魔法学園のケンカップル

ぺきぺき

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15 キャサリンとレグルス

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六年生になったキャサリンは交流プログラムに参加するために隣国のヒューゲンに来ていた。オリーブブラウンの髪を簡単に編み込んでまとめて、席に座って講義を受けながらノートを取っている。
誰かさんと付き合うようになって身だしなみを整える力は格段に上がった。なんてたって、誰かさんがかっこよすぎるので、変な格好で隣に並べないのだ。

周りの男子からの評判は”ちょっとかわいい”で、誰かさんに”平凡女”と言われ続けたキャサリンからすると信じられないものだった。キャサリンのことを”かわいい”というのはその誰かさんとうるさい父以外にいないと思っていたから。

左手の薬指にきらりと光るシンプルな指輪はその誰かさんとのペアリングだ。絶対に外さないでほしいと言われ、防水魔法まで付与されている。


交流プログラムには40人ほどの学生が参加しており、中にはキャサリンのように指定校以外から講師の推薦を受けてプログラムに参加している学生もいた。全員が初対面という状況だったが、キャサリンに婚約者がいることは初日に知れ渡っていた。

目ざとく左手薬指の指輪を見つけられて、訳を聞いた一人の女子学生から全体に広がった。

「恋愛結婚?交際もうすぐ二年?学生なのに思い切ったね。」

「彼氏側からの提案なんだ。…もしかして、結構束縛するタイプ?」

「え、毎晩電話かかってくるの?え、そんなマジックアイテムがあるんだ!」

一か国目に滞在している間に、『キャサリンの彼氏はやばい束縛男である』という噂が立ってしまったが、やっかみだろうとキャサリンは気にしない。
むしろ興奮すると大声になる誰かさんのおかげで噂にさらされることにはすっかり慣れた。


二年生の時に、結婚に関する噂を流されたときは、まさか自分がレグルスと恋人になり、最終的に婚約するとは思いもしなかった。
意味も分からず突っかかってきていた男の子と結婚の約束をするなんて。しかし、今となってはレグルスとの未来以外は想像ができない。

左手の指輪や首元のネックレスを見れば、レグルスの顔を思い出し、今日も頑張ろうと思えた。二回目のデートで買ったテディベアは交流プログラムに連れてくるほどに気に入っていた。クローゼットを開ければ赤い服が目立つようになってきたし、手帳にはマジックカメラで撮ったレグルスとの写真が常に挟まれている。

…課題に集中している時にかかってくる通信には正直辟易することもあるが。



ー---



キャサリン達の交流プログラムが彼女の母国にやってきたのはクリスマス休暇明けだった。クリスマスに国に戻り、プログラムの合間に大学へ提出する願書に関わる細かい手続きで魔法学園にやってきたキャサリンは獣人と思われる年下の女の子たちに囲まれた。

「ロバート先輩、レグルス先輩の恋人だって勘違いしてるって本当ですか?」

「え?」

「レグルス先輩はここにいるマーシーとお付き合いを始めたんです。」

「お泊りデートまでしたんですから。勘違い女はさっさとレグルス先輩から手を引いてください。」

お泊りデートという言葉にぴくりとしたが、ここはあくまで冷静に蹴散らしておかないと。センターにいて女子学生に守られるように囲まれている水色の髪の女子学生をちらりと見る。うるうるとした目は庇護欲をそそるし、可愛らしいし、悔しいことに胸もキャサリンの数倍は大きい。
マーシーと呼ばれた女子学生は青いネクタイをしていたので四年生以上だろう。自分ではあくまでキャサリンに食って掛からず、周囲の友人に言わせているところがキャサリンの鼻につく。


「たしかに、私はレグルスの恋人じゃない。もう卒業して婚約者になったの。」

知らなかったのか、女子学生たちの驚愕したような様子が見えた。去年、専科に進んでいる学生の間では噂になっていたので知らないところを見ると、去年はまだ共通科にいたのだろう。つまり、四年生だ。
思わせぶりに左手の指輪を見せつける。

「クリスマスには私の実家のパーティーにレグは来たし、私も彼の実家に行ったけれど…。」

あなたたち、何言ってるの?という顔で見やる。

「そ、そんなの嘘かもしれないわ!」

「そ、そうよ!なんとでも言えるわ!」

「指輪だって、自作自演よ!」

「マーシーはお泊りデートまでしたのよ!」

”お泊りデート”という言葉にはキャサリンもいらっと来ていた。真偽のほどは後でレグルスを問い詰めるとして、ここはひとまず置いておこう。

「私たちの婚約は五年生以上ならみんな知ってるし、確認してもらって構わないよ。”お泊りデート”をもししたんだとしたら…、私の婚約者がひどいことをしてごめんなさいと謝る必要があるかも。
だって、婚約者がいるのに他の女性とお泊りするだなんて…。」

言外にお前が勘違い女だと匂わせて、申し訳ないような顔をする。


「レグルス先輩は…!ロバート先輩とは別れたいって言ってました…!」

ついにマーシー本人が声を出した。

「私と一緒になりたいって…!」

「そうだとしても、婚約を解消する前に”お泊りデート”なんてする男、あなたのためにおすすめできないわ。この件については私が本人を叱っておくから。」

キャサリンの得意なド正論である。何を言い返してやろうかとぐぬぬとしている女子学生たちに「それじゃ」と言ってその場を去った。



ー---



全然相手にならないわ、といった様子で下級生の女子たちを蹴散らしたキャサリンだったが、内心は荒れ狂っていた。…”お泊りデート”ですって?私ともまだしてないのに?

交流プログラムで利用している宿舎まで帰ってくると夕飯時となっていた。プログラムの仲間たちは今日は休日として街に繰り出しており、いない。夕飯はどうしようか、と思っているところにレグルスから魔法道具を使って通信があった。

『キティ!研修が今終わったんだ!一緒に夕飯を食べよう!』

嬉しそうなレグルスの声だ。しかし、今日ははっきりさせておかなければならないことがある、とキャサリンは努めて不機嫌な声を出した。

「夕飯ね…。その前に言うべきことがあるんじゃない?」

『なんだって?』

「可愛い獣人の女の子と、”お泊りデート”したんだって?」

『………は!?』

「今日、魔法学園で下級生の女の子に『勘違い女は手を引いてください』って言われたんだけど?」

『んな、ななな、わけねーだろ!?信じるなよ!!』

「信じてないけど、いらっとした。もしかして、私がいなくなって散々女の子たちが集まってきいるんじゃない?」

レグルスは今190センチ近い背丈があり、160センチあるかないかのキャサリンよりは30センチも背が高い。熊獣人にしては細いが、体格のいい一般人ぐらいの筋肉がついてきて少しいかつくなり、貴族の女子からの人気はすっかりなくなっていた。
代わりに燃え上がったのが強い男が好きな傾向がある獣人の女子たちからの人気である。特に、レグルスのキャサリンへの熱烈な告白や婚約した事情などをよく知らない下級生の女子に大人気であった。

『ああ…。なんか下級生の女子たちが…。でも学園にはほとんど行かないから…!』

レグルスは慌てているような声で言い募るが、嬉しそうな声色を隠しきれていない。…何が嬉しいんだ。

「イケメン過ぎて嫌になる…。それとちょっと嬉しそうなのもむかつく。」

『いや、だって、それや、やきもちだろう?…とにかく!迎えに行く!噴水広場でいいか?30分後に。』

「…わかった。」

通信を切ると、キャサリンは急いで制服を着替え、焦げ茶にタータンチェックのお気に入りのコートを着て、噴水広場へ向かった。



ー---



噴水広場で待っていると、観光中のプログラム仲間に会った。

「キャサリン、今から夕食?よかったら一緒にどう?」

ちなみにプログラム参加者は四分の三が男子だ。声をかけてきたのも男子と女子の混合グループである。

「悪いけど、先約があるから。みんなで楽しんできて。」

「キャサリンのおすすめ、どこもとっても素敵だった!」

「夕飯はどこがいいと思う?」

「うーん、予算次第だけど…。」

話し込んでいたキャサリンはこちらに背後から俊足で走っくる男に気づかなかった。


「俺のキティに何してる!?」

キャサリンを引っ張って集団から隠したのはもちろんレグルスだ。キャサリンの目の前にはレグルスの広い背中しか見えなくなる。慌てて後ろから顔を出すと面食らったようなプログラム仲間の顔があった。

「えっと…君は…?」

「レグルス、彼らは同じプログラムに参加してる学生なの。不審者じゃない。」

「男ばっかりじゃないか!?聞いてないぞ!?」

「言った。女子は10人しかいないって。みんな、私の…婚約者のレグルス・デイビー。」

今も婚約者と言う時に照れてしまう。レグルスも悪印象を与えるとキャサリンに不便が生じると思ったのか、急に丁寧な口調になって、学生たちに向き直った。

「初めまして。いつもキャサリンがお世話になっています。」

今更とりつくろったところで遅い。いや、すでにひどい束縛男だという噂があるのだから何をしたって襲い。しかし、レグルスの顔がいいので女子たちは騙されてくれた。

「素敵な婚約者さんね!」

「これから一緒に食事はどうですか?」

露骨にレグルスに絡んでくる様子にはイラっとしたが、レグルスは全くなびかない。というか、気づかない。世の中にはキャサリンよりも美人で可愛い女の子がたくさんいて、レグルスがちょっかいをかけられているのを見ると心配するのだが、レグルスはすぐにその不安を取り払ってくれる。

「いえ、彼女とデートをするので。俺たちはここで。」

レグルスはキャサリンの肩を抱くとその場をにこやかに去った。


「飯、どこで食べる?」

「あのカレー屋に行かない?ついにあの店主、甘いカレーを出したんでしょ?」

「ああ。びっくりだろ?」

「これでついに人気がでるかもね。」

二人が二回目のデートで開拓した異国の辛すぎるカレー店は根強いファンにより存続していたが、人気店とはいえなかった。


「…あー。」

気まずそうな、照れたような、そんな風に顔を赤らめてこちらを見てくるレグルスに足を止める。

「”お泊りデート”の計画も立てるか?」

「へ!?」

「次のイースターにでも二人で旅行に行きたい。ボルトン支部長が郊外の別荘の一つを格安で貸してくれるんだ。家族で行くにはちょっと手狭だから若い知り合いのカップルに提供してるらしい。」

突然のことにどうしていいかわからないキャサリンは顔を真っ赤にして固まってしまった。


「俺が”お泊りデート”は初めてだって証明する。もう変な嘘つき女に嫉妬しなくてもいいように。」

変な嘘つき女のことはかけらもキャサリンの頭に残らなかった。



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