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第3章 12歳の公爵令嬢
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「ヤスミン、私、緊張してきた。」
「クリス様、まだ馬車にも乗っていないではないですか。」
聖カリスト学園へと出発する日、クリスは緊張で朝食もよく食べれなかった。見かねたヤスミンが軽食を包んで馬車にのせてくれている。
教会を出てルロワ家に滞在した二か月弱の間にクリスは公爵令嬢としての礼儀作法をみっちりしこまれた。もともと礼儀作法の勉強はしていたが、クリスの場合は大聖女の修行が優先され、12歳で求められるレベルには到達していなかったのだ。
付け焼刃…不安が残る。
「ではお父様、行ってまいります。」
「ああ、クリス。あー、あまり礼儀作法のことは気にするな。最低限はできているから。」
父は公爵令嬢として最低限はできていると言ったつもりであったが、クリスは貴族令嬢として最低限はできているという意味に受け取った。
つまりはまだまだ足りていないと。
「はい。これからも精進します。」
父の思いは全く娘たちには通じていない。
こうしてクリスは学園へと旅立った。
ー---
どうしよう。すごい見られてる。
登校初日、クリスはシンプルな青いワンピースを着て荷物を持って教室へと向かっていた。護衛として来てくれた黒騎士見習いのテオドールと教室を確認している間、ビシビシと視線を感じた。
「テオドール…、私どこか変なのかな?」
「いや、いつも通り可愛いよ。シルバーブロンドなんて他にいないからみんな珍しくて見てくるんだよ。」
テオドールは黒騎士見習いの中では高位の伯爵家の次男だ。なんでも上に姉が3人もいるらしく、妹みたいにクリスをかわいがってくれている。
テオドールとは教室の前で別れ、クリスが一人で入室する。実際はクリスの周りに精霊がぶんぶんと飛んでいるので一人ではないのだが。
教室には人が集まりつつあり、クリスを見るとぱたりと会話をやめて、こちらをじっと見つめだした。
座席は特に決まっていないが、貴族子女はすでに友達がいる様で、何人かが集まって座っている。
そう、学園に入学する以前から、多くの貴族子女は知り合いなのである。親に連れられたお茶会や家同士の付き合いがあるからだ。
「ごきげんよう!」
元気よく挨拶してにこりと笑うと周りで精霊たちが『クリス、かわいい!!』『かわいすぎて目がつぶれちゃう!!』『このまえファンクラブが言ってた!!』と訳が分からないことを言いながら辺りをさらにうるさく飛び回る。
なんとなく負の感情や行き過ぎた好感が漂ってくるところを割けて着席すると、そこには姉のアリシラローズを思い出させる赤毛の巻き髪の少女がいた。
ちなみにこの感情センサーは感情の精霊であるフィフィの力だ。フィフィがそばにいない、または見えない時もこうやってクリスを助けてくれている。…今朝フィフィは起きれなかったのだ。それに学園の授業へのペットの連れ込みは禁止だ。
「初めまして。お隣よろしいですか?」
貴族が話しかけるときには高位の者からというルールがあるらしい。学園ではそこまでシビアに守る必要はないそうだが。クリスのルロワ公爵家が今年では一番の高位貴族であるらしく、クリスは気にせずに話しかければいいと学んだ。
「え、ええ、どうぞ。」
「私はクリスローズ・ルロワです。どうぞ、クリスと呼んでください。」
「そ、そんな。クリスローズ様を愛称で呼ぶなんて。私はニコレット・ロジャーズと申します。」
「やっぱりロジャーズ伯爵家の方なのね!アリシラお姉さまのお母さまの妹さまの嫁がれた…。赤毛の巻き髪がお姉さまにそっくりだわ。」
クリスにとっては姉のアリシラローズは大好きな存在であったが、もう一人の姉であるマルシャローズがアリシラローズの赤毛を馬鹿にしていたのは貴族の間ではあまりにも有名な話である。
ゆえにニコレットは反応に困った。もしかして貴族特有の嫌味なのではないか、と。そしてその微妙な感情の揺れ動きをクリスは察知する。
「もしかして、気分を悪くしてしまった?私、ずっと教会にいたから貴族のお作法に自信がないの…。」
クリスは感情を隠せずに露骨にその場でしょぼんとする。同級生よりも幼く見える容姿も相まって、なんとも言えない可愛さがあった。
歌の精霊たちが『きゃー!クリス可愛い!!』と大騒ぎを始め、クリスは思わずそちらを見てから、はっとニコレットに視線を戻した。
「もしよかったら、私のいけなかったところを教えてもらいたいわ。」
「そんな!いけなかったところはありません!ただ…その…赤毛についてお話しされたのがどういう意味だったのか考えていただけで…す。」
「アリシラお姉さまとおそろいで安心するの。私、とても好きよ。」
「アリシラローズ様とクリスローズ様は仲が良かったのですか?」
「うん。…ええ。今も折々に届くお姉さまからの手紙が楽しみなの。」
どうやら嫌味ではなかったらしいとニコレットは安堵した。「よかった」とクリスも満面の笑みだ。
「クリスローズ様、貴族令嬢はそのように感情を露わにするものじゃありませんわ。」
反対隣から声をかけられ振り返ると、アッシュブロンドをポニーテールにまとめた少女が立っていた。服装も他の令嬢たちと比べると実用的で動きやすそうであり、すらりとスレンダーだ。
「ルロワ公爵令嬢ともあろうお方が、平民のように感情を顔に出してはいけませんわ。貴族令嬢たちの見本になるようにふるまっていただかなくては。」
「ごめんなさい。」
「高位貴族がすぐに謝ってはいけません。」
急にお説教のようなものを始めたが、彼女からはあまり怒っているような感情は伝わってこない。どちらかといえば、思いやりが伝わってくる。
「あなたは?」
「イザベル・フォンテーヌと申します。」
「フォンテーヌ…。あ、フォンテーヌ辺境伯家の方ね!」
クリスは入学前に詰め込んだ貴族家の情報を頭の中でひっくり返してフォンテーヌ辺境伯家のことを思い出した。確か隣国であるルクレツェンとの国境を含むオールディの東の辺境を預かる家だ。
確か、クリスの大好きなエマもこの秋からフォンテーヌ領にある教会に赴任するのだ。
「私、フォンテーヌ領のお話を聞きたいの。私の先輩聖女のエマがね、この秋から辺境聖女としてフォンテーヌ領に赴任するの。住みやすいところなの?何かエマに送ってあげた方がいいものがあるかな?」
クリスの怒涛の質問攻めに今度はイザベルがたじたじする番だった。イザベルの困惑を感じ取ったクリスは突然押し黙る。
「何か気に障ることをしてしまったかしら…?」
「い、いえ。驚いただけですわ!クリスローズ様、そのように令嬢が一気に話すのはよくありませんわ。言葉遣いも乱れておりますし。フォンテーヌ領に興味を持ってくださっているのはうれしいですが…。」
今日は学園での授業の仕組みや年間のスケジュールを説明するいわゆるオリエンテーションがこれからあるのだ。大きな教室に今年入学の全生徒が集められており、続々と生徒が集まってくる。クリスは入室してからずっと注目の的である。
ああ、先日まで大聖女であられたから、まだ礼儀作法が完ぺきではないんだな、と温かい目で見守られていた。
「じゃあ、イザベル様はこちらに座って。」
クリスは三人席の右端に座っていたが、左端に座っているニコレットに一声かけて真ん中に移動し、自分が座っていた席をイザベルのためにあけた。
イザベルははしたないとかぶつぶつと言っていたが、クリスが座っていた席に着席した。
他にもクリスと話したい学生はたくさんいたが、クリスが三人籍の中央に座ってしまったので声をかけられなくなってしまった。不満そうな感情が少し周囲から漏れ出ていたのだが、クリスはそれには全く気付かずにイザベルの話をニコレットと一緒に夢中になって聞いた。
オリエンテーションが終わった後はニコレットが国外で暮らしていた話をイザベルと共に聞き始め、ふてぶてしくなれなかった同級生たちは引き返すこととなった。
「クリス様、まだ馬車にも乗っていないではないですか。」
聖カリスト学園へと出発する日、クリスは緊張で朝食もよく食べれなかった。見かねたヤスミンが軽食を包んで馬車にのせてくれている。
教会を出てルロワ家に滞在した二か月弱の間にクリスは公爵令嬢としての礼儀作法をみっちりしこまれた。もともと礼儀作法の勉強はしていたが、クリスの場合は大聖女の修行が優先され、12歳で求められるレベルには到達していなかったのだ。
付け焼刃…不安が残る。
「ではお父様、行ってまいります。」
「ああ、クリス。あー、あまり礼儀作法のことは気にするな。最低限はできているから。」
父は公爵令嬢として最低限はできていると言ったつもりであったが、クリスは貴族令嬢として最低限はできているという意味に受け取った。
つまりはまだまだ足りていないと。
「はい。これからも精進します。」
父の思いは全く娘たちには通じていない。
こうしてクリスは学園へと旅立った。
ー---
どうしよう。すごい見られてる。
登校初日、クリスはシンプルな青いワンピースを着て荷物を持って教室へと向かっていた。護衛として来てくれた黒騎士見習いのテオドールと教室を確認している間、ビシビシと視線を感じた。
「テオドール…、私どこか変なのかな?」
「いや、いつも通り可愛いよ。シルバーブロンドなんて他にいないからみんな珍しくて見てくるんだよ。」
テオドールは黒騎士見習いの中では高位の伯爵家の次男だ。なんでも上に姉が3人もいるらしく、妹みたいにクリスをかわいがってくれている。
テオドールとは教室の前で別れ、クリスが一人で入室する。実際はクリスの周りに精霊がぶんぶんと飛んでいるので一人ではないのだが。
教室には人が集まりつつあり、クリスを見るとぱたりと会話をやめて、こちらをじっと見つめだした。
座席は特に決まっていないが、貴族子女はすでに友達がいる様で、何人かが集まって座っている。
そう、学園に入学する以前から、多くの貴族子女は知り合いなのである。親に連れられたお茶会や家同士の付き合いがあるからだ。
「ごきげんよう!」
元気よく挨拶してにこりと笑うと周りで精霊たちが『クリス、かわいい!!』『かわいすぎて目がつぶれちゃう!!』『このまえファンクラブが言ってた!!』と訳が分からないことを言いながら辺りをさらにうるさく飛び回る。
なんとなく負の感情や行き過ぎた好感が漂ってくるところを割けて着席すると、そこには姉のアリシラローズを思い出させる赤毛の巻き髪の少女がいた。
ちなみにこの感情センサーは感情の精霊であるフィフィの力だ。フィフィがそばにいない、または見えない時もこうやってクリスを助けてくれている。…今朝フィフィは起きれなかったのだ。それに学園の授業へのペットの連れ込みは禁止だ。
「初めまして。お隣よろしいですか?」
貴族が話しかけるときには高位の者からというルールがあるらしい。学園ではそこまでシビアに守る必要はないそうだが。クリスのルロワ公爵家が今年では一番の高位貴族であるらしく、クリスは気にせずに話しかければいいと学んだ。
「え、ええ、どうぞ。」
「私はクリスローズ・ルロワです。どうぞ、クリスと呼んでください。」
「そ、そんな。クリスローズ様を愛称で呼ぶなんて。私はニコレット・ロジャーズと申します。」
「やっぱりロジャーズ伯爵家の方なのね!アリシラお姉さまのお母さまの妹さまの嫁がれた…。赤毛の巻き髪がお姉さまにそっくりだわ。」
クリスにとっては姉のアリシラローズは大好きな存在であったが、もう一人の姉であるマルシャローズがアリシラローズの赤毛を馬鹿にしていたのは貴族の間ではあまりにも有名な話である。
ゆえにニコレットは反応に困った。もしかして貴族特有の嫌味なのではないか、と。そしてその微妙な感情の揺れ動きをクリスは察知する。
「もしかして、気分を悪くしてしまった?私、ずっと教会にいたから貴族のお作法に自信がないの…。」
クリスは感情を隠せずに露骨にその場でしょぼんとする。同級生よりも幼く見える容姿も相まって、なんとも言えない可愛さがあった。
歌の精霊たちが『きゃー!クリス可愛い!!』と大騒ぎを始め、クリスは思わずそちらを見てから、はっとニコレットに視線を戻した。
「もしよかったら、私のいけなかったところを教えてもらいたいわ。」
「そんな!いけなかったところはありません!ただ…その…赤毛についてお話しされたのがどういう意味だったのか考えていただけで…す。」
「アリシラお姉さまとおそろいで安心するの。私、とても好きよ。」
「アリシラローズ様とクリスローズ様は仲が良かったのですか?」
「うん。…ええ。今も折々に届くお姉さまからの手紙が楽しみなの。」
どうやら嫌味ではなかったらしいとニコレットは安堵した。「よかった」とクリスも満面の笑みだ。
「クリスローズ様、貴族令嬢はそのように感情を露わにするものじゃありませんわ。」
反対隣から声をかけられ振り返ると、アッシュブロンドをポニーテールにまとめた少女が立っていた。服装も他の令嬢たちと比べると実用的で動きやすそうであり、すらりとスレンダーだ。
「ルロワ公爵令嬢ともあろうお方が、平民のように感情を顔に出してはいけませんわ。貴族令嬢たちの見本になるようにふるまっていただかなくては。」
「ごめんなさい。」
「高位貴族がすぐに謝ってはいけません。」
急にお説教のようなものを始めたが、彼女からはあまり怒っているような感情は伝わってこない。どちらかといえば、思いやりが伝わってくる。
「あなたは?」
「イザベル・フォンテーヌと申します。」
「フォンテーヌ…。あ、フォンテーヌ辺境伯家の方ね!」
クリスは入学前に詰め込んだ貴族家の情報を頭の中でひっくり返してフォンテーヌ辺境伯家のことを思い出した。確か隣国であるルクレツェンとの国境を含むオールディの東の辺境を預かる家だ。
確か、クリスの大好きなエマもこの秋からフォンテーヌ領にある教会に赴任するのだ。
「私、フォンテーヌ領のお話を聞きたいの。私の先輩聖女のエマがね、この秋から辺境聖女としてフォンテーヌ領に赴任するの。住みやすいところなの?何かエマに送ってあげた方がいいものがあるかな?」
クリスの怒涛の質問攻めに今度はイザベルがたじたじする番だった。イザベルの困惑を感じ取ったクリスは突然押し黙る。
「何か気に障ることをしてしまったかしら…?」
「い、いえ。驚いただけですわ!クリスローズ様、そのように令嬢が一気に話すのはよくありませんわ。言葉遣いも乱れておりますし。フォンテーヌ領に興味を持ってくださっているのはうれしいですが…。」
今日は学園での授業の仕組みや年間のスケジュールを説明するいわゆるオリエンテーションがこれからあるのだ。大きな教室に今年入学の全生徒が集められており、続々と生徒が集まってくる。クリスは入室してからずっと注目の的である。
ああ、先日まで大聖女であられたから、まだ礼儀作法が完ぺきではないんだな、と温かい目で見守られていた。
「じゃあ、イザベル様はこちらに座って。」
クリスは三人席の右端に座っていたが、左端に座っているニコレットに一声かけて真ん中に移動し、自分が座っていた席をイザベルのためにあけた。
イザベルははしたないとかぶつぶつと言っていたが、クリスが座っていた席に着席した。
他にもクリスと話したい学生はたくさんいたが、クリスが三人籍の中央に座ってしまったので声をかけられなくなってしまった。不満そうな感情が少し周囲から漏れ出ていたのだが、クリスはそれには全く気付かずにイザベルの話をニコレットと一緒に夢中になって聞いた。
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