わがまま姉のせいで8歳で大聖女になってしまいました

ぺきぺき

文字の大きさ
上 下
54 / 59
第5章 17歳の愛し子

17 貴族牢にて

しおりを挟む
東の島国へ帰国する三日ほど前にアリシラローズはマルシャローズの貴族牢にとある目的を持って訪れた。護衛の近衛騎士は部屋にいるが、夫のソラは部屋の外に待機させている。マルシャローズの醜い本音が出るのはアリシラローズの前だけだろう。

「すっかり落ちぶれてしまいましたね、お姉さま。」

そう声をかければマルシャローズは睨みつけてくる。

「私が白騎士をそそのかしてあなたやクリスを陥れようとしただなんてとんでもない言いがかりだわ。」

「まだそんなことを言っていらっしゃるのですね。私はもう国に帰るので構いませんが。」

マルシャローズはそう言うアリシラローズを鼻で笑った。


「『国に帰る』ってあなたは野蛮な東の島国に嫁いだんだものね。夫はあんなに綺麗だけれど、今回わざわざ一緒にオールディに戻って来たってことはこの国に未練があるんじゃないの?
いいわ。いつでも帰って来なさいよ。ルロワ公爵家で歓迎してあげるわ。」

マルシャローズは自分が無罪放免になると信じて疑わない。それは半分正しい。大聖女を勤められる人材が少ないというのはオールディにとってリスクだ。クリスの後継が育つまでマルシャローズが罪人になることはないだろう。

しかし、これまでのようには扱われない。いや、


「いえ。私はもう二度とオールディには帰って来ません。」

「…なんですって?」

「今回、夫と一緒に入国したのはクリスの顔を一目見たかったから。あの子が幸せかどうか心配だったからよ。あの子が大聖女であることが幸せだと教えてくれた今、もうこの国に未練はありません。
マルシャお姉さまとはこれがお会いできる最後の機会になります。」

アリシラローズはマルシャローズが最後までできなかった淑女の微笑みを優雅にしてみせた。本音を綺麗に覆い隠す仮面である。


「マルシャお姉さまは、ずっと私のことを蔑んでいましたね。『ルロワ公爵家に生まれたくせに大聖女になれない役立たず』と。クリスのことも『私に何かあった時のためのスペア』だと。昔はお姉さまの言葉を真に受けて落ち込むこともありましたが、今となっては…ふふふ、全くの逆ですね。」

「アリシラ、何が言いたいの?」

「わかりませんか?今はあなたが『ルロワ公爵家に生まれたくせに大聖女を辞めさせられた役立たず』で『クリスのスペア』なの。
私のように愛する夫や家族もいないし、クリスのように一生をかけたい仕事や愛し守ってくれる人もいない。この先もずっと一人で命尽きるその日まで生きていくのよ。」


アリシラローズはあざ笑うような顔をして見せた。

「なぜ最初に大聖女を幼いクリスに押し付けたりしたのかしら。貴族婦人になれるだけの教養もないのに私から公爵夫人を奪ったのかしら。なぜそこで頑張れずにわが子を捨てて教会に戻ったのかしら。結界の修復を拒否したのかしら。どうして最後にまた妹たちを傷つけて思うとおりにしようとしたのかしら。
お姉さまの選択のすべてが間違っているし、この結末は当然のことよ。」

マルシャローズはアリシラローズに下に見られることが我慢ならない。この時もカッと頭に血が上って怒りのままに立ち上がった。


「あんたもクリスも殺してしまえばよかったわ!!」

マルシャローズがアリシラローズをソラの妻の座から降ろすために考えた手段の中に、確かにそれもあったのだろう。むしろ、冤罪を着せるなんてやり方よりも確実性が高かったかもしれない。
それをしなかったのは、マルシャローズがアリシラローズが生きて苦しむ姿を見たかったというただそれだけだろう。そしてそれをあざ笑いたかったのだ。

そして、マルシャローズが今後予想される軟禁生活を回避して、ある程度の好き放題が許される環境を作るにはクリスの存在が邪魔だろう。


そこでアリシラローズの夫であり、貴族牢の前で控えていたソラがばたんと扉を開ける。

「俺の妻と大聖女様への殺害予告は確かに聞き取った。ローズ、帰るぞ。」

「ええ。」


突然のソラの登場に呆然としているマルシャローズに優雅に礼をして見せる。

「マルシャお姉さま、どうあがいてももう二度と会うことはないでしょう。きっとお姉さまは領地の屋敷から一歩も外には出してもらえない。
でもそれがお姉さまの望んだことですものね。死ぬまで一人でどうかお幸せに。」

そうして振り返ることもなく貴族牢を出た。



ー---



「大した悪女の演技だったじゃないか、ロージー。」

にやにやと笑うソラにアリシラローズはちょっと怒った顔をして見せる。

「あなたは入ってくるのが早すぎるわ。殴りかかってくるぐらいのことをさせたかったのに。」

「もう十分だろう。それにそこまでする必要があるのか?それ以前でも軟禁されるのは目に見えていただろう?」

「自分が一番だと思っている人だもの。ちょっとやそっとの叱責じゃ改めなかったことはこれまでの経歴の中でも明らかだしね。多少は心が折れているといいけれど。
不死鳥のごとく蘇って、クリスに迷惑をかけるだなんてゆるせないんだから。軟禁の理由はいくつあっても足りないのよ。」

アリシラローズは生まれてこの方、父を全く信用していない。保険は多すぎるぐらいに多い方がいいのだ。
ちなみに数年後にはクリスラブの心強い嫁がルロワ公爵家にやってくるので、アリシラローズの心配は杞憂に終わる。


「それなら王女殿下がやったことも赦してやれよ。」

「それは…。」

コンスタンスはマルシャローズの罪を重くするために、クリスを白騎士に襲わせる隙を作った。影をつけていたとは主張しているが、その後のクリスの様子を見るに傷ついていたのは間違いない。
その計画を知っていながらソラも止めなかったらしいことも把握している。

かわいいクリスを傷つけたのが赦せなくて、あの後、コンスタンスとは口をきいていない。今回の殺人予告の件を伝えてさらに厳しい監視をつけてマルシャローズを軟禁してもらうためには、どうしてもコンスタンスと話さなければならない。あと、一応、父も。


アリシラローズはクリスを思い出して心を落ち着けた。

ヒューゴ・クレマン騎士に家まで送ってほしいと控えめに舞踏会帰りに主張していたクリスは可愛かった。当人が自覚しているのかはよくわからないが、クリスにとってあの騎士が特別な存在なのは明らかだろう。


「そうね。とても反省しているようだし、帰国前に仲直りしようかしら。」


数秒後に「ありがとう、アリシラ!」と叫びながらコンスタンス王女が突進してきて、仲直りはやめようかしらと思うことをアリシラローズはまだ知らない。



しおりを挟む
感想 77

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

冤罪で国外追放される様なので反撃して生き地獄に落とします

富士山のぼり
ファンタジー
卒業パーティの日、聖女レティシアは婚約者である王太子から身に覚えのない罪で弾劾されて婚約破棄の上、国外追放の命令を下される。 怒りが頂点に来たレティシアは隠された自分の能力を使って反撃する事にした。 ※婚約破棄の前提を壊す身も蓋も無いお話です。 ※小説家になろう(9/21)日間ヒューマンドラマ〔文芸〕ランキング1位を戴きました。あちらが修正版です。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

前世では伝説の魔法使いと呼ばれていた子爵令嬢です。今度こそのんびり恋に生きようと思っていたら、魔王が復活して世界が混沌に包まれてしまいました

柚木ゆず
ファンタジー
 ――次の人生では恋をしたい!!――  前世でわたしは10歳から100歳になるまでずっと魔法の研究と開発に夢中になっていて、他のことは一切なにもしなかった。  100歳になってようやくソレに気付いて、ちょっと後悔をし始めて――。『他の人はどんな人生を過ごしてきたのかしら?』と思い妹に会いに行って話を聞いているうちに、わたしも『恋』をしたくなったの。  だから転生魔法を作ってクリスチアーヌという子爵令嬢に生まれ変わって第2の人生を始め、やがて好きな人ができて、なんとその人と婚約をできるようになったのでした。  ――妹は婚約と結婚をしてから更に人生が薔薇色になったって言っていた。薔薇色の日々って、どんなものなのかしら――。  婚約を交わしたわたしはワクワクしていた、のだけれど……。そんな時突然『魔王』が復活して、この世が混沌に包まれてしまったのでした……。 ((魔王なんかがいたら、落ち着いて過ごせないじゃないのよ! 邪魔をする者は、誰であろうと許さない。大好きな人と薔薇色の日々を過ごすために、これからアンタを討ちにいくわ……!!))

婚約破棄されたけど、逆に断罪してやった。

ゆーぞー
ファンタジー
気がついたら乙女ゲームやラノベによくある断罪シーンだった。これはきっと夢ね。それなら好きにやらせてもらおう。

豊穣の巫女から追放されたただの村娘。しかし彼女の正体が予想外のものだったため、村は彼女が知らないうちに崩壊する。

下菊みこと
ファンタジー
豊穣の巫女に追い出された少女のお話。 豊穣の巫女に追い出された村娘、アンナ。彼女は村人達の善意で生かされていた孤児だったため、むしろお礼を言って笑顔で村を離れた。その感謝は本物だった。なにも持たない彼女は、果たしてどこに向かうのか…。 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。

重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。 あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。 よくある聖女追放ものです。

処理中です...