上 下
14 / 59
第2章 8歳の大聖女

7

しおりを挟む
熱をだしてから完全に回復するまで2週間がかかったが、無事にクリスは回復した。寝込んでいる間にやってきた新しい侍女のサーシャのおかげでクリスの周囲は一変した。

「下女さん!」

朝起きて、身支度を整えたクリスは朝の祈りの前に下女さんたちのところに顔を出すことを許された。もちろん護衛の白騎士が一人とサーシャが後ろからついてきている。

「クリスちゃん、おはよう。」

「元気になってよかったね。」

下女さんたちも、ずっとクリスのことを心配してくれていたらしく、急に大聖女になったクリスにビクビクしたのは最初だけで、今は普通に以前のように接してくれている。


また、ずっと一人でやっていた朝の祈りも、他の聖女たちにまじって以前のように大聖堂で参加することを認められた。

「クリス、おはよう!」

「エマ!おはよう!みんな!おはよう!」

以前と変わらず迎えてくれるエマは、クリスが朝の祈りに戻ってきた姿を見て最初は涙目になっていた。他の侍女たちは最初は遠巻きにしていたが、マルシャローズはもういないのだからとエマが間を取り持って距離が近づいている。

『クリス、たのしそー!』

『僕たちもうれしー!』

歌の精霊たちも嬉しそうにたくさん集まってくるのが、クリスにとっても嬉しいことだ。


その後、朝食と歌の稽古を以前のように聖女たちとうけ、そこからは大聖女としての結界術と強化術の修行だ。結界術の修行時間は短めで、その後は公爵家から家庭教師がきて勉強を教えてくれている。

お勉強の時間の合間にはヤスミンが紅茶とお菓子を用意してくれてそれを食べる。私が寝込んだ後からヤスミンは大分様子が変わった。

まず、あのぴっちりとひっつめていた怖い髪形をやめて茶髪をゆるくまとめるだけになった。なんとなく印象が変わり、怖さが減って、とてもいいと思う。
「ヤスミン、かわいいね」と言ったら照れくさそうにしていた。


そして、強化術の修行の日には…。


「ヒューゴ!」

「お、みんな!クリスが来たぞ!」

わらわらと集まってくる黒騎士見習いたち。クリスは黒騎士団にやってきて以前のように見習いたちを強化している。
見送りの白騎士は少し嫌そうな感じだとフィフィからきいたが、理由がよくわからないのでクリスは気にしないことにしている。

「今日もやるか、クリス?」

「うん!」

黒騎士団での修業は白騎士とやっていたようなお遊びではない。

まず、見習の一人が決められた距離を走り、その時間を計測する。そして、クリスが見習いの足に強化術をかけてからもう一度同様のことをして時間の違いを見るのだ。
これが、重しの重さになったり、組手になったりするが、毎回強化術をかける前後の違いを見るのだ。

「すげー!ヒューゴのタイム、一秒も縮んだ!」

「足を速くするのはクリス、得意だよな。」

そんな見習いたちの様子を見ながらクリスはこてんと首を傾げる。

「もしかして自分の足に強化術をかけたら、私も速くなるのかな?」

「お、やってみたらいいじゃん。」

「走ろうぜ!クリス!」

「うん!」

「あ、ちょっと待て。クリスは聖女のワンピースだから走るのは…。」

案の定、ヒューゴが心配した通り、クリスは数歩で裾を踏んでずっこけた。見習いたちは「わああああ」と大騒ぎでクリスを医務室に運んだ。



ー---



「まあ、クリス様。お召し物はどうされたのですか?」

白騎士と共に迎えに来たサーシャは目を丸くして汚れたクリスの聖女装束を見た。白い聖女装束は土で汚れて黒くなっていた。

「転んじゃったの。」

手当された手の擦り傷も見せる。護衛の白騎士は憤るような様子で見送りに来ていた黒騎士見習いたちを睨んで見せたが、サーシャはクリスの楽しそうな様子を見てにっこりして、「今日も修行がはかどった様で何よりですわ」と言ってくれた。


「サーシャ、私もヒューゴ達みたいな運動着がほしいの。」

「そうですね。ご用意いたしましょう。」

「な、サーシャ殿?大聖女様に怪我を進んでさせるようなことを…!」

ついにしびれを切らした護衛の白騎士はサーシャに抗議の声をあげたが、サーシャは笑って手を振っている。「跡にならない怪我ならば問題ありませんし、動きにくい格好で余計に怪我をされてもいけませんわ」と言われると白騎士も強くは出れない。

ちなみにこの白騎士も以前のヤスミンを彷彿とさせる口うるさいタイプである。


クリスも優しいサーシャがまるで母のように大好きで、一生懸命に今日あったことを報告する。そのかわいい姿に見習いたちも黒騎士たちも、もちろんサーシャも護衛の白騎士もメロメロだ。
思わず話し込んでいたところで、クリスに来客があった。

「クリス!ようやくみつけた!」

声のする方を見てクリスの顔がぱあっと笑顔になり、思わずという様子で声の主へと駆け寄って抱き着いた。

「アリシラお姉さま!!!」

「クリス!熱を出して寝込んでいたのよね?ごめんなさいね、手紙も出せなくて…。」

「ううん!大丈夫!クリスはもう元気だから!」

突然現れた姉のアリシラローズはしゃがんでクリスの顔を覗き込むと、以前にもましてキラキラと宝石のように輝いているクリスの目の周りをなぞった。

「無事に大聖女の宝石目を開眼できたのね…。私が青い瞳に生まれていれば、あなたにこんな歳でいらぬ苦労をかけることもなかったのに…。いや、こんなことを言ってはダメね。」

「アリシラお姉さま?」

「今日はクリスに大事な話があってきたの。すぐに帰らなければならないから、ここで言うわね。」

「なあに?」

アリシラは吹っ切れたようでありながら、どこか寂しそうに微笑んだ。


「二週間後に、オールディを出て東の島国に行くことになったの。」

「いつまで?」

「ずっとよ。」

「ずっと…?帰ってこないの……?」

「ええ。お嫁に行くの。」

「お嫁さん…?でもアリシラお姉さまはアーチ―様と結婚するんだよね?」

「それがね、違うの。マルシャお姉さまがアーチ―様の弟と結婚するから、私とアーチー様の結婚はなしになったの。私はね、東の島国の王族か貴族にお嫁に行くのよ。」

「帰ってこれないなら、会いに行ってもいい?」

「クリスは大聖女様だから、それは難しいわね。でも、お手紙を書くわ。届けるのに二月はかかってしまうから、今までのように頻繁にはお手紙のやり取りはできないけれど、お返事をくれる?」

「うん!」

アリシラローズはクリスをぎゅっと抱きしめた。アリシラお姉さま、苦しいのかしら?本当は行きたくないのかしら?と考えながら抱きしめ返していると、足元のフィフィがニャーと鳴いた。

『大丈夫よ。旅立つことは嬉しいみたい。でも、クリスを残していくことは苦しいのね。』


そっか…。クリスがまだ半人前だから、アリシラお姉さまは心配なのだ。

フィフィはちょっとちがうっぽいと思ったがつっこまなかった。


「クリス、大丈夫だよ!大聖女の修行も頑張るし、お友達もたくさんいるよ!」

「そうね、クリスは強い子だから、きっと大丈夫ね。弱いのは私だわ。」

アリシラローズはクリスから体を離すと立ち上がった。

「準備することがたくさんあるの。私はもういかないと。」

「クリス、アリシラお姉さまが出発する日にお見送りに行きたい!」

「ありがとう。でも、無理はしないでね。」


アリシラローズはクリスの額にキスをするとお付きの侍女と一緒に帰っていった。アリシラローズが見えなくなるまで笑顔で手を振っていたクリスだが、その姿が見えなくなると途端に綺麗な宝石目に涙がたまり、ひっくひっくとすすり上げて泣き始めた。

一部始終を見守っていたヒューゴに声をかけられると思わずといった様子でヒューゴに抱き着いた。12歳のヒューゴは小柄なクリスよりも大分大きく、お腹のところに抱き着く形となり、戸惑ったヒューゴだが優しくクリスの頭をぽんぽんしてくれた。

「クリス、お姉さんに何かプレゼントを渡したらどうだ?」

「うぐっ、プレゼント?」

「ああ。それに見送りの日に休めるようにスケジュールも調整してもらわなきゃな。」

「えぐっ、うん!」

「ほら、泣き止んで、サーシャさんと帰りながら相談しなよ。」

サーシャも「こちらをお使いください」とハンカチを渡してくれる。顔をごしごしとふいている間に、護衛の白騎士がヒューゴも襟首をつかみ、他の見習い仲間の方に押しやった。


「さあ、クリス様、帰りましょうか。大好きなお姉さまへの贈り物、私も一緒に考えますわ。」

「うん!」

『私も一緒に考えるわよ!』



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私を虐げてきた妹が聖女に選ばれたので・・・冒険者になって叩きのめそうと思います!

れもん・檸檬・レモン?
ファンタジー
私には双子の妹がいる この世界はいつの頃からか妹を中心に回るようになってきた・・・私を踏み台にして・・・ 妹が聖女に選ばれたその日、私は両親に公爵家の慰み者として売られかけた そんな私を助けてくれたのは、両親でも妹でもなく・・・妹の『婚約者』だった 婚約者に守られ、冒険者組合に身を寄せる日々・・・ 強くならなくちゃ!誰かに怯える日々はもう終わりにする 私を守ってくれた人を、今度は私が守れるように!

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

誰にも愛されずに死んだ侯爵令嬢は一度だけ時間を遡る

ファンタジー
癒しの能力を持つコンフォート侯爵家の娘であるシアは、何年経っても能力の発現がなかった。 能力が発現しないせいで辛い思いをして過ごしていたが、ある日突然、フレイアという女性とその娘であるソフィアが侯爵家へとやって来た。 しかも、ソフィアは侯爵家の直系にしか使えないはずの能力を突然発現させた。 ——それも、多くの使用人が見ている中で。 シアは侯爵家での肩身がますます狭くなっていった。 そして十八歳のある日、身に覚えのない罪で監獄に幽閉されてしまう。 父も、兄も、誰も会いに来てくれない。 生きる希望をなくしてしまったシアはフレイアから渡された毒を飲んで死んでしまう。 意識がなくなる前、会いたいと願った父と兄の姿が。 そして死んだはずなのに、十年前に時間が遡っていた。 一度目の人生も、二度目の人生も懸命に生きたシア。 自分の力を取り戻すため、家族に愛してもらうため、同じ過ちを繰り返さないようにまた"シアとして"生きていくと決意する。

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

【完結】白い結婚で生まれた私は王族にはなりません〜光の精霊王と予言の王女〜

白崎りか
ファンタジー
「悪女オリヴィア! 白い結婚を神官が証明した。婚姻は無効だ! 私は愛するフローラを王妃にする!」  即位したばかりの国王が、宣言した。  真実の愛で結ばれた王とその恋人は、永遠の愛を誓いあう。  だが、そこには大きな秘密があった。  王に命じられた神官は、白い結婚を偽証していた。  この時、悪女オリヴィアは娘を身ごもっていたのだ。  そして、光の精霊王の契約者となる予言の王女を産むことになる。 第一部 貴族学園編  私の名前はレティシア。 政略結婚した王と元王妃の間にできた娘なのだけど、私の存在は、生まれる前に消された。  だから、いとこの双子の姉ってことになってる。  この世界の貴族は、5歳になったら貴族学園に通わないといけない。私と弟は、そこで、契約獣を得るためのハードな訓練をしている。  私の異母弟にも会った。彼は私に、「目玉をよこせ」なんて言う、わがままな王子だった。 第二部 魔法学校編  失ってしまったかけがえのない人。  復讐のために精霊王と契約する。  魔法学校で再会した貴族学園時代の同級生。  毒薬を送った犯人を捜すために、パーティに出席する。  修行を続け、勇者の遺産を手にいれる。 前半は、ほのぼのゆっくり進みます。 後半は、どろどろさくさくです。 小説家になろう様にも投稿してます。

実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います

榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。 なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね? 【ご報告】 書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m 発売日等は現在調整中です。

処理中です...