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第1章 6歳の聖女
6 黒騎士団にて
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クリスが突然、黒騎士たちの訓練場に来なくなって一月が経った。建国祭まであと数日ということもあり白騎士たちや教会の神官たちは慌ただしくしているが、黒騎士にとっては通常業務があるだけであるため、その異変はクリスと仲良くしていた見習いの少年たちをざわつかせた。
黒騎士達の長である黒騎士団長は騎士見習いの少年たちからの不安の声に、クリスの様子を調べていた。慌ただしい中だったので比較的簡単に情報を集めることができた。
どうやらクリスはマルシャローズの腹心の侍女を目付に付けられて、休みのはずの時間も教会から出られないでいるようだ。
「またマルシャローズ様のわがままか。」
「な、なんでそんなことが?クリスの姉からの手紙を差し止めていたのも大聖女様なんですよね?休日までとりあげるなんて…クリスはまだ6歳ですよ?」
クリスと一際仲良くしていた騎士見習いのヒューゴ・クレマンは信じられないという顔で団長の前で直立している。脳筋ばかりが集まりがちな黒騎士の中ではなかなか頭が切れる、賢い見習いだ。理由を話しても理解できるだろう。
「クリスと大聖女様がルロワ公爵家の実の姉妹であることは知っているな。大聖女様の母とクリスの母は違うことも。」
「はい。」
「大聖女、マルシャローズ様はルロワ家の長女で母親は元侯爵令嬢だ。国で一、二を争う高貴な生まれで大聖女資格を示す青い瞳を持つ。しかも青い瞳の持ち主は大聖女様の下だとクリスと赤ん坊が二人だけだ。クリスが生まれるまではたった一人の大聖女候補ということでかなり周囲に甘やかされて育ったらしい。
同母の妹が大聖女資格を持たなかったあたりから誰も彼女に逆らえなくなってしまった。」
大聖女はオールディでは王族以上に大切な存在だ。気持ちよく大聖女になってもらうために甘やかしてしまうのは致し方ないのだろうが。
「でも、それならクリスも大聖女候補のはず。同じように甘やかされるべきなのでは?」
「クリスの母は後妻の元子爵令嬢で格下だ。マルシャローズ様が大聖女になることはほぼ決定事項だったんだ。マルシャローズ様は異母妹のクリスが自分より優遇されることは望まれない。大聖女の気分を損ねることはあってはならない。
クリスが不自由を強いられるのはそういう理由だ。」
「そんな…。どうにか助けてあげられないんですか?せめて黒騎士の訓練所に来れるようにしてあげられませんか?
大好きなお姉さんからの手紙をいつも楽しみにしているんです!」
「手はないわけじゃない。うまくいけば明日にでもクリスが黒騎士団に来るだろう。」
ヒューゴが首を傾げるのを黒騎士団長はニヤリとしながら見ていた。
ー---
本来は週に一度のクリスの休みであるはずの日、ヒューゴはいつも通りに見習い仲間と稽古をしていた。
「あれ、クリスじゃない?」
「え?」
「あー!クリスだ!」
ヒューゴもみんなの示す方を見ると、団長の後ろをちょこちょこと歩く聖女姿のクリスがそこにいた。
「クリス!」
稽古中だった木刀を放り出して、クリスに駆け寄るとクリスが嬉しそうな顔でこちらに大きく手を振った。
「ヒューゴー!久しぶりー!」
クリスの前で急ブレーキをかけて止まり、団長に礼をする。笑顔で許されたのを確認してからクリスに向き直る。クリスの目の下にはちょっと隈があるが、元気そうだ。
「どうして…?」
「きょうかじゅつのしゅぎょう、するんだって。」
「…強化術?」
聖女と言えば結界術だが、一部の聖女は結界術の他に強化術という身体能力を強化する術を使うことができる。辺境を守る黒騎士達は強化術を使いこなす辺境聖女たちに強化されて結界を脅かす敵と戦うのだ。
「新人の聖女は結界術を重点的に稽古するが、クリスが休日を返上して稽古をするなら、強化術の稽古に一日ほしいと黒騎士団からリクエストしたんだ。見習いたちに強化術を体験させたいから、と。」
団長はにやりとした。
「黒騎士団は平民や下級貴族ばかりで貴族生まれの聖女様が来るにはふさわしくない場所かもしれないが、と念を押してな。」
「侍女が見張りみたいについてるって聞いたけれど…。」
「あの人、さいきんはさぎょうがおわるタイミングに見に来るだけなの。今日もわたしがだんちょうと出かけるのをみおくっただけだよ。」
「そっか…。あ、お姉さんからの手紙、たくさん預かってるよ。後で持ってくるよ。」
クリスがぱっと笑顔になって大きく頷いた。
「クリスなんだが、強化術には身体構造を知ることが大事だからな、お前たち見習いと一緒に座学を受けてもらおうかと思っているんだ。」
座学とは黒騎士に必要な教養を学ぶ時間のことだ。最低限の貴族の礼儀作法や重要な法律、魔物の種類など様々な授業がある中には人体の構造、筋肉の仕組みなどを学ぶ時間がある。
「だから座学まで自由時間だ。あと二時間あるな。ヒューゴ、今手紙を持ってきてやりなさい。」
後ろから追いかけてきた他の見習いたちには「お前たちは稽古だ」と言い放つ団長に礼をして、仲間たちの「えー」という声を背に部屋に駆け戻り、すぐに手紙を持って戻ってきた。
その後、稽古に戻り、座学の時間の前にクリスを迎えに行くと姉からの手紙の上で腫れぼったい目のまま居眠りをしていた。手紙の文字が滲んでいるのを見ると、手紙を読んで泣きながら寝不足で眠ってしまったらしい。
「クリス、一人でよくがんばったな。」
ヒューゴはクリスの頭をぽんぽんとたたき、「なにやってるんだ…」と恥ずかしくなってぱっと手を放す。よく寝ているクリスだが、何もせずに黒騎士団から帰ったことがバレたら、どんな文句を言われるかわからない。
…ここは心を鬼にして起こそう。
クリスとヒューゴの長きにわたる縁がここに始まる。
黒騎士達の長である黒騎士団長は騎士見習いの少年たちからの不安の声に、クリスの様子を調べていた。慌ただしい中だったので比較的簡単に情報を集めることができた。
どうやらクリスはマルシャローズの腹心の侍女を目付に付けられて、休みのはずの時間も教会から出られないでいるようだ。
「またマルシャローズ様のわがままか。」
「な、なんでそんなことが?クリスの姉からの手紙を差し止めていたのも大聖女様なんですよね?休日までとりあげるなんて…クリスはまだ6歳ですよ?」
クリスと一際仲良くしていた騎士見習いのヒューゴ・クレマンは信じられないという顔で団長の前で直立している。脳筋ばかりが集まりがちな黒騎士の中ではなかなか頭が切れる、賢い見習いだ。理由を話しても理解できるだろう。
「クリスと大聖女様がルロワ公爵家の実の姉妹であることは知っているな。大聖女様の母とクリスの母は違うことも。」
「はい。」
「大聖女、マルシャローズ様はルロワ家の長女で母親は元侯爵令嬢だ。国で一、二を争う高貴な生まれで大聖女資格を示す青い瞳を持つ。しかも青い瞳の持ち主は大聖女様の下だとクリスと赤ん坊が二人だけだ。クリスが生まれるまではたった一人の大聖女候補ということでかなり周囲に甘やかされて育ったらしい。
同母の妹が大聖女資格を持たなかったあたりから誰も彼女に逆らえなくなってしまった。」
大聖女はオールディでは王族以上に大切な存在だ。気持ちよく大聖女になってもらうために甘やかしてしまうのは致し方ないのだろうが。
「でも、それならクリスも大聖女候補のはず。同じように甘やかされるべきなのでは?」
「クリスの母は後妻の元子爵令嬢で格下だ。マルシャローズ様が大聖女になることはほぼ決定事項だったんだ。マルシャローズ様は異母妹のクリスが自分より優遇されることは望まれない。大聖女の気分を損ねることはあってはならない。
クリスが不自由を強いられるのはそういう理由だ。」
「そんな…。どうにか助けてあげられないんですか?せめて黒騎士の訓練所に来れるようにしてあげられませんか?
大好きなお姉さんからの手紙をいつも楽しみにしているんです!」
「手はないわけじゃない。うまくいけば明日にでもクリスが黒騎士団に来るだろう。」
ヒューゴが首を傾げるのを黒騎士団長はニヤリとしながら見ていた。
ー---
本来は週に一度のクリスの休みであるはずの日、ヒューゴはいつも通りに見習い仲間と稽古をしていた。
「あれ、クリスじゃない?」
「え?」
「あー!クリスだ!」
ヒューゴもみんなの示す方を見ると、団長の後ろをちょこちょこと歩く聖女姿のクリスがそこにいた。
「クリス!」
稽古中だった木刀を放り出して、クリスに駆け寄るとクリスが嬉しそうな顔でこちらに大きく手を振った。
「ヒューゴー!久しぶりー!」
クリスの前で急ブレーキをかけて止まり、団長に礼をする。笑顔で許されたのを確認してからクリスに向き直る。クリスの目の下にはちょっと隈があるが、元気そうだ。
「どうして…?」
「きょうかじゅつのしゅぎょう、するんだって。」
「…強化術?」
聖女と言えば結界術だが、一部の聖女は結界術の他に強化術という身体能力を強化する術を使うことができる。辺境を守る黒騎士達は強化術を使いこなす辺境聖女たちに強化されて結界を脅かす敵と戦うのだ。
「新人の聖女は結界術を重点的に稽古するが、クリスが休日を返上して稽古をするなら、強化術の稽古に一日ほしいと黒騎士団からリクエストしたんだ。見習いたちに強化術を体験させたいから、と。」
団長はにやりとした。
「黒騎士団は平民や下級貴族ばかりで貴族生まれの聖女様が来るにはふさわしくない場所かもしれないが、と念を押してな。」
「侍女が見張りみたいについてるって聞いたけれど…。」
「あの人、さいきんはさぎょうがおわるタイミングに見に来るだけなの。今日もわたしがだんちょうと出かけるのをみおくっただけだよ。」
「そっか…。あ、お姉さんからの手紙、たくさん預かってるよ。後で持ってくるよ。」
クリスがぱっと笑顔になって大きく頷いた。
「クリスなんだが、強化術には身体構造を知ることが大事だからな、お前たち見習いと一緒に座学を受けてもらおうかと思っているんだ。」
座学とは黒騎士に必要な教養を学ぶ時間のことだ。最低限の貴族の礼儀作法や重要な法律、魔物の種類など様々な授業がある中には人体の構造、筋肉の仕組みなどを学ぶ時間がある。
「だから座学まで自由時間だ。あと二時間あるな。ヒューゴ、今手紙を持ってきてやりなさい。」
後ろから追いかけてきた他の見習いたちには「お前たちは稽古だ」と言い放つ団長に礼をして、仲間たちの「えー」という声を背に部屋に駆け戻り、すぐに手紙を持って戻ってきた。
その後、稽古に戻り、座学の時間の前にクリスを迎えに行くと姉からの手紙の上で腫れぼったい目のまま居眠りをしていた。手紙の文字が滲んでいるのを見ると、手紙を読んで泣きながら寝不足で眠ってしまったらしい。
「クリス、一人でよくがんばったな。」
ヒューゴはクリスの頭をぽんぽんとたたき、「なにやってるんだ…」と恥ずかしくなってぱっと手を放す。よく寝ているクリスだが、何もせずに黒騎士団から帰ったことがバレたら、どんな文句を言われるかわからない。
…ここは心を鬼にして起こそう。
クリスとヒューゴの長きにわたる縁がここに始まる。
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