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第五章 無計画な真実の愛
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「ペーター!大変だ!」
仕事を早めに切り上げて屋敷に戻ると領地経営に関する仕事をさばいていたペーターとキャサリンは驚いて顔を上げた。
「あ、キャシー…、いや、すまない邪魔をして…。」
「構いませんわ。私は席を外しましょうか?」
「ああ。…いや、君は仕事を続けてくれ。ペーターを数分借りてもいいかい?」
「もちろんですわ。」
ペーターを連れてヨーゼフの執務室へと移動すると、座る時も惜しんでペーターに事態を伝える。
「マリアが王都にいて、私との話を大衆紙に喋っているらしいんだ!」
「はあ…、そのような報告は上がっておりませんが…。」
「これを見てくれ!」
ヨーゼフは持ってきた大衆紙を広げて見せる。ペーターは厳しい顔で大衆紙に目を通す。
「これは…あちら様ご本人に話を聞かなければわからないことばかりですね…。」
「契約違反だ。」
「そうなりますが…。」
大衆紙にはヨーゼフとマリアの長年の愛人生活が、主にその性生活について赤裸々に描かれていた。
可愛らしいマリアの容姿にヨーゼフが一目ぼれして追いかけてきたこと。マリアと一緒になるためにヨーゼフが婚約者と婚約破棄までしたこと。かつては盛っていたヨーゼフも年と共に精力が減退したこと。ブルテンから妻を娶ったころには全く性生活はなくなってしまっていたこと。ヨーゼフは美しい年下の妻とは白い結婚であったこと。やがてヨーゼフは全く反応しない不能になってしまい、長年の愛人を手放したこと。
面白おかしく脚色され、ヨーゼフ不能説を強調していたが、全ては真実である。
「マリアを捕まえてくれ。」
「…捕まえてどうされるのですか?」
「もう自由にはさせておけない!修道院に戻してくれ!」
「修道院を出て男と所帯を持ったのではなかったですか?」
「そういえば妊娠したのだったな…。」
話を聞いたのは一年以上前だ。つまりはもう生まれているはず。
「彼女は金に困っているのか?」
「十分な金を修道院を出た際に渡しております。」
ヨーゼフは押し黙る。ではなぜこのような契約違反をしたんだ…。
「平民が貴族との契約を破ったのです。厳しい罰が必要となりますよ。修道院に戻すだけでは不十分です。」
「わかっている…。とりあえず、これ以上何も話さないように捕まえて連れて来てくれ。」
「かしこまりました。」
ーーーー
ペーターがマリアを連れてきたのはそれから二日後のことだった。キャサリンが部屋に下がった後、秘密裏に屋敷に連れてきてもらった。
久しぶりに会ったマリアは随分と老け込んで、かつてバッツドルフ邸で暮らしていたころとは様子が違っていた。髪も肌もくすみ、手も荒れていた。何より着ている服が平民のものになり、アクセサリーの類もない。
「マリア。なぜ王都にいるんだい?君はあの町を出ないという約束だろう?」
「あんな何もないところにいられるわけがないじゃない!」
マリアは心底憎らしいという目でヨーゼフを睨みつけてくる。思わずたじろいでしまった。
「地元の男と結婚したのではなかったかい?子供は?」
「生まれなかったわよ!あんな貧乏な人!毎日毎日牛の世話ばかり!」
「王都には夫に連れてきてもらったのか?」
「置いてきたわよ!」
「置いてきた?」
「あの男は私へのお金にしか興味がないクズだったの!」
マリアはすべての質問に噛みついてくる。
「ヨーゼフ様は私がいなくなった後も楽しく過ごしていたのよね!領地にあの女と視察に来ていたの、見たわ!私はこんなにも不幸なのに!」
マリアはその場にあった椅子にどかりと座り込む。
「あの女も愛される妻のふりなんかしちゃってみじめよね!どんなに頑張ったってヨーゼフからの寵愛なんて得られないし、ましてや子供なんてできやしないのに!跡継ぎを産めない貴族夫人だなんてただの恥よ!」
マリアのキャサリンを侮辱する言葉にヨーゼフはピクリと固まった。
「それなのに世間では良くできた公爵夫人だなんて噂されているのは我慢ならないわ!真実を世に広めて何が悪いのよ!」
「マリア!」
「ヨーゼフ様だってあんな女!全く好みじゃないでしょう!あの二人は仮面夫婦だっ記者に売り込んだのに、ヨーゼフ様が不能なことの方がよっぽど面白かったみたいよ!」
記事はヨーゼフのことを悪し様に書き、むしろキャサリンを擁護していた。それがマリアは気に食わないのだろう。
「だから別の記者にも話したの。」
「何だって?」
「あの女はブルテンで悪逆を尽くして追放同然に輿入れして、ヒューゲンでも愛人を虐げて追い出したって。使用人を人とも思わぬように扱い、不能の旦那の目を盗んで男を連れ込んでいるって。」
「すべて嘘じゃないか!」
「大衆紙に真実なんていらないの。読む人が多ければそれでいい。あなたの言っていたとおりね。」
マリアはくくくっと気味悪く笑った。
「実際、あの女、ブルテンでは二度も婚約が流れているらしいじゃない!問題がある女なのよ!記者はその話も合わせて記事にするって!」
高笑うマリアにヨーゼフの中でぷちんと何かが切れた。
仕事を早めに切り上げて屋敷に戻ると領地経営に関する仕事をさばいていたペーターとキャサリンは驚いて顔を上げた。
「あ、キャシー…、いや、すまない邪魔をして…。」
「構いませんわ。私は席を外しましょうか?」
「ああ。…いや、君は仕事を続けてくれ。ペーターを数分借りてもいいかい?」
「もちろんですわ。」
ペーターを連れてヨーゼフの執務室へと移動すると、座る時も惜しんでペーターに事態を伝える。
「マリアが王都にいて、私との話を大衆紙に喋っているらしいんだ!」
「はあ…、そのような報告は上がっておりませんが…。」
「これを見てくれ!」
ヨーゼフは持ってきた大衆紙を広げて見せる。ペーターは厳しい顔で大衆紙に目を通す。
「これは…あちら様ご本人に話を聞かなければわからないことばかりですね…。」
「契約違反だ。」
「そうなりますが…。」
大衆紙にはヨーゼフとマリアの長年の愛人生活が、主にその性生活について赤裸々に描かれていた。
可愛らしいマリアの容姿にヨーゼフが一目ぼれして追いかけてきたこと。マリアと一緒になるためにヨーゼフが婚約者と婚約破棄までしたこと。かつては盛っていたヨーゼフも年と共に精力が減退したこと。ブルテンから妻を娶ったころには全く性生活はなくなってしまっていたこと。ヨーゼフは美しい年下の妻とは白い結婚であったこと。やがてヨーゼフは全く反応しない不能になってしまい、長年の愛人を手放したこと。
面白おかしく脚色され、ヨーゼフ不能説を強調していたが、全ては真実である。
「マリアを捕まえてくれ。」
「…捕まえてどうされるのですか?」
「もう自由にはさせておけない!修道院に戻してくれ!」
「修道院を出て男と所帯を持ったのではなかったですか?」
「そういえば妊娠したのだったな…。」
話を聞いたのは一年以上前だ。つまりはもう生まれているはず。
「彼女は金に困っているのか?」
「十分な金を修道院を出た際に渡しております。」
ヨーゼフは押し黙る。ではなぜこのような契約違反をしたんだ…。
「平民が貴族との契約を破ったのです。厳しい罰が必要となりますよ。修道院に戻すだけでは不十分です。」
「わかっている…。とりあえず、これ以上何も話さないように捕まえて連れて来てくれ。」
「かしこまりました。」
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ペーターがマリアを連れてきたのはそれから二日後のことだった。キャサリンが部屋に下がった後、秘密裏に屋敷に連れてきてもらった。
久しぶりに会ったマリアは随分と老け込んで、かつてバッツドルフ邸で暮らしていたころとは様子が違っていた。髪も肌もくすみ、手も荒れていた。何より着ている服が平民のものになり、アクセサリーの類もない。
「マリア。なぜ王都にいるんだい?君はあの町を出ないという約束だろう?」
「あんな何もないところにいられるわけがないじゃない!」
マリアは心底憎らしいという目でヨーゼフを睨みつけてくる。思わずたじろいでしまった。
「地元の男と結婚したのではなかったかい?子供は?」
「生まれなかったわよ!あんな貧乏な人!毎日毎日牛の世話ばかり!」
「王都には夫に連れてきてもらったのか?」
「置いてきたわよ!」
「置いてきた?」
「あの男は私へのお金にしか興味がないクズだったの!」
マリアはすべての質問に噛みついてくる。
「ヨーゼフ様は私がいなくなった後も楽しく過ごしていたのよね!領地にあの女と視察に来ていたの、見たわ!私はこんなにも不幸なのに!」
マリアはその場にあった椅子にどかりと座り込む。
「あの女も愛される妻のふりなんかしちゃってみじめよね!どんなに頑張ったってヨーゼフからの寵愛なんて得られないし、ましてや子供なんてできやしないのに!跡継ぎを産めない貴族夫人だなんてただの恥よ!」
マリアのキャサリンを侮辱する言葉にヨーゼフはピクリと固まった。
「それなのに世間では良くできた公爵夫人だなんて噂されているのは我慢ならないわ!真実を世に広めて何が悪いのよ!」
「マリア!」
「ヨーゼフ様だってあんな女!全く好みじゃないでしょう!あの二人は仮面夫婦だっ記者に売り込んだのに、ヨーゼフ様が不能なことの方がよっぽど面白かったみたいよ!」
記事はヨーゼフのことを悪し様に書き、むしろキャサリンを擁護していた。それがマリアは気に食わないのだろう。
「だから別の記者にも話したの。」
「何だって?」
「あの女はブルテンで悪逆を尽くして追放同然に輿入れして、ヒューゲンでも愛人を虐げて追い出したって。使用人を人とも思わぬように扱い、不能の旦那の目を盗んで男を連れ込んでいるって。」
「すべて嘘じゃないか!」
「大衆紙に真実なんていらないの。読む人が多ければそれでいい。あなたの言っていたとおりね。」
マリアはくくくっと気味悪く笑った。
「実際、あの女、ブルテンでは二度も婚約が流れているらしいじゃない!問題がある女なのよ!記者はその話も合わせて記事にするって!」
高笑うマリアにヨーゼフの中でぷちんと何かが切れた。
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