魔法学園のケンカップル

ぺきぺき

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11 悩める進路、離れたくなくてできない応援

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五年生になると皆が卒業後の進路を考え始める。職業体験やインターンへの参加も活発になり始めるタイミングだ。上級魔法科で勉学に励む学年首席であるレグルスには輝かしい未来が約束されたも同然であり、どこもかしこもレグルスに就職してほしがっていた。

兄も同然に慕う人が働く魔法警察や学園の研究職もありだし、冒険クラブで学んだことを活かして冒険者になるのもありだ。

できれば、キャサリンのそばにいられる職業がいい。キャサリンは卒業後は隣国ロマーノの大学に進学して経営を学びたいと言っていた。でも、大学を卒業した後は商会で働くことを考えている様だし…、どう働くのが正解なのかわからないな。

「私のことは気にしなくていいよ。だって、いくらでもやりようはあるでしょ?遠距離で会話できるマジックアイテムも実用化されたし。離れてても話せるじゃない。」

キャサリンはドライだ。話せるがいちゃいちゃはできないじゃないか、とレグルスは思うのだが。マーリンが言うには『レグルスはべた惚れでキャサリンはちょいと惚れ』なのだそうだ。

キャサリンにはレグルスのために進路を変えるという考えは欠片もない。もちろん、レグルスも変えさせるつもりはないが、どうあがいても遠距離になってしまうタイミングがあるだろう。魔法学園にいる間はなるべく一緒にいたい。

「職業体験、行ってみたら?」

「そうだよな。」

この時はレグルスも自分がやりがいを感じられる仕事をみつけられたらいい、程度に思っていた。



ー---



四年生で人より多く授業を履修し終えたレグルスは、五年生ではキャサリンと共に経営の授業を受けていた。経営の授業は希望者が少ないため、二年に一度しか開催されないのだ。
キャサリンは経営の授業をしてくれる外部講師とは以前からの知り合いらしかった。今日は彼女が授業後に講師に呼ばれたため、レグルスは先に夕食のために食堂に行き、いつものメンツと合流した。

「レグルス!キャサリンは?」

「講師に呼ばれてて後から来る。」

夕食に選んだ好物のサーモンソテーをマーリンやヨークが座るテーブルに置いた。ちなみに二人はよく一緒にいるが恋人同士ではない。マーリンが追いかけている最中なのだと公言しているが、魔法科に信じている者はいない。
学年一番のモテ女が、正直あまり目立ったところのないヨークに惹かれるとは信じられないと皆が考えるからだ。ちなみに、レグルスは他人の恋愛に興味がないので、どちらでも良い。


「レグルス・デイビーくんよ。かっこいい。」

「今日はあのイマイチな彼女はいないみたい。声、かけてみる?」

レグルスはキャサリンがいなければ、周りにちゃんと目が行くし、噂話も聞こえてくる。キャサリンを貶めるような言い草に思わず噂の主を睨みつけそうになったが、続く言葉で睨むことはやめてやった。

「知らないの?レグルスくんの方がべたぼれなのよ?一緒にいるときはずっとひっついてるんだから?」

「えー?ずっと喧嘩してるんじゃないの?」

「ケンカップルってやつよ。」

満足そうな顔のレグルスの顔をマーリンが呆れたように見てきた。

「夏休み前は手もつなげなかったのに、すごい変化ね。べたぼれな彼氏くん?」


マーリンにからかわれても仕方がないような変化だった。同じ授業は常に隣で受けているし、授業が始まるまではキャサリンの腰に手を回して近すぎる距離で一緒に予習をしている。二人でいるときの距離感は恋人以外の関係性が疑えないほどに近かった。

もちろん、いまだに喧嘩もしているが、大体が『邪魔!』『俺に触られるのが嫌なのか!?』という大変くだらないものである。


「レグルス!レグルス!」

レグルスから遅れるほど30分ほどで食堂にキャサリンがやってきた。何やら興奮したように頬を赤らめてこちらにぱたぱたと走ってくる。

「遅かったな。何の話だったんだ?」

「すごい話だった…!来年度の三か国の学生交流プログラムに推薦してもらえるって!」

空いているレグルスの隣に座って手にしていた書類を示した。

「経済と経営を学びたい大学進学前の学生を対象にしたプログラムで、一年でうちと、ヒューゲン、ロマーノの三か国を巡って大学の講義に参加したり、有名な先生の講演を聞いたりできるらしいの!定員は40-50人で、三か国から学生が集まるの!魔法学園は対象の学校に入ってなくて単位互換できないから卒業に必要な単位を今年中に取り終える必要があるんだけど、それは難しくないし…。」

「待ってくれ、キャサリン。」

興奮して怒涛の勢いで話し始めるキャサリンをなんとか止めて内容を整理する。

「一年で三か国を巡るプログラム。単位を今年で取り終える。」

「うん。」

「つまり、六年生の一年間は魔法学園にいないってことか?」

「ずっとじゃないけれど、いないに等しいと思う。」

「だめだ。」

思わず、レグルスは言ってしまった。キャサリンが驚いたように目を見開いてこちらを見る。ちなみに一緒のテーブルにいたマーリンとヨークもギョッとしてレグルスを見ていたし、周囲も聞き耳を立てていたのだが、レグルスはキャサリンしか見ていなかった。


「…だめ?それは参加してはいけないってこと?」

「ただでさえ、卒業したら国が分かれて会えなくなるかもしれないのに、卒業前から会えなくなるだなんて、だめだ。」

「そ、それは確かに、さみしいかもしれないけど、とってもいい機会なの。先生がわざわざ私のために推薦枠を確保して持ってきてくださったのよ?」

「別に卒業したら大学で勉強できるじゃないか!今、わざわざ魔法学園に在籍してるのに、外に出るようなプログラムに参加しなくてもいいだろう!?」

ヒートアップしてくると声が大きくなってしまうのはレグルスの悪いところでもある。おかげでさらに多くの食堂にいた学生たちの目を集め、なんだなんだとレグルス達に注目し始めた。

「でも、あんたもずっと私が経営を勉強したがってたの、知ってるでしょ?卒業に必要な単位を取り切った六年生が魔法学園にいないのは普通のことじゃない!」

「まるまる一年いないのは普通じゃない!!その後、隣国の大学に通うことになったら!?五年近くまともに一緒にいられないじゃないか!!」

「休暇には会えるじゃない!まさか大学にも行くなって言いたいの!?」

「行くなとは言ってねーだろ!!そこは我慢するけど来年度もだなんて受け入れられない!!行かなくても問題ないじゃないか!!」

「問題あるなしじゃない!私が行きたいの!」

「俺といるより大事なのかよ!!」

レグルスの言い放った言葉を受けて、キャサリンは唇を噛みしめてわなわなと震えている。目には涙が溜まっており、レグルスを睨みつけるように見つめてくる。レグルスの言い分は『仕事と私、どっちが大事なの!?』みたいなものであり、仕事が大好きな人に言ってはいけない言葉である。


「……応援してくれると思ったのに、間違ってたみたい。もういい。」

キャサリンはレグルスにしか聞こえないぐらい小さい声でぼそっと言うと書類をつかんで立ち上がった。

「さよなら。」

そのまま夕飯も食べずに食堂をつかつかと出ていく。脳内でキャサリンの『さよなら』がリフレインしたレグルスはその場から一歩も動けなかった。



ー---



翌日から『レグルス・デイビーがフラれた』というニュースが魔法学園中を駆け巡った。

「レグルスくん、とんだ束縛男でがっかりした。」

「えー、私なら絶対行くなって言ってるレグルスくんを置いていけないわ!」

「二人の相性が悪かったのよ。あれは別れるしかないわ。」

「今、慰めてあげたらレグルスくんの恋人になれるかな?」


ちなみにレグルスはキャサリンにおいていかれた後から屍のようになっており、全ての噂話が右から左へと耳を抜けて行っていた。

「どうして、俺は、あんなことを…。」

「レグルスがそういう風に悩んでいるの久しぶりに見たね。」

朝食の席にはルームメイトのウルとヨークがいてレグルスを励ましていた。

「しょうがないよ。縁がなかったんだ。諦めなよ。」

とは、その場を見ていなかったウルの意見だ。

「フラれてしまったものは仕方ないだろう?」

「フラれてない!!」

「レグルスの束縛に嫌になったロバートが『さよなら』と言いおいて去っていったって聞いたけど?」

「違う!確かに『さよなら』とは言われたけれど!折り合いがつかなくて喧嘩しただけだ!すぐに仲直りする!」

「でも、留学してほしくないレグルスと留学したいロバートがどうやって折り合いをつけるんだよ?」

それは…とレグルスも押し黙る。一緒にいたいだけだったのに、何でこんなことになってしまったのか。レグルスはプログラムをキャサリンに教えた講師を恨んだ。

「レグルス、お前、昨日のあれは職業婦人志望の女子をみんな敵に回した。マーリンですら信じられないって怒って席を立っただろう?」

「ああ…。」

「ロバートの友達はそういうタイプばっかりだから、多分、ロバートは今日、お前と別れるべきだって話をみんなからされると思う。」

「…な!なんだって!?」

「仲直りしたいなら、ロバートが説得されきる前に急いだほうがいい。」

「でも…。」

行ってほしくない気持ちは変わらないのに、どうやって折り合いをつければいいんだ…。


その日、レグルスの気持ちが浮上することはなかった。



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