わがまま姉のせいで8歳で大聖女になってしまいました

ぺきぺき

文字の大きさ
上 下
27 / 59
第3章 12歳の公爵令嬢

9 カフェにて

しおりを挟む
音楽祭の前の最後の休日にヒューゴはクリスを護衛して、以前にも訪れたおいしいパンケーキのカフェに向かっていた。連れにはヤスミンもいる。

クリスは教会にいた頃には見たこともなかったすました顔でいる。公爵令嬢としてふさわしくあるべきという考えが、ヤスミンとヒューゴとクリスしかいない馬車の中でも抜けきらず、常にこのような顔をしているらしいとは、最近クリスファンクラブ運営メンバー内でも共有された情報だ。


「クリス、馬車の中だし、外からは見えないし、いつまでも気を張っていなくて大丈夫だ。」

「でも、いつもしていないと忘れそうで怖いわ。」

クリスはすまし顔を崩さずにそう言う。学園で少しふっくらしたかと思われた体型はすっかり逆戻りして、痩せてしまったクリスが青白いすまし顔をしているのだから、周りはとても心配だろう。
実際、最近増えているファンクラブ会員たちはこぞって最近のクリスの様子を心配していた。


「息抜きをすることも大切だよ。クリスのお姉さんのアリシラローズ様を思い出してごらん?」

「アリシラお姉さま?」

「アリシラローズ様は学園でも美しく誇り高いと評判の公爵令嬢だったけれど、クリスの前ではどうだった?すました顔で気を張っていたかい?」

「…いいえ。」

クリスは胸元に手をやりながら思い出すように首を傾げた。

「アリシラお姉さまはいつもお優しくて、笑顔で、私のことを抱きしめてはしゃいだり、からかって遊んだりしていらしたわ。」

「つまりはメリハリが大事なんだ。引き締めるところでは引き締める。緩めるところでは緩める。
さあ、カフェにつくよ。」


クリスをエスコートしてカフェに入るとニコレット嬢とイザベラ嬢が待ち構えていた。

「ニコレットにイザベラ?どうしたの?」

「クリスを待っていたのよ。今日は個室を貸切ってみんなでパンケーキパーティーしましょう!」

他の客からは見えない個室席に案内されて、クリスを席に着けると続々とパンケーキが運ばれてきた。

個室には黒騎士見習いのテオドールやルイも来ていた。二人もクリスに他人行儀な扱いを受けて陰ながらへこんでいたところをヒューゴが誘ってつれてきたのだ。

「テオドールとルイまで?」

「今日はクリスが公爵令嬢としてまだまだ礼儀作法がなっていないことや、本当は元気にそこら中を走ってとびまわっていたいことを知っている人しかここにいないよ。
だから、お作法は今日はお休みでいいんじゃないか?」

ヒューゴはクリスの頭をポンポンとなでる。これも人前ではやらないようにしている動作の一つだ。

「ヒューゴ…。」

クリスの宝石目にジワリと涙がたまる。そのまま隣に立っていたヒューゴにひしっと抱き着いた。


「クリスがヒューゴさんに抱き着いてるのもいつもの光景だね。」

「クリスは黒騎士見習いの中でヒューゴさんが一番に好きだから。」

テオドールとルイがにやにやとからかうようなことを言っているのを鼻で笑うように見やる。そして、ヒューゴはクリスの頭をなでながら、「何?うらやましいの?」と言ってやった。
ヒューゴよりも三つ年下の二人は顔を真っ赤にして慌て始めて、ヒューゴはなんだか満足した。


元気よくパンケーキを食べ始めたクリスにニコレット嬢もイザベル嬢も満足げだ。

「今日は特別ですよ!…それから、私たちとのランチの時も特別に許可しますわ!」

「クリス、今日はたくさん食べてね。」

「うん!ありがとう!ニコレット!イザベル!」

今回のパンケーキ会は二人が企画したものだ。私たちだけではクリスの態度を和らげるのは無理そうだとヒューゴにも声をかけてくれた。
以前のようにヒューゴにじゃれあうクリスに、これは恋仲と言われても致し方ない、あんたがちゃんと気をつけていないからよ、と鋭い視線を向けられて咳払いでごまかした。

…本当に申し訳ない。クリスに悪いうわさが立ったのは全てヒューゴの責任だ。なんのために高等部まで進学して貴族の中で生活しているのか。


ヤスミンはクリスの紅茶がなくなるとすぐにつぎ足し、口の端にクリームをつけてしまえばすぐにふき、と甲斐甲斐しく世話を焼く。
最初は厳しい印象のある人だったが、クリスにあてられたのか、サーシャを見習ったのか、クリスにはとても甘くなったな。

「え、私のファンクラブにルイとテオドールも入っているの?」

「ああ。僕が会員番号78で、ルイが会員番号82だよ。」

「まあ!二桁だなんて羨ましいわ!」

口をはさむのはニコレットだ。「私は114なの」と。

「え、クリスのファンクラブ、もう100人を超えているんですね!すごいな!」

「普通はいても50人ぐらいだもんな。100人超えたら大きいファンクラブだよ。」

「イザベルもファンクラブに入ったのでしょう?」

「私は記念すべき会員番号100をいただいたわ!クリスが大聖女をやめて学園に来られるって聞いた時にすぐに加盟したの!」

「じゃあ、イザベルは私と会ったときにはファンクラブ会員だったんだ…。」

クリスはちょっと微妙な顔をしている。ふとヒューゴを振り返った。

「ヒューゴは?もしかしてファンクラブに入ってるの?」

「あー。」

ヒューゴは困ったように頬をかいた。

「…入っているよ。」

「番号は?」

「………5。」

クリスがあっけにとられ、さらにその場が大いに盛り上がったのは言うまでもない。



ー---



音楽祭はクリスマス休暇直前にひらかれた。クリスの冬の雪景色の美しさを歌った歌は素晴らしく、クリスの周りがきらきらと光っているように見えた。

ヒューゴは特別席を辞退したが、必ず参加できるようにと早いうちに講堂に入り、クリスの歌を十分に鑑賞した。

自分が一般の席にいるのを見てひそひそと噂話をする学生もいたが、ヒューゴはつとめて平気な顔で前を向いていた。自分との関係がクリスにとって悪い噂となることはなんとしても避けねばならなかったから。
もちろん、他の黒騎士見習いの間にもそれは徹底させた。護衛の間は敬称をつけて公爵令嬢にふさわしくクリスを扱うこと、と。

今までの距離感が近すぎたのだ。


実家で冷遇されていた幼すぎる聖女は幼すぎる大聖女になった。その心を守るために気安い関係が許されていただけ。学園に通う年齢の公爵令嬢となった今はふさわしい距離感が求められる。

これは当然のことだ。

自分はクリスよりも4つも年上なのだから、しっかりしなければ。メリハリをつけて接していけばいい。


でも、やっぱりどうしても。どうしても寂しい気持ちは抑えられなかった。



しおりを挟む
感想 77

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢、追放先の貧乏診療所をおばあちゃんの知恵で立て直したら大聖女にジョブチェン?! 〜『医者の嫁』ライフ満喫計画がまったく進捗しない件〜

華梨ふらわー
恋愛
第二王子との婚約を破棄されてしまった主人公・グレイス。しかし婚約破棄された瞬間、自分が乙女ゲーム『どきどきプリンセスッ!2』の世界に悪役令嬢として転生したことに気付く。婚約破棄に怒り狂った父親に絶縁され、貧乏診療所の医師との結婚させられることに。 日本では主婦のヒエラルキーにおいて上位に位置する『医者の嫁』。意外に悪くない追放先……と思いきや、貧乏すぎて患者より先に診療所が倒れそう。現代医学の知識でチートするのが王道だが、前世も現世でも医療知識は皆無。仕方ないので前世、大好きだったおばあちゃんが教えてくれた知恵で診療所を立て直す!次第に周囲から尊敬され、悪役令嬢から大聖女として崇められるように。 しかし婚約者の医者はなぜか結婚を頑なに拒む。診療所は立て直せそうですが、『医者の嫁』ハッピーセレブライフ計画は全く進捗しないんですが…。 続編『悪役令嬢、モフモフ温泉をおばあちゃんの知恵で立て直したら王妃にジョブチェン?! 〜やっぱり『医者の嫁』ライフ満喫計画がまったく進捗しない件~』を6月15日から連載スタートしました。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/500576978/161276574 完結しているのですが、【キースのメモ】を追記しております。 おばあちゃんの知恵やレシピをまとめたものになります。 合わせてお楽しみいただければと思います。

リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?

あくの
ファンタジー
 15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。 加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。 また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。 長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。 リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!

(完結)大聖女を頑張っていた私が悪役令嬢であると勝手に決めつけられて婚約破棄されてしまいました。その子に任せたらあなたの人生は終わりですよ。

しまうま弁当
恋愛
メドリス伯爵家の第一令嬢であるマリーは突然婚約者のフェルド第一王太子から「真実の愛を見つけたんだ」と言われて婚約破棄を宣言されるのでした。 フェルド王太子の新しいお相手はマグカルタ男爵家のスザンヌだったのですが、そのスザンヌが私の事を悪役令嬢と言い出して、私を大聖女の地位から追い出そうとしたのです。 マリーはフェルドにスザンヌを大聖女にしたらあなたの人生が終わってしまいますよと忠告したが、フェルドは全くマリーの言う事に耳を傾けませんでした。 そしてマリー具体的な理由は何も言われずにマリーが悪役令嬢に見えるというフワッとした理由で大聖女の地位まで追い出されてしまうのでした。 大聖女の地位を追われ婚約破棄をされたマリーは幼馴染で公爵家の跡取りであるミハエル・グスタリアの所に身を寄せるのでした。 一方マリーを婚約破棄してご満悦のフェルドはスザンヌを大聖女につかせるのでした。 スザンヌも自信満々で大聖女の地位を受けるのでした。 そこからフェルドとスザンヌの転落人生が始まる事も知らずに。

冤罪で断罪されたら、魔王の娘に生まれ変わりました〜今度はやりたい放題します

みおな
ファンタジー
 王国の公爵令嬢として、王太子殿下の婚約者として、私なりに頑張っていたつもりでした。  それなのに、聖女とやらに公爵令嬢の座も婚約者の座も奪われて、冤罪で処刑されました。  死んだはずの私が目覚めたのは・・・

モブで可哀相? いえ、幸せです!

みけの
ファンタジー
私のお姉さんは“恋愛ゲームのヒロイン”で、私はゲームの中で“モブ”だそうだ。 “あんたはモブで可哀相”。 お姉さんはそう、思ってくれているけど……私、可哀相なの?

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

微妙なバフなどもういらないと追放された補助魔法使い、バフ3000倍で敵の肉体を内部から破壊して無双する

こげ丸
ファンタジー
「微妙なバフなどもういらないんだよ!」 そう言われて冒険者パーティーを追放されたフォーレスト。 だが、仲間だと思っていたパーティーメンバーからの仕打ちは、それだけに留まらなかった。 「もうちょっと抵抗頑張んないと……妹を酷い目にあわせちゃうわよ?」 窮地に追い込まれたフォーレスト。 だが、バフの新たな可能性に気付いたその時、復讐はなされた。 こいつら……壊しちゃえば良いだけじゃないか。 これは、絶望の淵からバフの新たな可能性を見いだし、高みを目指すに至った補助魔法使いフォーレストが最強に至るまでの物語。

処理中です...