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第5章 17歳の愛し子
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戻ってきた会場は異様な空気に包まれていた。静かに書類をめくる国王陛下とその姿を見つめる貴族たち。食事をとるものも、ダンスを踊るものも、談笑するものもおらず、舞踏会とは思えない異様な雰囲気だった。
扉から堂々とヒューゴを従えて入ってきたクリスは貴族たちの注目を一身に受けてどぎまぎした。
それと同時に、「国王陛下、ただいま戻りました」と王女殿下も王族用の入場口から姿を現した。後ろには先ほどの白騎士を拘束した近衛騎士もいる。
「コンスタンス、その者はどうした?」
国王陛下は拘束された白騎士を見て、とても面倒くさそうな表情をされている。
「この者は王族用の控室への侵入を試みた大聖女様付きの白騎士です。怪しげな薬を所持しておりまして、調べさせたところ媚薬であることが判明しました。」
王族用の控室に媚薬を持った侵入者とは、大事件である。貴族たちはざわめいた。
「私が私用で控室へと正式に呼んだクリスローズ・ルロワ嬢が目当てであった様で、取り押さえた時には『これはマルシャローズ様のご意思なのだ』、『私はクリスローズ嬢と結婚するのだ』と妄言を吐き散らしておりました。」
「な…!」
マルシャローズが思わずといった様子で声をあげた。その場にいたクリスローズは何か言われたことと違う気がするとは思ったが、賢明にも黙っていた。
「とんだ濡れ衣ですわ!私がクリスローズを襲わせようとしたとでも言いたいの!?」
「私は聞いたことを証言したまでです。これは王家の影も聞いたこと。お疑いならば確認されればよろしいわ。」
にらみ合うマルシャローズと王女殿下の横で国王陛下は白騎士団長を呼び出す。
「この者は白騎士の様だが、知っているか?」
「は。大聖女様付きであるレオ・ウォルタール騎士です。」
ウォルタール家と言えば子爵家だ。マルシャローズが好んでそばに仕えさせるのはもっと高位の貴族と思っていたが、顔が良かったからだろうか。
会場は大聖女様付きという言葉に反応してまたざわめいた。
「国王陛下、発言をお許しいただけますか?」
続いて発言したのは神官長のラファエルだ。
「そこの白騎士が持っていた媚薬、というのは”赤の媚薬”でしょうか?結婚初夜に広く使われるという。」
「ええ。そうよ。」
「最近、大聖女様付きの白騎士から教会に持ち込まれたと報告のあった品です。マルシャローズ様が使うにはおかしな品だと思っていたのですが。」
”結婚初夜”ということは処女の花嫁向けの薬ということだろう。マルシャローズが処女ではないことは皆が知っている。
マルシャローズの顔がかっと赤くなった。
「白騎士が持ち込んだからなんだというのですか!」
状況証拠でしかないが、この場でこのタイミングで公表されれば多くの者がマルシャローズの関与を事実とみなして噂を広めるだろう。
「だいたい、私がかわいい妹のクリスローズを傷つけるだなんて、どんな動機があるというのですか!」
「それこそ、大聖女様がさきほどおっしゃっていたとおりだろう?」
国王陛下は呆れたようにマルシャローズを見た。
「先ほどあなたはおっしゃっていたな。アリシラローズ夫人は家の務めを果たせぬ負い目から大聖女様に辛くあたっていたと。あなたもクリスローズ嬢のように結界を張れない負い目から彼女に辛くあたっていただろう。」
「な…!私はきちんと大聖女としての使命を果たしております!祈りの結界を張っているではないですか!」
「しかし、大聖女の最も大切な仕事である祈りの結界の修復を二年間も放棄して、クリスローズ嬢にやらせている。今年も任務を放棄するようであれば大聖女を解任すると決めていたが、この事態では予定よりも早くなりそうだな。」
自分が大聖女を解任されそうになっていたことを、マルシャローズは今初めて知った様だ。呆然とした顔で国王陛下を見ている。
「け、建国祭まであと数日です!このタイミングで大聖女の交代など…!」
「普通ならばな。でも、クリスローズ嬢は大聖女の経験者だ。問題はない。」
「私は潔白です!まだ容疑は疑いの段階です!」
「ああ。だから二年の職務放棄を理由に大聖女を解任する。今回の件の取り調べはその後だ。」
国王陛下はマルシャローズから視線を外し、クリスに向ける。
「クリスローズ・ルロワ嬢、突然のことで驚いているとは思うが、この二年間は実質あなたが大聖女であった。この度正式に大聖女へと戻り、国民のために”祈りの結界”を張ってくれないだろうか?」
クリスの体は震えた。武者震いである。
12歳で大聖女を無理やり辞めさせられた時から約5年間、いつかは大聖女に戻るのだと心に決めていた。そして、二年前、辺境での戦闘の惨事を目撃し、その思いはさらに強くなった。
「大聖女、拝命いたしました。」
クリスローズがして見せたのはこの国でただ一人だけが許される大聖女の礼だ。今この時を持って大聖女はマルシャローズからクリスローズへと交代した。
「容疑者であるマルシャローズ・ルロワ嬢を貴族牢へ連れていけ。」
マルシャローズはいろいろと騒いでいたが全てを聞き流されて貴族牢へと引っ張って行かれた。
扉から堂々とヒューゴを従えて入ってきたクリスは貴族たちの注目を一身に受けてどぎまぎした。
それと同時に、「国王陛下、ただいま戻りました」と王女殿下も王族用の入場口から姿を現した。後ろには先ほどの白騎士を拘束した近衛騎士もいる。
「コンスタンス、その者はどうした?」
国王陛下は拘束された白騎士を見て、とても面倒くさそうな表情をされている。
「この者は王族用の控室への侵入を試みた大聖女様付きの白騎士です。怪しげな薬を所持しておりまして、調べさせたところ媚薬であることが判明しました。」
王族用の控室に媚薬を持った侵入者とは、大事件である。貴族たちはざわめいた。
「私が私用で控室へと正式に呼んだクリスローズ・ルロワ嬢が目当てであった様で、取り押さえた時には『これはマルシャローズ様のご意思なのだ』、『私はクリスローズ嬢と結婚するのだ』と妄言を吐き散らしておりました。」
「な…!」
マルシャローズが思わずといった様子で声をあげた。その場にいたクリスローズは何か言われたことと違う気がするとは思ったが、賢明にも黙っていた。
「とんだ濡れ衣ですわ!私がクリスローズを襲わせようとしたとでも言いたいの!?」
「私は聞いたことを証言したまでです。これは王家の影も聞いたこと。お疑いならば確認されればよろしいわ。」
にらみ合うマルシャローズと王女殿下の横で国王陛下は白騎士団長を呼び出す。
「この者は白騎士の様だが、知っているか?」
「は。大聖女様付きであるレオ・ウォルタール騎士です。」
ウォルタール家と言えば子爵家だ。マルシャローズが好んでそばに仕えさせるのはもっと高位の貴族と思っていたが、顔が良かったからだろうか。
会場は大聖女様付きという言葉に反応してまたざわめいた。
「国王陛下、発言をお許しいただけますか?」
続いて発言したのは神官長のラファエルだ。
「そこの白騎士が持っていた媚薬、というのは”赤の媚薬”でしょうか?結婚初夜に広く使われるという。」
「ええ。そうよ。」
「最近、大聖女様付きの白騎士から教会に持ち込まれたと報告のあった品です。マルシャローズ様が使うにはおかしな品だと思っていたのですが。」
”結婚初夜”ということは処女の花嫁向けの薬ということだろう。マルシャローズが処女ではないことは皆が知っている。
マルシャローズの顔がかっと赤くなった。
「白騎士が持ち込んだからなんだというのですか!」
状況証拠でしかないが、この場でこのタイミングで公表されれば多くの者がマルシャローズの関与を事実とみなして噂を広めるだろう。
「だいたい、私がかわいい妹のクリスローズを傷つけるだなんて、どんな動機があるというのですか!」
「それこそ、大聖女様がさきほどおっしゃっていたとおりだろう?」
国王陛下は呆れたようにマルシャローズを見た。
「先ほどあなたはおっしゃっていたな。アリシラローズ夫人は家の務めを果たせぬ負い目から大聖女様に辛くあたっていたと。あなたもクリスローズ嬢のように結界を張れない負い目から彼女に辛くあたっていただろう。」
「な…!私はきちんと大聖女としての使命を果たしております!祈りの結界を張っているではないですか!」
「しかし、大聖女の最も大切な仕事である祈りの結界の修復を二年間も放棄して、クリスローズ嬢にやらせている。今年も任務を放棄するようであれば大聖女を解任すると決めていたが、この事態では予定よりも早くなりそうだな。」
自分が大聖女を解任されそうになっていたことを、マルシャローズは今初めて知った様だ。呆然とした顔で国王陛下を見ている。
「け、建国祭まであと数日です!このタイミングで大聖女の交代など…!」
「普通ならばな。でも、クリスローズ嬢は大聖女の経験者だ。問題はない。」
「私は潔白です!まだ容疑は疑いの段階です!」
「ああ。だから二年の職務放棄を理由に大聖女を解任する。今回の件の取り調べはその後だ。」
国王陛下はマルシャローズから視線を外し、クリスに向ける。
「クリスローズ・ルロワ嬢、突然のことで驚いているとは思うが、この二年間は実質あなたが大聖女であった。この度正式に大聖女へと戻り、国民のために”祈りの結界”を張ってくれないだろうか?」
クリスの体は震えた。武者震いである。
12歳で大聖女を無理やり辞めさせられた時から約5年間、いつかは大聖女に戻るのだと心に決めていた。そして、二年前、辺境での戦闘の惨事を目撃し、その思いはさらに強くなった。
「大聖女、拝命いたしました。」
クリスローズがして見せたのはこの国でただ一人だけが許される大聖女の礼だ。今この時を持って大聖女はマルシャローズからクリスローズへと交代した。
「容疑者であるマルシャローズ・ルロワ嬢を貴族牢へ連れていけ。」
マルシャローズはいろいろと騒いでいたが全てを聞き流されて貴族牢へと引っ張って行かれた。
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