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第六章 クリス ボフミエ皇帝?になる

クリスは大国皇太后にお願いします

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「ところでクリス様。今回はわざわざご訪問頂いたにもかかわらず、1万トンしか食料を援助することが出来ず申し訳ありません」
公爵がすまなさそうにして謝った。
「いや、それを言うなら私が交渉しながら父から1万トンしか出させられずに申し訳ない」
オーウェンも慌てて謝る。

「いえいえ、本来皇太子殿下がボフミエ内務卿でいて下さるだけで心強いのです。それを公私混同して食料を援助することは出来ないとおっしゃる国王陛下のお気持ちもよく判ります。その中1万トンもご援助頂いて本当にありがとうございます。」
クリスが慌てて礼を言った。

「しかし、クリス様のご出身国のマーマレードが6万トンも供出されるのに我がドラフォードが1万トンなど話にもなりませんな。本当に国王陛下もしわいですな」
公爵は嫌味を言う。
「私も国王陛下にはいろいろお話ししたのですが、なかなかそれ以上は出せないとのことで本当に申し訳ありません」
バーミンガム公爵は本当にすまなさそうに言った。

「当面の食糧問題は皆様方のご協力で何とかなりそうなので、実は今回は皇太后さまに今後の事でお願いがあってまいったのです」
クリスが改まって言う。
「えっおばあさまに?」
オーウェンはクリスが祖母にお願いするとは思ってもいなかった。

「皇太后さまにですか。まあ皇太后さまは国王陛下に比べれば話が判られるお方ですからな。
どのようなお話ですか」
公爵が聞く。
オーウェンは父である国王よりも皇太后の方が話しやすいという事は決してないと思っていた。
なにしろ偏屈皇太后として他国には有名なのだ。気に入らない大使を叩き出したとか、無礼だと伯爵令嬢を王宮に出入り禁止にしたとかいう話は事欠かなかった。
ただ、その気難しい皇太后をあっさり手中に収めて好かれているのがクリスだった。
そのクリスの頼みならあっさり聞きそうなのが皇太后であるのだが。

「実はボフミエは戦乱で農地が荒れておりまして、今回食料を援助頂いても来年も飢饉が起こる可能性があるのです。それを防ぐためにも出来ましたら皇太后様には優秀な農業技術者をお貸し願えたらと無理なお願いをしに参ったのです。当然農業技術者は国の根幹を担われるドラフォードにもとても大切な方だとは思いますし、国家機密にもなりうると思います。中々、難しいとは存じますが、なんとかそこを曲げてどなたか派遣頂けるととてもありがたいのですが…」
クリスが考えを述べた。
「なるほど。そこは皇太后さまの専門分野ですな。そう言う事でしたらクリス様からお願いされればおそらくお聞き届けになるとは存じますが」
「本当ですか?」
クリスが喜んで言った。
そうと決まれば国王陛下の謁見は到着してから2時間くらい後夕食を共にするようにと仰せつかっております。その前に会われますか」
「可能でしょうか」
「着いたら私が即座に聞いてみましょう」
「ありがとうございます。何卒宜しくお願いいたします」
クリスは公爵に頭を下げた。
「クリス様。私に頭を下げるのはやめて下さい。我が公爵家はクリス様に忠誠を誓っておるのです」
「そのような。大国ドラフォードの筆頭公爵家とたかだかボフミエの筆頭魔術師では格が違います」
公爵にクリスは言った。
「シャラザールの化身と言われるクリス様が何をおっしゃいます。
今回のボフミエ戦と言い、マーマレードの王弟叛逆時と言いその活躍の数々、しっかりお伺いしておりますぞ」
「いえいえ、私など皆様の後ろについて回っただけです」
クリスが謙遜して言った。
「クリス様は本当に謙虚でいらっしゃいますな。うちのミューラーにでもその爪の垢を煎じて飲ませたいほどです」
「そのような、ミューラー様は本当に立派な方で、今回も本当に助けて頂きました」
「そう言って頂けると親としても喜ばしい限りですが、クリス様の魔人に対するご活躍に比べれば話にもなりませんが」
「私のは本当に皆様に助けて頂けたから出来ただけで」
「まあ、そう言う事にしておきますかな。そろそろ馬車も着いたみたいです」
王宮の城門の前に馬車は止まった。

公爵が馬車を降りて何処かに連絡していた。
「国王陛下との晩餐は2時間後となりました。
どうなさいますか。着替えたり準備をいろいろなさいますか。
皇太后様は晩餐の前でも後でも都合のいいところでお時間取って頂けるそうですが」
「出来ましたらすぐにお会いしたいです」
「判りました。皇太子殿下はいかがなさいますか」
「俺も当然クリス嬢に付き合うよ」
なぜ聞くというふうにオーウェンは公爵を見た。
「私は今日出てきたところで疲れもありませんが、オーウェン様は長旅でお疲れでは」
クリスが言う。
「クリス嬢。そこは気にしないで欲しい。
別に身内に会うのに旅塵で汚れていようがどうであろうが関係は無いし」
多少ブスッとしてオーウェンは言う。

元々国王に農業技師の件は頼もうと思っていたが、クリスは農業に詳しい祖母に頼もうとしていた。
確かに祖母は農業関係に関しては人脈も広く、父に頼むよりも効果的かもしれなかった。
しかし、口うるさい祖母はどちらかと言うとオーウェンは苦手で避ける傾向にあった。
この公爵にしろオーウェンは苦手だ。
でも、オーウェンの苦手とする人脈にクリスは強かった。
将来的にクリスと結婚出来ればオーウェンの苦手なところはクリスがカバーしてくれてうまくいくかもしれないが、未来の国王としてそれで良いのかと言うとまた、別の話だ。逃げてばかりいるのも良くない。
オーウェンはクリスを見習うべきところは見習おうと再度思ったところだった。
クリスは勉学も得意。人に好かれるのも得意だった。
クリスの前の婚約者のマーマレードの元皇太子エドワードはクリスのこういうところもかなわないと卑屈になったのが、婚約破棄の原因だったと思う。婚姻とはお互いに補完し合う事なのだ。
オーウェンは事務処理能力については圧倒的に高いと自負していた。ここはクリスには負けないと。
しかし、人との接し方等はクリスには勝てない。
その点は大いにクリスを見習おうと改めて心に決めた。
足らない所をお互いに補完し合ってこその婚姻だった。


皇太后のアンは離宮の温室で植物の世話をしていた。
そこに公爵に連れられてクリスが来るという。
侍女に慌ててお茶等のセットをさせて待っていた。

「皇太后様。クリスティーナ・ミハイル ボフミエ筆頭魔術師様と皇太子殿下をお連れ致しました」
バーミンガム公爵が紹介する。

「皇太后様。お久しぶりです」
「おばあさまもお久しぶりです」
クリスとオーウェンがあいさつする。

「久しぶりだね。クリスとオーウェンも。さあ、席について」
丸テーブルにクリスとオーウェンと公爵も座る。
皇太后はお茶を勧めつつ、クリスとオーウェンを交互に見る。
「オーウェン。その様子ではまだクリスを落とせていないのかい」
いきなりの皇太后の話にオーウェンはお茶を噴き出した。
「失礼。おばあ様何言いだすんですか」
真っ赤になって文句を言う。
「半年前には国王にもクリスの心を捕まえない限りは帰ってきませんと宣言したのを見たように思ったのだが」
「まだ、出来ておりません」
「オーウェンにはクリスはもったいないかね」
クリスに向かって言う。

「皇太后様。御戯れを。オーウェン様は大国ドラフォードの皇太子殿下です。
婚約破棄された私では釣り合いが取れないかと」
真っ赤になってクリスが言う。

「まあ、クリス。私から見てもクリスの活躍に比べてオーウェンはまだまだだとは思うよ」
「いえいえ、皇太后様。オーウェン様には今も色々助けられております」
「ならどうだろう。オーウェンで妥協してくれたら、これほどうれしいことは無いのよ。公爵もそう思うでしょ」
「それは確かに。ただ、私としてはうちのアルバートでも良いのですが」
「公爵、それはダメだ」
慌ててオーウェンが否定する。
「本当にクリスは選り取り見取りだな。今もミハイル侯爵のところには100通以上の釣書があるとか」
「それも続々と増えておるとアルバートからは聞いております」
「それは本当か」
公爵の言葉にオーウェンは慌てた。
「ボフミエには現在世界最強と言われている魔導騎士ジャスティンもクリスに懸想していると聞くわよ。
オーウェンもしっかりしないと知らないわよ」

「おばあ様。そこは負けないようにやりますから」
オーウェンが赤くなって言う。
「ふんっさっさとしな。クリスももともとマーマレードの侯爵令嬢で、オーウェンの嫁としては身分的には問題ないのだし、それが更にボフミエの筆頭魔術師になって箔が付いたのだし、ドラフォード国内の期待も高い。オーウェンから見てふさわしくないということは無い事だけは確かだから。是非とも前向きに考えてもらえると嬉しい。のうバーミンガム公爵」
「それは確かに」
皇太后の言葉に公爵も頷いた。

クリスもオーウェンも真っ赤になっていた。

「まあ、おばあ様。そこは必ず自分に向いてもらえるようにするので」
オーウェンは話を変えようとする。

「そうかい。その言葉を信じるよ」
皇太后は頷いた。
「で、クリスから頼みがあると聞いたが」

「はい。皇太后様。
お恥ずかしいことながら、ボフミエは戦乱で荒れておりまして、今回も各国から食料援助を頂かないと飢饉で国が滅んでしまう寸前です」

「それはクリスらのせいと言うよりも前皇帝の悪政のせいであろう。
もっとも我が国は皇太子がボフミエにいるにもかかわらず1万トンしか援助しないとか。マーマレードより少ないとはどういうことだとは思っていたがのう、公爵」
「誠にその通りです。皇太后さま」
皇太后の怒りに公爵も頷く。

「まあ、各国のご協力によって今年の食糧は何とかなりそうなのですが、来年以降の目途が余りたっておりません。このままいくと来年も飢饉に見舞われてしまう可能性も高く、農業の見識のお高い皇太后さまに伏してお願いいたしたき事がございます」
そう言うとクリスは皇太后の前に跪いた。
「ボフミエの民の為に、何卒、農業の事のよく判る技術者をお貸し願えないでしょうか」
「クリス、一国の国主が簡単に他国の人間に跪くでない」
皇太后は注意した。
「皇太后様。一国の国主と言えど、食の問題は国の根幹を担う事です。
それが自ら出来ないという事では本来国主とは言えますまい。
1国の国主のメンツなど民の飢えの前に何ほどのものがありましょうか」
クリスは皇太后を見上げて言った。

「判った。そのクリスの心意気はよく判った」
皇太后はそのクリスの手を救い上げた。
「この婆やがどこまで出来るかは判りかねるが力の限りご助力いたそう」
両手で握ると皇太后は言った。

「えっではお聞き届けいただけますか」
喜んでクリスは言った。
「そこまで言われたらきかざるを得えないだろう。最高の技術者を派遣することを約束する」
「ありがとうございます。皇太后様」
クリスは思わず皇太后に抱きついていた。

オーウェンと公爵はその姿を唖然と見ていた。
まさかあの厳格な皇太后に抱きつくなど。
いくら好かれているクリスと言えども限度があろうと。
皇太后も最初は驚いたが、おずおずとクリスの背に手をまわした。

「さあ、クリス、晩餐の準備があるのだろう。そろそろおいき」
「すいません。皇太后様。つい嬉しくて」
赤くなってクリスは皇太后から離れた。

「私も晩餐には出よう。詳しくはそこで」
「判りました。皇太后様。本当にありがとうございます」
クリスらが出ていくのを名残り惜しく皇太后は見送った。

「皇太后様に抱きつくなど、不敬と申しますか何と申しますか」
皇太后に似て厳格な侍女が思わず言っていた。
「まあ、王妃にも孫にも抱きつかれた事など無いがの。久々の感覚である故まごついたが…」
赤くなりながらどこか楽しそうに皇太后は呟いていた。
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