救国の巫女姫、誕生史

ぺきぺき

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87 助手、置いて行かれる

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砂埃が入らないように、咳き込みがちな二乃子の頭を胸に抱え込む。
揺れが収まってきたのを見計らい、顔をあげて砂埃の中で目を細めたがそこに涼夜はいなかった。

腕の中で二乃子が満の胸を扇子でたたいた。腕を緩めると二乃子が扇子を開いて風を起こし、砂埃を追い払う。

「術式が発動しました。」

「霊脈の?」

「はい。三分の一ぐらいは水分を吸い上げたようです。」

二乃子は篤の横に膝をついてその体調を確認する。

「何か、術を仕込んでるみたい…。」

「アズは治癒も並みの巫覡よりできるからね。」

「この調子なら一時間もすれば起き上がれるかもしれない。カナ兄、お願いしてもいい?」

とりあえず、と白いウサギを呼び出して奏に渡す。

「満殿も残ってください。」

「…二乃子殿はどこに?」

「師匠の予定はわかりませんが。高い確率で九条家に現れて守護霊様を引きはがしに来るはずです。周囲の被害を確認しつつ、九条家に行きます。」

「なら、俺も…。」

「いえ。満殿を守っている余裕はさすがに私にも。ここに残ってもらえた方が私も気が楽です。」

そこまで言われてしまうとついていきたいとは言えない。とりあえず、持ち歩いていた干し肉を二乃子に渡しておく。

「…わかりました。お気をつけて。食べてから行くんですよ?」

「満殿。」

篤を担ぐ奏を手伝いに行こうとして、二乃子に呼び止められた。

「巫覡院の立ち上げから今日まで、ありがとうございました。満殿のおかげでが人生一番楽しかったです。」

満はちょっとぎょっとした。

「な、なんで今生の別れみたいなこと言ってるんですか!ちゃんと気を付けて帰ってきてくださいよ!周囲に影響がないなら、涼夜殿はどんな術をしても放っておけばいいんです。」

「それもそうですね。行ってきます。」

二乃子はにっこり笑って満に背をむけた。この時ついていけばよかったと後悔するのは一時間とちょっと後のことだ。


ーーーー


満は大晦日の宿直だった近衛兵たちとともに、叔父・千尋の指示の下、城内を見回った。

奏が用意した城中を覆う頑丈な結界のおかげで、あれだけの妖術バトルがあったにも関わらず、建物はほぼ無傷だった。ただ厨房や書庫は倒れたもので散らかっており、正月早々涙する人が多々いることだろう。

地震の影響も貴族街エリアは大きく揺れたようだが、その外側の一般市民街や商人街はわずかな揺れに抑えられ、被害はほとんどなさそうとのことだ。
仕組みはわからないが、奏が作った結界の術を二乃子が展開したらしい。

城に戻ってきて報告した満に、奏が説明してくれた。

「俺が思うに、二ノの霊力は多すぎる。もしかしたら、外部の霊力を他の術に流用できるのかもしれない。俺が作った術だって、三人ぐらい人を集めてやりたいぐらい大規模なものなんだ。」

城の一室には満たち三人の他に、帝と九条家当主の永遠がいた。

「地震の被害も最小限に抑えられ、霊脈の枯渇も防がれた。あとは涼夜殿が何をしようとしているかだが…結局、目星はつけられなかったな。
我々の民に影響のないことならいいが…。」

しかし、涼夜はこれだけの騒ぎを起こせることを今日示してしまった。羽月と同じように東雲に暗殺命令があるかもしれない。弟子たちが涼夜から独立し、帝の庇護下に入った今、帝としても涼夜はもういらないのだから。

「篤が以前、師匠の星を読みました。師匠は今日、死に近いとされています。」

「星読みか…。厄介な術だな。」

永遠が不思議そうな顔で帝を見る。

「星読みについて、陛下は何かご存知なのですか?」

「ああ。王家に子が生まれれば、必ずその星が読まれるが、術者からその内容を直接対象者に伝えることは、禁止されているんだ。必ず人づてに伝えられる。
人づてなら単なる注意喚起や激励でしかないからね。」

「良い内容であっても、というのは?」

満も興味を持って質問した。

「”良い父になる”と宣告された王子が昔いたらしい。しかし、その王子は成長して臣下の妻を無理やり召し上げて妊娠させるような暴君に育った。生まれてきた子供たちは可愛がっていた”良い父”だったが、決して”良い夫”、”良い王”ではなかった。」

「星が宣告されたことで、父にならねばという使命感が湧き、好みの女性を奪うような暴力王になる。星には人の性格や考え方を左右する能力はありません。結果だけを読まれた星に合わせようとして悲劇がおきる可能性があるのです。」

「良い内容の星が良い人物を指すわけではないということですね。」

では、二乃子たちは涼夜に宣告された星のせいで涼夜が今日やろうとしていることを止めることは不可能だと考えているのかもしれない。
被害をことには乗り気でも、被害をことはほぼ諦めていたように見える。

…なんだか、もやっとするな。



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