皇太子に婚約破棄されましたーでもただでは済ませません!

第七章 魔王復活

クリスは高熱で倒れました

「何だと。ワット村に黒死病が流行り出しただと」
オーウェンは思わず大声を張り上げていた。
皆オーウェンを注視する。

「旅人が持ち込んだものらしく、既に数十名の者が倒れているとのことでございます」
「筆頭魔導師様は大丈夫なのか」
「今のところはお元気にされているとか。ジャンヌ魔導師団長、アレク外務卿共にお元気であると」
「暴風王女や赤い死神なんて心配していない。
いくら黒死病とはいえ、あいつらは病気の方が忌避するはずだ」
「いや、いくらなんでもそれは無いのでは」
横から、シュテファンが否定するがオーウェンはその二人の事は気にしていなかった。
「で、筆頭魔導師様を隔離はしたのか」
「いえ、筆頭魔導師様は自ら看病すると言われて、看病に当たられています」
「何だと。貴様等なんで止めなかった」
オーウェンは雷を落としていた。
「もしクリスが黒死病になって倒れたらどうするつもりだ」
電話の画面の男はそのあまりの剣幕にただひたすら耐えていた。
「ジャンヌやアレクはなぜ止めなかった」

その画面にオーウェンの剣幕に怯え切った係官の代わりにジャンヌが出てくる。
「オーウェンはぎゃーぎゃーうるさいな。クリスがこうと決めた事を止めさせられるわけないだろう。
それよりも一刻も早く特効薬を作って持って来い」
言うや、ジャンヌは魔導電話をガチャ切した。

オーウェンは怒りのあまり固まっていた。
特効薬なんてあるならとっくに使っていたし、見つけられるなら見つけられているはずだ。
「くっそう、こんな事なら絶対に俺が行くべきだった」
オーウェンは後悔した。そうしたら絶対病人と隔離させて看病なんて行かせなかったのに。

オーウェンは今すぐにでも、クリスの元に駆けつけて、看病するのを止めさせたかった。
しかし、今からワットに行こうにも後方からオーウェンが抜けると立ちいかなくなるのは確実だった。
でも、クリスが死んだら絶対に後悔しても後悔しきれなかった。
オーウェンは絶対にワットの村に行きたかった。
何を放り出しても。
でも王族としての矜持がかろうじてその行動を制御した。
自分のそんな所がオーウェンは許せなかった。
「くっそうーーーー」
オーウェンは他に誰もいない執務室の中で大声で叫び声をあげた。


「本当にオーウェンもうるさい奴だ」
ジャンヌは思わず文句を言った。
自分もまさかクリスが自ら看病するなんて思いもよらなかったのだ。
高熱で倒れた者は兵士も含めて100名を数えていた。
おそらく計画的に菌をまかれたのだろう。

「まあそう言うなって。オーウェンはクリス嬢の事を思っているんだろう。
いう事が過激になるのは仕方が無いさ」
達観してアレクが言った。

「そんなこと言ってもな、私の事は馬鹿は風邪をひかないって言ったんだぞ」
ジャンヌがブスっとして言った。

「だって、ジャンヌは風邪ひいたことは無いだろう」
「何他人ごと宜しく言っているんだよ。オーウェンはアレクも同じだと言っていたんだぞ」
「何だと、あの野郎」
自分の事も言われたのかとアレクが頭にきて愚痴っていた。
「でも、俺は入院した事はあるぞ」
アレクが得意げに言った。
「それは病気じゃないだろ。怪我だよね」
ジャンヌがすまして言う。
「でも高熱出したこともある」
「それも怪我で化のうしたんだろ」
アレクの言い訳に情け容赦なくジャンヌが言う。
「くしゃみをした事もあるぞ」
「お前の事だから悪意のある噂をされただけだろう」
「そんな訳は…」
「あるだろう」
ジャンヌの事に言い返せなかったアレクだった。
「やっぱり病原菌もお二人は避けるんですね」
ペトロはボソリとつぶやいたが、二人に睨まれて
「すいません。失言です」
真っ青な顔して訂正していた…。


「しかし、クリスもシャラザールの化身。黒死病にかかるなんて事があり得ると思うか」
「まあ、確かに病気の方も絶対に逃げていくと思うが」
クリスが聞いたら怒りそうなことを平気でジャンヌとアレクは言い合っていた。
後で後悔するとも知れずに。


クリスは病人が集められた建物の中で寝る間も惜しんで看病していた。
ゼイゼイ息の荒い子供のタオルを桶に入れて水を絞ると再度子供の額にかける。

「母ちゃん」
子供が間違えてクリスに手を伸ばす。
クリスはその手をはっきりと掴んで握る。
「大丈夫よ」
子供に微笑むと子供は安心して目を瞑った。
この子供の母親もその横で病に伏せていたのだ。

クリスは自分の力不足を嘆いていた。
いくら魔力量が多くても病を治せないのだ。
いくら聖女と言われていても病にはどうしようもなかった。

暗い顔つきでクリスは立ち上がる。
歩き出そうとして体がぐらりと傾いた。

「クリス様」
侍女のアデリナが叫んだ。
倒れたクリスに周りの者が駆け寄る。
アデリナがクリスの額に手をやるとすごい熱だった。

「大変です。クリス様が高熱で倒れられました」
ジャンヌとアレクの所に兵士が駆けこんで来た。
「何だと」
二人はその報に驚愕した。
ボフミエ魔導国上層部に激震が走った。