上 下
34 / 59
第4章 15歳の辺境聖女

6

しおりを挟む
クリスは行きと同じようにヒューゴと同じ馬に乗っていた。行きほど飛ばさずにゆとりがあるのだが、クリスはさすがに強行軍で疲れてしまったので大人しくヒューゴの腕の中に納まった。

「寝てもいいぞ、クリス。」

頭上から聞こえてくるヒューゴの声に安心して背中を預ける。ヒューゴの体温が伝わってきて眠たくなってくる。

クリスが目を覚ましたのは教会に到着した時だった。


「ごめんね、ヒューゴ。大変じゃなかった?」

「いや、むしろクリスが寝ていたおかげで休憩なしで駆け抜けてこれたよ。」

帰ってきた黒騎士達は大急ぎでお風呂に駆け込んでいく。みんなも早く帰りたかったようだから迷惑ではなかったのだろう。

「俺たちはガブリエル神官に報告に行こう。あー。」

ヒューゴは馬からふらふらしながら降りてくるノワールを見た。

「ノワール殿、大丈夫か?報告は俺とクリスだけでも大丈夫だが…。」

「ごめんなさい。ノワールに身体強化をかけておけばよかったわ。」

「いえ!クリスローズ様のお手を煩わせるわけには!私は大丈夫です!さあまいりましょう!」

プルプルと震える足で歩きだしたノワールの腰を後ろからやってきたエマがバシンと叩いた。驚いたノワールの腰がびよんと伸びてその場に直立する。
ノワールは自分よりも年下の女性に腰を叩かれて呆然としているようだ。エマの姿を凝視して固まっている。

「私が簡単に強化したわ。さあ、報告に行きましょう!」



ー---



「そうですか…。魔物の生息域によってそのような違いがあるのですね…。それでは他にも同様に穴が開きかけている場所がありそうですね…。」

報告を聞いたガブリエル神官は深刻な表情で頷いた。

「では、私は神官長に手紙を書きこのことを伝えます。クリスローズ様はこちらにもうしばらく滞在した穴の経過を確認してください。」

「わかりました。」

短い報告のあとは簡単にお風呂と食事を済ませてベッドに入る。クリスはヒューゴのおかげで多少寝ていたがやっぱりベッドは格別だった。
あっという間に眠りの世界に入り、目覚めたのは翌朝の早朝のことだ。

エマと一緒に早朝の祈りに参加し、朝食のパンとスープをいただく。


「王都の教会と比べても質素だけど、聖カリスト学園の食事と比べちゃったら悲しくなってくるんじゃない、クリス?」

「そんなことないわ。このスープ、食べたことのない味がするわ。」

「あ、魔獣で出汁を取っているのよ。」

「魔獣?」

「ええ。王都では食べないわよね。でもここでは結界周辺の魔獣を間引いた後、美味しいものはいただくの。魔鹿とか魔兎とか、おいしいわよ。」

「このお肉も魔獣?」

「それはただのチキンね。」

魔獣のお肉、食べてみたいな。


「今日はエマはどうするの?」

「私はこの後、黒騎士達とより結界近くにある第5拠点に行くわ。ルクレツェンの魔法騎士との小競り合い地点だから結界が緩むと困るのよ。常に辺境聖女の誰かがいるわ。」


この辺境が接する隣国のルクレツェンは魔法大国だ。唯一、魔法使いを育成する教育機関を持ち、またそのために中立国と言いながら周囲に対して攻撃的である。特に今代の国王は好戦的でどうにか国土を広げようとオールディにもたびたび魔法騎士をさし向けてくる。

ちなみに祈りの結界には魔法を弾き返す効果もある。しかし、魔法で攻撃され続ければ穴が開く。なので辺境聖女が毎日、補強しているのだ。


「エマ、私もその拠点に行けないかな?山の外の結界の様子が気になるの。」

「え?最近は落ち着いていると言っても前線なのよ?危ないわ。」

「エマは行ってるのに?」

「一年以上務めた辺境聖女しかこの任務にはつけないの。ガブリエル様に相談して。」

そう言ってエマはクリスを置いて一足先に前線の拠点へと旅立っていった。


「そうですね…。今のところ魔法騎士が攻撃してくる気配はないですが、普段と違う動きをして結界に異変があったと勘づかれるのも困りますしね…。」

ガブリエル神官がこの重要な教会に配置されたのはこういった敵の策略を読める点があげられる。ラファエル神官長が最も信頼する弟であるというのもあるが。

「黒騎士の隊長と相談させていただいても?」

「もちろんです。ガブリエル神官の指示に従います。」

クリスの勝手な行動で辺境の守りを危うくすることはあってはならない。ガブリエル神官はちょっとにっこりした。そんな顔が神官長によく似ている。

「あなたがよく理解してくださる方でよかった。こちらにいる間のあなたの護衛はヒューゴ・クレマン騎士に一任してありますので、出かける場合は必ず彼を連れて行ってください。」


クリスが退室すると部屋の前ではヒューゴが待っていた。

「クリス、ここに来ていると聞いて迎えに来た。よく寝られた?」

「うん。ヒューゴが私の護衛についてくれるの?」

「ああ。今回、クリスを迎えに行くためにルーティンを外れたからね。他の人を外して付け直すよりは俺がずっとついていた方がいいだろう?」

「私はヒューゴで嬉しい。」

クリスにとって6歳のころから知っているヒューゴは一番好きな黒騎士だった。ヒューゴもクリスのことをかわいい妹のように思ってくれている。
二人の距離の近さは度々問題となるが、ヒューゴは貴族で実力もピカイチだし、柔軟に思考して物事に対処できる頭の良さもある。クリスにとても信頼されているのだから、神官長や騎士団長からはそれは些細な問題とみなされていた。


「今日は休日扱いになっているけれど、どうする?町に出てもいいけれど、観光地なんかはないんだ。」

「魔獣のお肉はどこでも食べられるの?」

「ああ、エマ殿にきいた?クリスなら食べたがると思ったよ。騎士団で捕り物があった時にしか食べられないんだ。昼食後に厨房で干し肉がないかきいてみようか。」

「うん。…ところでノワールは?」

「黒騎士の朝練に参加してへばっているよ。王都と辺境では朝練のレベルが違うからね。俺も最初は大変だったよ。」

それって大丈夫なのかしら。あとで強化しに行ってあげなきゃ。



ー---



火急の知らせが届いたのは、クリスのおかげで復活したノワールも交えた三人で魔獣の干し肉を試食していた時だった。

「ルクレツェンの魔法騎士が第5拠点に侵攻を開始しました!」



しおりを挟む
感想 77

あなたにおすすめの小説

偽りの婚姻

迷い人
ファンタジー
ルーペンス国とその南国に位置する国々との長きに渡る戦争が終わりをつげ、終戦協定が結ばれた祝いの席。 終戦の祝賀会の場で『パーシヴァル・フォン・ヘルムート伯爵』は、10年前に結婚して以来1度も会話をしていない妻『シヴィル』を、祝賀会の会場で探していた。 夫が多大な功績をたてた場で、祝わぬ妻などいるはずがない。 パーシヴァルは妻を探す。 妻の実家から受けた援助を返済し、離婚を申し立てるために。 だが、妻と思っていた相手との間に、婚姻の事実はなかった。 婚姻の事実がないのなら、借金を返す相手がいないのなら、自由になればいいという者もいるが、パーシヴァルは妻と思っていた女性シヴィルを探しそして思いを伝えようとしたのだが……

婚約破棄され逃げ出した転生令嬢は、最強の安住の地を夢見る

拓海のり
ファンタジー
 階段から落ちて死んだ私は、神様に【救急箱】を貰って異世界に転生したけれど、前世の記憶を思い出したのが婚約破棄の現場で、私が断罪される方だった。  頼みのギフト【救急箱】から出て来るのは、使うのを躊躇うような怖い物が沢山。出会う人々はみんな訳ありで兵士に追われているし、こんな世界で私は生きて行けるのだろうか。  破滅型の転生令嬢、腹黒陰謀型の年下少年、腕の立つ元冒険者の護衛騎士、ほんわり癒し系聖女、魔獣使いの半魔、暗部一族の騎士。転生令嬢と訳ありな皆さん。  ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。  タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。 完結しました。ありがとうございました。

無惨に殺されて逆行した大聖女の復讐劇〜前世の記憶もついでに取り戻したので国造って貴国を滅ぼさせていただきます

ニコ
恋愛
 体に宿る魔石が目当てで育てられたユリア。婚約者に裏切られて殺された彼女は封印された大聖女だった。  逆行した彼女は封印が解け、地球で暮らした前世の記憶も取り戻しておりーー  好き勝手する父親や婚約者、国王にキレた彼女は国を創って宣戦布告するようです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 不定期更新で行こうと思います。 ポチッとお気に入り登録していただけると嬉しいです\(^o^)/

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

【完結】特別な力で国を守っていた〈防国姫〉の私、愚王と愚妹に王宮追放されたのでスパダリ従者と旅に出ます。一方で愚王と愚妹は破滅する模様

岡崎 剛柔
ファンタジー
◎第17回ファンタジー小説大賞に応募しています。投票していただけると嬉しいです 【あらすじ】  カスケード王国には魔力水晶石と呼ばれる特殊な鉱物が国中に存在しており、その魔力水晶石に特別な魔力を流すことで〈魔素〉による疫病などを防いでいた特別な聖女がいた。  聖女の名前はアメリア・フィンドラル。  国民から〈防国姫〉と呼ばれて尊敬されていた、フィンドラル男爵家の長女としてこの世に生を受けた凛々しい女性だった。 「アメリア・フィンドラル、ちょうどいい機会だからここでお前との婚約を破棄する! いいか、これは現国王である僕ことアントン・カスケードがずっと前から決めていたことだ! だから異議は認めない!」  そんなアメリアは婚約者だった若き国王――アントン・カスケードに公衆の面前で一方的に婚約破棄されてしまう。  婚約破棄された理由は、アメリアの妹であったミーシャの策略だった。  ミーシャはアメリアと同じ〈防国姫〉になれる特別な魔力を発現させたことで、アントンを口説き落としてアメリアとの婚約を破棄させてしまう。  そしてミーシャに骨抜きにされたアントンは、アメリアに王宮からの追放処分を言い渡した。  これにはアメリアもすっかり呆れ、無駄な言い訳をせずに大人しく王宮から出て行った。  やがてアメリアは天才騎士と呼ばれていたリヒト・ジークウォルトを連れて〈放浪医師〉となることを決意する。 〈防国姫〉の任を解かれても、国民たちを守るために自分が持つ医術の知識を活かそうと考えたのだ。  一方、本物の知識と実力を持っていたアメリアを王宮から追放したことで、主核の魔力水晶石が致命的な誤作動を起こしてカスケード王国は未曽有の大災害に陥ってしまう。  普通の女性ならば「私と婚約破棄して王宮から追放した報いよ。ざまあ」と喜ぶだろう。  だが、誰よりも優しい心と気高い信念を持っていたアメリアは違った。  カスケード王国全土を襲った未曽有の大災害を鎮めるべく、すべての原因だったミーシャとアントンのいる王宮に、アメリアはリヒトを始めとして旅先で出会った弟子の少女や伝説の魔獣フェンリルと向かう。  些細な恨みよりも、〈防国姫〉と呼ばれた聖女の力で国を救うために――。

華都のローズマリー

みるくてぃー
ファンタジー
ひょんな事から前世の記憶が蘇った私、アリス・デュランタン。意地悪な義兄に『超』貧乏騎士爵家を追い出され、無一文の状態で妹と一緒に王都へ向かうが、そこは若い女性には厳しすぎる世界。一時は妹の為に身売りの覚悟をするも、気づけば何故か王都で人気のスィーツショップを経営することに。えっ、私この世界のお金の単位って全然わからないんですけど!?これは初めて見たお金が金貨の山だったという金銭感覚ゼロ、ハチャメチャ少女のラブ?コメディな物語。 新たなお仕事シリーズ第一弾、不定期掲載にて始めます!

婚約破棄されたけど、逆に断罪してやった。

ゆーぞー
ファンタジー
気がついたら乙女ゲームやラノベによくある断罪シーンだった。これはきっと夢ね。それなら好きにやらせてもらおう。

あなたがそう望んだから

まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」 思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。 確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。 喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。 ○○○○○○○○○○ 誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。 閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*) 何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?

処理中です...