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第九章 ザール教騒乱

300話記念閑話 クリスのファーストキス

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ザール教国の陽射は強烈だった。ボフミエも暑かったが、まだ、亜熱帯と言うか温帯に属しており、ましだった。ザール教国は熱帯地方にあり、暑さも格別だった。

その暑さの中オーウェンは仕事に忙殺されていた。ザール教国をクロチア、モルロイに続く第3の飛び地にすることが決定されたのだ。ザール教は廃教が決定し、何故かシャラザール教に変わることになった。全教会には悪徳非道の教皇アードルフを足蹴にして退治するシャラザールの肖像画が急遽作られて配布されることに。
初代教皇にはシャラザールの一言でクリスがなることが決まっていた。

シャラザールの憑依が切れて気がついたクリスが嫌がったが、シャラザールの決定に異を唱えられるものなどクリス以外にはおらず、必然的に決定していた。

それやこれやの雑務は全て内務に丸投げされてオーウェンは忙殺されていた。
建物は殆どシャラザールにて破壊されていたので、臨時テントを張って対応していた。

「スミス、ザールの再建案、どうなっている」
「これが大まかな案です」
スミスが図案を見せる。

直ちに手配したスカイバードでボフミエ本国から20名を呼び寄せて作業に当たらせたのだ。
ザール教の文官共も直ちに罪人を除き招集していたが、人材は足りていなかった。
それにこの暑さだ。
オーウェンは頭がくらくらしていた。

「とりあえず、スカイバードの発着施設を早急に作る必要があるよな。ジャンヌとアレクにも協力を要請して2,3日のうちに作り上げないと」

「そうですね。本国とすぐに行き来ができると楽になりますから」
「そうだ。本国も人が足りないとは思うが、学院の優秀な若者を半年先倒して卒業させて組み入れよう」
「アメリアに言ってこの地にも学院の建設を・・・・」
オーウェンは立ち上がろうとしてめまいがした。
「内務卿!」
慌ててスミスらが駆け寄るが、その前にオーウェンは倒れた。


「オウ!」
倒れたのを聞きつけたクリスが飛んできた。

急遽仮設された病棟にオーウェンが運び込まれていた。オーウェンはベットに寝かされていた。

慌ててクリスが駆け寄る。オーウェンの顔色は悪くは目をつむっていた。

「クリス様。大丈夫です。過労と暑さで軽い熱中症になられただけですから」
臨時の看護婦をさせられていたミアが立ち上がる。

「そう、良かった」
クリスはほっとする。

「ではクリス様。オーウェン様をよろしくお願いしますね」
そう言うとミアは病室を出て行った。

「えっ、ミア」
クリスは呼び止めようとした時はミアはもう出て行った後だった。

クリスは久しぶりにオーウェンの顔をまじまじと見た。ザール教国に来て1週間。お互いに忙しくてゆっくりとお互いの顔を見る暇もなかった。

オーウェンの端正な顔は疲労で心持ち青ざめているようだった。額の濡れタオルを取ってオーウェンの体温を手で測る。

「熱はないみたいね」
クリスは微笑んだ。

タオルを傍の水の入った洗面器で濡らして絞るとオーウェンの額の上に乗せる。

「オウ、少し無理し過ぎよ」
そう呟くとクリスはオーウェンの両頬に軽くそっと触れた。



オーウェンは夢を見ていた。
子供の時の夢だ。

クリスが先を駆けていた。
「クリス、走るとコケるぞ」
オーウェンが注意する。

「大丈夫よ。オウ、早く」
クリスが振り返ってオーウェンを呼ぶ。

「危ないからクリス」
「大丈夫よ」
更に駆けようとしてクリスが脚を躓かせた。
その瞬間オーウェンは後ろから手を伸ばしてクリスの腰を掴む。

二人は絡まりあって草の絨毯の上にもつれ合って転がった。
オーウェンの上にクリスが乗っかっていた。

「ほら、だから走るとコケるって言っただろう」
オーウェンが上のクリスに注意する。

「うーん、御免なさい」
赤くなってクリスが言った。

「でも、庇ってくれてありがとう」
クリスはそう言うとオーウェンをまじまじと見た。

そしてクリスの顔が近付く。

ちゅっ

とクリスの唇がオーウェンの唇に触れた。

「ありがとう。庇ってくれたお礼」
クリスがはにかみながら言った。

「クリス」
オーウェンは目を見開いた。



はっとオーウェンが気づくとクリスの顔が目の前にあった。

「クリス」
「あっ、オウ、気がつい・・・・」
その瞬間、夢の中のお返しとばかりにオーウェンがクリスの唇にキスをした。

クリスは真っ赤になって固まった。

「オウ!な、何するのよ」
そう言うとクリスは思いっきりオーウェンの頬を張っていた。

「く、クリス」
オーウェンは声を上げるが、クリスは慌てて部屋を飛び出していった。

「オーウェン様。一体クリス様に何したんですか」
飛び出していくクリスを見たミアらが慌てて怒って部屋に入ってきた。

「いや、つい目の前にクリスの顔があったからお返しにクリスにキスしちゃった」
「な、なんですって」
「オーウェン、貴様なんてことを。ええい、そこになおれ、成敗してくれる」
剣を抜いて暴れだすウィルを止めるのもまた大変だった。

そこにはクリスに張られたことで夢の続きを思い出して呆然としているオーウェンがいた。



クリスは闇雲に廊下を駆けると外に飛び出して木の陰に隠れた。

「はっ、はっ、はっ」
息が荒い。

顔は真っ赤だった。

クリスは思い出していた。

昔、子供の頃、なにかの拍子にオーウエンにキスしたことを。
そして、その後に言った言葉を。

「オウ、オウの事好き。将来オウのお嫁さんになってあげる」

そんな事言った事すら忘れていた。
そして、その後の言葉も思い出していた。

「オウが大人になった時に、それでいいと思ったら今度はオウからクリスにキスして」

クリスは手で顔を覆っていた。子供の時にオウになんて事言ったんだろう。クリスは思い出すに赤面した。それも今まで忘れていた。

確か10歳の時にエドとの婚約が決まった時に記憶の封印をしたんだった。婚約の相手は自国の皇太子、クリスの好き嫌いの我儘が通用する訳もなかった。エドは昔から知っていたし、婚約の時にエドが

「今まで意地悪してごめん。これからは大切にするから」
とはにかみながら言ってくれたんだった。それを信用して、オウとの事は忘れることにしたんだった。その忘れていた想い出がオーウェンからキスされたショックで蘇ったのだった。


「ど、どうしよう。オウからキスされちゃった」
クリスは恥ずかしさの余り悶絶していた。子供の時にクリスからオーウェンにキスしたのがクリスのファーストキスだった。女の子からするなんてなんてはしたない事をしてしまったんだろう。そして、今、大人になったオウからキスをされた。そして、オウとの約束も思い出していた。

「これって、キスを返されたことになるんじゃ・・・・」
クリスは固まった。オーウェンからは散々婚姻の申込みをされていた。でも、昔のことを思い出すと、元々結婚の申込みをしていたのはクリスだった。子供の戯言かも知れないが、そのお願い通りにオーウェンがキスを返してくれたことになるはずで・・・・

「結婚の申し出を受けられちゃった・・・・」


ミアらが悶々としているクリスを発見したのはそれから1時間後だった。
太陽は既に傾きかけており、陽の光もクリスの頬と同じで赤く染まっていた。


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皆様、300話到達です。ここまで読んで頂いてありがとうございました。ここまで続けられたのは皆様のおかげです。
今後も頑張って続けていけたらと思います。
今後ともよろしくお願い致します
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