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第2章 8歳の大聖女

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熱をだしてから完全に回復するまで2週間がかかったが、無事にクリスは回復した。寝込んでいる間にやってきた新しい侍女のサーシャのおかげでクリスの周囲は一変した。

「下女さん!」

朝起きて、身支度を整えたクリスは朝の祈りの前に下女さんたちのところに顔を出すことを許された。もちろん護衛の白騎士が一人とサーシャが後ろからついてきている。

「クリスちゃん、おはよう。」

「元気になってよかったね。」

下女さんたちも、ずっとクリスのことを心配してくれていたらしく、急に大聖女になったクリスにビクビクしたのは最初だけで、今は普通に以前のように接してくれている。


また、ずっと一人でやっていた朝の祈りも、他の聖女たちにまじって以前のように大聖堂で参加することを認められた。

「クリス、おはよう!」

「エマ!おはよう!みんな!おはよう!」

以前と変わらず迎えてくれるエマは、クリスが朝の祈りに戻ってきた姿を見て最初は涙目になっていた。他の侍女たちは最初は遠巻きにしていたが、マルシャローズはもういないのだからとエマが間を取り持って距離が近づいている。

『クリス、たのしそー!』

『僕たちもうれしー!』

歌の精霊たちも嬉しそうにたくさん集まってくるのが、クリスにとっても嬉しいことだ。


その後、朝食と歌の稽古を以前のように聖女たちとうけ、そこからは大聖女としての結界術と強化術の修行だ。結界術の修行時間は短めで、その後は公爵家から家庭教師がきて勉強を教えてくれている。

お勉強の時間の合間にはヤスミンが紅茶とお菓子を用意してくれてそれを食べる。私が寝込んだ後からヤスミンは大分様子が変わった。

まず、あのぴっちりとひっつめていた怖い髪形をやめて茶髪をゆるくまとめるだけになった。なんとなく印象が変わり、怖さが減って、とてもいいと思う。
「ヤスミン、かわいいね」と言ったら照れくさそうにしていた。


そして、強化術の修行の日には…。


「ヒューゴ!」

「お、みんな!クリスが来たぞ!」

わらわらと集まってくる黒騎士見習いたち。クリスは黒騎士団にやってきて以前のように見習いたちを強化している。
見送りの白騎士は少し嫌そうな感じだとフィフィからきいたが、理由がよくわからないのでクリスは気にしないことにしている。

「今日もやるか、クリス?」

「うん!」

黒騎士団での修業は白騎士とやっていたようなお遊びではない。

まず、見習の一人が決められた距離を走り、その時間を計測する。そして、クリスが見習いの足に強化術をかけてからもう一度同様のことをして時間の違いを見るのだ。
これが、重しの重さになったり、組手になったりするが、毎回強化術をかける前後の違いを見るのだ。

「すげー!ヒューゴのタイム、一秒も縮んだ!」

「足を速くするのはクリス、得意だよな。」

そんな見習いたちの様子を見ながらクリスはこてんと首を傾げる。

「もしかして自分の足に強化術をかけたら、私も速くなるのかな?」

「お、やってみたらいいじゃん。」

「走ろうぜ!クリス!」

「うん!」

「あ、ちょっと待て。クリスは聖女のワンピースだから走るのは…。」

案の定、ヒューゴが心配した通り、クリスは数歩で裾を踏んでずっこけた。見習いたちは「わああああ」と大騒ぎでクリスを医務室に運んだ。



ー---



「まあ、クリス様。お召し物はどうされたのですか?」

白騎士と共に迎えに来たサーシャは目を丸くして汚れたクリスの聖女装束を見た。白い聖女装束は土で汚れて黒くなっていた。

「転んじゃったの。」

手当された手の擦り傷も見せる。護衛の白騎士は憤るような様子で見送りに来ていた黒騎士見習いたちを睨んで見せたが、サーシャはクリスの楽しそうな様子を見てにっこりして、「今日も修行がはかどった様で何よりですわ」と言ってくれた。


「サーシャ、私もヒューゴ達みたいな運動着がほしいの。」

「そうですね。ご用意いたしましょう。」

「な、サーシャ殿?大聖女様に怪我を進んでさせるようなことを…!」

ついにしびれを切らした護衛の白騎士はサーシャに抗議の声をあげたが、サーシャは笑って手を振っている。「跡にならない怪我ならば問題ありませんし、動きにくい格好で余計に怪我をされてもいけませんわ」と言われると白騎士も強くは出れない。

ちなみにこの白騎士も以前のヤスミンを彷彿とさせる口うるさいタイプである。


クリスも優しいサーシャがまるで母のように大好きで、一生懸命に今日あったことを報告する。そのかわいい姿に見習いたちも黒騎士たちも、もちろんサーシャも護衛の白騎士もメロメロだ。
思わず話し込んでいたところで、クリスに来客があった。

「クリス!ようやくみつけた!」

声のする方を見てクリスの顔がぱあっと笑顔になり、思わずという様子で声の主へと駆け寄って抱き着いた。

「アリシラお姉さま!!!」

「クリス!熱を出して寝込んでいたのよね?ごめんなさいね、手紙も出せなくて…。」

「ううん!大丈夫!クリスはもう元気だから!」

突然現れた姉のアリシラローズはしゃがんでクリスの顔を覗き込むと、以前にもましてキラキラと宝石のように輝いているクリスの目の周りをなぞった。

「無事に大聖女の宝石目を開眼できたのね…。私が青い瞳に生まれていれば、あなたにこんな歳でいらぬ苦労をかけることもなかったのに…。いや、こんなことを言ってはダメね。」

「アリシラお姉さま?」

「今日はクリスに大事な話があってきたの。すぐに帰らなければならないから、ここで言うわね。」

「なあに?」

アリシラは吹っ切れたようでありながら、どこか寂しそうに微笑んだ。


「二週間後に、オールディを出て東の島国に行くことになったの。」

「いつまで?」

「ずっとよ。」

「ずっと…?帰ってこないの……?」

「ええ。お嫁に行くの。」

「お嫁さん…?でもアリシラお姉さまはアーチ―様と結婚するんだよね?」

「それがね、違うの。マルシャお姉さまがアーチ―様の弟と結婚するから、私とアーチー様の結婚はなしになったの。私はね、東の島国の王族か貴族にお嫁に行くのよ。」

「帰ってこれないなら、会いに行ってもいい?」

「クリスは大聖女様だから、それは難しいわね。でも、お手紙を書くわ。届けるのに二月はかかってしまうから、今までのように頻繁にはお手紙のやり取りはできないけれど、お返事をくれる?」

「うん!」

アリシラローズはクリスをぎゅっと抱きしめた。アリシラお姉さま、苦しいのかしら?本当は行きたくないのかしら?と考えながら抱きしめ返していると、足元のフィフィがニャーと鳴いた。

『大丈夫よ。旅立つことは嬉しいみたい。でも、クリスを残していくことは苦しいのね。』


そっか…。クリスがまだ半人前だから、アリシラお姉さまは心配なのだ。

フィフィはちょっとちがうっぽいと思ったがつっこまなかった。


「クリス、大丈夫だよ!大聖女の修行も頑張るし、お友達もたくさんいるよ!」

「そうね、クリスは強い子だから、きっと大丈夫ね。弱いのは私だわ。」

アリシラローズはクリスから体を離すと立ち上がった。

「準備することがたくさんあるの。私はもういかないと。」

「クリス、アリシラお姉さまが出発する日にお見送りに行きたい!」

「ありがとう。でも、無理はしないでね。」


アリシラローズはクリスの額にキスをするとお付きの侍女と一緒に帰っていった。アリシラローズが見えなくなるまで笑顔で手を振っていたクリスだが、その姿が見えなくなると途端に綺麗な宝石目に涙がたまり、ひっくひっくとすすり上げて泣き始めた。

一部始終を見守っていたヒューゴに声をかけられると思わずといった様子でヒューゴに抱き着いた。12歳のヒューゴは小柄なクリスよりも大分大きく、お腹のところに抱き着く形となり、戸惑ったヒューゴだが優しくクリスの頭をぽんぽんしてくれた。

「クリス、お姉さんに何かプレゼントを渡したらどうだ?」

「うぐっ、プレゼント?」

「ああ。それに見送りの日に休めるようにスケジュールも調整してもらわなきゃな。」

「えぐっ、うん!」

「ほら、泣き止んで、サーシャさんと帰りながら相談しなよ。」

サーシャも「こちらをお使いください」とハンカチを渡してくれる。顔をごしごしとふいている間に、護衛の白騎士がヒューゴも襟首をつかみ、他の見習い仲間の方に押しやった。


「さあ、クリス様、帰りましょうか。大好きなお姉さまへの贈り物、私も一緒に考えますわ。」

「うん!」

『私も一緒に考えるわよ!』



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