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第2章 8歳の大聖女
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クリスは誕生日を迎えて8歳となり、国民たちに向けて大聖女としてお披露目されたことで正式に大聖女となった。とても幼いクリスの様子に国民は大いに困惑した。
「あんな小さい子で大丈夫かしら?」
「マルシャローズ様はどうしてしまったの?」
「なんでも妊娠されたらしい。」
「大聖女が妊娠?教会の管理はどうなってるの?」
クリスには疑いの目や不安の目、侮りの目が向けられた。その声は教会で守られているクリスの下にももちろん届いており、とてもクリスを不安にさせた。
「クリス、みんなに嫌われてるのかな?」
「そんなことはないよ。初めて会う人に大事なお仕事を頼むんだ。最初はみんな不安になるよ。普通の人はクリスが一生懸命に修行をしていることも知らないから。」
ヒューゴがクリスのことを励ましてくれると、他の見習い仲間たちも続いて「大丈夫だ」「クリスが結界をはったらみんな見直してくれる」「クリス、かわいい」と元気づけてくれた。
「”祈りの結界”はちゃんとはれそうなのか?」
「うん。結界は大丈夫。でもね…。」
「でも?」
「大きい声で歌えるか、心配なの。」
去年、クリスが見た大聖女の歌は、教会を越えて遠くまで届いてたように聞こえた。クリスも頑張って稽古をしているのだけれど、あのように大きな声を響かせられたことはない。
「確かに、大聖女様の歌は教会の外にいても聞こえてくるもんな。」
「相当大きな声で歌っているんだな。」
見習いたちの証言はクリスの不安をあおる。ヒューゴが「おい」と言って止めた時にはすでにクリスの顔は真っ青になっていた。
「れ、練習しなきゃ。」
しかし、建国祭が近づいてくると歌いすぎて喉を傷めるといけないからと、練習の時間がセーブされた。
「どうしよう…。」
クリスの不安を察知したフィフィは膝の上でにゃーと鳴いた。
『大丈夫よ。自信を持って。』
「クリス、そんなに不安なら、”歌の精霊”にお願いしたらいいんじゃないか?」
ヒューゴがクリスに飲み物を渡しながら隣に座った。「歌の精霊?」と聞き返しながらオレンジのジュースに口をつける。
「ああ。クリスには歌の精霊がいっぱいいるのが視えるんだろう?悩みを相談してみたらどうだ?」
『それはいい考えじゃない!呼んでみたら?』
フィフィにも背中を押されて、周囲をふわふわと漂っている歌の精霊たちに軽く声を震わせてメロディーに乗せて声をかけた。
最初の一音が響いた瞬間にわらわらと精霊たちが集まってきた。
『クリス、どうしたの?』
『けんこくさいまで歌はあんまり歌えないんでしょ?』
「あのね、精霊さんたちに相談があるの。」
『なあに?』
『なあに?なあに?』
「あのね、建国祭で、大きな声で歌わないといけないでしょ?でも、クリス、自信がないの。みんなに聞こえる声で歌えるように手伝ってもらえる?」
『もちろんだよ!』
『クリスの歌声を国中に届けるよ!』
『マルシャの時はちょっとしかやらなかったけど、クリスならいくらでもやってあげる!』
わーいと騒ぎながら『みんなに伝えるー』と言って歌の精霊たちは飛んで行った。
「マルシャの時はちょっとしか…?」
クリスにはよくわからなかったが、大聖女の歌声が大きく強く響き渡るのは歌の精霊たちのおかげだった。つまり、クリスの心配は全くの杞憂だったのだ。
「歌の精霊、手伝ってくれるって?」
「うん!…でも、ずるしたことにならないかな?」
「ならないよ。大きな声で歌うより、結界を上手に張ることの方が大事だし、そっちに集中した方がいい。」
ヒューゴはクリスから見ると頭がいい。論理的なヒューゴの意見はいつもためになるし、その通りだと思う。
「そっか!そうだよね!ありがとう!ヒューゴ!」
クリスはヒューゴにぎゅっと抱き着いた。ヒューゴは「おいおい」とクリスを体から離そうとするが、あきらめて「まあいいか」とクリスの頭をぽんぽんとなでた。
ー---
大聖女の装束は白だが、雰囲気を損なわない程度に刺繍が入れられる。刺繍の色は大聖女それぞれで決まっており、マルシャローズは上品で華やかな金糸での刺繍だった。
この色は大聖女の希望がある程度反映されるのだが、直近百年間での大聖女が使った色は使えないことになっている。さらに白い装束の雰囲気を損なわないとなると、選択肢は限られる。
クリスは緑、赤、黒といった色を提案してはあわないと断られ、青を提案すれば三代前の色だと断られた。
「じゃあ、白は?」
「白?」
「白に白なら、目立たないでしょう?」
「目立ちませんが…ほとんど見えないのでは?いや…。もしかしたら光沢が出るかも。少し黄色がかった白にしてもいいかもしれませんね。」
そうしてサンプルを作ってもらって、白い装束に白い糸で刺繍された美しい装束が完成した。なぜか、クリスのために縫われた白い糸の刺繍はかすかにキラキラと光るのだ。
「ああ!クリス様、よくお似合いです!」
サーシャは少し涙ぐみながら完成したクリスの大聖女姿を眺める。
「大聖女様の一番の大仕事ですね!サーシャも陰ながら見守らせていただきます。」
「ありがとう!サーシャ!行ってくる!」
クリスは姉のアリシラローズから初めて届いた手紙を胸にしまって大聖堂へと向かった。
アリシラローズからの手紙には、無事に東の島国に到着したこと、島国の王であるミカドに会ったこと、何人か令息と顔を合わせたが異国語が話せる人は二人しかいなかったこと、島国の言語が難解過ぎて話せる気がしないこと、が書かれていた。
最後には建国祭にのぞむクリスへの激励の言葉があった。
”クリスならきっと大丈夫よ。実は、マルシャお姉さまの結界って大したことなかったのよ?お父様がよく言ってたわ。さすがに島国までクリスの歌が聞こえてこないのが残念だわ。”
…アリシラお姉さまが聞いていてくれたらよかったのに。
そして、クリスはその日伝説を作った。
「あんな小さい子で大丈夫かしら?」
「マルシャローズ様はどうしてしまったの?」
「なんでも妊娠されたらしい。」
「大聖女が妊娠?教会の管理はどうなってるの?」
クリスには疑いの目や不安の目、侮りの目が向けられた。その声は教会で守られているクリスの下にももちろん届いており、とてもクリスを不安にさせた。
「クリス、みんなに嫌われてるのかな?」
「そんなことはないよ。初めて会う人に大事なお仕事を頼むんだ。最初はみんな不安になるよ。普通の人はクリスが一生懸命に修行をしていることも知らないから。」
ヒューゴがクリスのことを励ましてくれると、他の見習い仲間たちも続いて「大丈夫だ」「クリスが結界をはったらみんな見直してくれる」「クリス、かわいい」と元気づけてくれた。
「”祈りの結界”はちゃんとはれそうなのか?」
「うん。結界は大丈夫。でもね…。」
「でも?」
「大きい声で歌えるか、心配なの。」
去年、クリスが見た大聖女の歌は、教会を越えて遠くまで届いてたように聞こえた。クリスも頑張って稽古をしているのだけれど、あのように大きな声を響かせられたことはない。
「確かに、大聖女様の歌は教会の外にいても聞こえてくるもんな。」
「相当大きな声で歌っているんだな。」
見習いたちの証言はクリスの不安をあおる。ヒューゴが「おい」と言って止めた時にはすでにクリスの顔は真っ青になっていた。
「れ、練習しなきゃ。」
しかし、建国祭が近づいてくると歌いすぎて喉を傷めるといけないからと、練習の時間がセーブされた。
「どうしよう…。」
クリスの不安を察知したフィフィは膝の上でにゃーと鳴いた。
『大丈夫よ。自信を持って。』
「クリス、そんなに不安なら、”歌の精霊”にお願いしたらいいんじゃないか?」
ヒューゴがクリスに飲み物を渡しながら隣に座った。「歌の精霊?」と聞き返しながらオレンジのジュースに口をつける。
「ああ。クリスには歌の精霊がいっぱいいるのが視えるんだろう?悩みを相談してみたらどうだ?」
『それはいい考えじゃない!呼んでみたら?』
フィフィにも背中を押されて、周囲をふわふわと漂っている歌の精霊たちに軽く声を震わせてメロディーに乗せて声をかけた。
最初の一音が響いた瞬間にわらわらと精霊たちが集まってきた。
『クリス、どうしたの?』
『けんこくさいまで歌はあんまり歌えないんでしょ?』
「あのね、精霊さんたちに相談があるの。」
『なあに?』
『なあに?なあに?』
「あのね、建国祭で、大きな声で歌わないといけないでしょ?でも、クリス、自信がないの。みんなに聞こえる声で歌えるように手伝ってもらえる?」
『もちろんだよ!』
『クリスの歌声を国中に届けるよ!』
『マルシャの時はちょっとしかやらなかったけど、クリスならいくらでもやってあげる!』
わーいと騒ぎながら『みんなに伝えるー』と言って歌の精霊たちは飛んで行った。
「マルシャの時はちょっとしか…?」
クリスにはよくわからなかったが、大聖女の歌声が大きく強く響き渡るのは歌の精霊たちのおかげだった。つまり、クリスの心配は全くの杞憂だったのだ。
「歌の精霊、手伝ってくれるって?」
「うん!…でも、ずるしたことにならないかな?」
「ならないよ。大きな声で歌うより、結界を上手に張ることの方が大事だし、そっちに集中した方がいい。」
ヒューゴはクリスから見ると頭がいい。論理的なヒューゴの意見はいつもためになるし、その通りだと思う。
「そっか!そうだよね!ありがとう!ヒューゴ!」
クリスはヒューゴにぎゅっと抱き着いた。ヒューゴは「おいおい」とクリスを体から離そうとするが、あきらめて「まあいいか」とクリスの頭をぽんぽんとなでた。
ー---
大聖女の装束は白だが、雰囲気を損なわない程度に刺繍が入れられる。刺繍の色は大聖女それぞれで決まっており、マルシャローズは上品で華やかな金糸での刺繍だった。
この色は大聖女の希望がある程度反映されるのだが、直近百年間での大聖女が使った色は使えないことになっている。さらに白い装束の雰囲気を損なわないとなると、選択肢は限られる。
クリスは緑、赤、黒といった色を提案してはあわないと断られ、青を提案すれば三代前の色だと断られた。
「じゃあ、白は?」
「白?」
「白に白なら、目立たないでしょう?」
「目立ちませんが…ほとんど見えないのでは?いや…。もしかしたら光沢が出るかも。少し黄色がかった白にしてもいいかもしれませんね。」
そうしてサンプルを作ってもらって、白い装束に白い糸で刺繍された美しい装束が完成した。なぜか、クリスのために縫われた白い糸の刺繍はかすかにキラキラと光るのだ。
「ああ!クリス様、よくお似合いです!」
サーシャは少し涙ぐみながら完成したクリスの大聖女姿を眺める。
「大聖女様の一番の大仕事ですね!サーシャも陰ながら見守らせていただきます。」
「ありがとう!サーシャ!行ってくる!」
クリスは姉のアリシラローズから初めて届いた手紙を胸にしまって大聖堂へと向かった。
アリシラローズからの手紙には、無事に東の島国に到着したこと、島国の王であるミカドに会ったこと、何人か令息と顔を合わせたが異国語が話せる人は二人しかいなかったこと、島国の言語が難解過ぎて話せる気がしないこと、が書かれていた。
最後には建国祭にのぞむクリスへの激励の言葉があった。
”クリスならきっと大丈夫よ。実は、マルシャお姉さまの結界って大したことなかったのよ?お父様がよく言ってたわ。さすがに島国までクリスの歌が聞こえてこないのが残念だわ。”
…アリシラお姉さまが聞いていてくれたらよかったのに。
そして、クリスはその日伝説を作った。
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