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5 雑用係、まだふりまわされる
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「お掃除、ありがとうございます。見違えるようにきれいになりましたね。」
満がぶすくれたのを察知したのか、二乃子が満をほめたたえる。
「いえ。実はまだ奥の二部屋の掃除はできていなくて。」
「奥の部屋、ご覧になりました?」
「え?」
「そろそろ来る頃じゃないかと思って戻ってきたんです。」
何が?…というか俺には一人で延々と掃除させるつもりだったらしい。
二乃子は奥へ進んでいくと右奥の部屋に入った。
朝のうちに空気を換えるために窓は開けてあったが、よく見ればこの部屋は他の部屋ほど汚れてはいない。
二乃子は押し入れの戸を開けると中から箱を出した。
「それは…?」
「どなたかの宝物でしょう。」
箱の中には異国のものと思われる地図や冒険記、動物図鑑、変な模様の丸い石、メモや絵がびっしりの紙の束などが入っていた。
すっと二乃子が人差し指を唇にあてた。
窓の外から誰かが走ってくる軽い足音がする。
やがて窓枠からひょっこりと黒髪を頭上で束ねた男の子が顔を出した。
少年はげっという表情で満たちを睨んだ。
「お前たちは誰だ。ここは私の部屋だぞ!」
小さい従兄弟たちと同じような年だろうか。かなり気が強く、さらに偉そうでもあるが、きりっとした顔立ちの将来が楽しみな子供である。
「ご主人のお部屋に勝手にお邪魔してしまい、申し訳ありません。
本日からこちらにてお世話になります、巫覡院の二乃子と申します。」
ご主人と呼ばれて気を良くしたのか、男の子はさらに偉そうに部屋に乗り込んできた。
「ふげきいん、とは何だ?」
「悪霊や妖、呪い、天災などからみなさまをお守りするために、新しくつくられた部署です。」
「…そなたが悪霊と戦うのか?」
男の子の疑問はもっともである。二乃子は華奢なのですぐに負けてしまいそうだ。
「はい。こう見えても一人前の巫覡なのですよ。」
男の子は疑いの目を二乃子に向けている。
「あちらでお茶でもしましょうか?一の姫にいただいたお菓子があるので。」
ーーーー
台所はきれいになっていたが、満は料理はやったことがなく、もちろんお茶も入れられない。
全部二乃子がやってくれた。
綺麗になった机に湯呑とお菓子を並べ、席に着いた。
そういえばお昼ご飯もまだ食べていない。
「そなたは名はなんというのだ?」
男の子はまじまじと満を見ながらきいた。
「藤堂満と申します。」
「なぜそんな目をしているのだ?」
さすがにまじまじと見られたらばれてしまうか。満の眼は暗い緑で異人の母の家系の影響を受けていた。
「異国の血をひいているのでその影響で。」
「なんと!」
「ご主人はいつもこちらで過ごされているのですか?」
二乃子が男の子にきく。
「そうだ!本当ならそなたたちは出ていかねばなるまいが、私は心が広い。
そなたたちもここを使ってよいこととする!」
この男の子にはそんな権限はないだろうが…。
「ご主人、ではなく陽己と呼ぶがよい。」
待てよ、陽己って…。
ーーーー
また明日と言って陽己が元気に帰っていったあと、満は二乃子に陽己の正体を明かした。
「あ、はい、知ってます。若宮ですよね。」
そう、陽己は帝の長男で次期帝様だ。
「知っているならあまりこちらに来させるべきではありません!危険な任務もあるかもしれませんし。」
「私の仕事は陛下のご家族を守ることも含まれます。向こうから来てくれるならありがたいです。」
そうかもしれないが…。
「満殿は今日はもうお帰りください。」
「二乃子殿は?」
「私はここに泊まります。」
ぎょっとした。泊まる?一部屋しか掃除されていないこの離れで?一人で?
「そんなのダメです!」
今度は二乃子がぎょっとした。
「さすがにそれは認められません。危険です。」
「城にいて何が危険なんですか?」
「女性が一人で夜にすごすことが危険なんです。王城はこう見えて女性にとってはまだまだ治安が悪いんです。
それに巫覡院は知名度も低い。無礼を働くものも出てくるかもしれません。」
満が一人で掃除している間も冷やかしの官吏や近衛が来ていた。
「私は巫覡ですよ?危険ぐらい自分で対処できます。」
二乃子は譲らない。押し問答の末に満が折れた。
「わかりました。じゃあ俺も泊まります。」
この返しは二乃子にとって衝撃だったらしい。
満がぶすくれたのを察知したのか、二乃子が満をほめたたえる。
「いえ。実はまだ奥の二部屋の掃除はできていなくて。」
「奥の部屋、ご覧になりました?」
「え?」
「そろそろ来る頃じゃないかと思って戻ってきたんです。」
何が?…というか俺には一人で延々と掃除させるつもりだったらしい。
二乃子は奥へ進んでいくと右奥の部屋に入った。
朝のうちに空気を換えるために窓は開けてあったが、よく見ればこの部屋は他の部屋ほど汚れてはいない。
二乃子は押し入れの戸を開けると中から箱を出した。
「それは…?」
「どなたかの宝物でしょう。」
箱の中には異国のものと思われる地図や冒険記、動物図鑑、変な模様の丸い石、メモや絵がびっしりの紙の束などが入っていた。
すっと二乃子が人差し指を唇にあてた。
窓の外から誰かが走ってくる軽い足音がする。
やがて窓枠からひょっこりと黒髪を頭上で束ねた男の子が顔を出した。
少年はげっという表情で満たちを睨んだ。
「お前たちは誰だ。ここは私の部屋だぞ!」
小さい従兄弟たちと同じような年だろうか。かなり気が強く、さらに偉そうでもあるが、きりっとした顔立ちの将来が楽しみな子供である。
「ご主人のお部屋に勝手にお邪魔してしまい、申し訳ありません。
本日からこちらにてお世話になります、巫覡院の二乃子と申します。」
ご主人と呼ばれて気を良くしたのか、男の子はさらに偉そうに部屋に乗り込んできた。
「ふげきいん、とは何だ?」
「悪霊や妖、呪い、天災などからみなさまをお守りするために、新しくつくられた部署です。」
「…そなたが悪霊と戦うのか?」
男の子の疑問はもっともである。二乃子は華奢なのですぐに負けてしまいそうだ。
「はい。こう見えても一人前の巫覡なのですよ。」
男の子は疑いの目を二乃子に向けている。
「あちらでお茶でもしましょうか?一の姫にいただいたお菓子があるので。」
ーーーー
台所はきれいになっていたが、満は料理はやったことがなく、もちろんお茶も入れられない。
全部二乃子がやってくれた。
綺麗になった机に湯呑とお菓子を並べ、席に着いた。
そういえばお昼ご飯もまだ食べていない。
「そなたは名はなんというのだ?」
男の子はまじまじと満を見ながらきいた。
「藤堂満と申します。」
「なぜそんな目をしているのだ?」
さすがにまじまじと見られたらばれてしまうか。満の眼は暗い緑で異人の母の家系の影響を受けていた。
「異国の血をひいているのでその影響で。」
「なんと!」
「ご主人はいつもこちらで過ごされているのですか?」
二乃子が男の子にきく。
「そうだ!本当ならそなたたちは出ていかねばなるまいが、私は心が広い。
そなたたちもここを使ってよいこととする!」
この男の子にはそんな権限はないだろうが…。
「ご主人、ではなく陽己と呼ぶがよい。」
待てよ、陽己って…。
ーーーー
また明日と言って陽己が元気に帰っていったあと、満は二乃子に陽己の正体を明かした。
「あ、はい、知ってます。若宮ですよね。」
そう、陽己は帝の長男で次期帝様だ。
「知っているならあまりこちらに来させるべきではありません!危険な任務もあるかもしれませんし。」
「私の仕事は陛下のご家族を守ることも含まれます。向こうから来てくれるならありがたいです。」
そうかもしれないが…。
「満殿は今日はもうお帰りください。」
「二乃子殿は?」
「私はここに泊まります。」
ぎょっとした。泊まる?一部屋しか掃除されていないこの離れで?一人で?
「そんなのダメです!」
今度は二乃子がぎょっとした。
「さすがにそれは認められません。危険です。」
「城にいて何が危険なんですか?」
「女性が一人で夜にすごすことが危険なんです。王城はこう見えて女性にとってはまだまだ治安が悪いんです。
それに巫覡院は知名度も低い。無礼を働くものも出てくるかもしれません。」
満が一人で掃除している間も冷やかしの官吏や近衛が来ていた。
「私は巫覡ですよ?危険ぐらい自分で対処できます。」
二乃子は譲らない。押し問答の末に満が折れた。
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この返しは二乃子にとって衝撃だったらしい。
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