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4 周りからの嫉妬、突き飛ばされて気づく恋
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一年生の時はレグルスのよくわからない絡みを正論で受け流すキャサリンという構図が常であったが、二年生となると二人がぎゃいぎゃいと言い争う姿が度々みられるようになった。
というのも、レグルスの絡みが『俺はすごいんだぞ!敬え!認めろ!』というマインドのものから『俺だけを見てくれ、ロバート!』というマインドに代わり、キャサリンが思わず『大きな声でなんてこというの!?』と怒りたくなってしまうようなものになったからである。
喧嘩の内容も何日も根に持つような深刻なものはなく、ひたすらに周囲から見れば可愛らしいだけだったのだが、二年生も終わりに差し掛かったある日、それは起きた。
食堂でキャサリンがルームメイトのマーリンとブルックと夕飯を食べているのを見つけたレグルスは一緒にいたウルやヨークと一緒に同じ席に座った。
キャサリンには嫌そうな顔をされたが、マーリンとブルックは仕方がないとレグルス達の席をあけてくれた。
「それ、三年生からの選択授業のシラバス?」
「そう。どの授業に興味あるかっていう話をしてたのよ。」
「まあ、魔法科志望は魔法科の選択必修選んだら結構な時間割が埋まっちゃうけどね。」
マーリンは「私は上級魔法科志望だから余計なことできないわ」と言って夕飯のハンバーグを口に運んでいる。マーリンは母が猫獣人のハーフで父が平民という血筋であり、レグルスに次ぐ魔力量を持っている。成績も悪くはないのでこのままいけば上級魔法科に進学できるだろう。
「ブルックは?」
「私は創作科志望なの。特に選択必修はないから、マーリンとキャサリンにあわせるわ。二人がいないと赤点取っちゃうかもだし。」
ちなみにもちろんレグルスは上級魔法科志望だ。ウルとヨークも今のところ魔法科を希望している。
魔法科とは魔法職に就くことを希望する学生のための専科であり、より高度な魔法を学ぶ。創作科は魔法道具や魔法薬の制作を生業にしたい学生が進む専科だ。
他には魔法医療を学ぶ医療科と魔法を扱わない普通科がある。昨今は身分の垣根が取り払われつつある魔法職が人気で多くの学生が魔法科に進学する。魔力量に不安のある学生たちも魔力量を高める方法が正式に学園で導入され、希望すれば訓練を受けられるようになったことから、その人気は年々上がっている。
つまり、年々上級魔法科は希望者が増えて狭き門となっているのだ。
筆記と実技、両方とも不足のないようにしておかなければ、足元をすくわれるかもしれない。
だから、とレグルスはキャサリンを見た。
「お前、属性魔法も苦手みたいだし、このままだと上級魔法科への進学、危ないんじゃないか?」
レグルスは当然キャサリンも上級魔法科への進学を希望していると思っていた。成績は(魔法科目を除けば)とてもいいし、遅くまで図書室で勉強している姿だって見かける。それに冒険クラブに所属しているのだから、将来は冒険者になることも考えているのではないだろうか。冒険者のような魔法で戦闘を行う必要のある職では上級魔法科卒の称号は有利に働く。
そもそも上級魔法科は魔法学園の憧れであり栄誉ある称号でもあるのだ。欲しくない学生などいないだろう。
だから、レグルスは心配してキャサリンに声をかけたのだ。
「ああ。私は普通科志望よ。」
レグルスがその言葉を飲み込むにはたっぷり時間が必要だった。
「…………普通科?」
「うん。」
普通科は魔法を専門にしない学生のための専科だ。成績優秀者には普通科特進コースというのが用意されており、政治家を志望している貴族令息たちが進学していく。女子で普通科に進学する子は…。
レグルスの頭にカルベット家の女の子たちがぽんぽんと浮かんだ。
『私、将来は素敵なお嫁さんになりたい(意味ありげな目線)の!』
『私は普通科一択だわ。卒業したら、結婚する(意味ありげな目線)の。』
もちろん、普通科に進学す女子学生はお嫁さん志望ばかりではない。貴族の家や王城で侍女や女官になることを目指す子やまだ数は少ないが政治家を目指す子もいる。
ただ、レグルスの引き出しには『お嫁さん』という選択肢しかなかっただけである。
「お、お、おまえ、結婚するのか!?」
テンパった時に大声で怒鳴ってしまうのはレグルスの悪いところである。そして『結婚』というワードはキャサリンに対して、禁句であった。あ、まずい、とマーリンとブルックがキャサリンを振り返った時には、彼女の絶対零度の瞳がレグルスを睨みつけていた。
「なんで普通科に進学すると結婚することになるの。もちろん働くの。」
静かに淡々と話すキャサリンの声にこれまでに感じたことのない冷たいものを感じて、レグルスは持っていたフォークとナイフをカチャーンと皿にぶつけた。
「私は、将来は商会で働くの。そのために経済や経営を大学で学びたいから普通科特進コースを目指しているの。本当は魔力さえなかったら魔法学園に入学せずにロマーノの学校に留学していたんだから。」
「じょ、上級魔法科に進学することは考えないのか?魔法学園一の栄誉ある称号だろ?」
獣人の直感でキャサリンの様子がいつもと違うことを感じていたレグルスだったが、キャサリンと一緒に上級魔法科に進学したい気持ちが勝って、言い募ってしまった。
「私は魔法には一切興味ないから。」
「でも、冒険クラブに入ってたじゃないか?冒険者に興味はないのか?」
「商会の仕事には体力がいるの。唯一ちゃんと運動できるクラブだから冒険クラブに入っていたの。」
「でも…。」
「私が何科に進学しようが私の勝手でしょ?」
キャサリンの突き放すような言い方に思わずカチンと来て怒った声を出してしまう。
「俺はただ!お前と!!!!………!!!!」
しかし、続きは言えなかった。
ー---
次の日から、『キャサリン・ロバートが卒業後は結婚するらしい』という噂が学年で広がった。レグルスが食堂で『お、お、おまえ、結婚するのか!?』と大声で言ってしまったのをみんなが拾った結果である。
翌日からキャサリンはレグルスと口をきいてくれなくなった。
「キャサリン、親戚に卒業後は進学せずに家のために結婚しろって言ってくる迷惑なのいるみたいで、”結婚”の話だされるの露骨にいらいらしちゃうのよ。ごめんね、レグルス。」
レグルスはキャサリンに無視されているというこの状況が相当こたえた。一方的に話しかけ続けていたら、噂の元凶であるレグルスに相当腹が立っていたのか、ついには避けられるようになった。
授業の直前まで教室にはいないし、授業の直後にすぐに教室を出ていく。
「余計なお世話かもしれないけど、俺はすぐに仲直りした方がいいと思う。」
授業後にそう言ったのはヨークだ。
「カルベット家のレグルスファンの女子たち、最近よくロバートに絡んでる。」
「………どういうことだ?」
「『レグルスくんをたぶらかさないで』とか、『平凡女が珍しいから絡んでるだけ』とか、『レグルスくんに近づくな』とか。」
「な…!なんでそんなことを!?」
「明らかにレグルスがロバートのこと好きだからだろう?」
「すすすすす好き…!?そんなんじゃ……!!」
「はいはい。ロバートはいつも恋愛なんて興味ありませんみたいな顔して躱してるけど、今回の噂。」
必死の反論を流されてしまったが、ヨークが真面目な顔をしているので不満に思いながらも議論を巻き戻すことはしない。
「ロバートが卒業後に結婚するってやつか?」
「そう。『誰と結婚する気!?まさかレグルスくん!?』とか、『もしかして婚約者がいるの!?それでレグルスくんに近づくとか許せない!』とか言ってすごい荒れてたのをこの前目撃した。
噂はまだしばらく続くだろうし、彼女たちが変なことをロバートにしないように張り付いておいた方がいいと思う。」
鼠獣人であるヨークはその特性から諜報活動が得意だ。そんな彼が仕入れてきた情報なのだから確かなのだろう。しかし、ヨークの言う『変なこと』がレグルスにはピンとこなかった。
「最近は落ち着いてきたけれど、高位貴族の女子が低位の貴族女子や平民の女子をいじめるのは良くある話だ。陰口なんて可愛いものから、私物を隠したり、制服を汚したりとか。
エスカレートすると被害にあった女子は怪我をするなんてことも…、ちょ、レグルス!エスカレートしたらだからな!おーい!」
ヨークの言葉の途中でレグルスはその場を駆けだしていた。
キャサリンは女子寮の方へ向かったはず。レグルスは女子寮には入れないが、カルベット家の女たちもA寮という個室の寮に住んでいるから、キャサリンの住む女子寮に入るには許可がいるはずだ。
やつらがキャサリンを捕まえるとしたら女子寮の手前だろう。
教室から女子寮までの人の少ない場所をしらみつぶしに見て回っていると、とある階段の踊り場でキャサリンが女子たちに囲まれているのを見つけた。
そこに集まっているのは同級生の二人を含めたカルベット家の女たちだ。
会話は聞こえなかったが言い争っているような気配がしたので、下の階から駆け寄ろうとしたちょうどその時、女子たちに押されたキャサリンが踊り場から押し出され、階段の段差を踏み外すのが見えた。
カッと目を見開いたレグルスは獣人としての持てる身体能力の全てを使って、キャサリンが背中から階段を転げ落ちる前になんとか抱き留めた。
わずか一秒の早業である。
「れ、レグルスくん!?」
「どうしてここに!?」
カルベット家の女たちがざわつく中、レグルスは腕の中のキャサリンのことしか考えられなかった。キャサリンは何が起きたのかわからないといったきょとんとしたちょっとマヌケな顔で固まっていた。
「ロバート!大丈夫か!?」
「へ?クマ男…?いったい何が…?」
「あそこの女たちに階段から突き飛ばされたんだ。」
めらっとした怒りにかられてレグルスは踊り場の女子学生たちを睨みつける。
「ご、誤解だわ!」
「私たち、なにも…!その女が勝手に落ちたのよ!」
「そ、そうよ!なんてあさましいの!」
「レグルスくん!だまされないで!」
「その女は学園で結婚相手を探してるのよ!レグルスくんも狙われてるんだわ!」
「そうよ!あなたの気を引きたいがための演技よ!」
騒ぎを聞きつけた学生たちがなんだなんだと集まってくる。キャサリンはまた噂になるなとため息をついてレグルスの腕の中から出ようとしたが、獣人男子の力に一般女子である彼女は全くかなわなかった。
めらめらと怒りに燃えていたレグルスは階段の中央でキャサリンを抱えたまますくりと立ち上がった。
「黙れ。」
ぎゃいぎゃいと騒いでいた女子学生たちはレグルスの一言でぴたりと嘘ばかりの主張を止める。レグルスは女子生徒たちとやじ馬たちを見渡して、これ以上俺の女を傷つけるなと自慢の大声を響かせる。
「いいか!よく聞け!!ここにいるキャサリン・ロバートは普通科に進学予定だが結婚はしない!!!バリバリと働く職業婦人になる夢があるんだ!!!
つまらない噂を真に受けて貶めるな!!!!!」
その場はシーンとした。レグルスは自分がキャサリンを”俺の女”と思ったことに勝手に狼狽して赤くなってうろたえていた。
もちろん赤くなったレグルスの顔は皆が見ていた。そして、『キャサリン・ロバートはレグルス・デイビーの女である』という噂が立った。
ー---
翌日、レグルスのクラスメイトたちは「二人はついに交際を始めたの!?」と二人を問い詰めるが、「そんなわけないじゃない。つまらない噂を真に受けないで。」とあっさりキャサリンに否定されてなんとも言えない空気になった。
「お、おま……、そ、そんなふうに言わなくてもいいじゃないか。」
レグルスは顔を赤くしてもじもじと反論する。その様子に普段の喧嘩を良く知るクラスメイト達はおや?と首を傾げた。いつものレグルスなら『そんなわけあるか!』ぐらい言いそうなものだが。
「何言ってんのよ、クマ男。こういうのは聞かれたときに正しく訂正しておかないと。私とあんたが恋人なんてありえないじゃない。」
「あ、ありえな…!そ……!!!」
思わず『そんなことない!!』と否定しそうになったレグルスは、これではまるで自分が彼女を好きだと思われる、と気づいて真っ赤になってぐぬぬと押し黙った。
「また、あんたのファンに絡まれたらたまらないし。何で私があんたに色目使ってるなんて話になるんだろう。絶対ありえないのに。」
『絶対ありえない』の言葉が恋を自覚したレグルスの脳天を撃ち抜く。プルプルと震えるレグルスの口から飛び出したのはどこまでも素直になれない言葉だった。
「おおおお俺だって!こ、こんな平凡女となんて絶対あり得ない!!」
クラスメイト達の呆れたため息に気づかないのは当人たちだけ。
というのも、レグルスの絡みが『俺はすごいんだぞ!敬え!認めろ!』というマインドのものから『俺だけを見てくれ、ロバート!』というマインドに代わり、キャサリンが思わず『大きな声でなんてこというの!?』と怒りたくなってしまうようなものになったからである。
喧嘩の内容も何日も根に持つような深刻なものはなく、ひたすらに周囲から見れば可愛らしいだけだったのだが、二年生も終わりに差し掛かったある日、それは起きた。
食堂でキャサリンがルームメイトのマーリンとブルックと夕飯を食べているのを見つけたレグルスは一緒にいたウルやヨークと一緒に同じ席に座った。
キャサリンには嫌そうな顔をされたが、マーリンとブルックは仕方がないとレグルス達の席をあけてくれた。
「それ、三年生からの選択授業のシラバス?」
「そう。どの授業に興味あるかっていう話をしてたのよ。」
「まあ、魔法科志望は魔法科の選択必修選んだら結構な時間割が埋まっちゃうけどね。」
マーリンは「私は上級魔法科志望だから余計なことできないわ」と言って夕飯のハンバーグを口に運んでいる。マーリンは母が猫獣人のハーフで父が平民という血筋であり、レグルスに次ぐ魔力量を持っている。成績も悪くはないのでこのままいけば上級魔法科に進学できるだろう。
「ブルックは?」
「私は創作科志望なの。特に選択必修はないから、マーリンとキャサリンにあわせるわ。二人がいないと赤点取っちゃうかもだし。」
ちなみにもちろんレグルスは上級魔法科志望だ。ウルとヨークも今のところ魔法科を希望している。
魔法科とは魔法職に就くことを希望する学生のための専科であり、より高度な魔法を学ぶ。創作科は魔法道具や魔法薬の制作を生業にしたい学生が進む専科だ。
他には魔法医療を学ぶ医療科と魔法を扱わない普通科がある。昨今は身分の垣根が取り払われつつある魔法職が人気で多くの学生が魔法科に進学する。魔力量に不安のある学生たちも魔力量を高める方法が正式に学園で導入され、希望すれば訓練を受けられるようになったことから、その人気は年々上がっている。
つまり、年々上級魔法科は希望者が増えて狭き門となっているのだ。
筆記と実技、両方とも不足のないようにしておかなければ、足元をすくわれるかもしれない。
だから、とレグルスはキャサリンを見た。
「お前、属性魔法も苦手みたいだし、このままだと上級魔法科への進学、危ないんじゃないか?」
レグルスは当然キャサリンも上級魔法科への進学を希望していると思っていた。成績は(魔法科目を除けば)とてもいいし、遅くまで図書室で勉強している姿だって見かける。それに冒険クラブに所属しているのだから、将来は冒険者になることも考えているのではないだろうか。冒険者のような魔法で戦闘を行う必要のある職では上級魔法科卒の称号は有利に働く。
そもそも上級魔法科は魔法学園の憧れであり栄誉ある称号でもあるのだ。欲しくない学生などいないだろう。
だから、レグルスは心配してキャサリンに声をかけたのだ。
「ああ。私は普通科志望よ。」
レグルスがその言葉を飲み込むにはたっぷり時間が必要だった。
「…………普通科?」
「うん。」
普通科は魔法を専門にしない学生のための専科だ。成績優秀者には普通科特進コースというのが用意されており、政治家を志望している貴族令息たちが進学していく。女子で普通科に進学する子は…。
レグルスの頭にカルベット家の女の子たちがぽんぽんと浮かんだ。
『私、将来は素敵なお嫁さんになりたい(意味ありげな目線)の!』
『私は普通科一択だわ。卒業したら、結婚する(意味ありげな目線)の。』
もちろん、普通科に進学す女子学生はお嫁さん志望ばかりではない。貴族の家や王城で侍女や女官になることを目指す子やまだ数は少ないが政治家を目指す子もいる。
ただ、レグルスの引き出しには『お嫁さん』という選択肢しかなかっただけである。
「お、お、おまえ、結婚するのか!?」
テンパった時に大声で怒鳴ってしまうのはレグルスの悪いところである。そして『結婚』というワードはキャサリンに対して、禁句であった。あ、まずい、とマーリンとブルックがキャサリンを振り返った時には、彼女の絶対零度の瞳がレグルスを睨みつけていた。
「なんで普通科に進学すると結婚することになるの。もちろん働くの。」
静かに淡々と話すキャサリンの声にこれまでに感じたことのない冷たいものを感じて、レグルスは持っていたフォークとナイフをカチャーンと皿にぶつけた。
「私は、将来は商会で働くの。そのために経済や経営を大学で学びたいから普通科特進コースを目指しているの。本当は魔力さえなかったら魔法学園に入学せずにロマーノの学校に留学していたんだから。」
「じょ、上級魔法科に進学することは考えないのか?魔法学園一の栄誉ある称号だろ?」
獣人の直感でキャサリンの様子がいつもと違うことを感じていたレグルスだったが、キャサリンと一緒に上級魔法科に進学したい気持ちが勝って、言い募ってしまった。
「私は魔法には一切興味ないから。」
「でも、冒険クラブに入ってたじゃないか?冒険者に興味はないのか?」
「商会の仕事には体力がいるの。唯一ちゃんと運動できるクラブだから冒険クラブに入っていたの。」
「でも…。」
「私が何科に進学しようが私の勝手でしょ?」
キャサリンの突き放すような言い方に思わずカチンと来て怒った声を出してしまう。
「俺はただ!お前と!!!!………!!!!」
しかし、続きは言えなかった。
ー---
次の日から、『キャサリン・ロバートが卒業後は結婚するらしい』という噂が学年で広がった。レグルスが食堂で『お、お、おまえ、結婚するのか!?』と大声で言ってしまったのをみんなが拾った結果である。
翌日からキャサリンはレグルスと口をきいてくれなくなった。
「キャサリン、親戚に卒業後は進学せずに家のために結婚しろって言ってくる迷惑なのいるみたいで、”結婚”の話だされるの露骨にいらいらしちゃうのよ。ごめんね、レグルス。」
レグルスはキャサリンに無視されているというこの状況が相当こたえた。一方的に話しかけ続けていたら、噂の元凶であるレグルスに相当腹が立っていたのか、ついには避けられるようになった。
授業の直前まで教室にはいないし、授業の直後にすぐに教室を出ていく。
「余計なお世話かもしれないけど、俺はすぐに仲直りした方がいいと思う。」
授業後にそう言ったのはヨークだ。
「カルベット家のレグルスファンの女子たち、最近よくロバートに絡んでる。」
「………どういうことだ?」
「『レグルスくんをたぶらかさないで』とか、『平凡女が珍しいから絡んでるだけ』とか、『レグルスくんに近づくな』とか。」
「な…!なんでそんなことを!?」
「明らかにレグルスがロバートのこと好きだからだろう?」
「すすすすす好き…!?そんなんじゃ……!!」
「はいはい。ロバートはいつも恋愛なんて興味ありませんみたいな顔して躱してるけど、今回の噂。」
必死の反論を流されてしまったが、ヨークが真面目な顔をしているので不満に思いながらも議論を巻き戻すことはしない。
「ロバートが卒業後に結婚するってやつか?」
「そう。『誰と結婚する気!?まさかレグルスくん!?』とか、『もしかして婚約者がいるの!?それでレグルスくんに近づくとか許せない!』とか言ってすごい荒れてたのをこの前目撃した。
噂はまだしばらく続くだろうし、彼女たちが変なことをロバートにしないように張り付いておいた方がいいと思う。」
鼠獣人であるヨークはその特性から諜報活動が得意だ。そんな彼が仕入れてきた情報なのだから確かなのだろう。しかし、ヨークの言う『変なこと』がレグルスにはピンとこなかった。
「最近は落ち着いてきたけれど、高位貴族の女子が低位の貴族女子や平民の女子をいじめるのは良くある話だ。陰口なんて可愛いものから、私物を隠したり、制服を汚したりとか。
エスカレートすると被害にあった女子は怪我をするなんてことも…、ちょ、レグルス!エスカレートしたらだからな!おーい!」
ヨークの言葉の途中でレグルスはその場を駆けだしていた。
キャサリンは女子寮の方へ向かったはず。レグルスは女子寮には入れないが、カルベット家の女たちもA寮という個室の寮に住んでいるから、キャサリンの住む女子寮に入るには許可がいるはずだ。
やつらがキャサリンを捕まえるとしたら女子寮の手前だろう。
教室から女子寮までの人の少ない場所をしらみつぶしに見て回っていると、とある階段の踊り場でキャサリンが女子たちに囲まれているのを見つけた。
そこに集まっているのは同級生の二人を含めたカルベット家の女たちだ。
会話は聞こえなかったが言い争っているような気配がしたので、下の階から駆け寄ろうとしたちょうどその時、女子たちに押されたキャサリンが踊り場から押し出され、階段の段差を踏み外すのが見えた。
カッと目を見開いたレグルスは獣人としての持てる身体能力の全てを使って、キャサリンが背中から階段を転げ落ちる前になんとか抱き留めた。
わずか一秒の早業である。
「れ、レグルスくん!?」
「どうしてここに!?」
カルベット家の女たちがざわつく中、レグルスは腕の中のキャサリンのことしか考えられなかった。キャサリンは何が起きたのかわからないといったきょとんとしたちょっとマヌケな顔で固まっていた。
「ロバート!大丈夫か!?」
「へ?クマ男…?いったい何が…?」
「あそこの女たちに階段から突き飛ばされたんだ。」
めらっとした怒りにかられてレグルスは踊り場の女子学生たちを睨みつける。
「ご、誤解だわ!」
「私たち、なにも…!その女が勝手に落ちたのよ!」
「そ、そうよ!なんてあさましいの!」
「レグルスくん!だまされないで!」
「その女は学園で結婚相手を探してるのよ!レグルスくんも狙われてるんだわ!」
「そうよ!あなたの気を引きたいがための演技よ!」
騒ぎを聞きつけた学生たちがなんだなんだと集まってくる。キャサリンはまた噂になるなとため息をついてレグルスの腕の中から出ようとしたが、獣人男子の力に一般女子である彼女は全くかなわなかった。
めらめらと怒りに燃えていたレグルスは階段の中央でキャサリンを抱えたまますくりと立ち上がった。
「黙れ。」
ぎゃいぎゃいと騒いでいた女子学生たちはレグルスの一言でぴたりと嘘ばかりの主張を止める。レグルスは女子生徒たちとやじ馬たちを見渡して、これ以上俺の女を傷つけるなと自慢の大声を響かせる。
「いいか!よく聞け!!ここにいるキャサリン・ロバートは普通科に進学予定だが結婚はしない!!!バリバリと働く職業婦人になる夢があるんだ!!!
つまらない噂を真に受けて貶めるな!!!!!」
その場はシーンとした。レグルスは自分がキャサリンを”俺の女”と思ったことに勝手に狼狽して赤くなってうろたえていた。
もちろん赤くなったレグルスの顔は皆が見ていた。そして、『キャサリン・ロバートはレグルス・デイビーの女である』という噂が立った。
ー---
翌日、レグルスのクラスメイトたちは「二人はついに交際を始めたの!?」と二人を問い詰めるが、「そんなわけないじゃない。つまらない噂を真に受けないで。」とあっさりキャサリンに否定されてなんとも言えない空気になった。
「お、おま……、そ、そんなふうに言わなくてもいいじゃないか。」
レグルスは顔を赤くしてもじもじと反論する。その様子に普段の喧嘩を良く知るクラスメイト達はおや?と首を傾げた。いつものレグルスなら『そんなわけあるか!』ぐらい言いそうなものだが。
「何言ってんのよ、クマ男。こういうのは聞かれたときに正しく訂正しておかないと。私とあんたが恋人なんてありえないじゃない。」
「あ、ありえな…!そ……!!!」
思わず『そんなことない!!』と否定しそうになったレグルスは、これではまるで自分が彼女を好きだと思われる、と気づいて真っ赤になってぐぬぬと押し黙った。
「また、あんたのファンに絡まれたらたまらないし。何で私があんたに色目使ってるなんて話になるんだろう。絶対ありえないのに。」
『絶対ありえない』の言葉が恋を自覚したレグルスの脳天を撃ち抜く。プルプルと震えるレグルスの口から飛び出したのはどこまでも素直になれない言葉だった。
「おおおお俺だって!こ、こんな平凡女となんて絶対あり得ない!!」
クラスメイト達の呆れたため息に気づかないのは当人たちだけ。
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