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第2章 8歳の大聖女

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翌日、新しい侍女として濃い茶髪をピシッとおくれ毛一つなくまとめ上げたマルシャローズと同じ年頃の侍女がやってきた。

「大聖女様の侍女を仰せつかりました、ヤスミンでございます。」

「よろしくお願いします!」

「侍女に敬語は不要です。」

「は、はい。」


なんだか、とても真面目そうな侍女さんだ。ルロワ家ではクリス専属の侍女というのはいなかった。屋敷の使用人が交代で面倒を見てくれていたから。

クリスは知らないことだが、専属侍女にとって、立派な主人に仕えることが誇りだ。そして、まだ若い人物に仕える場合はその相手を立派な人物に導くのが専属侍女の仕事なのだ。

まだ弱冠18歳、侍女歴3年であるヤスミンは初めて与えられた大役にやる気満々であった。


『この子、すごいやる気あるみたいだし、昨日の五人よりはましなんじゃない?』

フィフィが眠たげに目をこすってニャーと鳴く。それもそのはず、まだ朝の6時だ。

「大聖女様、かなりお早いお目覚めですが、いつもこの時間に?」

「今日は寝坊しちゃったんですけど、いつもは5時に起きます。水汲みの手伝いがあるので。今日も今から行ってきます。」

そう言うクリスは聖女の制服に着替え済みだ。

「み、水汲み?それは大聖女様のお仕事ではありませんので、今日からはやらなくても結構です。それと敬語は不要です。」

「でも、毎日行っているから突然来なくなったら下女さんたちも驚くと思うし…。」

「下女と水汲みをしているのですか!?それは聖女の仕事でもありません!今日からはいかなくて結構です!」

お堅い容姿のヤスミンが厳しい口調で叱責する姿は、クリスにとっては初めての経験でとても怖く感じた。ビクッとしたクリスの恐怖を感じ取ったのか、フィフィが安心させるようにクリスの足にすり寄った。

「すぐに顔を洗う準備をしますから、そこにいてくださいね!」

ヤスミンは扉の外にいる護衛にもクリスが出て行かないように見ていてくれとしっかり頼んで横の部屋に準備に行った。

「ヤスミン、私のこと嫌いなのかな…。」

『そんなことないわ。私がなんとかしなきゃって感じよ。』

クリスにはよくわからなかったが、毎朝欠かさず会っていた下女さんに会えないのが寂しかった。



ー---


大聖女の修行といっても、”祈りの結界”に関してはクリスは問題なくできそうだということが判明した。どうやら、大聖女特有の”祈りの結界”は歌の精霊たちの力を借りて展開するものらしく、無条件に歌の精霊に好かれているクリスは頼まなくてもほいほいと精霊たちが力を貸してくれたのだ。

これは朗報として教会上層部を安堵させた。


しかし、大聖女の仕事は結界術だけではない。強化術という、騎士たちの身体能力をあげることも大事な仕事だ。
クリスは黒騎士団で強化術の訓練をしており、黒騎士見習いたちをちょっと力持ちにすることができるようになっていたが、求められるレベルにはまだ遠い。

「クリスローズ様はこれから強化術の修行の時間を増やした方がよさそうですね。」

「じゃあ、黒騎士団に…。」

「いえ、これからは白騎士を呼んで修行をしましょう。マルシャローズ様は白騎士を対象に修行をしていましたので。今後は大聖女様はあまり出歩かないように。」

「え、でも…。」


呼ばれてきた白騎士は見目がは良いがまだ若い騎士たちだった。

『みんな大聖女に媚びを売ろうと必死みたい。取り入りたい気持ちが伝わってくるわ。』

フィフィとヤスミンの見守る中、白騎士たちは「さすが大聖女様です!力がみなぎるようです!」と大げさに自分が強化されたことを主張した。
しかし、「どれぐらい強化されましたか?」ときいても、具体的な説明がなく、物を持つ様子や普段の生活の様子にも変化はなかった。訓練の見学を申し出ると、ヤスミンと一緒にすごい勢いで止められた。


ヒューゴたちは実際にどれぐらい強化されているのかをわかりやすく教えてくれたのに、白騎士たちとの修行では自分の強化術が上達しているのか全くわからなかった。
それに白騎士たちに強化術をかける意味もクリスは見失っていた。黒騎士たちが結界を守るために積んでいる訓練を見てきたクリスは、扉の前に立っている姿しか見たことがない白騎士たちに強化術が必要だとは思えなかったのだ。


やがてクリスは強化術が使えなくなってしまった。
それでも白騎士たちはすばらしいとクリスをほめ続ける。これまでと環境が違いすぎてクリスは気持ち悪かった。


アリシラお姉さまやヒューゴ、エマ、黒騎士団のみんなや下女さんたちに相談したい…。

しかし、アリシラローズは何か忙しいのかしばらく手紙が送れないとの連絡の後、なしのつぶてだ。黒騎士団に行くことも、エマたちと歌の訓練に参加することも侍女のヤスミンに止められてしまった。
曰く、「大聖女様のなさることではありません」と。


大聖女になって一月、精神的に弱ってしまったクリスはひどい熱を出して寝込んでしまうこととなった。


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