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第4章 15歳の辺境聖女
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王都から馬をとばして約一週間後の夕方、クリスは本拠地となる辺境の町についた。そこの教会では約3年ぶりの再会となるあの人がクリスを待っていた。
「クリス!待ってたわ!」
「エマ!!」
6歳で教会に放り込まれたクリスに聖女のいろはを教えてくれた先輩聖女であるエマだ。エマは長かった金髪を顎の下でバッサリ切っていて、パンツスタイルだ。以前の彼女は白い聖女服に長い金髪を三つ編みにしており、ヤスミンの手入れほどではないが、爪の先まで整えているタイプだった。
ハグをしようと駆け寄ったクリスだが自分がほこりまみれなのに気づいて立ち止まった。代わりに「気にしないわ」とエマがしっかり抱きしめてくれる。
「随分背が伸びたんじゃない?まだ小さくて細いけど許容範囲だわ!」
「エマ!会いたかった!髪切ったのね?手紙には書いてなかったわ。」
「ああ…。もしかしたらあなたも切った方がいいかも。」
クリスから体を離したエマは、後ろに控える黒騎士の二人を見た。
「ヒューゴ、お帰りなさい。」
「お疲れ様です、エマさん。」
「もう一人の方は…どこかで見た顔だわ。」
ノワールは整った顔をしているが、マルシャローズが好むような華やかな顔はしていない。髪は赤茶でくせ毛なのを伸ばして束ねて隠している。
「彼はノワール。元々は私の白騎士だった人よ。」
「ああ!あの…。」
エマは言いかけて口をつぐんだ。クリスにも何となく言いたいことはわかる。『あの、口うるさかった白騎士ね』と言いそうになったのだろう。
ノワールはクリスが黒騎士団に稽古に行って怪我をしたり、服を汚したりすると黒騎士団に文句を言っていた。だから黒騎士に転向したというのはとても意外だった。
「とりあえず、ここの神官様にご挨拶と穴の状況を聞きたいの。」
「案内するわ。実はその穴は私が見つけたの。」
「エマが?」
そうして三人はエマに案内されて旅装のまま責任者である神官の部屋へとやってきた。事が緊急なのでこんな無礼も許されるのだ。
「到着が遅くなり、申し訳ありません。大聖女の代理で参りました、クリスローズです。」
「神官長より文をもらっていますよ。それに大聖女様がすぐに馬車で出発される場合よりも大分早くに到着されていますよ。」
神官服を身にまとった神官長と数歳違いと思われる男性はガブリエル・モローと名乗った。神官長の実の弟なのだそうだ。
「穴はそこのエマを筆頭に辺境聖女たちが頑張ってくれていますが、徐々に広がっています。見つけた時は5㎝四方でしたが今は20㎝といったところ。小さい魔物なら中に入ってこれます。」
「すぐにふさぎに行きます。」
「実はもう二つほど穴が見つかりました。」
「もう二つ?」
クリスは驚いて顔をあげた。後ろのヒューゴとノワールからも驚いた気配が伝わってくる。
「一つ穴が開くとその周辺がもろくなるのです。」
「ではすぐにふさぎに行かないと。」
「穴の位置はここから馬で半日の山の中です。」
ガブリエル神官は机の上に地図を広げた。地図上には三つの赤い丸がある。どれも山の中とクリスでも分かった。
「黒騎士達が入れ替わりで巡回し、近づく魔物たちを排除しています。入れ替わりの騎士と共に現場へ行ってもらうのがいいでしょう。」
「いつ出発されますか?」
「明日の早朝に。強行軍だったと思いますが、クリスローズ様は一晩の休息で問題ないですか?」
「大丈夫です。結界をふさいでから休みます。」
クリスは少しハイになっていた。
ー---
夕食の前にとエマはクリスにお風呂に連れて行ってもらった。
「ここのお風呂は共用の物しかないわ。所属している聖女は私を含めて10人で、聖女のお風呂の後は神官のお風呂の時間よ。だから時間がかけられないの。それで私は髪を切ったのよ。
ここにいる辺境聖女のほとんどが私と同じぐらいの長さね。」
「じゃあ私も切るわ。」
「え?」
エマは驚いてクリスの背中の中ほどまで届く髪を見た。丁寧に手入れがなされているのがよくわかる、美しいシルバーブロンドだ。
「髪の手入れって数日さぼるとひどいことになるし、今後もこの様子だとずっと辺境巡りをしないといけないし。手入れしてくれていたヤスミンも合流できるかわからないし。だから私も切るわ。」
「でも…貴族令嬢に髪は命よ?」
「…エマだって切ってるわ。」
「まあ、そうなんだけれど…。わかったわ。」
10人の辺境聖女がいるということだったが、クリスが会ったのはエマ以外にはたったの二人だ。みんな入れ代わり立ち代わりでこの教会の担当範囲の結界周辺に派遣されているのだ。
エマ以外の全員が平民で、イザベルは公爵令嬢として鍛えられたクリスがそのような環境に入れられることを不安視していたが出会った平民出身の辺境聖女たちは、クリスを崇め奉っていた。
「クリスローズ様が大聖女であられたときは穴があくなんてこと一度もなかったと聞いています。」
「結界周辺に出没する魔物も少なかったし、素晴らしい大聖女様だとみんなで言っていたんです。」
一人はクリスと同年代でもう一人はエマよりも年上だった。後者はクリスが大聖女だったころから辺境聖女として活躍していたそうだ。
ばっさり髪を切ったクリスの姿にも「素敵です」「お揃いなんて嬉しいです」と盛り上がっていた。どうやら人間関係は問題なさそうだ。
一方、夕食の席で髪をバッサリ切ったクリスを見たノワールは声にならない悲鳴を上げた。
「おお、クリス。短い髪も似合ってるよ。」
「ありがとう、ヒューゴ。」
「いやいや、クリスローズ様、貴族令嬢がそんなに髪を切ってはいけません!」
「これから邪魔になるわ。」
「そうかもしれませんが…。」
クリスはガーディアンの扱い方を心得ている。
「似合わなかったかしら……。」
悲しそうな顔をして見せるクリスにノワールから慌てるような気配がし始める。
「もちろんお似合いです!」
「ならよかったわ。」
「…クリス、なんだか強かになったわね。」
「クリス!待ってたわ!」
「エマ!!」
6歳で教会に放り込まれたクリスに聖女のいろはを教えてくれた先輩聖女であるエマだ。エマは長かった金髪を顎の下でバッサリ切っていて、パンツスタイルだ。以前の彼女は白い聖女服に長い金髪を三つ編みにしており、ヤスミンの手入れほどではないが、爪の先まで整えているタイプだった。
ハグをしようと駆け寄ったクリスだが自分がほこりまみれなのに気づいて立ち止まった。代わりに「気にしないわ」とエマがしっかり抱きしめてくれる。
「随分背が伸びたんじゃない?まだ小さくて細いけど許容範囲だわ!」
「エマ!会いたかった!髪切ったのね?手紙には書いてなかったわ。」
「ああ…。もしかしたらあなたも切った方がいいかも。」
クリスから体を離したエマは、後ろに控える黒騎士の二人を見た。
「ヒューゴ、お帰りなさい。」
「お疲れ様です、エマさん。」
「もう一人の方は…どこかで見た顔だわ。」
ノワールは整った顔をしているが、マルシャローズが好むような華やかな顔はしていない。髪は赤茶でくせ毛なのを伸ばして束ねて隠している。
「彼はノワール。元々は私の白騎士だった人よ。」
「ああ!あの…。」
エマは言いかけて口をつぐんだ。クリスにも何となく言いたいことはわかる。『あの、口うるさかった白騎士ね』と言いそうになったのだろう。
ノワールはクリスが黒騎士団に稽古に行って怪我をしたり、服を汚したりすると黒騎士団に文句を言っていた。だから黒騎士に転向したというのはとても意外だった。
「とりあえず、ここの神官様にご挨拶と穴の状況を聞きたいの。」
「案内するわ。実はその穴は私が見つけたの。」
「エマが?」
そうして三人はエマに案内されて旅装のまま責任者である神官の部屋へとやってきた。事が緊急なのでこんな無礼も許されるのだ。
「到着が遅くなり、申し訳ありません。大聖女の代理で参りました、クリスローズです。」
「神官長より文をもらっていますよ。それに大聖女様がすぐに馬車で出発される場合よりも大分早くに到着されていますよ。」
神官服を身にまとった神官長と数歳違いと思われる男性はガブリエル・モローと名乗った。神官長の実の弟なのだそうだ。
「穴はそこのエマを筆頭に辺境聖女たちが頑張ってくれていますが、徐々に広がっています。見つけた時は5㎝四方でしたが今は20㎝といったところ。小さい魔物なら中に入ってこれます。」
「すぐにふさぎに行きます。」
「実はもう二つほど穴が見つかりました。」
「もう二つ?」
クリスは驚いて顔をあげた。後ろのヒューゴとノワールからも驚いた気配が伝わってくる。
「一つ穴が開くとその周辺がもろくなるのです。」
「ではすぐにふさぎに行かないと。」
「穴の位置はここから馬で半日の山の中です。」
ガブリエル神官は机の上に地図を広げた。地図上には三つの赤い丸がある。どれも山の中とクリスでも分かった。
「黒騎士達が入れ替わりで巡回し、近づく魔物たちを排除しています。入れ替わりの騎士と共に現場へ行ってもらうのがいいでしょう。」
「いつ出発されますか?」
「明日の早朝に。強行軍だったと思いますが、クリスローズ様は一晩の休息で問題ないですか?」
「大丈夫です。結界をふさいでから休みます。」
クリスは少しハイになっていた。
ー---
夕食の前にとエマはクリスにお風呂に連れて行ってもらった。
「ここのお風呂は共用の物しかないわ。所属している聖女は私を含めて10人で、聖女のお風呂の後は神官のお風呂の時間よ。だから時間がかけられないの。それで私は髪を切ったのよ。
ここにいる辺境聖女のほとんどが私と同じぐらいの長さね。」
「じゃあ私も切るわ。」
「え?」
エマは驚いてクリスの背中の中ほどまで届く髪を見た。丁寧に手入れがなされているのがよくわかる、美しいシルバーブロンドだ。
「髪の手入れって数日さぼるとひどいことになるし、今後もこの様子だとずっと辺境巡りをしないといけないし。手入れしてくれていたヤスミンも合流できるかわからないし。だから私も切るわ。」
「でも…貴族令嬢に髪は命よ?」
「…エマだって切ってるわ。」
「まあ、そうなんだけれど…。わかったわ。」
10人の辺境聖女がいるということだったが、クリスが会ったのはエマ以外にはたったの二人だ。みんな入れ代わり立ち代わりでこの教会の担当範囲の結界周辺に派遣されているのだ。
エマ以外の全員が平民で、イザベルは公爵令嬢として鍛えられたクリスがそのような環境に入れられることを不安視していたが出会った平民出身の辺境聖女たちは、クリスを崇め奉っていた。
「クリスローズ様が大聖女であられたときは穴があくなんてこと一度もなかったと聞いています。」
「結界周辺に出没する魔物も少なかったし、素晴らしい大聖女様だとみんなで言っていたんです。」
一人はクリスと同年代でもう一人はエマよりも年上だった。後者はクリスが大聖女だったころから辺境聖女として活躍していたそうだ。
ばっさり髪を切ったクリスの姿にも「素敵です」「お揃いなんて嬉しいです」と盛り上がっていた。どうやら人間関係は問題なさそうだ。
一方、夕食の席で髪をバッサリ切ったクリスを見たノワールは声にならない悲鳴を上げた。
「おお、クリス。短い髪も似合ってるよ。」
「ありがとう、ヒューゴ。」
「いやいや、クリスローズ様、貴族令嬢がそんなに髪を切ってはいけません!」
「これから邪魔になるわ。」
「そうかもしれませんが…。」
クリスはガーディアンの扱い方を心得ている。
「似合わなかったかしら……。」
悲しそうな顔をして見せるクリスにノワールから慌てるような気配がし始める。
「もちろんお似合いです!」
「ならよかったわ。」
「…クリス、なんだか強かになったわね。」
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