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95 助手、甲斐甲斐しく世話を焼く
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正月から三月ほど過ぎ、桜の季節となった。あれから二乃子は目覚めずに九条家の寝室で昏々と眠り続けていた。
怪我は回復しているし、呼吸も心音も正常なのに、なぜか目覚めない。医師もお手上げの状態だった。
ただ、救いなのは口に物を突っ込めばあむあむと食べることだ。なるべく消化のいいものを用意して二乃子には食べさせるようにしている。しかし、不思議なことにどれだけ食べても…、いやレディのこういう話は口にするべきじゃないな。
巫覡院で正式に雇われた篤と奏は度々見舞いに来て、見立てを話してくれた。
「二ノは常に霊力を発散している状態で、目覚めるほどの体力がないんだと思います。」
「一度心臓が止まって死にかけたことで、心臓の強度が爆あがりしたんだ。今まで以上に体力を霊力に変換できるようになってバランスが狂ってるんだと思う。」
二乃子が眠りについて一月後には九条家で怪奇現象が起こるようになった。昼夜問わず火の玉が漂ったり、カバンからいきなり紺色の唐傘が飛び出してきて雨を降らせたり、扉に手をかけるとピリッとしびれたり。
人の口に戸は立てられない。しかも、九条家には今一般の官吏や近衛兵が仮住まいしているのだ。
曰く、巫女姫様が弱っていて九条家で怪奇現象が起きる、とか。
曰く、先の地震を軽く抑えてくださった巫女姫様が倒れてしまった、とか。
曰く、巫女姫様がさらに強い巫覡様に変身なされるために臥せっている、とか。
真偽はグレーみたいな話が噂として城下を駆け巡っていた。早く巫女姫様元気になってください、と花を持ってきた子供たちまでいた。
怪奇現象は奏が結界を張ってくれて、おさまった。
満は二乃子が眠っている間も巫覡院で仕事をしていた。現在、宝具の完成が間近に迫っており、祀るための祠の建設が進んでいる。
また、巫覡院の人員も増強中であることから新しい巫覡院の建物も建てられることになった。
しかし、頭の片隅に二乃子のことがある。自分が目を離したすきに死んでしまったら、どうしよう。
満は毎日九条家に帰るようになっていた。
そんなある春の日のことである。
「二乃子殿、おはようございます。今日は桜が綺麗に咲いてますよ。」
朝食用のお粥をもって二乃子の部屋に入った満は、戸を開けて中庭の桜が見えるようにする。枕元にも桜の木の枝を切ってきて、瓶にいれて飾った。
「そろそろ二乃子殿に起きてもらわないと。二乃子殿がいないと城の結界の完全修復ができないって、奏殿もアズも言ってますよ。巫覡院の制服もできたのに、二乃子が着てくれないとって彩葉も怒ってます。新しい巫覡院の設計も…俺の方で二乃子殿がくつろげるように設計に意見出して始めちゃってますけど、ボスの意見ゼロで建てられちゃいますよ。」
もちろん返事はない。
満はため息をついて桜から二乃子を振り返った。
二乃子は目をぴったり閉じて身動きもせず…というわけではなかった。
目をぼんやりと開き、明るさになれるように数回瞬いた。満が息をのむ。
「二乃子?」
二乃子が首を動かしてこちらを見る。へにゃりと笑って何か話そうと息を吸って…、失敗して咳き込んだ。
「み、水を!」
あわてて水差しから水をとり、二乃子の上半身を抱き上げて飲ませる。水を飲み終えると、また寝床におろす。
「…満殿。」
「大丈夫ですか?三か月も寝たままだったんですよ。もう…起きないんじゃないかと…。」
「ちょっと大変でしたが、なんとかなりました。…泣いてるんですか?」
二乃子が満の顔に手を伸ばすが届かなかったのであきらめたように降ろした。満はその様子に軽く笑って泣いていたらしい目元をぬぐう。
…ちゃんとご飯を食べさせなくては。
「たくさん食べられそうですか?お粥を持ってきたんですけど。あ、果物も剥きましょうね。」
満は侍女に果物とナイフを持ってくるように指示をだし、二乃子の状態を起こさせて、せっせとお粥を口に運び出した。
他にも死にそうな顔で二乃子を心配している人々がたくさんいることは二人の頭からはすっかり頭から抜け落ち、侍女の知らせを受けて九条家中から人が集まってくるまでは、完全に二人の世界だった。
怪我は回復しているし、呼吸も心音も正常なのに、なぜか目覚めない。医師もお手上げの状態だった。
ただ、救いなのは口に物を突っ込めばあむあむと食べることだ。なるべく消化のいいものを用意して二乃子には食べさせるようにしている。しかし、不思議なことにどれだけ食べても…、いやレディのこういう話は口にするべきじゃないな。
巫覡院で正式に雇われた篤と奏は度々見舞いに来て、見立てを話してくれた。
「二ノは常に霊力を発散している状態で、目覚めるほどの体力がないんだと思います。」
「一度心臓が止まって死にかけたことで、心臓の強度が爆あがりしたんだ。今まで以上に体力を霊力に変換できるようになってバランスが狂ってるんだと思う。」
二乃子が眠りについて一月後には九条家で怪奇現象が起こるようになった。昼夜問わず火の玉が漂ったり、カバンからいきなり紺色の唐傘が飛び出してきて雨を降らせたり、扉に手をかけるとピリッとしびれたり。
人の口に戸は立てられない。しかも、九条家には今一般の官吏や近衛兵が仮住まいしているのだ。
曰く、巫女姫様が弱っていて九条家で怪奇現象が起きる、とか。
曰く、先の地震を軽く抑えてくださった巫女姫様が倒れてしまった、とか。
曰く、巫女姫様がさらに強い巫覡様に変身なされるために臥せっている、とか。
真偽はグレーみたいな話が噂として城下を駆け巡っていた。早く巫女姫様元気になってください、と花を持ってきた子供たちまでいた。
怪奇現象は奏が結界を張ってくれて、おさまった。
満は二乃子が眠っている間も巫覡院で仕事をしていた。現在、宝具の完成が間近に迫っており、祀るための祠の建設が進んでいる。
また、巫覡院の人員も増強中であることから新しい巫覡院の建物も建てられることになった。
しかし、頭の片隅に二乃子のことがある。自分が目を離したすきに死んでしまったら、どうしよう。
満は毎日九条家に帰るようになっていた。
そんなある春の日のことである。
「二乃子殿、おはようございます。今日は桜が綺麗に咲いてますよ。」
朝食用のお粥をもって二乃子の部屋に入った満は、戸を開けて中庭の桜が見えるようにする。枕元にも桜の木の枝を切ってきて、瓶にいれて飾った。
「そろそろ二乃子殿に起きてもらわないと。二乃子殿がいないと城の結界の完全修復ができないって、奏殿もアズも言ってますよ。巫覡院の制服もできたのに、二乃子が着てくれないとって彩葉も怒ってます。新しい巫覡院の設計も…俺の方で二乃子殿がくつろげるように設計に意見出して始めちゃってますけど、ボスの意見ゼロで建てられちゃいますよ。」
もちろん返事はない。
満はため息をついて桜から二乃子を振り返った。
二乃子は目をぴったり閉じて身動きもせず…というわけではなかった。
目をぼんやりと開き、明るさになれるように数回瞬いた。満が息をのむ。
「二乃子?」
二乃子が首を動かしてこちらを見る。へにゃりと笑って何か話そうと息を吸って…、失敗して咳き込んだ。
「み、水を!」
あわてて水差しから水をとり、二乃子の上半身を抱き上げて飲ませる。水を飲み終えると、また寝床におろす。
「…満殿。」
「大丈夫ですか?三か月も寝たままだったんですよ。もう…起きないんじゃないかと…。」
「ちょっと大変でしたが、なんとかなりました。…泣いてるんですか?」
二乃子が満の顔に手を伸ばすが届かなかったのであきらめたように降ろした。満はその様子に軽く笑って泣いていたらしい目元をぬぐう。
…ちゃんとご飯を食べさせなくては。
「たくさん食べられそうですか?お粥を持ってきたんですけど。あ、果物も剥きましょうね。」
満は侍女に果物とナイフを持ってくるように指示をだし、二乃子の状態を起こさせて、せっせとお粥を口に運び出した。
他にも死にそうな顔で二乃子を心配している人々がたくさんいることは二人の頭からはすっかり頭から抜け落ち、侍女の知らせを受けて九条家中から人が集まってくるまでは、完全に二人の世界だった。
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