97 / 115
83 巫女姫、大晦日を迎える
しおりを挟む
大晦日に備えて二乃子はいろいろなことをやった。
まず秋の初めに行った、霊脈を枯渇させないための術式。これは結界と予知、さらに妖術を組み合わせたものだ。一定まで霊脈から霊力を吸い上げた後、気化した水分を吸い上げるように誘導する。
そのためにここ一週間は不自然じゃない程度に雨を降らせた。
次に、師匠を離れに閉じ込める結界術。師匠の厄介な精神操作とお得意の滅却の術を封じるのが目的だ。大晦日までに師匠が離れから移動しないようにもしている。
結界を切る妖刀の実力次第ではあるが、離れの結界を壊す以外に師匠には離れを出る方法がない。しかし、離れの結界には篤の予知妨害が紐づいており、結界を捨てるということは、篤や二乃子に行動を予知される危険を冒すということになる。
大晦日当日まではそんな手は打たないだろう。実際打っていないし、二乃子の結界は妖刀に勝ったのかもしれない。
最後に、師匠の狙いに九条家の守護霊である月の姫様が絡むことが予想されることから、数か月ぶりに九条家に戻り、守護霊様と対面した。
『久しぶりだな。巫女姫。』
「九条家をお守りくださるお方、お久しぶりです。」
『何があったのか、話してくれるんだろう?』
二乃子は頷いて、師匠であり守護霊様の旧友でもある常磐涼夜が城下の霊脈の莫大な霊力を使って何か大規模な術を行おうとしているらしいこと、その決行がこの年の大晦日以外に考えられないこと、その目的にどうやら守護霊様の存在が絡んでいるらしいこと、を伝えた。
「どう思われます?」
『リョウの後悔におそらくこれだというものがある。』
二乃子は驚いて守護霊様を見た。
『巫覡院を巫女姫に任せる前にしっかりとした準備をしてやれなかったことだ。』
二乃子はきょとんとした。…巫覡院はちゃんとした建物もあったし、満もいたし、始動に何も困らなかったけど。
『本来なら、立ち上げの際に優秀な官吏を数人つけるべきだった。しかし、他の案件で新部署の立ち上げを任せられるような優秀な人材は手が空いていなかった。また、第二王子の件は極秘事項だったから巫覡院の重要性を伝えることもできず、人材が集まらなかった。
まだ10代の子供二人に立ち上げをやらせるなんて、普通は考えられない。その点、巫女姫はよくやったよ。』
そして、守護霊様は決まりが悪そうに斜め上を見た。
『そして巫覡院の立ち上げが上手くいかなかったのは、私がうすらぼんやり構想した段階で死んでしまったからだ。一番私の考えを理解してくれそうなあいつは私が死んだあとは腑抜けになってしまっていたからな…。
永遠が官吏になって、そこそこの地位を得て、再び着手してくれたんだ。ちょうどタイミングよく巫女姫が生まれてくれたというのもある。』
「その後悔が守護霊様の黄泉返りを計画したきっかけかもしれない、と?」
『涼夜の後悔はもう一つあるわ。』
ぼわっともう一人、力の強い霊が現れた。その人物を見て二乃子がぎょっとする。
「おばあさま!?今までどこにいたんですか?」
『この辺にいたわよ!二乃子よくがんばったわね!』
『時子姫、今の話聞いてたか?』
『もちろんよ!』
祖母は腕を腰に当て、胸を張った。
『二乃子が山籠もりを終えた後、涼夜の夢枕に立ってやったのよ!ガツンと言ってやったわ!あんた間違えてるって。』
『あー、なんかリョウ、相当ひどいことした疑惑があるらしいな。誠二が書斎で泣いてたぞ。』
『そうね。誠二は泣いちゃうわね。』
「師匠がやったひどいことってなんですか?」
『あなたの両親から…もっと言うと篤くんの両親からも、たくさん手紙が来てたのよ。あなたの場合は誕生月にプレゼントも毎年よ。』
「え。」
そんなの…一通も届いていない。もちろん篤にも。小さいころは二人でよく門のところで郵便を待って自由時間を過ごしたものだ。
手紙は一通も来なくて、やがて待つことをやめて、両親の顔も忘れた。そして、私たちは捨てられたんだという思いだけが残った。
「ま、まさか、これも精神操作?」
『記憶操作もかかっているわね。対抗できるようになったからと言って、失った記憶や忘れた思いが帰ってくるわけではないわ。』
祖母は二乃子の手を優しく握った。
『あなたは両親にちゃんと愛されてる。最期の日にちゃんときいてみなさい。』
まず秋の初めに行った、霊脈を枯渇させないための術式。これは結界と予知、さらに妖術を組み合わせたものだ。一定まで霊脈から霊力を吸い上げた後、気化した水分を吸い上げるように誘導する。
そのためにここ一週間は不自然じゃない程度に雨を降らせた。
次に、師匠を離れに閉じ込める結界術。師匠の厄介な精神操作とお得意の滅却の術を封じるのが目的だ。大晦日までに師匠が離れから移動しないようにもしている。
結界を切る妖刀の実力次第ではあるが、離れの結界を壊す以外に師匠には離れを出る方法がない。しかし、離れの結界には篤の予知妨害が紐づいており、結界を捨てるということは、篤や二乃子に行動を予知される危険を冒すということになる。
大晦日当日まではそんな手は打たないだろう。実際打っていないし、二乃子の結界は妖刀に勝ったのかもしれない。
最後に、師匠の狙いに九条家の守護霊である月の姫様が絡むことが予想されることから、数か月ぶりに九条家に戻り、守護霊様と対面した。
『久しぶりだな。巫女姫。』
「九条家をお守りくださるお方、お久しぶりです。」
『何があったのか、話してくれるんだろう?』
二乃子は頷いて、師匠であり守護霊様の旧友でもある常磐涼夜が城下の霊脈の莫大な霊力を使って何か大規模な術を行おうとしているらしいこと、その決行がこの年の大晦日以外に考えられないこと、その目的にどうやら守護霊様の存在が絡んでいるらしいこと、を伝えた。
「どう思われます?」
『リョウの後悔におそらくこれだというものがある。』
二乃子は驚いて守護霊様を見た。
『巫覡院を巫女姫に任せる前にしっかりとした準備をしてやれなかったことだ。』
二乃子はきょとんとした。…巫覡院はちゃんとした建物もあったし、満もいたし、始動に何も困らなかったけど。
『本来なら、立ち上げの際に優秀な官吏を数人つけるべきだった。しかし、他の案件で新部署の立ち上げを任せられるような優秀な人材は手が空いていなかった。また、第二王子の件は極秘事項だったから巫覡院の重要性を伝えることもできず、人材が集まらなかった。
まだ10代の子供二人に立ち上げをやらせるなんて、普通は考えられない。その点、巫女姫はよくやったよ。』
そして、守護霊様は決まりが悪そうに斜め上を見た。
『そして巫覡院の立ち上げが上手くいかなかったのは、私がうすらぼんやり構想した段階で死んでしまったからだ。一番私の考えを理解してくれそうなあいつは私が死んだあとは腑抜けになってしまっていたからな…。
永遠が官吏になって、そこそこの地位を得て、再び着手してくれたんだ。ちょうどタイミングよく巫女姫が生まれてくれたというのもある。』
「その後悔が守護霊様の黄泉返りを計画したきっかけかもしれない、と?」
『涼夜の後悔はもう一つあるわ。』
ぼわっともう一人、力の強い霊が現れた。その人物を見て二乃子がぎょっとする。
「おばあさま!?今までどこにいたんですか?」
『この辺にいたわよ!二乃子よくがんばったわね!』
『時子姫、今の話聞いてたか?』
『もちろんよ!』
祖母は腕を腰に当て、胸を張った。
『二乃子が山籠もりを終えた後、涼夜の夢枕に立ってやったのよ!ガツンと言ってやったわ!あんた間違えてるって。』
『あー、なんかリョウ、相当ひどいことした疑惑があるらしいな。誠二が書斎で泣いてたぞ。』
『そうね。誠二は泣いちゃうわね。』
「師匠がやったひどいことってなんですか?」
『あなたの両親から…もっと言うと篤くんの両親からも、たくさん手紙が来てたのよ。あなたの場合は誕生月にプレゼントも毎年よ。』
「え。」
そんなの…一通も届いていない。もちろん篤にも。小さいころは二人でよく門のところで郵便を待って自由時間を過ごしたものだ。
手紙は一通も来なくて、やがて待つことをやめて、両親の顔も忘れた。そして、私たちは捨てられたんだという思いだけが残った。
「ま、まさか、これも精神操作?」
『記憶操作もかかっているわね。対抗できるようになったからと言って、失った記憶や忘れた思いが帰ってくるわけではないわ。』
祖母は二乃子の手を優しく握った。
『あなたは両親にちゃんと愛されてる。最期の日にちゃんときいてみなさい。』
0
お気に入りに追加
48
あなたにおすすめの小説


五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?


愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。

世話焼き令息とズボラな巫女姫の怪異まみれの冒険記
ぺきぺき
ファンタジー
とある東洋の島国の名門貴族家のエリート令息である満(みつる)は、文武両道の将来を期待された若君であった。しかし、何でも器用にこなすが故の悩みを抱え、将来に悩んでいたある日、人生をかけて愛するべき相手と出会った。
彼女はまだ10代の若さで国を巡って邪を払う、最強の巫女姫様だった。
エリート令息が規格外(にズボラ)の巫女姫をお世話して旅をしながら各地の怪異や問題を解決するお話。
ー---
恋愛は遅々として進まないので、ファンタジーです。笑
執筆が完了済みの二章を公開します。その後、一度完結にしますが、続きを書ければまた投稿します。
第一章 夜市に浮かぶ火の玉 全8話
第二章 気の早い雪女 全7話
『救国の巫女姫、誕生史』の続編ではありますが、読んでいなくても問題ないです。

【完結】そして、誰もいなくなった
杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」
愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。
「触るな!」
だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。
「突き飛ばしたぞ」
「彼が手を上げた」
「誰か衛兵を呼べ!」
騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。
そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。
そして誰もいなくなった。
彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。
これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。
◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。
3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。
3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました!
4/1、完結しました。全14話。

素直になる魔法薬を飲まされて
青葉めいこ
ファンタジー
公爵令嬢であるわたくしと婚約者である王太子とのお茶会で、それは起こった。
王太子手ずから淹れたハーブティーを飲んだら本音しか言えなくなったのだ。
「わたくしよりも容姿や能力が劣るあなたが大嫌いですわ」
「王太子妃や王妃程度では、このわたくしに相応しくありませんわ」
わたくしといちゃつきたくて素直になる魔法薬を飲ませた王太子は、わたくしの素直な気持ちにショックを受ける。
婚約解消後、わたくしは、わたくしに相応しい所に行った。
小説家になろうにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる