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第5章 17歳の愛し子
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「お姉さま、神官長と黒騎士団長にご挨拶に行きたいのですが、お時間は大丈夫でしょうか?」
「ええ。今日はもう何もないから大丈夫よ。」
マルシャローズの部屋の外でよく知る神官であるカミーユが控えているのを見たクリスは、姉にそう伺いを立てると、姉と同じく控えていたヤスミンと一緒にカミーユについて神官長の部屋を訪れた。
「よく来られましたね、クリスローズ様。」
「神官長様、ご挨拶おそくなり申し訳ございません。」
「いいんですよ。我々もなるべくマルシャローズ様とクリスローズ様を会わせないように動いていましたから。アリシラローズ様もお座りください。
サーシャ、お茶と何かお菓子を。」
「はい。」
以前はクリス付だったサーシャは今、神官長付になっている。
「クリス様、大好きなお姉さまにお会いできてよかったですね。今日はクリス様がいらっしゃると聞いてフルーツケーキを焼いておきましたよ。」
「うん。ありがとう、サーシャ。」
このフルーツケーキはクリスの大好物である。
「マルシャローズ様はいかがでしたか?」
「相変わらずでしたわ。なぜか、私と夫が不仲だと勘違いをしていて。思い込みが激しいところも直ってはいませんのね。」
「どうやらマルシャローズ様は大使様の美しい容姿を大層気に入られたようなのです。」
「まあ……、驚きません。」
「マルシャお姉さまのことですが、私、また何かやろうとなさっているんじゃないかと心配なんです。」
クリスがそう言うと神官長は優しい顔で方眉をちょっとだけあげた。
「どういうことです?」
「私たちを部屋から追い出す直前に、何かを決心したような感情が伝わってきたので。」
「クリスローズ様がそうおっしゃるなら確かなのでしょうね…。実際にマルシャローズ様は専属の白騎士たちに何かを命じている様だと侍女から報告がありましたから。」
「白騎士団長はマルシャお姉さまから手を引いたと聞きましたが、白騎士はまだ姉の言うことを聞くのでしょうか?」
アリシラお姉さま、何でそんなこと知ってるの?と思ったが口には出さない。
「ええ。若い白騎士はマルシャローズ様にころっと騙されて言うことを聞いてしまいますからね。これまでもそうでした。」
暗にマルシャローズの元旦那様のことを言っているのだろう。
「これまでのことを思うと、マルシャローズ様は妹であるお二人のことを自分の後始末を押し付ける存在だと考えていらっしゃる様です。アリシラローズ様の嫁ぎ先に自分が嫁ぐ、大聖女をクリスローズ様に押し付ける、奪う、自分が辛かった貴族社会に放り込む…、これらの行動を考えると次も似たようなことを考えているでしょう。」
「私に大聖女を押し付ける、ですか?」
「ええ。そして自分はアリシラローズ様の嫁ぎ先を奪い取る、と。」
アリシラローズは「なんて身勝手なの」と呆れたため息をついた。
「アリシラローズ様は特に身辺にお気をつけください。すでに結婚し、お子もいらっしゃる夫婦を引き裂くとなるとかなり危険な行動に出ることが予想されますから。大使殿がしっかりと守ってくださるのだとは思いますが。」
「…わかりますか?」
「私はわかりませんでしたが、黒騎士団長はわかられたようです。大変な手練れであられると。」
なんと、お義兄さまは強かったのか。それも騎士団長が認めるほどに。
「クリスローズ様がお強いのはわかっていますが、お出かけの際には必ず護衛を。」
「わかりました。」
内心は私も危険なのだろうかと疑問に思っていたが神官長がとても真剣だったのでその疑問は飲み込んだ。
神官長室の扉が叩かれ、「失礼する」と言って後ろにヒューゴを従えた黒騎士団長が入室してきた。騎士団長はクリスを見てにやりとすると大きな手で頭をわっしわっしとなでてくれた。
「クリスが来ていると聞いてな。舞踏会のことでいくつか聞きたいことがあってな。」
「舞踏会、ですか?」
「舞踏会のある王城の警備は近衛騎士団がするが、完璧な警備はできないからな。大聖女様の警備は白騎士がするが、クリスを特別に警備するものはいないだろう。
俺とヒューゴを含めた貴族位を持つ黒騎士が数名参加するから、そいつらでクリスの警護をする。あまり大ぴらにはできないからいくつかクリスに約束してほしいんだ。」
「約束…ですか?」
「ああ。まず、必ず信頼できる誰かと行動すること。信頼できない者が持ってきた食事には手をつけないこと。信頼できない者と話すときは必ず人目のあるところを使うこと。この三つだ。」
クリスは言われたことに目を見開いた。クリスにとってはこれが初めての社交の場だが、そんなにも危険なものなのか。黒騎士団長は真剣だ。
「わ、わかりました。」
クリスの答えに黒騎士団長、神官長、それにヒューゴまでもが不安そうな空気を醸し出した。
「私が後で帰ってからしっかりと説明しておきますわ。クリスはわかっていないようですから。」
そう言ってその場を安心させたのはアリシラローズだ。クリスがこの場の人々が懸念することをしっかりと理解するのは公爵家に帰った後のことだ。
不安そうなクリスにサーシャが優しくフルーツケーキをもう一切れ切り分けてくれた。
「クリス様はどのようなドレスを着られるのですか?ヤスミンの見立てに間違いはないと思いますけれど。」
「私は青のグラデ―ジョンのドレスを着るの。首から胸のあたりまでが白くて腰のところから徐々に青くなって裾は真っ青なの。とてもきれいなのよ。」
サーシャの気遣いを感じてクリスは笑顔になった。
「サーシャにも見せたいわ。」
「実は私も神官長様のお付きでお城に行きますよ。クリス様のドレス姿、楽しみにしていますね。」
「そうなのね!エスコートしてくれる弟と彩を合わせているの。だから、弟と一緒に見てほ……。」
ふとクリスはとあることに気づき、ヒューゴを振り返った。
「ヒューゴは誰をエスコートして舞踏会に参加するの?」
「俺?俺は騎士団長と会場を回るからエスコートの相手は連れて行かないんだ。」
ヒューゴは少し気まずそうな顔をしている。神官長と黒騎士団長から今までにないほどの鋭い視線が飛んできているからだ。しかし、クリスはそんなことには気づかず、安堵して可愛らしい笑顔になった。
「ええ。今日はもう何もないから大丈夫よ。」
マルシャローズの部屋の外でよく知る神官であるカミーユが控えているのを見たクリスは、姉にそう伺いを立てると、姉と同じく控えていたヤスミンと一緒にカミーユについて神官長の部屋を訪れた。
「よく来られましたね、クリスローズ様。」
「神官長様、ご挨拶おそくなり申し訳ございません。」
「いいんですよ。我々もなるべくマルシャローズ様とクリスローズ様を会わせないように動いていましたから。アリシラローズ様もお座りください。
サーシャ、お茶と何かお菓子を。」
「はい。」
以前はクリス付だったサーシャは今、神官長付になっている。
「クリス様、大好きなお姉さまにお会いできてよかったですね。今日はクリス様がいらっしゃると聞いてフルーツケーキを焼いておきましたよ。」
「うん。ありがとう、サーシャ。」
このフルーツケーキはクリスの大好物である。
「マルシャローズ様はいかがでしたか?」
「相変わらずでしたわ。なぜか、私と夫が不仲だと勘違いをしていて。思い込みが激しいところも直ってはいませんのね。」
「どうやらマルシャローズ様は大使様の美しい容姿を大層気に入られたようなのです。」
「まあ……、驚きません。」
「マルシャお姉さまのことですが、私、また何かやろうとなさっているんじゃないかと心配なんです。」
クリスがそう言うと神官長は優しい顔で方眉をちょっとだけあげた。
「どういうことです?」
「私たちを部屋から追い出す直前に、何かを決心したような感情が伝わってきたので。」
「クリスローズ様がそうおっしゃるなら確かなのでしょうね…。実際にマルシャローズ様は専属の白騎士たちに何かを命じている様だと侍女から報告がありましたから。」
「白騎士団長はマルシャお姉さまから手を引いたと聞きましたが、白騎士はまだ姉の言うことを聞くのでしょうか?」
アリシラお姉さま、何でそんなこと知ってるの?と思ったが口には出さない。
「ええ。若い白騎士はマルシャローズ様にころっと騙されて言うことを聞いてしまいますからね。これまでもそうでした。」
暗にマルシャローズの元旦那様のことを言っているのだろう。
「これまでのことを思うと、マルシャローズ様は妹であるお二人のことを自分の後始末を押し付ける存在だと考えていらっしゃる様です。アリシラローズ様の嫁ぎ先に自分が嫁ぐ、大聖女をクリスローズ様に押し付ける、奪う、自分が辛かった貴族社会に放り込む…、これらの行動を考えると次も似たようなことを考えているでしょう。」
「私に大聖女を押し付ける、ですか?」
「ええ。そして自分はアリシラローズ様の嫁ぎ先を奪い取る、と。」
アリシラローズは「なんて身勝手なの」と呆れたため息をついた。
「アリシラローズ様は特に身辺にお気をつけください。すでに結婚し、お子もいらっしゃる夫婦を引き裂くとなるとかなり危険な行動に出ることが予想されますから。大使殿がしっかりと守ってくださるのだとは思いますが。」
「…わかりますか?」
「私はわかりませんでしたが、黒騎士団長はわかられたようです。大変な手練れであられると。」
なんと、お義兄さまは強かったのか。それも騎士団長が認めるほどに。
「クリスローズ様がお強いのはわかっていますが、お出かけの際には必ず護衛を。」
「わかりました。」
内心は私も危険なのだろうかと疑問に思っていたが神官長がとても真剣だったのでその疑問は飲み込んだ。
神官長室の扉が叩かれ、「失礼する」と言って後ろにヒューゴを従えた黒騎士団長が入室してきた。騎士団長はクリスを見てにやりとすると大きな手で頭をわっしわっしとなでてくれた。
「クリスが来ていると聞いてな。舞踏会のことでいくつか聞きたいことがあってな。」
「舞踏会、ですか?」
「舞踏会のある王城の警備は近衛騎士団がするが、完璧な警備はできないからな。大聖女様の警備は白騎士がするが、クリスを特別に警備するものはいないだろう。
俺とヒューゴを含めた貴族位を持つ黒騎士が数名参加するから、そいつらでクリスの警護をする。あまり大ぴらにはできないからいくつかクリスに約束してほしいんだ。」
「約束…ですか?」
「ああ。まず、必ず信頼できる誰かと行動すること。信頼できない者が持ってきた食事には手をつけないこと。信頼できない者と話すときは必ず人目のあるところを使うこと。この三つだ。」
クリスは言われたことに目を見開いた。クリスにとってはこれが初めての社交の場だが、そんなにも危険なものなのか。黒騎士団長は真剣だ。
「わ、わかりました。」
クリスの答えに黒騎士団長、神官長、それにヒューゴまでもが不安そうな空気を醸し出した。
「私が後で帰ってからしっかりと説明しておきますわ。クリスはわかっていないようですから。」
そう言ってその場を安心させたのはアリシラローズだ。クリスがこの場の人々が懸念することをしっかりと理解するのは公爵家に帰った後のことだ。
不安そうなクリスにサーシャが優しくフルーツケーキをもう一切れ切り分けてくれた。
「クリス様はどのようなドレスを着られるのですか?ヤスミンの見立てに間違いはないと思いますけれど。」
「私は青のグラデ―ジョンのドレスを着るの。首から胸のあたりまでが白くて腰のところから徐々に青くなって裾は真っ青なの。とてもきれいなのよ。」
サーシャの気遣いを感じてクリスは笑顔になった。
「サーシャにも見せたいわ。」
「実は私も神官長様のお付きでお城に行きますよ。クリス様のドレス姿、楽しみにしていますね。」
「そうなのね!エスコートしてくれる弟と彩を合わせているの。だから、弟と一緒に見てほ……。」
ふとクリスはとあることに気づき、ヒューゴを振り返った。
「ヒューゴは誰をエスコートして舞踏会に参加するの?」
「俺?俺は騎士団長と会場を回るからエスコートの相手は連れて行かないんだ。」
ヒューゴは少し気まずそうな顔をしている。神官長と黒騎士団長から今までにないほどの鋭い視線が飛んできているからだ。しかし、クリスはそんなことには気づかず、安堵して可愛らしい笑顔になった。
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