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エピローグ

キャサリン・バッツドルフ

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嫁いできて出会った夫は前情報の通りの人物だった。若気の至りで作った愛人を制御しきれておらず、使用人から冷たい目を向けられている。
使用人たちは重たい雰囲気の屋敷に息が詰まっており、救世主の登場を待ちわびていた。

キャサリンが屋敷を掌握するのは簡単なことだった。

「さすがでございます、キャサリン様。」

キャサリン好みの紅茶を入れてくれるのはブルテンからついてきてくれた侍女のスーザンだ。キャサリンが8歳の頃からの専属侍女である。

「何が?」

「あっという間に屋敷を掌握されました。」

「まあね。」

キャサリンとしてもヨーゼフとの白い結婚は願ったり叶ったりだ。ブルテンには三年間の白い結婚後に妻から離縁できる法律がある。理由をつけてその法律を使えばヒューゲン側の有責でブルテンに帰れる。選択肢は多い方がいい。

「あのような人、キャサリン様の尊い真実のお姿を見る価値もありません。今後もこのスーザンがおそばを固めさせていただきます。」

スーザンはすっぴんのキャサリンのことを”尊いお姿”と崇めている。一部の許されたものだけが垣間見られる女神のようなものだと。
正直意味がわからないが、それで忠誠心が高まっているところがあるのでよしとする。

「あの居座っている愛人の方はどうされますか?」

「私に害がない限りはそのままでいいわ。旦那様の夜のお相手もしてもらわないといけないし。」


しかし、しばらくすると愛人とヨーゼフの間に今は体の関係がないことが判明する。だとしたら何のための愛人なのか…。ヒステリックな姿に癒されてもいるのだろうか…。やはりヨーゼフとは相いれない。

女の趣味は賛同しかねるが、ヨーゼフの仕事への姿勢は素直に尊敬できた。それにヨーゼフには女だからこうしろというような嫌味はない。キャサリンが質問すれば、喜んで答えてくれた。

いただけないのは彼の根底にすりこまれた王族主義のようなものだ。無意識の内に気遣われて当然、敬われて当然、と考えているのがわかる。
周囲がヨーゼフのために動いて当然、しかるべきと考えているのだ。

だから、容易にキャサリンでもヒューゲン社交界での情報操作ができた。

ヨーゼフの株を落とし、キャサリンの評判を上げる。それを故意にキャサリンがやっていることにヒューゲンの男たちは気づきもしなかった。
気付いた者たちもキャサリンに魅了され、進んでその手伝いをしてくれた。その筆頭がバッツドルフ家の家令であったペーターである。

唯一、ヨーゼフのかつての婚約者であるクラウディア・ヘルムフート公爵夫人には苦言を呈されたが、何のことだかわからないというフリをすれば、渋々と、しかし簡単に引き下がった。
夫の陰で動く彼女は夫の賛同が得られなければ表立った行動はできないのだ。


国王側の策略でヨーゼフの愛人が屋敷を出た時は、三年を待たずに白い結婚が終わるかと身構えたが、ヨーゼフはキャサリンに尽くしたいと言い出した。

体目当てなのかと思えば、白い結婚のままで構わないと言う。優しいお姫様に自分を重ねているのかと思えば、どんなに腹黒くてもいいと言う。

そこから、仕事だけはできる夫だったヨーゼフは、キャサリンに忠誠を誓う駄犬になった。正直、何がそんなにもヨーゼフの心をつかんだのか、いまだにわからない。

しょんぼりと落ち込む姿に耳と尻尾が生えて見えるようになったのはいつからか。

キャサリンの一挙手一投足に尻尾を振って喜んでいるように見えてしまったのはいつからか。

垂れた耳と尻尾とともに可愛いお願いをされると簡単に折れてしまうようになったのはいつからか。


キャサリンはゆっくりと確実に駄犬の夫にちょっとだけ絆されていったのだった。


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