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第一章 婚約破棄
閣議編 王妃の涙
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その茫然自失になっているときに、国王からの閣議への呼び出しがかかった。
なんとか、思いとどまるように言い聞かせている途中だがとりあえず、閣議に向かった。
「皇太子殿下の傷は思いの他ひどく、全治2か月と言われております。元々の原因が皇太子殿下だと言えども1国の皇太子をここまで傷つけてただで済ませるのはどうかと」
王妃が閣議室に入るといつもはいない王弟ヘンリーが、堂々とクリスを罰すべきだと述べていた。
「何をおっしゃっていらっしゃるのですか。ヘンリー殿。今回の件でクリスを罰するなど論外です。あなた巷の噂聞いているの?
必死に寝る間も惜しんで頑張っていた可憐な婚約者クリスティーナ嬢を、遊びまわっていた皇太子が婚約破棄した挙句、鉄拳制裁を受けたのは当然だと。嫁いびりの酷い王妃はなぜ平然としているのかってね」
「いやそこまでひどい噂は」
王弟が否定しようとしたが、
「はんっ。口に出ていなくとも心の中では思っているわよ。ここにいる皆もね」
王妃は全員を見回した。
「いやいや決して臣はそのようなことは」
財務卿のマイケル・モワット伯爵は慌てて否定したが、多くの臣下は微妙な表情だ。
「まあ、良いわ。私が甘やかしたのが悪いんです。クリス嬢は被害者です。ここで罰してごらんなさい。なんて言われるか分かったものではないわ」
「しかし、王妃様。ここまで重傷を負わせて」
「何言っているの。かよわいクリスがそんなことできるわけないじゃない。誰が信じるというの。そもそもその前にジャンヌがけり倒しているのよ。ジャンヌがやったに違いないわよ」
「じゃあ不問にされるので」
息子が皇太子の取り巻きのモワット財務卿が聞いた。
「罪に問えるわけないでしょ。私でも思いっきり殴り倒しているわよ。その場にいたらね」
当たり前でしょうという顔で王妃は応えた。
「その前にウィリアム・ミハイルが皇太子殿下に切りつけようとした件はいかがなさいますか」
近衛師団長のモバパルト・ギルティが発言した。
「あなた何言っているの。あの子の騎士の宣誓聞いていたでしょう」
当たり前のことを聞くなという表情で王妃が話す。
「それはしかし・・・。」
「あの子は戦神シャラザールの像の前で普通は戦神シャラザールに捧げるとか自分の部隊長である、ジャンヌに捧げるとかいうところで、我が姉クリスティーナに捧げるって、ジャンヌの許可得て言っているのよ。
姉を侮辱するものはこの命に代えて例え王族であっても鉄槌を下すと。その場でジャンヌがなんて言ったか知っているわよね」
王妃はギルティを見て一瞬黙る。
「たとえ皇太子であれど叩っ切れよ」
念を押すようにギルティを見て言う。
「そのような事を認められたのですか。コーフナー魔導第一師団長」
モワット伯爵が食いつく。
「モワット財務卿。皆様方もよく知られないかもしれませんが、先のノルディン帝国の侵略時、我らの勝てたのはジャンヌ王女のお働きもあるが、一番大きなお働きをされたのは、戦神シャラザールのご加護を受けられたクリスティーナ・ミハイル様の働きのおかげなのです」
一同ざわめきだす。
「確かに、勝因の一因を担っているとは聞いているがそこまでとは」
「私どもには戦神シャラザールはクリス様と同等なのです」
コーフナーが言い切る。
「その場の生き残りのコーフナー師団長が言われることは間違いないとは思うけど、これとそれは別よ。ウィリアム・ミハイルのとった行動はすなわち騎士の誓いはすべてに優先されるわよね。
ブリエント司法長官」
エリザベスは司法長官のブリエントに聞いた。
「まあ確かに第一継承順位の皇太子殿下を殺したとなると問題ですが、剣で切りかかるくらいは問題ないかと。騎士の誓いが優先されます」
「そうなのですか。じゃあ私がクリス嬢を侮辱してウィルに切りかかられたら」
王弟が話す。
「その場合殺されても問題ないかと」
厳しい目でブリエントは言った。
「な、なんと騎士はそこまで自由が利くのか」
ヘンリーは驚く。
「そもそも騎士は清廉潔白なものしかなれません。建国の戦神シャラザールがすべてお見通しなのです。
ウィリアム・ミハイルは12歳の時、ノルディン帝国戦に参戦。
王女殿下の覚えもめでたいと。15歳で騎士の資格を得るなど普通はありえません。
更にクリスティーナ・ミハイル嬢は清廉潔白。諜報局長のルーファスが太鼓判を押しております。
それは王妃様もよくご存じのはず。
そもそもミハイル嬢はとても我慢強いです。
いじめられようが仲間外れにされようが、今回の過酷なお妃教育においてもあれだけきつくあたられながら、涙一つ流すことなく耐えられたとか」
お妃はその言葉に更にショックを受けていた。
何も更に塩を塗らなくても良いのではないかとブリエントを見るが彼は知らぬ顔で続ける。
「流石に今回皇太子殿下に振られた時に涙にむせられたという事ですが、今回の件どう考えても悪いのは皇太子殿下ではないかと。巷では皆申しております。戦神シャラザールもお怒りであると」
「シャラザールシャラザールと伝説の戦神を持ち出されるが、クリス嬢はそこまでのものなのか」
「王弟殿下。やけにクリス嬢につっかかられますな。何かされたのですか。なんでしたら諜報局に調べさせますが」
ブリエントが白い目で言う。
「これはしたり、甥が失礼な事をしたから私の後妻にどうかと書類を送ったのだ。こんな噂になったら嫁の貰い手もあるまい」
皆唖然とした。
ガタっと思わず、コーフナーが立ち上がった。
「王弟殿下。神をも恐れぬ方ですな」
「大げさな。クリス嬢など、皇太子暴行犯に過ぎないではないか」
「神をも恐れぬ蛮行。恐れ入りました」
「蛮行とな」
王弟はきっとなって言う。
「失礼。ちょっと興奮し過ぎたようですな」
「失礼過ぎよう」
王弟は憤慨するが、それを無視してコーフナーは話し出した。
「3年前のノルディン侵略戦。帝国の先方は赤い死神と恐れられたアレクサンドル・ボロゾドフ現皇太子殿下でした。
その鬼神のような剣技魔術に対抗できず、私の所属していた北方師団は一瞬で粉砕され、我々は恥ずかしながらほうほうの体で逃げました。その鬼神のような皇太子殿下に率いられたノルディン軍は、逃げる我々に休む間もなく、ノザレ門前まで我々を追いかけなで斬りに兵士を殺していきました。北都のノザレの陥落は時間の問題でした。
その赤い死神がクリス様を見て戦いを放棄され、なりふり構わず、ほうほうの体で逃げ出されたのです」
「はっ馬鹿な。大方ジャンヌ王女がいたからだろう」
ヘンリーはありえないと思った。
「皇太子殿下はジャンヌ王女とは平気で剣を交えておられましたよ。普通に。それも我々は劣勢で、やられるのも時間の問題でした。そこへ剣をもったクリス様が現れたのです。その瞬間一言クリス様が話されたとたん、剣を投げ出されて逃げられたのです」
「驚きました。あの赤い死神が。」
財務卿が言う。
「大方何か妖術のようなものを見ていたのであろう」
なおもヘンリーは信じなかった。
「私もそう思いたいです。クリス様はジャンヌ様と違って見た目はおしとやかなご令嬢ですから」
コーフナーは続けた。
「しかし、いまだにアレクサンドル皇太子殿下はクリス様を恐れていらっしゃるようなのです。今回のパーティ会場にもノルディンの皇太子殿下はジャンヌ王女と連れ立って来られたそうです。私が聞いた話ではクリス様の隣で赤ワインを頭からぶっかけられながら震えて立ち尽くしておられたとか」
「はんっ。馬鹿馬鹿しい。大方怒りのあまり怒鳴り散らすのを我慢していたのだろうよ。
国王陛下。私はこれで失礼いたします」
怒って王弟は出て行こうとした。
「ヘンリー殿。今回の婚約破棄事件、いろいろと暗躍頂いたそうですね」
王妃がうしろから声をかける。
「暗躍とは何を証拠に」
「はんっ侍女らの目撃情報、伝聞情報多数です。今回の件、侍女らは相当憤っております。その処分は後日お伝えしますのでそのつもりで」
王妃が申し渡す。
「ふん、どうぞお勝手に」
ヘンリーは足音もあらわに出て言った。
「ヘンリーも問題じゃの。
父親以上の年をしてクリスティーナ嬢を嫁にとは」
国王が呆れて言った。
「もしこれを知ればウィルが切りかかりかねませんが」
コーフナーも恐れて言う。
「ミハイルに直ちに書類を抹消させなければ。ミハイル自身が切れそうだが」
国王はため息をついた。
「まず今回の件。エドワードの処分だが。」
「奉仕活動1か月では」
息子が皇太子の取り巻きの一人のモワット財務卿がすかさず言うと。
「何言っているの。そんなので許されないのは国民すべてが感じているわよ。少なくとも侍女連中はそう思っています。今回の件、うまくいかない場合は王妃廃妃を」
「はいっ?何をおっしゃっていらっしゃるのですか。王妃様は何も関係ないではないですか」
財務卿が慌てて言った。
「廃妃されるほどの過失があったとは思えんが」
国王も言う。
「本日侍女頭のコマリーが辞表を提出してきました」
淡々と王妃は言う。
「コマリーが。あの厳しい?」
ブリエントが目を見張った。
「そんなひどいことをしていたのですか」
「いえ、大した過失ではないわ」
王妃は首を振った。
「でも、取り返しのできない事を、国民にとって優秀な王妃の誕生をダメにしました。私が馬鹿王子の教育を間違えたがために。本当に申し訳ありません」
王妃が一堂に頭を下げる。
一同唖然とした。
いつも平然と業務を処理している、どちらかというと傲慢なあの王妃が頭を下げるなどありえないと。
「何があったというのだ」
「クリスにつらく当たりました。何でこんなこともできないのと。礼儀作法の細かいところ1つ1つです。なんで出来ないのと」
「しかし、それは王妃様の愛の鞭では」
モワットが言う。
皆もうなずかないまでも半分は肯定した。
王妃を止められるほどの罪なのかと
「ええ、私も最初はそう思っておりました」
王妃は首を振って一同を見た。
「でもクリスは私の見えていないところのフォローを、寝る時間も削ってやってくれていたのです。侍女の子供が困っていたら寝る時間も削ってわざわざ貴族のそれも侯爵家の令嬢が電話してフォローしたりしていたんです。それも何人も」
王妃の目は前を見てうつろだった。
「本日その侍女達から辞表が何通も出て参りました。
クリス様は悪くない。
クリス様の貴重な時間をつぶしたのは私たちだ。
クリス様を追い出すなら私を首にしてくれと。
私はそんなに侍女が困っているのを知らなかった。
いえ、違うんです。知ろうともしなかったんです。
それなのに、私が至らなかったのに。
クリスは寝る間も惜しんで私のいたらないところをフォローしてくれていた健気な娘に、まだ出来ていないとか、なんで出来ないのとか言っていたのです」
一同唖然として声も出なかった。
「出来ないのは私なのに。私が出来ていないのに。私の出来ないところをフォローしてくれていた彼女に、何故出来ないなんて、口が裂けても言ってはいけないのに言っていたんです。」
必死に涙をこらえて王妃は言った。
「本当に王妃としては失格です。とんでもないことをしてしまいました…・・」
王妃はそれ以上は一言も話せなかった。
涙が次から次に押し寄せて一言も話せなかった。
全員言葉もなくしばらく王妃の涙をすする音しか聞こえなかった。
なんとか、思いとどまるように言い聞かせている途中だがとりあえず、閣議に向かった。
「皇太子殿下の傷は思いの他ひどく、全治2か月と言われております。元々の原因が皇太子殿下だと言えども1国の皇太子をここまで傷つけてただで済ませるのはどうかと」
王妃が閣議室に入るといつもはいない王弟ヘンリーが、堂々とクリスを罰すべきだと述べていた。
「何をおっしゃっていらっしゃるのですか。ヘンリー殿。今回の件でクリスを罰するなど論外です。あなた巷の噂聞いているの?
必死に寝る間も惜しんで頑張っていた可憐な婚約者クリスティーナ嬢を、遊びまわっていた皇太子が婚約破棄した挙句、鉄拳制裁を受けたのは当然だと。嫁いびりの酷い王妃はなぜ平然としているのかってね」
「いやそこまでひどい噂は」
王弟が否定しようとしたが、
「はんっ。口に出ていなくとも心の中では思っているわよ。ここにいる皆もね」
王妃は全員を見回した。
「いやいや決して臣はそのようなことは」
財務卿のマイケル・モワット伯爵は慌てて否定したが、多くの臣下は微妙な表情だ。
「まあ、良いわ。私が甘やかしたのが悪いんです。クリス嬢は被害者です。ここで罰してごらんなさい。なんて言われるか分かったものではないわ」
「しかし、王妃様。ここまで重傷を負わせて」
「何言っているの。かよわいクリスがそんなことできるわけないじゃない。誰が信じるというの。そもそもその前にジャンヌがけり倒しているのよ。ジャンヌがやったに違いないわよ」
「じゃあ不問にされるので」
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「罪に問えるわけないでしょ。私でも思いっきり殴り倒しているわよ。その場にいたらね」
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「その前にウィリアム・ミハイルが皇太子殿下に切りつけようとした件はいかがなさいますか」
近衛師団長のモバパルト・ギルティが発言した。
「あなた何言っているの。あの子の騎士の宣誓聞いていたでしょう」
当たり前のことを聞くなという表情で王妃が話す。
「それはしかし・・・。」
「あの子は戦神シャラザールの像の前で普通は戦神シャラザールに捧げるとか自分の部隊長である、ジャンヌに捧げるとかいうところで、我が姉クリスティーナに捧げるって、ジャンヌの許可得て言っているのよ。
姉を侮辱するものはこの命に代えて例え王族であっても鉄槌を下すと。その場でジャンヌがなんて言ったか知っているわよね」
王妃はギルティを見て一瞬黙る。
「たとえ皇太子であれど叩っ切れよ」
念を押すようにギルティを見て言う。
「そのような事を認められたのですか。コーフナー魔導第一師団長」
モワット伯爵が食いつく。
「モワット財務卿。皆様方もよく知られないかもしれませんが、先のノルディン帝国の侵略時、我らの勝てたのはジャンヌ王女のお働きもあるが、一番大きなお働きをされたのは、戦神シャラザールのご加護を受けられたクリスティーナ・ミハイル様の働きのおかげなのです」
一同ざわめきだす。
「確かに、勝因の一因を担っているとは聞いているがそこまでとは」
「私どもには戦神シャラザールはクリス様と同等なのです」
コーフナーが言い切る。
「その場の生き残りのコーフナー師団長が言われることは間違いないとは思うけど、これとそれは別よ。ウィリアム・ミハイルのとった行動はすなわち騎士の誓いはすべてに優先されるわよね。
ブリエント司法長官」
エリザベスは司法長官のブリエントに聞いた。
「まあ確かに第一継承順位の皇太子殿下を殺したとなると問題ですが、剣で切りかかるくらいは問題ないかと。騎士の誓いが優先されます」
「そうなのですか。じゃあ私がクリス嬢を侮辱してウィルに切りかかられたら」
王弟が話す。
「その場合殺されても問題ないかと」
厳しい目でブリエントは言った。
「な、なんと騎士はそこまで自由が利くのか」
ヘンリーは驚く。
「そもそも騎士は清廉潔白なものしかなれません。建国の戦神シャラザールがすべてお見通しなのです。
ウィリアム・ミハイルは12歳の時、ノルディン帝国戦に参戦。
王女殿下の覚えもめでたいと。15歳で騎士の資格を得るなど普通はありえません。
更にクリスティーナ・ミハイル嬢は清廉潔白。諜報局長のルーファスが太鼓判を押しております。
それは王妃様もよくご存じのはず。
そもそもミハイル嬢はとても我慢強いです。
いじめられようが仲間外れにされようが、今回の過酷なお妃教育においてもあれだけきつくあたられながら、涙一つ流すことなく耐えられたとか」
お妃はその言葉に更にショックを受けていた。
何も更に塩を塗らなくても良いのではないかとブリエントを見るが彼は知らぬ顔で続ける。
「流石に今回皇太子殿下に振られた時に涙にむせられたという事ですが、今回の件どう考えても悪いのは皇太子殿下ではないかと。巷では皆申しております。戦神シャラザールもお怒りであると」
「シャラザールシャラザールと伝説の戦神を持ち出されるが、クリス嬢はそこまでのものなのか」
「王弟殿下。やけにクリス嬢につっかかられますな。何かされたのですか。なんでしたら諜報局に調べさせますが」
ブリエントが白い目で言う。
「これはしたり、甥が失礼な事をしたから私の後妻にどうかと書類を送ったのだ。こんな噂になったら嫁の貰い手もあるまい」
皆唖然とした。
ガタっと思わず、コーフナーが立ち上がった。
「王弟殿下。神をも恐れぬ方ですな」
「大げさな。クリス嬢など、皇太子暴行犯に過ぎないではないか」
「神をも恐れぬ蛮行。恐れ入りました」
「蛮行とな」
王弟はきっとなって言う。
「失礼。ちょっと興奮し過ぎたようですな」
「失礼過ぎよう」
王弟は憤慨するが、それを無視してコーフナーは話し出した。
「3年前のノルディン侵略戦。帝国の先方は赤い死神と恐れられたアレクサンドル・ボロゾドフ現皇太子殿下でした。
その鬼神のような剣技魔術に対抗できず、私の所属していた北方師団は一瞬で粉砕され、我々は恥ずかしながらほうほうの体で逃げました。その鬼神のような皇太子殿下に率いられたノルディン軍は、逃げる我々に休む間もなく、ノザレ門前まで我々を追いかけなで斬りに兵士を殺していきました。北都のノザレの陥落は時間の問題でした。
その赤い死神がクリス様を見て戦いを放棄され、なりふり構わず、ほうほうの体で逃げ出されたのです」
「はっ馬鹿な。大方ジャンヌ王女がいたからだろう」
ヘンリーはありえないと思った。
「皇太子殿下はジャンヌ王女とは平気で剣を交えておられましたよ。普通に。それも我々は劣勢で、やられるのも時間の問題でした。そこへ剣をもったクリス様が現れたのです。その瞬間一言クリス様が話されたとたん、剣を投げ出されて逃げられたのです」
「驚きました。あの赤い死神が。」
財務卿が言う。
「大方何か妖術のようなものを見ていたのであろう」
なおもヘンリーは信じなかった。
「私もそう思いたいです。クリス様はジャンヌ様と違って見た目はおしとやかなご令嬢ですから」
コーフナーは続けた。
「しかし、いまだにアレクサンドル皇太子殿下はクリス様を恐れていらっしゃるようなのです。今回のパーティ会場にもノルディンの皇太子殿下はジャンヌ王女と連れ立って来られたそうです。私が聞いた話ではクリス様の隣で赤ワインを頭からぶっかけられながら震えて立ち尽くしておられたとか」
「はんっ。馬鹿馬鹿しい。大方怒りのあまり怒鳴り散らすのを我慢していたのだろうよ。
国王陛下。私はこれで失礼いたします」
怒って王弟は出て行こうとした。
「ヘンリー殿。今回の婚約破棄事件、いろいろと暗躍頂いたそうですね」
王妃がうしろから声をかける。
「暗躍とは何を証拠に」
「はんっ侍女らの目撃情報、伝聞情報多数です。今回の件、侍女らは相当憤っております。その処分は後日お伝えしますのでそのつもりで」
王妃が申し渡す。
「ふん、どうぞお勝手に」
ヘンリーは足音もあらわに出て言った。
「ヘンリーも問題じゃの。
父親以上の年をしてクリスティーナ嬢を嫁にとは」
国王が呆れて言った。
「もしこれを知ればウィルが切りかかりかねませんが」
コーフナーも恐れて言う。
「ミハイルに直ちに書類を抹消させなければ。ミハイル自身が切れそうだが」
国王はため息をついた。
「まず今回の件。エドワードの処分だが。」
「奉仕活動1か月では」
息子が皇太子の取り巻きの一人のモワット財務卿がすかさず言うと。
「何言っているの。そんなので許されないのは国民すべてが感じているわよ。少なくとも侍女連中はそう思っています。今回の件、うまくいかない場合は王妃廃妃を」
「はいっ?何をおっしゃっていらっしゃるのですか。王妃様は何も関係ないではないですか」
財務卿が慌てて言った。
「廃妃されるほどの過失があったとは思えんが」
国王も言う。
「本日侍女頭のコマリーが辞表を提出してきました」
淡々と王妃は言う。
「コマリーが。あの厳しい?」
ブリエントが目を見張った。
「そんなひどいことをしていたのですか」
「いえ、大した過失ではないわ」
王妃は首を振った。
「でも、取り返しのできない事を、国民にとって優秀な王妃の誕生をダメにしました。私が馬鹿王子の教育を間違えたがために。本当に申し訳ありません」
王妃が一堂に頭を下げる。
一同唖然とした。
いつも平然と業務を処理している、どちらかというと傲慢なあの王妃が頭を下げるなどありえないと。
「何があったというのだ」
「クリスにつらく当たりました。何でこんなこともできないのと。礼儀作法の細かいところ1つ1つです。なんで出来ないのと」
「しかし、それは王妃様の愛の鞭では」
モワットが言う。
皆もうなずかないまでも半分は肯定した。
王妃を止められるほどの罪なのかと
「ええ、私も最初はそう思っておりました」
王妃は首を振って一同を見た。
「でもクリスは私の見えていないところのフォローを、寝る時間も削ってやってくれていたのです。侍女の子供が困っていたら寝る時間も削ってわざわざ貴族のそれも侯爵家の令嬢が電話してフォローしたりしていたんです。それも何人も」
王妃の目は前を見てうつろだった。
「本日その侍女達から辞表が何通も出て参りました。
クリス様は悪くない。
クリス様の貴重な時間をつぶしたのは私たちだ。
クリス様を追い出すなら私を首にしてくれと。
私はそんなに侍女が困っているのを知らなかった。
いえ、違うんです。知ろうともしなかったんです。
それなのに、私が至らなかったのに。
クリスは寝る間も惜しんで私のいたらないところをフォローしてくれていた健気な娘に、まだ出来ていないとか、なんで出来ないのとか言っていたのです」
一同唖然として声も出なかった。
「出来ないのは私なのに。私が出来ていないのに。私の出来ないところをフォローしてくれていた彼女に、何故出来ないなんて、口が裂けても言ってはいけないのに言っていたんです。」
必死に涙をこらえて王妃は言った。
「本当に王妃としては失格です。とんでもないことをしてしまいました…・・」
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