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番外編
2 サンタクロースを迎えに行く
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まだこの話を読んでくださって、ありがとうございます。みなさん、良いお年をお迎えください。
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ヒューゴが、結婚する?お見合いする?
固まってしまったクリスの代わりに精霊たちを問い詰めてくれたのはフィフィだった。
『ちょっと!黒いのが結婚するなんて、どこで聞いてきたのよ!間違いだったら承知しないわよ!』
『マッチョが結婚しろって黒いのに言ってた!』
『マッチョがクリスマスはお見合いだって黒いのに言ってた!』
精霊たちの言う”マッチョ”とは黒騎士団長のことである。そういえば、今日は黒騎士団長も見かけなかった。てっきり家に帰っているのだと思っていたが…。
クリスの頭には『結婚』と『お見合い』という言葉が駆け巡り、何も考えられなくなってしまう。
『クリス!しっかりしなさい!この子たちは簡単な単語しかわからないんだから!誤解があるかもしれないわ!ヤスミン!ヤスミンに調べてもらいなさい!』
「う、うん。」
『ヤスミンはどこにいったの!?』
ちょうどそこに湯あみの準備が整ったとヤスミンが部屋に入ってきた。
『お団子だ~!』
『お団子が帰ってきた~!』
『ほら!クリス!ヤスミンに聞きなさい!調べてきてもらいなさい!』
フィフィが黒猫姿でニャーニャー鳴いている姿しか認識していないヤスミンはフィフィの鳴き騒ぐ様子に首を傾げた。
「クリス様、どうかなさいましたか?…クリス様?」
ヤスミンを見上げたクリスの茫然とした顔にヤスミンは何が起きたのかと鋭い侍女の目になった。
クリスはうまく口を開けず膝の上で握りしめた手に視線を落とした。ヤスミンが選んでくれた大人っぽく見える上品な青いドレスが目に入る。
もしかしたら、もしかしたらヒューゴが来てくれるかもしれないから、といつもと雰囲気の違うものを選び、綺麗に化粧もしてもらったのだった。
クリスはヒューゴと自分の間には永遠に切れない絆があるのだと思っていた。会えなくなっても、手紙でしかやり取りできない時間が続いても、変わらないのだと。例えば、遠い異国にいる姉のように。
でも、思えば姉とは”姉妹”という絶対的な関係性があるのに、ヒューゴとの関係は一言では言い表せられなかった。”幼馴染”、”護衛”、”学友”…。
お互いに相手を特別に思っていることは、理解していた。でも、理解していただけで、私たちの関係にそれにふさわしい言葉はついていなかったのだ。
例えば、ヒューゴの結婚を止めても責められないような。
ヒューゴが結婚したら、私のこの気持ちはどこへ行く…?
クリスの宝石目からポロリと涙が落ちた。握りしめた手にヤスミンの手が重なる。
「クリス様、このヤスミンにお話しください。きっとお力になりますよ。」
「ヤスミン…。」
クリスはヤスミンに精霊たちに聞いたことをすべて話した。
ー---
ヒューゴに縁談が来ているというのは本当だった。
相手は西の辺境で代々ゴーティエ騎士団を率いているゴーティエ子爵家の一人娘だった。ゴーティエ騎士団の団長を務める当主がヒューゴのことを気に入り、今回の縁談が申し込まれたそうだ。
黒騎士団は結界を守護するために組織された騎士団だが、それとは別に辺境の領地ではそれぞれに騎士団を抱えている。辺境伯家が率いる場合もあれば、分家の家が率いている場合もある。
辺境で大事があった場合には辺境騎士団と黒騎士団が協力することも多い。
つまり、黒騎士団にとってゴーティエ騎士団との縁談は、つながりを強化する意味でも軽く断れるものではないのだ。
「ヒューゴ殿がクリスマスにゴーティエ子爵とご令嬢とお会いになっていたというのは本当の様です。黒騎士団長も一緒に行かれたそうですが、その後の話はまだ教会には知らされていないようです。」
ヤスミンは翌日の朝、早速調べてきてくれたことを報告してくれた。
「ゴーティエ騎士団からの縁談なら簡単には断れないわね…。」
「それに…、向こうのご令嬢も大変乗り気なのだそうです。」
「…おいくつの方なの?」
「……17歳で、貴族学園の最高学年だと。」
17歳!ヒューゴよりは10も年下だ。貴族には珍しい年齢差ではない。実際にクリスの母は後妻だが、父とは12歳差だったはずだ。
「…ヒューゴは縁談についてはなんて言ってるの?」
「それについてはわかりませんでした。」
「……そう。」
クリスにとって一番大事なのはそこである。
ヒューゴは『大聖女になったクリスを黒騎士団長として支えたい』と言ってくれた。この縁談を受ければ黒騎士団長になる夢は叶うことはない。ゴーティエ騎士団を率いていくことになるのだから。
「クリス様…。クリス様が望めば、この縁談もなくすことができますよ。」
「でも…、ヒューゴが望んでいないかもしれないから…。」
ヤスミンは困ったような顔でクリスを見ている。
教会において大聖女の意向は、よほど理不尽でなければ、尊重される。黒騎士団も教会に連なる組織であるから、もちろんクリスがヒューゴに結婚しないでと言えば通るだろう。
でも、これまでクリスは大聖女の特権とも言える”わがまま”を使ってこなかった。せいぜい、『クリスマスにおいしいものを食べたい』とか、『友人をプライベートスペースに呼んでお茶をしたい』とか、その程度だ。
前任の大聖女である彼女の姉を知っている人ならば、そんなものは”わがまま”ではないと言うだろう。
「クリス様、ヒューゴ殿はクリス様との約束を忘れて10も下の小娘とイチャイチャしたがっていると本当に思っているのですか?」
横で『ヤスミン、毒まぜすぎじゃない?』とフィフィがつぶやくがクリスはそれどころではない。
「私よりもクリス様の方がヒューゴ殿についてよくご存じですよね?それに、ヒューゴ殿が結婚されてしまったら、もうこれまでのように二人では会えませんよ。」
「…うん。」
クリスは膝の上で指を組んだ。そして決意して顔をあげる。
「ヒューゴに、私に会いに来るように言って。」
ー---
クリスはすぐにでもヒューゴに会うつもりだったが、二人の予定が合うには数日が必要だった。クリスにとっては、心の整理をするためにちょうどいい時間だった。
その間、クリスの保護者達もヤキモキしていた。
「こんな時に黒騎士団長は休暇ですか…。詳細を知ることができませんね…。」
そう重々しく話すのは神官長のラファエル・モローだ。クリスのファンクラブ会員でもある。
「まさか、精霊たちからクリス様の耳にヒューゴ殿の縁談について入ってしまうとは…。黒騎士団長もヒューゴに確認をとって穏便に破談にしたいと仰っていたのに…。」
そう困ったように話すのは白騎士団長のノワールだ。クリスのファンクラブ会員でもある。
「しかし、変に外から後で伝わってしまっては、より困惑されたかもしれませんわ。今知れたことはクリス様の今後とにとってよかったのかもしれませんよ。」
そう前向きにとらえているのは以前クリスの専任侍女をしていたサーシャだ。クリスのファンクラブ会員でもある。
「ヒューゴ殿は明後日に教会を訪れるそうです。ここ数日はゴーティエ子爵家に度々呼ばれている様ですが、いったいどういう内容の呼び出しなのかは聞こえてきませんね…。
休暇中の黒騎士団長ならご存じなのでしょうが…。呼び出しますか?」
そうはきはきと意見を述べるのは神官長付きの神官であるカミーユ・モローだ。クリスのファンクラブ会員でもある。
「明後日になれば、すべてがあるべきところに収まるのではないかと、私はそんな気がしますわ。」
唯一、二人を案じていなかったのはヤスミンだ。クリスのファンクラブ会員でもある。
「ヤスミンもすっかり大人になりましたね。クリス様に配属された当初は青臭く頑固だったのに。」
サーシャはそう言って苦笑する。
「でもそうね。クリス様もヒューゴ殿ももう立派な大人になる年齢ですから、私たちは見守りましょう。」
「しかし、クリス様はわがままが言えませんからね…。土壇場になっても『ヒューゴが幸せならそれでいいの』ぐらい言い出しかねませんよ?」
何か裏から手を回したがっているのは暗躍したがりのカミーユである。
「いざとなったら婚姻の無効ぐらい教会でできるぞ。」
権力を振りかざすのは神官長殿である。サーシャが「めっ」と睨みをきかすとしゅんと二人とも黙り込んだ。
「明後日の対面の結果を見てから考えましょう。ヤスミン、何が起きても大丈夫ね?」
「はい。何が起きても大丈夫です。」
クリスの気持ちなど、もう何年も前からお見通しの侍女二人は、きっとクリスなら気持ちを伝えられるだろうと信じていた。
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ヒューゴが、結婚する?お見合いする?
固まってしまったクリスの代わりに精霊たちを問い詰めてくれたのはフィフィだった。
『ちょっと!黒いのが結婚するなんて、どこで聞いてきたのよ!間違いだったら承知しないわよ!』
『マッチョが結婚しろって黒いのに言ってた!』
『マッチョがクリスマスはお見合いだって黒いのに言ってた!』
精霊たちの言う”マッチョ”とは黒騎士団長のことである。そういえば、今日は黒騎士団長も見かけなかった。てっきり家に帰っているのだと思っていたが…。
クリスの頭には『結婚』と『お見合い』という言葉が駆け巡り、何も考えられなくなってしまう。
『クリス!しっかりしなさい!この子たちは簡単な単語しかわからないんだから!誤解があるかもしれないわ!ヤスミン!ヤスミンに調べてもらいなさい!』
「う、うん。」
『ヤスミンはどこにいったの!?』
ちょうどそこに湯あみの準備が整ったとヤスミンが部屋に入ってきた。
『お団子だ~!』
『お団子が帰ってきた~!』
『ほら!クリス!ヤスミンに聞きなさい!調べてきてもらいなさい!』
フィフィが黒猫姿でニャーニャー鳴いている姿しか認識していないヤスミンはフィフィの鳴き騒ぐ様子に首を傾げた。
「クリス様、どうかなさいましたか?…クリス様?」
ヤスミンを見上げたクリスの茫然とした顔にヤスミンは何が起きたのかと鋭い侍女の目になった。
クリスはうまく口を開けず膝の上で握りしめた手に視線を落とした。ヤスミンが選んでくれた大人っぽく見える上品な青いドレスが目に入る。
もしかしたら、もしかしたらヒューゴが来てくれるかもしれないから、といつもと雰囲気の違うものを選び、綺麗に化粧もしてもらったのだった。
クリスはヒューゴと自分の間には永遠に切れない絆があるのだと思っていた。会えなくなっても、手紙でしかやり取りできない時間が続いても、変わらないのだと。例えば、遠い異国にいる姉のように。
でも、思えば姉とは”姉妹”という絶対的な関係性があるのに、ヒューゴとの関係は一言では言い表せられなかった。”幼馴染”、”護衛”、”学友”…。
お互いに相手を特別に思っていることは、理解していた。でも、理解していただけで、私たちの関係にそれにふさわしい言葉はついていなかったのだ。
例えば、ヒューゴの結婚を止めても責められないような。
ヒューゴが結婚したら、私のこの気持ちはどこへ行く…?
クリスの宝石目からポロリと涙が落ちた。握りしめた手にヤスミンの手が重なる。
「クリス様、このヤスミンにお話しください。きっとお力になりますよ。」
「ヤスミン…。」
クリスはヤスミンに精霊たちに聞いたことをすべて話した。
ー---
ヒューゴに縁談が来ているというのは本当だった。
相手は西の辺境で代々ゴーティエ騎士団を率いているゴーティエ子爵家の一人娘だった。ゴーティエ騎士団の団長を務める当主がヒューゴのことを気に入り、今回の縁談が申し込まれたそうだ。
黒騎士団は結界を守護するために組織された騎士団だが、それとは別に辺境の領地ではそれぞれに騎士団を抱えている。辺境伯家が率いる場合もあれば、分家の家が率いている場合もある。
辺境で大事があった場合には辺境騎士団と黒騎士団が協力することも多い。
つまり、黒騎士団にとってゴーティエ騎士団との縁談は、つながりを強化する意味でも軽く断れるものではないのだ。
「ヒューゴ殿がクリスマスにゴーティエ子爵とご令嬢とお会いになっていたというのは本当の様です。黒騎士団長も一緒に行かれたそうですが、その後の話はまだ教会には知らされていないようです。」
ヤスミンは翌日の朝、早速調べてきてくれたことを報告してくれた。
「ゴーティエ騎士団からの縁談なら簡単には断れないわね…。」
「それに…、向こうのご令嬢も大変乗り気なのだそうです。」
「…おいくつの方なの?」
「……17歳で、貴族学園の最高学年だと。」
17歳!ヒューゴよりは10も年下だ。貴族には珍しい年齢差ではない。実際にクリスの母は後妻だが、父とは12歳差だったはずだ。
「…ヒューゴは縁談についてはなんて言ってるの?」
「それについてはわかりませんでした。」
「……そう。」
クリスにとって一番大事なのはそこである。
ヒューゴは『大聖女になったクリスを黒騎士団長として支えたい』と言ってくれた。この縁談を受ければ黒騎士団長になる夢は叶うことはない。ゴーティエ騎士団を率いていくことになるのだから。
「クリス様…。クリス様が望めば、この縁談もなくすことができますよ。」
「でも…、ヒューゴが望んでいないかもしれないから…。」
ヤスミンは困ったような顔でクリスを見ている。
教会において大聖女の意向は、よほど理不尽でなければ、尊重される。黒騎士団も教会に連なる組織であるから、もちろんクリスがヒューゴに結婚しないでと言えば通るだろう。
でも、これまでクリスは大聖女の特権とも言える”わがまま”を使ってこなかった。せいぜい、『クリスマスにおいしいものを食べたい』とか、『友人をプライベートスペースに呼んでお茶をしたい』とか、その程度だ。
前任の大聖女である彼女の姉を知っている人ならば、そんなものは”わがまま”ではないと言うだろう。
「クリス様、ヒューゴ殿はクリス様との約束を忘れて10も下の小娘とイチャイチャしたがっていると本当に思っているのですか?」
横で『ヤスミン、毒まぜすぎじゃない?』とフィフィがつぶやくがクリスはそれどころではない。
「私よりもクリス様の方がヒューゴ殿についてよくご存じですよね?それに、ヒューゴ殿が結婚されてしまったら、もうこれまでのように二人では会えませんよ。」
「…うん。」
クリスは膝の上で指を組んだ。そして決意して顔をあげる。
「ヒューゴに、私に会いに来るように言って。」
ー---
クリスはすぐにでもヒューゴに会うつもりだったが、二人の予定が合うには数日が必要だった。クリスにとっては、心の整理をするためにちょうどいい時間だった。
その間、クリスの保護者達もヤキモキしていた。
「こんな時に黒騎士団長は休暇ですか…。詳細を知ることができませんね…。」
そう重々しく話すのは神官長のラファエル・モローだ。クリスのファンクラブ会員でもある。
「まさか、精霊たちからクリス様の耳にヒューゴ殿の縁談について入ってしまうとは…。黒騎士団長もヒューゴに確認をとって穏便に破談にしたいと仰っていたのに…。」
そう困ったように話すのは白騎士団長のノワールだ。クリスのファンクラブ会員でもある。
「しかし、変に外から後で伝わってしまっては、より困惑されたかもしれませんわ。今知れたことはクリス様の今後とにとってよかったのかもしれませんよ。」
そう前向きにとらえているのは以前クリスの専任侍女をしていたサーシャだ。クリスのファンクラブ会員でもある。
「ヒューゴ殿は明後日に教会を訪れるそうです。ここ数日はゴーティエ子爵家に度々呼ばれている様ですが、いったいどういう内容の呼び出しなのかは聞こえてきませんね…。
休暇中の黒騎士団長ならご存じなのでしょうが…。呼び出しますか?」
そうはきはきと意見を述べるのは神官長付きの神官であるカミーユ・モローだ。クリスのファンクラブ会員でもある。
「明後日になれば、すべてがあるべきところに収まるのではないかと、私はそんな気がしますわ。」
唯一、二人を案じていなかったのはヤスミンだ。クリスのファンクラブ会員でもある。
「ヤスミンもすっかり大人になりましたね。クリス様に配属された当初は青臭く頑固だったのに。」
サーシャはそう言って苦笑する。
「でもそうね。クリス様もヒューゴ殿ももう立派な大人になる年齢ですから、私たちは見守りましょう。」
「しかし、クリス様はわがままが言えませんからね…。土壇場になっても『ヒューゴが幸せならそれでいいの』ぐらい言い出しかねませんよ?」
何か裏から手を回したがっているのは暗躍したがりのカミーユである。
「いざとなったら婚姻の無効ぐらい教会でできるぞ。」
権力を振りかざすのは神官長殿である。サーシャが「めっ」と睨みをきかすとしゅんと二人とも黙り込んだ。
「明後日の対面の結果を見てから考えましょう。ヤスミン、何が起きても大丈夫ね?」
「はい。何が起きても大丈夫です。」
クリスの気持ちなど、もう何年も前からお見通しの侍女二人は、きっとクリスなら気持ちを伝えられるだろうと信じていた。
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