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第2章 8歳の大聖女

3 ルロワ公爵家にて

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やりたい放題の大聖女マルシャローズはルロワ公爵家に帰ってきた。出迎えたのは公爵である父と急遽学園から呼び戻された同母の妹アリシラローズだ。
相変わらず赤い髪に緑の目のアリシラを見て、マルシャはふふふっと笑った。

「お父様、出産までお世話になります。」

「ああ、マルシャ、良く戻ってきた。」


父は諦めたような顔をしているが、アリシラは怒ったような顔をしている。

「あら、アリシラ、そんな怒ったような顔をして。青い目もシルバーブロンドも受け継がなかったのだから、せめてかわいい顔をしていないと。」

「…マルシャお姉さま、なぜ8歳のクリスに大聖女を押し付けるようなことをなさったのです?」

「押し付ける?まるで私が悪いみたいね。子供は天からの授かりものよ。私も予想できることじゃないわ。それにクリスもまだ見ぬ姪っ子か甥っ子のためなら大聖女の仕事を喜んで代わってくれるわ。
あの子、優秀らしいし。」

私よりもね…と脳内で自分で付け足して思わずむっとする。あっという間に結界術をみにつけたクリスの話は聞きたくなくても聞こえてきた。マルシャは8歳から初めて一年はかかったが、6歳のクリスはわずか数か月。
将来の大聖女として頼もしいなんて声も聞こえてきたほどだ。

…私がまだ着任して二年なのに、もう次世代の話をするなんて。私に対する侮辱だわ。私が大聖女という激務に着くのに将来聖女になる妹がお嬢様として生活しているなんて許せなくて6歳から修行を始めさせたけど、もっと遅らせた方がよかったかしら。


でも、そうしてたらこんなに早く大聖女をやめられなかったわね。


「大聖女なのに、避妊されていなかったんですか?」

「失敗しちゃったのね。淑女がそんなあけすけな物言いをしてはいけないわよ。だから…。」

ああ、面白くて仕方ない。マルシャは完璧な笑顔でアリシラを見た。


「婚約を解消されちゃうのよ。」

アリシラが眉を寄せる。

「それはお姉さまがアーチ―様の弟のリュカ・ガルシア様に輿入れするからです。そして、リュカ様がガルシア家の次期当主に決まられたからです。」

「私はルロワ家の当主になってもいいって言ったのよ。お父様がダメだって。弟に当主教育を受けさせているから。」


ま、最初からアリシラのポジションを取ってやろうって思ってたけどね。アリシラがガルシア公爵家の嫡男と婚約したって聞いてから、その方が大聖女よりも良さそうだと思ってたから。
小さいころからこの子が大聖女になるからってちやほやされて育ってきたけれど、大聖女って楽な仕事じゃなかった。しかも、祈りの結界の出来栄えを前任と比較されて、粗を指摘されるのもそんな経験がなかったマルシャには堪えた。
前任はルロワ公爵家の嫡流でもないし、マルシャより10以上年上の年増なのに。


それにルロワ公爵家を継ぐということは大聖女候補をたくさん産むことを求められる。そんなのは絶対に嫌だ。
元大聖女の公爵夫人、素敵じゃない。それに8歳のクリスローズに大聖女は務まらない。私と前任を比べていた人たちも後悔して、戻ってきてほしいと願うだろう。私の価値は変わらない。むしろ上がる。

運よくリュカが白騎士として配属されてきてくれてよかったわ。


「それで、アリシラの次の婚約者は決まったの?」

「まだだ。」

父はそっけなく言うが相当苦労しているだろう。アリシラの婚約が決まるまで、目ぼしい大貴族の嫡男は婚約者を決めていなかったが、決まった後は各家で婚約ラッシュが続いた。
もう歳の近い嫡男は残っていない。後継者でなくなったアリシラの元婚約者は未来の王配として王家の一人娘の婚約者となった。元々リュカが候補にあがっていたものだ。


全てが横にスライドし、アリシラだけがあぶれた。

それがマルシャにとっても気持ちのいいものだった。


「そういえば、お母さまの妹の嫁いだロジャーズ伯爵家が遠い東の島国に嫁に出せる令嬢を探しているそうじゃない。あなたそこに行ったら?」

ま、そんなこと、お父様が許さないだろうから無理だけど。貴重なルロワ公爵家の血を引く娘だもの。大聖女になれなくても大聖女は産めるかもしれないし。


そんなことをにまにまと考えていたマルシャはアリシラがにやりとしたことに気づかなかった。


「そうですよね。マルシャお姉さまは私がこの国にいることでご気分を害されるのですよね。わかりました。」


この時は全くアリシラの発言を気にしていなかったマルシャはアリシラの異国への嫁入りが決まり、出発した話を二月後に聞き、腰を抜かすことになる。



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