魔法学園のケンカップル

ぺきぺき

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1 高すぎた鼻、へし折られて始まる関係

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魔法大国と知られるこの国では魔力を持つ貴族・獣人・平民、そして魔力を持たない平民が共存して暮らしていた。かつては貴族優位の政策がとられ、血筋重視の価値観が根強かったこの国は10年前に獣人たちの暴動が起きたことによって大きな転換期を迎えた。

能力があるものを適切に評価する。

貴族重視の考えがはびこっていた魔法学園でも、魔力量が多い者、成績が優秀な者が尊敬される、そんな魔法重視の考えをみなが取るようになっていった。


そしてこの年、国の魔力もち全員の入学が義務付けられている魔法学園に次世代期待のルーキーともいれるとびきりの人材が入学してきた。

彼の名前はレグルス・デイビー。


父は国を代表するセドリック魔法商会の二代目商会長で熊獣人の一族であるデイビー家の当主だ。先の暴動でデイビー本家が粛清された際に、跡継ぎのいなかったデイビー家に舞い戻ってその立て直しを行い、約10年で栄える家にまで持ち直させた。獣人たちからも魔法に関わる貴族たちからも尊敬を集める人物である。

母は建国の時代からある貴族であるカルベット家の出身だ。カルベット家と言えば珍しい光属性の魔法をあやつることで有名な家である。レグルスも母から受け継いで光属性を持っていると言われていた。

レグルスはこの国ではまだまだ珍しい獣人一族と貴族の間に生まれた男児であり、そういった子供は魔力量が高くなることも近年の研究で判明している。
おまけに、貴族生まれの母譲りの整った顔立ちに、獣人の父譲りの焦げ茶の髪に目立つ赤い瞳を持っていた。

生まれも良く、才能にも恵まれ、顔もいい。今年一番に注目を集める学生であった。


そして、本人もそのことを自覚していた。…残念なことに。

彼の父は時代の転換期という荒波にもまれて苦労してきた人物で、レグルスに、謙虚であること、視野を広く持つことをずっと言い聞かせていたが、彼が物心ついた時には彼をちやほやする周囲の環境ができあがってしまっていた。

魔法学園入学時のレグルスは、生まれの良さを鼻にかけるちょっと嫌味な12歳男子であったのだ。


「えー!レグルス、3組かよ!」

「俺たち1組だ…。一緒のクラスがよかったよな。」

デイビー家の親戚でレグルスと同級生なのは二人。どちらもレグルスの子分のような存在であり、レグルスのやることなすことなんでも褒めたたえていた。レグルスは気づいていないが、彼をほめてその気にさせてなんでもやってもらっていたとも言い換えられる。

「魔法学園じゃあレグルスがトップに決まってるよな!」

「頭だって俺たちの中では一番いいしな!」

「クラブは獣術部に入るだろう?一緒に見学に行こうぜ!」

「他には何のクラブに入るか決めてるか?」

「1組のクラス担任、厳しいことで有名なミネルバだぜ?課題とか大変そうだし、レグルス、手伝ってくれよ!」

ちなみに、レグルスは崇められるための陰の努力は欠かさないタイプだ。頭がいいのは陰で彼が頑張って勉強している証拠である。



ー---



子分たちとの会話にいい気分になりながら自分に与えられた寮の一室に入室すると、そこにはすでに獣人と思われる男子学生が二人いた。

「お、最後のルームメイトだな。僕はウル・ウォー。」

よろしく、と手を差し伸べてきたのはクリーム色の髪をした人懐っこそうな少年だ。ウォー家というのは狼獣人の一族だが、獣人の暴動を首謀していた家ということで一族全体が大きく粛清された家でもある。
一部の残った人々がその能力を生かして国の機関で馬車馬のように働かされているとは有名な話だ。しかし、いまだに彼らの向けられる目はいいものではない。

「ヨーク・ラット。よろしく。」

もう一人のバナナのような黄色い髪の小柄な少年はラット家、つまりは鼠獣人の一族の出だ。こちらもウォー家に次いで大きく粛清された家である。
粛清により大きく人数を減らしたウォー家に対して、ラット家は子だくさんであるため、働き手はたくさんいる。しかし、粛清によって多くの働き手を失った状態で子だくさんのラット家を回しているため、常に貧乏だという噂だ。

父の手腕で盛り返したデイビー家とは大きな違いである。


「レグルス・デイビーだ。」

名乗って軽く握手をするとレグルスの名に二人とも驚いた顔をした。

「君があの有名なアルタイル・デイビーの息子か!噂は聞いてるよ、神童なんだろう?」

「まさか三人部屋にいるとは。君の家なら個室でもお金が払えるだろう?」

デイビー家やカルベット家の外でも自分の知名度が高いことにレグルスは優越感を覚えた。

「払えるけど、これが家の方針だって父さんが。」

レグルスは意識していなかったが、本当は嫌だったんだというのがありありと外側に漏れ出ていて、ウルとヨークの顔はひきつった。
実際レグルスは嫌だった。デイビー家の子分たちと同じ部屋ならまだいいが、父は入学前から『デイビー家の子たちとは別の部屋にするようにお願いする』と念を押していたからだ。

自分と釣り合わない家柄の者と一緒になったらどうするんだ?と。


「共同生活を経験するのは今後に役立つ。父さんもハロルド兄さんも寮だったって…。」

「ハロルド兄さんってもしかしてハロルド・フィリウスのことか??」

「え?あ、ああ。」

「すげー!レグルスはハロルド・フィリウスのこと兄さんって呼べる仲なんだ!」

国際警察官で魔法学園特別研究員で女王陛下のアドバイザーの!」

レグルスが名乗った時の数十倍の反応を二人は示した。ハロルド・フィリウスは魔法界で一番の有名人であり、彼の父がレグルスの父の大恩人であることから、レグルスとは魔法商会で年に一度か二度会う仲であった。一人っ子のレグルスは兄として慕っていた。

「そうなんだ!兄さんはすごい人だけど、帰国している時はいつも俺に勉強や魔法を教えてくれて…!」

まるで自分をほめられたような気分になったレグルスは揚々と兄自慢を始めたのだった。



ー---



制服に着替えて入学の式典がある講堂にルームメイト二人と歩いていると、母方の親戚であるカルベット家の女の子たちが話しかけてきた。

「レグルスくん、何組だった?私たち2組だったんだけど?」

「え?3組なの?クラス違うなんてショック!」

カルベット家には同級生の女の子が二人いた。ずばぬけて可愛い、というわけではないが、良い家に生まれているので常に身綺麗であり、オシャレで爪の先まで整えていた。

「しかも、A寮じゃないんだ!レグルスくんなら絶対個室だと思ってた!」

レグルスの両サイドを陣取ってきゃぴきゃぴと騒ぐ貴族の女子たちに「邪魔よ」「あっち行って」と押しのけられたウルとヨークは何とも言えない顔になっていたがレグルスは気にしなかった。
カルベット家には年の近い女の子がここにいる二人を含めて5人ほどいたが、みんなレグルスが大好きで隣を競い合っていた。デイビー家の女の子たちも似たようなものであったので、レグルスは女の子は自分に話しかけられると嬉しいものなのだという残念な誤解をこの時はしていた。


講堂に入ればすでに人で座席が埋まり始めていた。座席は7人並びのシートが配置される形で場所は自由であった。レグルス達三人と女の子二人が着席できる場所を探すと、7人席の真ん中のあたりに黒っぽい髪の子が一人でぽつんと座っているのを見つけた。
そこは美しい講堂を見渡せる特等席の一つでもあり、空いている最後の特等席でもあった。

「つめてくれる?5人で座りたいんだけど?」

レグルスが両サイドに女の子を引き連れたまま声をかけるとそこに座っていた女子学生がこちらを振り向いた。


特に目立ったところがあるわけではない、いたって普通の、言ってしまえば平凡な女子学生だった。


その女子学生が「わかった」と言って席を譲る。それで終わりだと思っていたのだが。


「申し訳ないけれど、友人が二人いるの。別の座席に行くか、別れて座ってもらえる?」

そう言って彼女は左隣二つの座席に置かれている私物を見せた。レグルスは別に先約を押しのけるほど傲慢ではない。仕方ないなと言って去ろうとしたが、両腕にひっかけていた女の子たちは傲慢であった。


「やだ、あなた、どこの家の子なの?私たちは貴族であり光魔法を受け継ぐカルベット家の血を引いているのよ?あなたが譲りなさいよ。」

「レグルスくんを誰だと思ってるの?セドリック魔法商会の商会長の息子なのよ?しかも魔力も学年で一番なんだから。」

暴走し始める女の子たちを本来であればレグルスが止めるべきだが、女の子たちがこういう風にレグルスの隣を取り合うのはいつものことだった。特にカルベット家の女の子たちは他の子たちよりも大分図々しく、最初から座っていた子を押しのける、なんてこともままあった。

だから、レグルスも、また始まったな、ぐらいにしか思っていなかった。女子学生の方も怖がって逃げてしまうのが定石かと思われた。

しかし、平凡な女子学生の方は、露骨に顔をしかめてこちらを見てきた。その時、レグルスは彼女の髪がただの黒っぽい色ではなく緑がかったオリーブブラウンであることに気づいた。



「はあ?あんたたち、何言ってるの?魔法学園では貴族・獣人・平民関係なく平等に権利を与えられているのよ?それにセドリック魔法商会は世襲制じゃないじゃない。息子のどこが偉いのよ。」

「な!?」


ちやほやされてきたレグルスにとっては青天の霹靂だった。

カルベット家の女の子たちが言い返す前に、自然と自分から言い返していた。


「お、俺の父親は前商会長に直々に後継指名されたんだ!優秀な人なんだぞ!しかも落ち目だったデイビー家を建て直した素晴らしい人でもあるんだぞ!」

「だから何よ。あんたの父親がすごいってだけでしょ。あんたは何もすごくないじゃない。」

「お、俺は学年でも有数の魔力量の保持者だぞ!」

「親がそう産んでくれたんでしょ。」

「将来的にはこの国の魔法界を牽引する存在になっていくんだ!ハロルド兄さんみたいに!」

「へえ。でもそれまだやってないし。」

「そ、そそそそそそそそそれに!」


レグルスは自分のすごいところをこの女に認めさせてやろうと意固地になっていた。

「か、顔だって、かっこいい、し。」

言われた女子学生はまじまじとレグルスの顔を見る。じっと見つめられてレグルスは彼女の目が髪と同じように緑がかった暗い色であることにも気づいてしまった。


「私の好みじゃない。」

ばっさりと切って捨てられた言葉に、頭に10トンもの重りを落とされたような衝撃を受けた。プルプルと震えていると、「僕たちが他の席に行くからレグルスは三人でここに座ったらいいじゃないか」とウルが声をかけてくれたが、レグルスの耳には全く残らなかった。


「キャサリン、おまたせー!…、やだ、このプルプル、誰よ?」

「なんか自分の方が偉いから席を譲ってくれって。」

「えー?他の席に座ればいいじゃない?」

「ちょっと怖くない?他の席、移動する?」

「あ、大丈夫。もう解決した。3、2に別れて座るって。」

目の前で繰り広げられる会話も耳には入ってこない。気づけばレグルスはその女子学生の隣に親戚の女の子たちに挟まれた状態で着席して式典を受けていた。


あ、あの女、俺に恥をかかせたこと、後悔させてやる……。


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