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第3章 12歳の公爵令嬢
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入学当初は緊張しっぱなしだったクリスも、友人を得て、周囲にも受け入れられているのを感じて、大分リラックスできるようになっていた。そのため、そろそろ姉のアリシラローズから聞いていた『パンケーキ』なるものを食べに行きたいと考えていた。
聖カリスト学園のある都市には若者に向けたおしゃれなお店がわんさかある。学園の生徒たちは休日にはおしゃれな街に繰り出すのだが、この日ついにクリスにも外出の許可が下りた。
「ヒューゴ!!」
ヤスミンに付き添われて寮を出ると入口のところでヒューゴが待っていた。思わずその見慣れた姿に突進してお腹に抱き着く。…どうやらヒューゴの背はまだまだ伸びているようだ。
「クリス、待ってたよ。さすがに抱き着くのははしたないからやめようか。」
ヒューゴにやんわりと引き離されてクリスは慌てて離れた。完全に令嬢としての礼儀作法を忘れていた。しゅんとするクリスの頭をヒューゴがぽんぽんとなでた。
「ヒューゴ様、クリス様もここでは公爵令嬢です。」
ヤスミンに釘をさされ、ヒューゴが「すみません」とパッと手を放す。
「クリス様も必要以上にヒューゴ様に甘えてはいけません。」
「ヤスミン、なんだかイザベルみたいよ。」
クリスの口から出た知らない女性の名前にヒューゴが反応した。
「イザベルっていうのは…。」
「イザベル・フォンテーヌ様。お友達になったの。」
「フォンテーヌ家のご令嬢か!それはクリスの熱烈なファンの家だな。」
「…ファン?」
「御父上のフォンテーヌ辺境伯爵がクリスのファンクラブの会員……。」
そこまで言ってヒューゴは押し黙った。ヤスミンからは呆れたような感情が伝わってくる。
「ファンクラブって何?」
「いや…。」
「そういえば歌の精霊さんたちもそんなようなこと言ってたわ。私のファンクラブがあるの?」
ヒューゴは観念した。
「そうなんだ。教会の人を中心に結成されていたんだけど、ルロワ公爵家に承認された正式なもので今は100人ぐらい会員がいるんだ。」
「ひゃ、ひゃく!?正式な物ってどういうこと?」
「有名な令嬢や令息にファンクラブができるのはよくあることで、クリスの場合はどうせいつかできてしまうからちゃんとした人に運営を任せられるように最初から作ってしまおうって、クリスのお姉さんのアリシラローズ様が旅立たれる前に立ち上げて…。」
「アリシラお姉さま!?」
「創設者であるアリシラローズ様が会員No.0、会員No.1から10の10人で運営をしているよ。」
「その10人って誰なの?」
「それ喋ったら俺が怒られるよ。それより、例のパンケーキの店に行くんだろう?」
「うん!」
どうしようもないことを深く考えないのはクリスのいいところでもあるが、実は最近クリスのファンクラブ会員への申し込みは増えつつある。別に年会費や特典があるファンクラブではないのだが、下手な人は入れられないとトップ10人はてんやわんやだったりする。
「まさかクリスを連れてパンケーキ屋に行ける日が来るなんて思わなかったよ。」
「大聖女をやめてよかったことの一つね。」
「大聖女をやめてから体調はどう?」
「それはあんまり変わらないかも。祈りの結界を張ったままだからかな?」
大聖女をやめたからとクリスは劇的に成長するわけでもなく、小食になるわけでもなかった。ただ、肉付きは少しふっくらしてきたようだ。それはクリスが思うがままに食べているためだろう。
「公爵令嬢だから食べることを我慢しなくてもいいんですって!おかげでニコレットとイザベルに驚かれちゃったの。」
「聖女の食事はメニューが決まっているもんな。ちょっとしたお菓子ぐらいしか増やせなかっただろうし。」
ヒューゴから安堵したような感情が伝わってくる。ヒューゴは黒騎士見習いという身分だが、他の見習いと比べるとどうにも教会の内情に精通しすぎている気がする。それだけ目をかけられているということなのか。
ヒューゴに連れられて可愛らしい店構えのカフェに入った。休日ということもあり、そこには学園の学生と思われる年齢の貴族子女が多く来ていた。
ヒューゴが予約をしていてくれたみたいで、通りに面した大きめの一番いい席に案内される。
周囲からは「クレマン様が連れているのって、婚約者かしら?」「婚約者はいないってきいたわよ?それに恋人にしては年が下すぎるんじゃないかしら?学園入学前みたいだし。」「あら、シルバーブロンドで幼く見える少女ってもしかして…。」みたいな声が聞こえてくる。
クレマンとはヒューゴの家名である。
「ヒューゴ、有名人なの?」
「そんなことないよ。それよりクリスの方が有名人だろう?」
ちなみにヒューゴも有名人である。なんせ学園でトップの成績を修めているし、背が高く筋肉のついたイケメンだからである。
クリスが席につくと、ヒューゴも向かいの席に着いた。クリスの後ろではヤスミンが立って控えている。公爵令嬢うんぬんという注意はもうあきらめたようだ。
なんだかんだ言ってもヤスミンはクリス至上主義であり、今日をとても楽しみにしていたクリスに水を差すようなことはしたくなかったのだ。
メニューを開くと、そこにはたくさんの種類のパンケーキが並んでいた。紅茶にも種類が豊富にある。
「ど、どうしよう?」
「好きなものを選んでいいよ。」
「ヒューゴは前に来たとき何を食べたの?」
「あー。俺も始めてきたんだ。この店、男だけじゃ来にくいだろう?」
ヒューゴに周りを示されれば、女性同士や女性と男性の組み合わせの客ばかりで男性のみの客は見当たらない。そして、みんなちらちらとこちらを見ている。
「俺は甘いものも得意じゃないし、クリスが食べたいものを二つ頼んでどっちも食べたらいいよ。俺は一口二口でいいから。」
お言葉に甘えて栗のパンケーキとベリーのパンケーキを注文した。毒見として最初にヒューゴが少し食べて、それからクリスに渡してくれる。
「ほわー!おいしそう!」
夢中になって食べるクリスにヒューゴは目を細める。
「随分と綺麗に食べるようになったね。いや、元が汚いってわけじゃなくて、貴族っぽく食べるようになったな。」
「イザベルとヤスミンが食事の度に注意してくるから、覚えてきたわ。」
クリスは得意げに胸を張る。その仕草は大聖女時代によく見たものだ。ヒューゴからちょっと安心したような気配がする。
パンケーキを食べ終わるとクリスはおもむろにヤスミンを振り返り、「あれを」と指示を出した。ヒューゴが不思議そうにしていると、ヤスミンは持参していた封筒をクリスに手渡した。
「今、音楽のクラスを選択していてね、今度の音楽祭に参加するの。それでねヒューゴに来てほしくて特別席のチケットを用意したの。」
「や、俺は学生だからチケットがなくても音楽祭に参加できるけど…。特別席って親族用の席だろう?」
「学生は席を選べないんでしょう?人気の会だと入れないこともあるらしいし。もう一枚はサーシャに送ったの。」
ここで候補にも上がらないルロワ公爵に同情すべきか、自業自得と蔑むべきか。
「そうか。ならもらうよ。」
「うん!」
この日、クリスとヒューゴの様子は瞬く間に学園中に広がった。二人は気心の知れた幼馴染であり、大聖女と黒騎士という関係ではあるが、学園の学生たちは公爵令嬢と優秀だは爵位は継げない男爵令息という目でみている。
話が広まるうちに嫉妬が含まれ、『二人は恋仲だ』、『ルロワ公爵令嬢はクレマン男爵令息を囲っている』、『12歳にして愛人がいる』というような悪意のある噂に変換されていった。
聖カリスト学園のある都市には若者に向けたおしゃれなお店がわんさかある。学園の生徒たちは休日にはおしゃれな街に繰り出すのだが、この日ついにクリスにも外出の許可が下りた。
「ヒューゴ!!」
ヤスミンに付き添われて寮を出ると入口のところでヒューゴが待っていた。思わずその見慣れた姿に突進してお腹に抱き着く。…どうやらヒューゴの背はまだまだ伸びているようだ。
「クリス、待ってたよ。さすがに抱き着くのははしたないからやめようか。」
ヒューゴにやんわりと引き離されてクリスは慌てて離れた。完全に令嬢としての礼儀作法を忘れていた。しゅんとするクリスの頭をヒューゴがぽんぽんとなでた。
「ヒューゴ様、クリス様もここでは公爵令嬢です。」
ヤスミンに釘をさされ、ヒューゴが「すみません」とパッと手を放す。
「クリス様も必要以上にヒューゴ様に甘えてはいけません。」
「ヤスミン、なんだかイザベルみたいよ。」
クリスの口から出た知らない女性の名前にヒューゴが反応した。
「イザベルっていうのは…。」
「イザベル・フォンテーヌ様。お友達になったの。」
「フォンテーヌ家のご令嬢か!それはクリスの熱烈なファンの家だな。」
「…ファン?」
「御父上のフォンテーヌ辺境伯爵がクリスのファンクラブの会員……。」
そこまで言ってヒューゴは押し黙った。ヤスミンからは呆れたような感情が伝わってくる。
「ファンクラブって何?」
「いや…。」
「そういえば歌の精霊さんたちもそんなようなこと言ってたわ。私のファンクラブがあるの?」
ヒューゴは観念した。
「そうなんだ。教会の人を中心に結成されていたんだけど、ルロワ公爵家に承認された正式なもので今は100人ぐらい会員がいるんだ。」
「ひゃ、ひゃく!?正式な物ってどういうこと?」
「有名な令嬢や令息にファンクラブができるのはよくあることで、クリスの場合はどうせいつかできてしまうからちゃんとした人に運営を任せられるように最初から作ってしまおうって、クリスのお姉さんのアリシラローズ様が旅立たれる前に立ち上げて…。」
「アリシラお姉さま!?」
「創設者であるアリシラローズ様が会員No.0、会員No.1から10の10人で運営をしているよ。」
「その10人って誰なの?」
「それ喋ったら俺が怒られるよ。それより、例のパンケーキの店に行くんだろう?」
「うん!」
どうしようもないことを深く考えないのはクリスのいいところでもあるが、実は最近クリスのファンクラブ会員への申し込みは増えつつある。別に年会費や特典があるファンクラブではないのだが、下手な人は入れられないとトップ10人はてんやわんやだったりする。
「まさかクリスを連れてパンケーキ屋に行ける日が来るなんて思わなかったよ。」
「大聖女をやめてよかったことの一つね。」
「大聖女をやめてから体調はどう?」
「それはあんまり変わらないかも。祈りの結界を張ったままだからかな?」
大聖女をやめたからとクリスは劇的に成長するわけでもなく、小食になるわけでもなかった。ただ、肉付きは少しふっくらしてきたようだ。それはクリスが思うがままに食べているためだろう。
「公爵令嬢だから食べることを我慢しなくてもいいんですって!おかげでニコレットとイザベルに驚かれちゃったの。」
「聖女の食事はメニューが決まっているもんな。ちょっとしたお菓子ぐらいしか増やせなかっただろうし。」
ヒューゴから安堵したような感情が伝わってくる。ヒューゴは黒騎士見習いという身分だが、他の見習いと比べるとどうにも教会の内情に精通しすぎている気がする。それだけ目をかけられているということなのか。
ヒューゴに連れられて可愛らしい店構えのカフェに入った。休日ということもあり、そこには学園の学生と思われる年齢の貴族子女が多く来ていた。
ヒューゴが予約をしていてくれたみたいで、通りに面した大きめの一番いい席に案内される。
周囲からは「クレマン様が連れているのって、婚約者かしら?」「婚約者はいないってきいたわよ?それに恋人にしては年が下すぎるんじゃないかしら?学園入学前みたいだし。」「あら、シルバーブロンドで幼く見える少女ってもしかして…。」みたいな声が聞こえてくる。
クレマンとはヒューゴの家名である。
「ヒューゴ、有名人なの?」
「そんなことないよ。それよりクリスの方が有名人だろう?」
ちなみにヒューゴも有名人である。なんせ学園でトップの成績を修めているし、背が高く筋肉のついたイケメンだからである。
クリスが席につくと、ヒューゴも向かいの席に着いた。クリスの後ろではヤスミンが立って控えている。公爵令嬢うんぬんという注意はもうあきらめたようだ。
なんだかんだ言ってもヤスミンはクリス至上主義であり、今日をとても楽しみにしていたクリスに水を差すようなことはしたくなかったのだ。
メニューを開くと、そこにはたくさんの種類のパンケーキが並んでいた。紅茶にも種類が豊富にある。
「ど、どうしよう?」
「好きなものを選んでいいよ。」
「ヒューゴは前に来たとき何を食べたの?」
「あー。俺も始めてきたんだ。この店、男だけじゃ来にくいだろう?」
ヒューゴに周りを示されれば、女性同士や女性と男性の組み合わせの客ばかりで男性のみの客は見当たらない。そして、みんなちらちらとこちらを見ている。
「俺は甘いものも得意じゃないし、クリスが食べたいものを二つ頼んでどっちも食べたらいいよ。俺は一口二口でいいから。」
お言葉に甘えて栗のパンケーキとベリーのパンケーキを注文した。毒見として最初にヒューゴが少し食べて、それからクリスに渡してくれる。
「ほわー!おいしそう!」
夢中になって食べるクリスにヒューゴは目を細める。
「随分と綺麗に食べるようになったね。いや、元が汚いってわけじゃなくて、貴族っぽく食べるようになったな。」
「イザベルとヤスミンが食事の度に注意してくるから、覚えてきたわ。」
クリスは得意げに胸を張る。その仕草は大聖女時代によく見たものだ。ヒューゴからちょっと安心したような気配がする。
パンケーキを食べ終わるとクリスはおもむろにヤスミンを振り返り、「あれを」と指示を出した。ヒューゴが不思議そうにしていると、ヤスミンは持参していた封筒をクリスに手渡した。
「今、音楽のクラスを選択していてね、今度の音楽祭に参加するの。それでねヒューゴに来てほしくて特別席のチケットを用意したの。」
「や、俺は学生だからチケットがなくても音楽祭に参加できるけど…。特別席って親族用の席だろう?」
「学生は席を選べないんでしょう?人気の会だと入れないこともあるらしいし。もう一枚はサーシャに送ったの。」
ここで候補にも上がらないルロワ公爵に同情すべきか、自業自得と蔑むべきか。
「そうか。ならもらうよ。」
「うん!」
この日、クリスとヒューゴの様子は瞬く間に学園中に広がった。二人は気心の知れた幼馴染であり、大聖女と黒騎士という関係ではあるが、学園の学生たちは公爵令嬢と優秀だは爵位は継げない男爵令息という目でみている。
話が広まるうちに嫉妬が含まれ、『二人は恋仲だ』、『ルロワ公爵令嬢はクレマン男爵令息を囲っている』、『12歳にして愛人がいる』というような悪意のある噂に変換されていった。
応援ありがとうございます!
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