。
その時、アルマンたちが入ってくるのが見えた。
「アルマン!」
大声で呼ぶと、アルマンはギョッとした顔をしたが、周りにノエルとメラニーも居るのを見て、おっかなびっくりこちらに来た。
「どうかされましたか。フランソワーズ様」
「フラン! 私はフランよ」
私が言い切る。
「いや、しかし……」
「ふーん、あんた、国王陛下のおっしゃったことに逆らうんだ」
「な、何を言い出すんだ!?」
ぎょっとしてアルマンが言う。
「だって陛下は、私の言うことを聞けっておっしゃったでしょ」
本当は私のことをよろしくとしかおっしゃっていないけど、使えるものは何でも使わないと。
「いやあ、そりゃそうだけど」
強引に言えば、脳筋のアルマンは頷いてくれた。やっぱり言った者勝ちだ。
「じゃあクラスメイトなんだから、私のことはフランで!」
「ほ、本当に良いのか?」
「良いに決まっているでしょ。何しろ国王陛下が認められたんだから」
なんか、メラニーの視線が冷たい気がするが、ここは無視だ。
こうして、私は大半の生徒を篭絡していったのだ。
昼食時、私は朝に続いてクラスの皆と交流していた。
「えっ、あんたのお母さんはケーキ屋さんをやっているの?」
私がバンジャマンの家がケーキ屋さんだという話に食いついて、詳しく聞き出そうとした時だ。
横からツンツンとメラニーに突かれた。
「えっ、どうしたの? メラニー」
「あそこからオーレリアンが呼んでいるけど」
メラニーが教えてくれた方を見るとオーレリアンが笑みを浮かべている。碌なことがなさそうだ。私は無視することにした。
「で、お店はどこにあるの?」
「良いのか? お貴族様が呼んでいるけど」
「良いのよ、別に」
「でも、殿下絡みじゃないの?」
横からメラニーが余計なことを言う。
「それじゃあ、行った方が良いんじゃないか?」
バンジャマンは若干引きながら話を切り上げてしまった。
アドめ、せっかく皆と仲良くなりかけている時にまた邪魔をするのか?
私は仕方なしに、オーレリアンの傍に行った。
「公爵令嬢を呼び出すなんて、あんたも偉くなったのね」
開口一番、いつもなら絶対に言わない地位を笠に着た嫌味を言う。
「いや、あの、殿下が呼んでいらっしゃいまして……」
私の悪役令嬢然とした態度に恐れ入ったのか、オーレリアンはしどろもどろだ。
「私、今は忙しいの。用なら前もって言っておいてよね」
そう言うと、皆のところに戻る。
「えっ、いや、そんな」
オーレリアンはまだ何か言いたそうだったが、私は無視した。今は皆と仲良くなるとても大事な時なのだ。それをアドなんかに邪魔されてたまるかという気分だった。
「良かったの?」
「良いの良いの」
メラニーが心配して聞いてくれたが、私は首を横に振った。アドよりも、皆と話すことの方が大切なのだ。
「ほら、ケーキ屋の話の続きを聞かせてよ。結局お店はどこにあるの?」
「中央区の噴水の傍なんだ」
「えっ、あの、コインを投げ込む噴水の傍?」
「そうそう、そこから――」
私はまた、話に夢中になった。
しばらくして、再度メラニーから小突かれた。
「今度は何? メラニー」
「今度は殿下ご本人が睨んでおられるけど」
そう言われて入り口を見ると、怒った表情のアドが立っていたのだった。
アドの後ろにはオーレリアンもいる。
「何かご用ですか? 殿下」
私はぶすっとして言った。
「いや、私がオーレリアンにフランを呼びに行ってもらったら、『他の人を使うなんてどういうこと? 来てほしかったら自ら呼びに来なさいよ!』と怒っていると聞いたから」
「私、そんなこと言った?」
私は後ろのオーレリアンに憮然とした顔で問いかける。
「それに似たことはおっしゃ、いえ、そんなことはおっしゃっていません」
私が途中でギロリと睨むと、オーレリアンは慌てて前言撤回した。
「あのう、殿下」
ここで、私は珍しく下手に出ようとしてみた。
「殿下じゃない。アドだ。フラン!」
しかし、アドが言い直させた。
私は少しムッとした。ええい、もう面倒くさい!
「じゃあアド。見ての通り、私、今忙しいのよ」
遠慮はせず、ズバリと本音を言う。
「俺も忙しい」
「じゃあ来なけりゃ良いでしょ」
アドの言葉に、私はより不機嫌なのを態度に表す。
「いや、気になることを聞いたものだから」
私の怒りを察したのか、慌ててアドが弁明した。何だ、気になることって?
「オーレリアン。何か余計なことを言ったの?」
私の問いかけに、オーレリアンは必死に首を横に振る。
「いや、ジャクリーヌ嬢が、フランが俺という婚約者がいるにも関わらず、男たちを侍らせて喜んでいると言っていたから……」
「何言っているのよ。そっくりそのまま返させてもらうわよ。今日は聖女様とグレース嬢と一緒に鼻の下を伸ばしてニヤケ顔で食事していたんでしょ」
アドはそれを聞くと、慌ててオーレリアンを振り向いて睨みつけた。
「いや、俺じゃないですよ!」
オーレリアンはまたも必死に首を横に振る。
「注進してくれる貴族なんて他にも掃いて捨てるほどいるわよ。そもそも、何回も言うように、王宮で倒れたのに、見舞いにも来ない男を婚約者なんて思ってもいないけど……」
私は未だに根に持っているのだ。
「いや、フラン。それは悪かったって謝ったじゃないか」
「でも、他の女を侍らせて喜んでいるんでしょ」
「陛下からは聖女の面倒を見ろと言われたし、いきなり無視するのは悪いだろ」
「私も陛下にはクラスの皆と仲良くするようにって言われているのよ。今、仲良くなれるかどうかの瀬戸際なんだから、邪魔しないでくれる?」
「邪魔……いや、俺はフランが一人で寂しく食べていたらかわいそうだと思って」
「何よ、それ! あんたらが皆して私を邪魔してくれたからそうなりかけたけど、今必死に軌道修正しているのよ。邪魔しないでくれる?」
私は啖呵を切って席に戻った。
「ちょっと待ってくれ、フラン!」
アドが呼び止めてくるが、無視する。
なんで忙しい時に邪魔をしてくるかな。今まで放っておいたくせに。今更構ってきても遅いわよ。
しばらくアドはそこにいたみたいだが、切れている私は完全に無視した。
「良かったの? フラン。王子様怒ってたけど」
食事を終えて教室に帰る途中で、メラニーが聞いてきた。
「ふんっ、良いのよ。今まで私を放っておいたんだから。それに、聖女が出てきたんだから、どの道アドは聖女とくっつくんでしょ」
「まあ、ゲームではそうだけど……あなたはそれでいいの?」
「良いわよ。別に男はアドだけじゃないし」
「そりゃ、そうだけど」
「いずれサマーパーティーで断罪の上、婚約破棄されるなら早い方が良いじゃない」
「えっ、でも断罪されたら下手したら処刑よ」
「しょ、処刑!?」
私は驚いて大声を上げてしまった。処刑ってなんだ。そんなの聞いていない! 断罪されたら処刑されちゃうの? 私はパニックになりそうになった。
「しっ」
メラニーが注意してくれた。急に大声を上げたので、皆私を見ている。私は慌てて口を閉じた。
「やっぱりあなた、全然ゲームやっていないでしょ」
「だから、最初で嫌になって止めたって言ったじゃない!」
「……後で教えてあげるわ」
メラニーは額に手を当てて、ため息をついた。
☆
放課後、私はメラニーの部屋でゲームの内容を詳しく教えてもらった。
メラニーは嫌になるほどやったと豪語するだけあって、かなり細かく覚えていた。
メラニーによると、これから悪役令嬢は王子と仲良くする聖女に嫉妬して虐めまくるのだという。
それはよく知っている。何しろ、そこを私はクリアできなかったのだから。本を隠されるのはましな方で、破かれたり、水をかけられたり、周りに無視されたり、変な噂を流されたりとありとあらゆる嫌がらせをされる。心優しいヒロインはそれに耐えられずに自殺してしまうのだ。
でも待った! 今のピンク頭はどう考えても、やられる方でなくてやる方だと思うんだけど……
虐められてもびくともしないタイプみたいだし、どっちかというと私が虐められて自殺しそう……!
「どっちもどっちよ」
メラニーにはそう言われてしまったが、あのピンク頭と一緒にしてほしくないわ!
ゲームでは何とか虐めに耐えていると、グレースや王子に助けられて、励まされるのだそうだ。私がプレイしていた時は、アドも周りも助けてはくれなかった。やっぱりアドはムカつく。
その後フランによる虐めは更に悪化する。最終的には人を雇って聖女を襲わせようとするが、それが未然に発覚。サマーパーティーで断罪されて、処刑されてしまうのだとか。
「ええええ!? そうなの? 私、処刑されちゃうの!?」
私はそれを聞いて涙目になってしまった。だって、せっかく前世で楽しめなかった青春をエンジョイできると期待していたのに、それも叶わず処刑されるなんて酷すぎる。
「いや、だからそれは聖女を虐めた場合だから。フランは今は聖女を虐めるつもりはないんでしょ」
メラニーが呆れつつも慰めてくれた。
「そりゃ、そうだけど……。そもそも、あのピンク頭って本当に聖女なの? ちょっと見た感じだと、とても性格悪そうだったんだけど」
「うーん。普通は聖女って言ったら、清い心を持った女の子が選ばれるものだけど」
「いや、どっちかって言うとあっちの方が悪役令嬢って感じよ!」
私は思ったままの印象を言う。
「でも、そんな展開無かったわよ」
しかし、メラニーは首を横に振った。
「じゃあ、私が冤罪をでっちあげられて処刑されるのかも……」
私はとんでもないことを思いついてしまった。それは十分にあり得る。グレースもグルで何か悪いことしそうだし。アドも一緒になって私を陥れるかも。
どんどん嫌な方向に想像が広がる。
「まあ、それはないわよ。少なくとも殿下は、今はあなたのことをとても気にしているわよ」
「はん、そんな訳ないでしょ。あいつ、私が王宮で気を失っていたのに、三日間も全く見舞いに来ないで帝国の皇女といちゃいちゃしていたのよ。最低の男なんだから」
「まあ、あなたの言葉を信じると最悪なんだけど……さっきの、思い詰めたようにあなたを見ている殿下の姿を見たら、違うと思うけどな」
なんかメラニーがやけにアドの肩を持つ。何でだろう?
14
この次の作品はこちら
『天使な息子にこの命捧げます』https://www.alphapolis.co.jp/novel/237012270/22857933

「次にくるライトノベル大賞2023」
に私の下記の本がノミネートされました
なんと5つ目に
それを記念して『小さいフランの大冒険『悪役令嬢に転生したけど、婚約破棄には興味ありません外伝』王子様に執着された無敵少女、魔王も怖くないが王妃様は苦手です』絶賛更新中
このお話【書籍化】!
7月5日全国1200以上の書店にて発売しました。表紙画像は11ちゃんさんです。

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