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第一章 ダレル反乱

戦の神マルスは淫乱女神と地界でも悪巧みをしていました

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アレクサンドル・ボロゾドフは久しぶりの宮殿を歩いていた。
年は25歳。豊かな赤髪、精悍な顔立ち、ノルディン帝国第10王子であり、現在は第8師団長の彼は本来ならば女性の多くがほっておかないはずだが、未だに独身だった。
10年前のモーリン王国を1人で殲滅させて以来滅ぼした国の数は片手で足りない。
幾多の戦場で敵味方を震えさせる戦功を上げた彼に付いた二つ名は赤い死神。
敵ならず味方からも恐れられていた。
今回は東方のヤポネの蛮族の征伐に珍しく手こずったが、なんとか首長の首を上げて帰還したのだ。

そして、今、父である皇帝ヤロスロフ・ボロゾドフの前に跪いていた。
「皇帝陛下。只今戻りました」

「今回はえらくかかったの」
不服そうに皇帝が言う。
「申し訳ありません。本拠地も持たぬ蛮族相手ゆえ、首長を探し出すのに手間取りました」
「流石に一撃で奴らもろともヤポネの国を燃やし尽くす訳には行かなかったか」
皇帝は10年前のモーリン殲滅に例えて嫌味を言う。

モーリン王国を消滅させた時は流石にやりすぎだろうという意見もあったが、皇帝はさすが我が息子と言って褒め称えたのだ。
最も見つかった本人は自ら放った炎を浴びて意識不明の重体になっており、体が元に戻るのに約1年かかったが。
それ以来100戦100勝の常勝の将軍だった。
その慈悲も情けも見せない非情な侵略行為は第一王子マクシムと並ぶくらいに皇帝のお気に入りだった。

「あの時は若気の至でしたので」
思い出したくもない事を言われて流石にアレクは嫌な顔をした。

「まあ良い。ご苦労だった」
皇帝は勲章を侍従に付けさせながらアレクを見た。

「貴様の部隊はどれくらいで次の出撃が可能だ?」
「1ヶ月位かと」
アレクは即答した。

「東方からの帰還することを考えるとそんなものか」
皇帝は仕方がないと言う顔をする。

「次はマクシムとダニールとともにその方にも出てもらう」
「マクシム兄上とダニール兄上と共にですか」
アレクは驚いた。第一王子のマクシムは39歳で帝国最強と言われている第2師団長だ。
抱えている魔道士の数も多い。
第五王子のダニールは28歳で彼の第4師団は騎兵が多い騎兵師団だ。
そして、アレクの第8師団の3師団が帝国3強師団と言われている。
その全てを注ぎ込むとなると大きな戦になるだろう。

「そうだ」
皇帝は鷹揚に頷いた。

「中央部を突きますか」
アレクが尋ねる。
中央部には多くの小国が横たわっていたが、その先にはノルディン帝国と並ぶ大国ドラフォード王国が聳え立っていた。過去何度も雌雄を決しようとしたが、その度に敗れ去っていた。しかし、最強3師団で当たれば今回はなんとか行くかもしれない。

「詳しくはまた話そう。しばらくは休め」
「御意」

跪くとアレクは謁見室を退出した。

部屋を出ると待機していた傅役のダヴィットと護衛騎士のネストル、護衛魔道士のヤーコフが寄ってくる。

「いかがでしたか。皇帝陛下は」
ダヴィットが尋ねる。
「1ヶ月後の出陣が決まった」
歩きながらアレクが話し出す。
「日にちがあんまりありませんな」
難しい顔をしてダヴィットが言う。
「まあ、いつものことだろう。父上は人使いが荒い」
そう言うとアレクは苦笑いしていた。
戦場の敵味方がこのアレクの表情を見たとしたら驚いたであろう。
狂気を纏って戦場を縦横無尽に突き進む赤い死神がこんな表情をするなど彼らからしたら信じられなかった。10年前の事件のあとには表情から一切の感情が無くなって側近は心配していたが、最近は少しは表情が戻ってきていたのだ。

「それよりも今回の戦はマクシム兄上とダニール兄上と一緒に出る」
「それはそれは大戦ですな」
アレクの言葉にネストルが驚いて言った。
「相手はドラフォードですか?」
ヤーコフが聞く。
「そうだとは思うが、この3師団が揃う意味が良く判らん。またマクシム兄上あたりがとんでもないことを考えているようにも思う」
「判りました。取り敢えず、第8師団の帝都への帰還を早めるように伝えます」
アレクの言葉にヤーコフが頷く。
「頼む」
「これからはお母様の所へ向かわれますか」
ダヴィットが聞く。

「ふんっ。行きたくはないが、たまには顔を出しておいたほうが良いだろう」
アレクは母のアフロディアを嫌ってはいたが、無視するわけにはいかない。
1年ぶりの帝都なのだ。
仕方無しに母の居室に向かった。

「アレクサンドル殿下。お待ち下さい」
しかし、居室の手前で兵士たちに止められた。
「どうしたのだ」
アレクはそこに近衛以外の第2師団の制服を認めた。
そして、その時、アレクにはあられもない女の嬌声が聞こえた。
それは聞きたくもない母の声に違いなかった。

「マクシム兄上が来ているのか」
アレクの鋭い問いかけに兵士は困った顔をした。

アレクは身を翻して部屋を後にした。
傅役のダヴィット達もかける声がなかった。

皇帝の寵姫のアフロディアは醜聞が絶えなかった。
噂の上がった名前は数しれず、実はアレクが第一王子のマクシムの子供だという噂まで真しやかに囁かれていた。

情緒多感な子供の時から散々アフロディアの浮気には悩まされてきたアレクだ。
一時期は全くアフロディアの部屋に寄り付かないこともあった。
最近はましになったと聞き及んでいたのだが、アレクのいない間にまたマクシムとの関係が戻ったみたいだった。

アレクはやるせがなかった。母と王子の密会など父皇帝に知られるととんでもないことになるはずだった。しかし、あの残忍で細かい皇帝がその事を知らないのはおかしいとアレクは不審には思った。母が皇帝周りも全て籠絡しているのか、あるいは知っていて知らないフリをしているのか。アレクには判断できなかったが。

「ムカつく」
アレクは近くの柱を思いっきり殴りつけていた。
ぼすっと拳が柱にめり込む。
「殿下!」
側近たちが慌てた。
淫乱な母は嫌いだった。
何故か明るかったイネッサの事が思い出された。
しかし、その甘く悲しい想い出は守り切れなかった後悔という痛烈な痛みを伴っていた。


情事の後アフロディアはマクシムの胸にしなだれかかっていた。
「良かったのか。息子が来たみたいだったが」
マクシムがアフロディアに聞いた。

「ふんっ。あの子にもいい加減に人倫の縛りを解かないと。一人前にはなれないわ」
「お前を基準にするととんだ淫乱王子が出来るが」
「あなたには言われたくないわ」
二人は言い合う。そう、二人共浮気相手は1桁では収まっていないほどの性欲の塊だった。
そして、アフロディアはシャラザールに地界に叩き落された愛と美、いや淫乱の女神アフロディアの生まれ変わりであり、マクシムも同じくその時に叩き落された戦の神マルスの生まれ変わりだった。
「しかし、マルスもひどい親ね。息子の想い人に懸想するなんて」
「ふんっ。あの堅物がどんな女に興味を持ったのかと思ってな」
「それでモーリンの王子を焚き付けてみんなでおもちゃにする?」
笑ってアフロディアが言った。
「あんなことで壊れるなんて人間はちゃちだな」
呆れてマクシムが呟いた。
「まあ、その御蔭てアレクも国を一つ消滅させるほど大人になったという訳だし、悪くはあるまい」
「そうね。甘ちゃんが少しは治ったし」
二人は笑いあった。
事の真相をもしアレクが知ったならば王宮は一瞬にして炎の海になるはずだった。
残酷な神々の成す事に人間は抗いようがないのだろうか。
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