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第2章 8歳の大聖女
10 黒騎士団にて
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クリスはその日伝説を作った。
ヒューゴはその日、クリスの友人特権でバルコニーがよく見える観覧席にいた。一番の末席ではあったが、一部のお金持ちしか観覧席に入れないことを考えると信じられない待遇だ。
一緒に入った見習い仲間たちも黒騎士見習いの正装を着て緊張した様子で並んでいる。
やがて所々にキラキラと光る白い大聖女の衣装を身にまとったクリスがバルコニーに進み出てきた。
「まあ、本当にお小さいのね…。大丈夫なのかしら…。」
「マルシャローズ様にも困ったものだな。大事な御身でありながら妊娠するなんて。」
周囲の声に聴き耳をたてるとそんな声が聞こえてきた。どうやら先代の大聖女でありクリスの姉であるマルシャローズがやらかした大聖女の交代劇は高位の貴族には筒抜けらしい。
マルシャローズはこれまで数少ない大聖女資格を持つ貴族令嬢の中で最も高位の貴族だったことから、ちやほやされて育ってきたが、今回の件でその立場は揺らぎつつある。
そして、今日、その立場はさらに揺らぐことになるだろう。
そのことに当事者の二人は気づいているのか。
クリスは”大聖女の礼”を披露すると、静かに両手を掲げて歌い始めた。
クリスが歌い始めると全身が光り始め、空に向かってキラキラと広がっていく。あまりにも幻想的な光景に周囲は言葉を失って、じっとその光景を見つめている。
その歌声はオールディの国中に響き渡った。
クリスが歌い終わり再び”大聖女の礼”をする時も、観衆は言葉を失って拍手をすることもできないでいた。クリスはとっても不安になっていたらしいが、ヒューゴ自身も感動しすぎて動けなかった。
ー---
「ヒューゴは今日から学園の寮に引っ越しか。」
ヒューゴは黒騎士団の団長室に挨拶に来ていた。建国祭後、団長はとても機嫌がよかった。おそらく、クリスが問題なく”祈りの結界”を張ったためだろう。
あれから二月、今のところ問題はない。先代の大聖女の結界はこの時点でも魔物の過剰な接近などの問題が報告されていた。比較してもできがいいのだろう。
ちなみに先代の大聖女様は先日、男児を無事にご出産されたそうだ。
「はい。団長たちに出していただいたお金でしっかり勉強してきます。」
黒騎士団は白騎士団と比べて貴族出身者が少ない。そのため、貴族の血を引く見習いが所属した場合は団の資産から貴族のみが通える学園への進学を支援してくれるのだ。
黒騎士団もしっかりと貴族のルールを守り、つながりを持つ必要がある。結界だけ守っていては国の勢力情勢をつかみ損ねて、日陰の存在に追いやられてしまう可能性があるからだ。
「ああ。しっかりと学んできてくれ。今年の入学者はお前だけだが、二学年上に二人、高等部にも三人、黒騎士団見習いがいる。困ったことがあれば頼るといい。」
「はい。」
「あとは…クリスが寂しがりそうだから、定期的に手紙を書いてあげなさい。」
ヒューゴは苦笑して頷いた。ヒューゴの出発が近づくにつれてクリスは露骨に元気がなくなっている。そこまで自分になついてくれているは嬉しいし、正直、ヒューゴもクリスと会えなくなるのは寂しい。
「本来なら、見習いが大聖女と文通するのは許されないことだが、仕方ない。クリスはまだ8歳だし、友達を奪うわけにはいかないからな。」
団長が上機嫌なのは、このまま成長すればクリスが黒騎士団びいきの大聖女に成長しそうだというのもあるだろう。先代のマルシャローズに倣ってクリスに対して冷たかった白騎士たちは慌てて大幅な配置換えを行って機嫌を取ろうとしていたが、強化術の一件で確実にクリスに不信感を持たれてしまった。
今は見栄えではなく人柄重視で少数の白騎士が交代でクリスの護衛についている。
「俺もクリスと話すのは楽しいです。喜んで手紙を書きますよ。」
そうしてヒューゴは団長室を退室し、荷物を積んでいた馬車に向かう。そこでは見習い同期の仲間たちと、侍女と護衛の白騎士に連れられたクリスが待っていた。
今日のクリスは可愛らしい緑のワンピースを着ていた。普段は青い色の服を好んで来ているクリスには珍しい色だ。
「ヒューゴ、学園に行くんだよね?クリス、たくさん手紙を書くから、ヒューゴも返事を書いてね?」
「ああ。書くよ。長期休暇には騎士団にも帰ってくるから、その時に会おうな。学園の近所にある街のお土産も買ってくるな。」
とたんにクリスが顔を輝かせた。
「じゃあ、じゃあ、アリシラお姉さまの言ってたパンケーキ?買ってきてほしいな!」
クリスは学園に二年ほど在籍していた姉のアリシラローズから学園のことを聞いていた。その中で、”パンケーキ”という庶民の食べ物を貴族向けに豪華に盛り付けたものが、その街で売っているらしいのだ。
「食べ物を買ってくるのは難しいかな…。」
「あ、そうだよね。」
クリスはちょっとしょぼんとした後、ショルダーバックをごそごそとあさり、白い大きな石を小さな青い石で挟んだ飾りをペンダントトップにしたペンダントをとりだした。
紐は長さ調節ができるものになっている。
「これ、クリスの作ったアミュレットだよ。本当は青い石で作りたかったんだけど、良い石がなくて、代わりに白い石にしたの。」
「白はクリスの大聖女装束の色だもんな。ありがとう。大事にするよ。」
「ヒューゴが怪我をしないように、お友達がたくさんできますようにってお願いしたの。」
「お友達…、ありがとう。」
8歳のクリスの清らかすぎる願いに思わず照れてしまう。
「おうおうヒューゴ!友達いっぱい作って来いよ?」
「クリスの期待を裏切るんじゃないぞ?」
ヒューゴは見習いの仲間たちがにやにやとしているのを軽く睨みつけると、クリスからのプレゼントを首からかけてみせた。
たしかに、アミュレットはじんわりと温かく、ご利益があるような気がする。
「ありがとう、クリス。行ってくるよ。」
そしてヒューゴを乗せた馬車は出発した。
仲間たちとクリスは見えなくなるまで手を振ってくれていた。…多分、クリスがずっと手を振ってるから、みんなも付き合って手を振ってくれているのだろう。
それにしても、パンケーキか。クリスはあまり外に出かける機会がない。しかも、クリスが出かけたいというのは、お姉さんのお見送りだったり、自分のお見送りだったり、自分の娯楽のために出かけるということはない。
恐らく、そんなこと考えたこともないのだろう。
クリスが学園に来る機会があれば、連れて行ってやれるけれど…。そんなことありえないよな。
ヒューゴの予想に反して数年後、クリスが学園に行く機会が訪れる。誰も予想していなかった形で。
ヒューゴはその日、クリスの友人特権でバルコニーがよく見える観覧席にいた。一番の末席ではあったが、一部のお金持ちしか観覧席に入れないことを考えると信じられない待遇だ。
一緒に入った見習い仲間たちも黒騎士見習いの正装を着て緊張した様子で並んでいる。
やがて所々にキラキラと光る白い大聖女の衣装を身にまとったクリスがバルコニーに進み出てきた。
「まあ、本当にお小さいのね…。大丈夫なのかしら…。」
「マルシャローズ様にも困ったものだな。大事な御身でありながら妊娠するなんて。」
周囲の声に聴き耳をたてるとそんな声が聞こえてきた。どうやら先代の大聖女でありクリスの姉であるマルシャローズがやらかした大聖女の交代劇は高位の貴族には筒抜けらしい。
マルシャローズはこれまで数少ない大聖女資格を持つ貴族令嬢の中で最も高位の貴族だったことから、ちやほやされて育ってきたが、今回の件でその立場は揺らぎつつある。
そして、今日、その立場はさらに揺らぐことになるだろう。
そのことに当事者の二人は気づいているのか。
クリスは”大聖女の礼”を披露すると、静かに両手を掲げて歌い始めた。
クリスが歌い始めると全身が光り始め、空に向かってキラキラと広がっていく。あまりにも幻想的な光景に周囲は言葉を失って、じっとその光景を見つめている。
その歌声はオールディの国中に響き渡った。
クリスが歌い終わり再び”大聖女の礼”をする時も、観衆は言葉を失って拍手をすることもできないでいた。クリスはとっても不安になっていたらしいが、ヒューゴ自身も感動しすぎて動けなかった。
ー---
「ヒューゴは今日から学園の寮に引っ越しか。」
ヒューゴは黒騎士団の団長室に挨拶に来ていた。建国祭後、団長はとても機嫌がよかった。おそらく、クリスが問題なく”祈りの結界”を張ったためだろう。
あれから二月、今のところ問題はない。先代の大聖女の結界はこの時点でも魔物の過剰な接近などの問題が報告されていた。比較してもできがいいのだろう。
ちなみに先代の大聖女様は先日、男児を無事にご出産されたそうだ。
「はい。団長たちに出していただいたお金でしっかり勉強してきます。」
黒騎士団は白騎士団と比べて貴族出身者が少ない。そのため、貴族の血を引く見習いが所属した場合は団の資産から貴族のみが通える学園への進学を支援してくれるのだ。
黒騎士団もしっかりと貴族のルールを守り、つながりを持つ必要がある。結界だけ守っていては国の勢力情勢をつかみ損ねて、日陰の存在に追いやられてしまう可能性があるからだ。
「ああ。しっかりと学んできてくれ。今年の入学者はお前だけだが、二学年上に二人、高等部にも三人、黒騎士団見習いがいる。困ったことがあれば頼るといい。」
「はい。」
「あとは…クリスが寂しがりそうだから、定期的に手紙を書いてあげなさい。」
ヒューゴは苦笑して頷いた。ヒューゴの出発が近づくにつれてクリスは露骨に元気がなくなっている。そこまで自分になついてくれているは嬉しいし、正直、ヒューゴもクリスと会えなくなるのは寂しい。
「本来なら、見習いが大聖女と文通するのは許されないことだが、仕方ない。クリスはまだ8歳だし、友達を奪うわけにはいかないからな。」
団長が上機嫌なのは、このまま成長すればクリスが黒騎士団びいきの大聖女に成長しそうだというのもあるだろう。先代のマルシャローズに倣ってクリスに対して冷たかった白騎士たちは慌てて大幅な配置換えを行って機嫌を取ろうとしていたが、強化術の一件で確実にクリスに不信感を持たれてしまった。
今は見栄えではなく人柄重視で少数の白騎士が交代でクリスの護衛についている。
「俺もクリスと話すのは楽しいです。喜んで手紙を書きますよ。」
そうしてヒューゴは団長室を退室し、荷物を積んでいた馬車に向かう。そこでは見習い同期の仲間たちと、侍女と護衛の白騎士に連れられたクリスが待っていた。
今日のクリスは可愛らしい緑のワンピースを着ていた。普段は青い色の服を好んで来ているクリスには珍しい色だ。
「ヒューゴ、学園に行くんだよね?クリス、たくさん手紙を書くから、ヒューゴも返事を書いてね?」
「ああ。書くよ。長期休暇には騎士団にも帰ってくるから、その時に会おうな。学園の近所にある街のお土産も買ってくるな。」
とたんにクリスが顔を輝かせた。
「じゃあ、じゃあ、アリシラお姉さまの言ってたパンケーキ?買ってきてほしいな!」
クリスは学園に二年ほど在籍していた姉のアリシラローズから学園のことを聞いていた。その中で、”パンケーキ”という庶民の食べ物を貴族向けに豪華に盛り付けたものが、その街で売っているらしいのだ。
「食べ物を買ってくるのは難しいかな…。」
「あ、そうだよね。」
クリスはちょっとしょぼんとした後、ショルダーバックをごそごそとあさり、白い大きな石を小さな青い石で挟んだ飾りをペンダントトップにしたペンダントをとりだした。
紐は長さ調節ができるものになっている。
「これ、クリスの作ったアミュレットだよ。本当は青い石で作りたかったんだけど、良い石がなくて、代わりに白い石にしたの。」
「白はクリスの大聖女装束の色だもんな。ありがとう。大事にするよ。」
「ヒューゴが怪我をしないように、お友達がたくさんできますようにってお願いしたの。」
「お友達…、ありがとう。」
8歳のクリスの清らかすぎる願いに思わず照れてしまう。
「おうおうヒューゴ!友達いっぱい作って来いよ?」
「クリスの期待を裏切るんじゃないぞ?」
ヒューゴは見習いの仲間たちがにやにやとしているのを軽く睨みつけると、クリスからのプレゼントを首からかけてみせた。
たしかに、アミュレットはじんわりと温かく、ご利益があるような気がする。
「ありがとう、クリス。行ってくるよ。」
そしてヒューゴを乗せた馬車は出発した。
仲間たちとクリスは見えなくなるまで手を振ってくれていた。…多分、クリスがずっと手を振ってるから、みんなも付き合って手を振ってくれているのだろう。
それにしても、パンケーキか。クリスはあまり外に出かける機会がない。しかも、クリスが出かけたいというのは、お姉さんのお見送りだったり、自分のお見送りだったり、自分の娯楽のために出かけるということはない。
恐らく、そんなこと考えたこともないのだろう。
クリスが学園に来る機会があれば、連れて行ってやれるけれど…。そんなことありえないよな。
ヒューゴの予想に反して数年後、クリスが学園に行く機会が訪れる。誰も予想していなかった形で。
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