52 / 56
第五章 無計画な真実の愛
裏/ペーター
しおりを挟む
長年、王家に仕えていたペーターにとって第一王子のエアハルトと第二王子であったヨーゼフは孫のようなものだった。
エアハルトは悪知恵が回り、少しずるがしこいところのある子どもだった。幼くして国王夫妻を親というよりも媚びる対象だと見抜き、ペーターや彼の乳兄弟を含む一部の使用人はこき使っていいモノだと認識した。
しかし、やはり国王にはそれぐらいの腹黒さはあった方がいいとペーターは割り切ったが…。
一方のヨーゼフは人を傷つけることを嫌う心優しい子供だった。怪我をした動物がいれば手当てを命令し、おいしい食べ物があれば皆と分けるよう指示した。
そして、好きになったものはとことん好きで、いつまでも一つのおもちゃで遊んでいた。
王子らしい自分主義は見られたが、エアハルトに比べれば可愛いもので帝王学なんて修めたとしても実践できないと思われた。
ペーターはヨーゼフの一途さや優しさは美点だと思っていたが、それらが全ての仇となった。
若い頃に女性にはまるのは、おかしい話ではない。実際、知られてはいないがエアハルトだって学生時代には娼婦にはまってペーターと彼の乳兄弟で火消しに走ったものだ。
ヨーゼフは昔から一つのものにのめりこむ質だった。その最たるものが”眠れる森の姫”だった。学園であったマリアをそのお姫様だと思い込み、固執してのめり込んだ。周囲が見えなくなるほどになり、婚約者も友人だと思っていた側近も両親からの信頼も、失った。
そんなヨーゼフが心配だったのが半分、エアハルトからヨーゼフの監視を命じられたのが半分、ペーターはヨーゼフが大公になった際に家令として屋敷を取り仕切る役に立候補したのだった。
ヨーゼフが全てを反省して、マリアとの縁を完全に断ち切るのに10年以上がかかった。エアハルトの指示で彼女に嘘の情報を信じ込ませ、騒ぎを起こして屋敷を追い出させただけでは足りなかったのだ。
キャサリンが”ヨーゼフ不能説”を広めるためにマリアを王都まで来させる、と決めた時には反対した。ヨーゼフに彼女を思い出させるようなことをしたくはなかったからだ。昔の情で上手く対処できないのではないか、と。
しかし、結果としてはヨーゼフ自身の手でマリアを完全に切り捨てることにつながった。
彼女の同行を逐一把握していたペーターももう彼女のことを気にしなくてよくなった。
今頃は永遠に出られない牢獄で、鬱屈とした犯罪者の男たちに囲まれているだろう。女にとっては男以上につらい場所だ。
今、ペーターの目の前には優しい表情で書類をめくりながら大きな腹を撫でるキャサリンがいる。
「もうすぐお生まれになりますね。」
「ええ。会えるのが楽しみね。男の子かしら?」
「どちらであっても旦那様はお喜びになられますよ。」
今日のキャサリンは化粧をしていない。お腹が大きい間は人前に出ないため、屋敷にいる間は化粧をする必要がないとヨーゼフが駄々をこねたのだ。なんだかんだ言って、キャサリンはヨーゼフに甘い。
「旦那様はどうでもいいわ。でもそうね。男の子でも女の子でも、私の子が住みやすい国にヒューゲンを変えていかなければいけないわ。」
「こちら、頼まれていた報告書となります。」
「まあ、ありがとう。」
キャサリンも見た目通りの美しい女性ではない。その根っこはエアハルトに負けず劣らずの腹黒いものだ。しかし、エアハルトと違い、どんな配下も人として扱う。あっという間に屋敷中の使用人を虜にし、ヨーゼフの部下たちを虜にし、領民たちを虜にした。
ヨーゼフがキャサリンを追い出そうとしても、追い出されるのは彼の方だろう。実際にはのめり込んでしまっているが。
そして、キャサリンの一番の虜はヨーゼフではない。敵陣から寝返ってしまった、このペーターだ。
「それにしても、どういう風の吹き回し?これまで、国王陛下に関する情報は絶対に渡してくれなかったのに。」
「陛下に命じられてバッツドルフ家の家令となりましたが、お二人の間に子供ができた今、私の役目は終わりでしょう。新しい主人に仕えてもいいはずです。」
キャサリンは肩をすくめて「好きにしなさい」と書類をめくる。しばらくすると城からヨーゼフが帰ってきてキャサリンの隣に入りびたり、その腹を撫でて声をかける。キャサリンは面倒そうな顔をしていたが。
主人の腹の中には赤子と黒い思惑が二つ三つあったとしても、絵に描いたような幸せな夫婦の姿にペーターは微笑んだ。
エアハルトは悪知恵が回り、少しずるがしこいところのある子どもだった。幼くして国王夫妻を親というよりも媚びる対象だと見抜き、ペーターや彼の乳兄弟を含む一部の使用人はこき使っていいモノだと認識した。
しかし、やはり国王にはそれぐらいの腹黒さはあった方がいいとペーターは割り切ったが…。
一方のヨーゼフは人を傷つけることを嫌う心優しい子供だった。怪我をした動物がいれば手当てを命令し、おいしい食べ物があれば皆と分けるよう指示した。
そして、好きになったものはとことん好きで、いつまでも一つのおもちゃで遊んでいた。
王子らしい自分主義は見られたが、エアハルトに比べれば可愛いもので帝王学なんて修めたとしても実践できないと思われた。
ペーターはヨーゼフの一途さや優しさは美点だと思っていたが、それらが全ての仇となった。
若い頃に女性にはまるのは、おかしい話ではない。実際、知られてはいないがエアハルトだって学生時代には娼婦にはまってペーターと彼の乳兄弟で火消しに走ったものだ。
ヨーゼフは昔から一つのものにのめりこむ質だった。その最たるものが”眠れる森の姫”だった。学園であったマリアをそのお姫様だと思い込み、固執してのめり込んだ。周囲が見えなくなるほどになり、婚約者も友人だと思っていた側近も両親からの信頼も、失った。
そんなヨーゼフが心配だったのが半分、エアハルトからヨーゼフの監視を命じられたのが半分、ペーターはヨーゼフが大公になった際に家令として屋敷を取り仕切る役に立候補したのだった。
ヨーゼフが全てを反省して、マリアとの縁を完全に断ち切るのに10年以上がかかった。エアハルトの指示で彼女に嘘の情報を信じ込ませ、騒ぎを起こして屋敷を追い出させただけでは足りなかったのだ。
キャサリンが”ヨーゼフ不能説”を広めるためにマリアを王都まで来させる、と決めた時には反対した。ヨーゼフに彼女を思い出させるようなことをしたくはなかったからだ。昔の情で上手く対処できないのではないか、と。
しかし、結果としてはヨーゼフ自身の手でマリアを完全に切り捨てることにつながった。
彼女の同行を逐一把握していたペーターももう彼女のことを気にしなくてよくなった。
今頃は永遠に出られない牢獄で、鬱屈とした犯罪者の男たちに囲まれているだろう。女にとっては男以上につらい場所だ。
今、ペーターの目の前には優しい表情で書類をめくりながら大きな腹を撫でるキャサリンがいる。
「もうすぐお生まれになりますね。」
「ええ。会えるのが楽しみね。男の子かしら?」
「どちらであっても旦那様はお喜びになられますよ。」
今日のキャサリンは化粧をしていない。お腹が大きい間は人前に出ないため、屋敷にいる間は化粧をする必要がないとヨーゼフが駄々をこねたのだ。なんだかんだ言って、キャサリンはヨーゼフに甘い。
「旦那様はどうでもいいわ。でもそうね。男の子でも女の子でも、私の子が住みやすい国にヒューゲンを変えていかなければいけないわ。」
「こちら、頼まれていた報告書となります。」
「まあ、ありがとう。」
キャサリンも見た目通りの美しい女性ではない。その根っこはエアハルトに負けず劣らずの腹黒いものだ。しかし、エアハルトと違い、どんな配下も人として扱う。あっという間に屋敷中の使用人を虜にし、ヨーゼフの部下たちを虜にし、領民たちを虜にした。
ヨーゼフがキャサリンを追い出そうとしても、追い出されるのは彼の方だろう。実際にはのめり込んでしまっているが。
そして、キャサリンの一番の虜はヨーゼフではない。敵陣から寝返ってしまった、このペーターだ。
「それにしても、どういう風の吹き回し?これまで、国王陛下に関する情報は絶対に渡してくれなかったのに。」
「陛下に命じられてバッツドルフ家の家令となりましたが、お二人の間に子供ができた今、私の役目は終わりでしょう。新しい主人に仕えてもいいはずです。」
キャサリンは肩をすくめて「好きにしなさい」と書類をめくる。しばらくすると城からヨーゼフが帰ってきてキャサリンの隣に入りびたり、その腹を撫でて声をかける。キャサリンは面倒そうな顔をしていたが。
主人の腹の中には赤子と黒い思惑が二つ三つあったとしても、絵に描いたような幸せな夫婦の姿にペーターは微笑んだ。
530
あなたにおすすめの小説
【完結】もう誰にも恋なんてしないと誓った
Mimi
恋愛
声を出すこともなく、ふたりを見つめていた。
わたしにとって、恋人と親友だったふたりだ。
今日まで身近だったふたりは。
今日から一番遠いふたりになった。
*****
伯爵家の後継者シンシアは、友人アイリスから交際相手としてお薦めだと、幼馴染みの侯爵令息キャメロンを紹介された。
徐々に親しくなっていくシンシアとキャメロンに婚約の話がまとまり掛ける。
シンシアの誕生日の婚約披露パーティーが近付いた夏休み前のある日、シンシアは急ぐキャメロンを見掛けて彼の後を追い、そして見てしまった。
お互いにただの幼馴染みだと口にしていた恋人と親友の口づけを……
* 無自覚の上から目線
* 幼馴染みという特別感
* 失くしてからの後悔
幼馴染みカップルの当て馬にされてしまった伯爵令嬢、してしまった親友視点のお話です。
中盤は略奪した親友側の視点が続きますが、当て馬令嬢がヒロインです。
本編完結後に、力量不足故の幕間を書き加えており、最終話と重複しています。
ご了承下さいませ。
他サイトにも公開中です
旦那様から彼女が身籠る間の妻でいて欲しいと言われたのでそうします。
クロユキ
恋愛
「君には悪いけど、彼女が身籠る間の妻でいて欲しい」
平民育ちのセリーヌは母親と二人で住んでいた。
セリーヌは、毎日花売りをしていた…そんなセリーヌの前に毎日花を買う一人の貴族の男性がセリーヌに求婚した。
結婚後の初夜には夫は部屋には来なかった…屋敷内に夫はいるがセリーヌは会えないまま数日が経っていた。
夫から呼び出されたセリーヌは式を上げて久しぶりに夫の顔を見たが隣には知らない女性が一緒にいた。
セリーヌは、この時初めて夫から聞かされた。
夫には愛人がいた。
愛人が身籠ればセリーヌは離婚を言い渡される…
誤字脱字があります。更新が不定期ですが読んで貰えましたら嬉しいです。
よろしくお願いします。
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。
私も貴方を愛さない〜今更愛していたと言われても困ります
せいめ
恋愛
『小説年間アクセスランキング2023』で10位をいただきました。
読んでくださった方々に心から感謝しております。ありがとうございました。
「私は君を愛することはないだろう。
しかし、この結婚は王命だ。不本意だが、君とは白い結婚にはできない。貴族の義務として今宵は君を抱く。
これを終えたら君は領地で好きに生活すればいい」
結婚初夜、旦那様は私に冷たく言い放つ。
この人は何を言っているのかしら?
そんなことは言われなくても分かっている。
私は誰かを愛することも、愛されることも許されないのだから。
私も貴方を愛さない……
侯爵令嬢だった私は、ある日、記憶喪失になっていた。
そんな私に冷たい家族。その中で唯一優しくしてくれる義理の妹。
記憶喪失の自分に何があったのかよく分からないまま私は王命で婚約者を決められ、強引に結婚させられることになってしまった。
この結婚に何の希望も持ってはいけないことは知っている。
それに、婚約期間から冷たかった旦那様に私は何の期待もしていない。
そんな私は初夜を迎えることになる。
その初夜の後、私の運命が大きく動き出すことも知らずに……
よくある記憶喪失の話です。
誤字脱字、申し訳ありません。
ご都合主義です。
幼なじみと再会したあなたは、私を忘れてしまった。
クロユキ
恋愛
街の学校に通うルナは同じ同級生のルシアンと交際をしていた。同じクラスでもあり席も隣だったのもあってルシアンから交際を申し込まれた。
そんなある日クラスに転校生が入って来た。
幼い頃一緒に遊んだルシアンを知っている女子だった…その日からルナとルシアンの距離が離れ始めた。
誤字脱字がありますが、読んでもらえたら嬉しいです。
更新不定期です。
よろしくお願いします。
融資できないなら離縁だと言われました、もちろん快諾します。
音爽(ネソウ)
恋愛
無能で没落寸前の公爵は富豪の伯爵家に目を付けた。
格下ゆえに逆らえずバカ息子と伯爵令嬢ディアヌはしぶしぶ婚姻した。
正妻なはずが離れ家を与えられ冷遇される日々。
だが伯爵家の事業失敗の噂が立ち、公爵家への融資が停止した。
「期待を裏切った、出ていけ」とディアヌは追い出される。
さようなら、お別れしましょう
椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。
妻に新しいも古いもありますか?
愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?
私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。
――つまり、別居。
夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。
――あなたにお礼を言いますわ。
【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる!
※他サイトにも掲載しております。
※表紙はお借りしたものです。
白い結婚を告げようとした王子は、冷遇していた妻に恋をする
夏生 羽都
恋愛
ランゲル王国の王太子ヘンリックは結婚式を挙げた夜の寝室で、妻となったローゼリアに白い結婚を宣言する、
……つもりだった。
夫婦の寝室に姿を見せたヘンリックを待っていたのは、妻と同じ髪と瞳の色を持った見知らぬ美しい女性だった。
「『愛するマリーナのために、私はキミとは白い結婚とする』でしたか? 早くおっしゃってくださいな」
そう言って椅子に座っていた美しい女性は悠然と立ち上がる。
「そ、その声はっ、ローゼリア……なのか?」
女性の声を聞いた事で、ヘンリックはやっと彼女が自分の妻となったローゼリアなのだと気付いたのだが、驚きのあまり白い結婚を宣言する事も出来ずに逃げるように自分の部屋へと戻ってしまうのだった。
※こちらは「裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。」のIFストーリーです。
ヘンリック(王太子)が主役となります。
また、上記作品をお読みにならなくてもお楽しみ頂ける内容となっております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる