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第十章 マーマレード元皇太子の反撃

閑話 クリスのラブレター

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クリスの10歳の時のお話です。



「クリス様。旦那様が応接室でお呼びです」
クリスの護衛騎士のメイが伝言してきた。
「お父様が」
クリスは中庭の椅子から立ち上がった。


応接室に行くとそこには父だけでなく、母までもが座っていた。

「お父様。お呼びですか」
クリスは促されて二人の前に座る。

「実はね、クリス。王宮から使者が来たのだ」
「ジャンヌ姉さまですか」
無邪気にクリスが聞いた。ジャンヌやエドワードとは王宮で小さい時から何度も遊んでいる。でも改まって使者が来るなんて変だ。いつもは手紙で呼ばれて終わりなんだけど。

「いや、王妃様からだ」
侯爵が言う。
「王妃様からですか」
クリスのような小さい子に用ってなんだろう。クリスは小首をかしげた。

「やっぱり、この話は無しだ」
その可愛い様子に見かねてミハイル侯爵が言った。

「あなた!」
ミハイル侯爵夫人がその夫を注意する。

妻の様子に仕方無しに侯爵は話しだした。
「実はね、クリス。王妃様から10日後にクリスにお茶会の招待状が来ているんだ」
「お茶会ですか」
クリスは聞いたことはあったが、まだ参加したことはなかった。

何しろいつもはジャンヌに庭での冒険ごっこや、魚釣り、魔術の練習等々に散々つきあわされているのだ。最近はジャンヌが王女教育から逃げる口実に呼ばれているような気もしていた。王妃様はジャンヌから聞く限り鬼とのことだった。
最もクリスらにはそこまできつくなかったが、いつもジャンヌにつきあわされているので、怒られるのもジャンヌと一緒に怒られることが多かったのだったが……

「最近はジャンヌ殿下とはそこまでひどいことはしていないと思いますが………」
思わずまた叱られるのかと警戒して言った。

「今回はジャンヌ殿下でなくて、エドワード殿下がご一緒なの」
「エドですか」
最近はあまり会っていなかったが、同い年の第一王子のエドにはいじめられたという思い出しか無かった。もっとも最近はいじめられてもやり返していたが………

「実はクリスに殿下との婚約の話が来ているのよ」
「・・・・・・」
母の言葉にクリスは絶句した。


「しかし、シャーロット、やはりクリスにはまだ早すぎるだろう」
横から侯爵が嫌そうに言う。

「しかし、あなた。クリスもミハイル侯爵家の長女。王家から求められればいつまでも断りきれないですわ」
「しかし、シャーロット。クリスはこんなに幼いんだ。何も今から縛り付けることはないだろう」
侯爵が嫌そうに言う。
「そうかと言って10歳で王家との婚約というのは決して早すぎるということはないのではないですか」
夫人が夫をなだめて言う。

「でも、こんなに可愛い娘を王家にやるなんて」
「あのう、お父様。私、その話を絶対に受けなければならないんでしょうか?」
クリスが口を開いた。

「いや、そんなことはないよ。ほら。クリスも嫌だって言っているじゃないか」
クリスの尻馬に乗って侯爵が言う。

「クリス。何か問題があるの?」
代わって母が聞いてきた。

「そんなのありまくりだろう」
「あなたは黙っていて下さい」
夫人が侯爵を一喝して黙らせるとクリスの方を向いた。

「ミハイル侯爵家とマーマレード王家は何代か毎に婚姻を結んでいるの。基本的に断るのは難しいのよ」
母が諭すように言う。

「でも、私、オウに大人になったらお嫁さんになってあげてもいいって約束したんですけど」
「な、何だと、オウってどこのどいつだ」
衝撃の事実を言われてミハイル侯爵は切れていた。

「えっ、クリス。オウってオーウェン様よね。ドラフォードの王子の」
「えっ、オウってドラフォード王国の王子様だったの!」
母の言葉にクリスは驚いて言った。
まあ、ジャンヌらを呼び捨てにしていたから、そこそこ身分のある人だとは思っていたけど、南の大国ドラフォードの王子だとは思ってもいなかった。
オウは毎年夏にジャンヌの所に遊びに来ていて、クリスともよく遊んでくれた。おしゃまなクリスを馬鹿にしたりいじめることもなくて、本当に紳士だった。そんな彼が、転けそうになったクリスを助けてくれた時に、お礼のキスと同時に言ってしまったのだ。

「そんな話聞いていないぞ」
「クリス、あなた、そんな大事なこと口約束するなんて、良くないのよ」
立腹する侯爵を置いておいて夫人は言った。

「ごめんなさい。でも、口約束でも約束は約束でしょう。一度約束したことは破ってはいけないってお母様もおっしゃったじゃない」
「それはそうだけど。オーウェン様はお嫁さんにしてくれるとは確約してくださっていないんでしょ」
「大きくなったらお返事下さいってお願いしたの」
「だからまだ、お約束したことにはならないわ。それに、お母さんも出来たらクリスにはこのマーマレードに居てほしいのよ。ドラフォードは南の大国だけど、遠いし、この国ならばお父様も私もあなたを見守ってあげられるけれど、ドラフォードだとそれは出来ないわ。それにお父様とも私ともめったに会うことは出来なくなるのよ。それでも良いの?」

「それは私も嫌だけれど、オウのお母様もお優しそうだし、ぜひともうちにお嫁にいらっしゃいって言われているし、ジャンヌお姉さまにはうちの母は鬼だっておっしゃっているし、私もちゃんとやっていけるか不安で………」

夫人は自分の元雇い主のキャロラインが既にクリスに声をかけているのを知って驚きもしたし、ジャンヌが余計なことをクリスに言っているのも気になった。
確かに、ジャンヌの母の王妃は厳しいし、それに反発するジャンヌがどんどんお転婆になっているのもよく知っていた。

しかし、クリスならば王妃ともうまくやっていけるとは思っていたが、王妃が厳しいのは事実だった。

ドラフォードにもマーマレードにもクリスはやらんっと叫んでいる夫は無視して、夫人は10日後のお茶会に参加することをクリスになんとか納得させた。


応接から出てきたクリスは元気がなかった。メイは驚いた。どこまでも前向きなクリスが落ち込んでいるなんて余程のことだった。

「クリス様。どうされたんですか」
「ううん、メイ。なんでも無いわ。心配してくれてありがとう」
心なしか言葉にまで元気が無かった。
「えっ、クリス様らしくないですよ。余程嫌なことを旦那様に言われたのですか」
「うーん、そうじゃないんだけど、オウに少し悪い事したみたいなの」
「えっ、オーウェン様にですか。クリス様がされたいたずらなら、笑って許して頂けると思いますけど」
「そんな事ないでしょ。だって、私はよく知らなかったんだけど、オウってドラフォード王家の王子様だったんでしょ」
「えっ、知らなかったんですけか。でも、殿下は南の大国ご出身とおっしゃっていらっしゃったと思うんですけど」
「偉い人だとは思ってたけれど王族だとは思っていなかったの」
「でも、失礼なことなんてされましたっけ。それにオーウェン様はクリス様には甘かったと思うんですけど」
普段、貴族令嬢を避ける傾向にあると噂されているオーウェンはクリスにはよくかまっている方だとオーウェンの護衛騎士のジェキンスからもメイは聞いていた。

「うーん、だって、この前なんか、助けてくれたオウにキスして将来お嫁さんになってあげるなんて不敬なこと言ってしまったのよ」
「あれでしょう。ほほえましい光景だと私達が見ていたやつですよね。あれは良いんじゃ無いですか。オーウェン様も真っ赤になっていらっしゃいましたし、どちらかと言うと喜んでおられたと思うのですが」
「そうかな」
「はいっ、そんなに気にされなくて良いと思うのですが」
「メイ、お願いがあるんだけれど、オーウェン様にお手紙送りたいの。でも、普通に送ってもおそらく届かないと思うの。どうしたら良いかな」
「護衛騎士のジェキンクス様に私から送りましょうか」
「本当に。じゃあ少し待ってて。今から書いてくるから」

クリスは部屋に籠もると早速書き出した。

『親愛なるオーウェン様。

先日は私にわざわざ付き合って遊んで頂いてありがとうございました。本当に楽しかったです。
でも、最後に失礼なことしてすいません。助けて頂いて思わず、やってしまいました。
大国ドラフォードの王子様とは知らず、失礼お許し下さい。

でも、あれ私の本心なんです。オウは優しくて強くていつも私の事を大切にしてくれて、本当に大好きです。

書くのはただですよね。気にいらなければこの手紙は燃やして下さい。

でも、一つだけ私にとっては悲しいお知らせです。実は10日後にマーマレードの王妃様のお茶会に呼ばれているんです。なんでも、エドの婚約者にどうだろうって話になっているみたいで、私の気持ちは関係ないみたいです。

私はオウによく読んでもらった黒髪の騎士の話が好きです。お姫様がピンチになった時に、さっそうと現れてお姫様をさらって行く騎士がオーウェン様みたいだといつも思っていました。

オウが私の王子様だったら良かったのにと思わず思ってしまいました。

エドの婚約者になったらもうオウと会うことはなかなか難しいと思います。

最後に私の本心を書いて送ります。
                     あなたのクリスより』


クリスは何回も書き直して清書した。
初めてのラブレターだった。
クリスは書いたからってどうなるものでもないけれど、自分の心の区切りにはあると思った。

翌朝、メイが手紙を出してくれた。
速達にしてくれたので、2日後にはドラフォードの宮殿に着いたはずだった。

でも、オウからは何も言ってこなかった。
前日になってもメイのもとにもクリスのもとにも返事は来なかった。

クリスは元気が無くなっていた。

「クリス、どうしたの。元気がないけれど」
夫人が気にして聞いてきた。
「そんなに嫌ならば明日のお茶会は無しにしよう」
侯爵は喜んで言った。
「あなた!」
夫人が注意する。

「大丈夫です。少し疲れたみたいなの。寝れば治ります。もう休んでいいですか」
「それは良いけれど」
心配する侯爵らをおいてクリスは寝室に戻った。

(やっぱり、私なんかじゃ大国ドラフォードの王子妃は無理なんだ。ても、それならそれで返事くらいくれてもいいのに・・・・・)

涙にまみれてクリスはいつの間にか寝入っていた……………

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『「神様、助けて!」現れた無敵の戦神は実は可憐な少女でした』
https://www.alphapolis.co.jp/novel/237012270/359551746
はじめました。

ついにクリスが新大陸に進出です。
白人に追い詰められるモンゴロイドの王女。絶体絶命のピンチに神に祈った時にシャラザールが来臨します。身分差も人種差別もクリスらの前に地平の彼方に吹き飛ばされます。
ぜひともお楽しみ下さい。


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