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第五章 無計画な真実の愛

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言わずもがな、ヨーゼフは好きなものをとことん楽しむタイプである。粗が目につき興味が薄れることはあるが、そうでなければ一度好きになったものはずっと好きである。”運命の姫”のように。

そうして、”運命の姫”だと妄信していたマリアの幻想から覚めた今、ヨーゼフの”好き”は一心にキャサリンに向かっていた。


二人はついにキャサリンの故郷であるブルテンの王都へと外交のために旅立った。以前のオールディーへの旅路とは馬車の中での会話の種類が違う。

「キャサリン、良ければ君のことをキャシーと呼ばせてくれないか?」

「はあ。」

もじもじしながら切り出すヨーゼフをキャサリンは呆れた目で見ていた。

「その、君はご家族からキャシーと呼ばれていただろう?私も、家族として愛称で呼ばせてほしいんだ。」

「旦那様と私は白い結婚で、愛称で呼び合う家族とは程遠いと思いますが。」

「そ、それはそうだが!婚姻しているんだ!家族は家族だ!国王である兄だって政略結婚の王妃殿下をプライベートでは愛称で呼んでいる!」

「お二人は白い結婚ではありませんからね。」

「そ、そうだが…。」

ヨーゼフはキャサリンよりも9歳も年上なのに、情けなく肩を落として「だめかい?」という声を出す。そうすると向かいの席からはため息が聞こえ、顔を上げれば呆れたような困ったようなキャサリンと目が合う。

「お好きになさってください。」

「あ、ありがとう!キャサリン…、いや、キャシー!」



ーーーー



ヒューゲンの港町には王都から二週間ほどで到着した。船の出立は二日後ということで、ヨーゼフたちにはしばらく暇な時間ができた。

「明日はこの町を案内させてもらえないか?輿入れの際にはあまり観光はできていないだろう?この町でよく行くレストランがあるんだ。」

「お気を使われなくとも…。」

「ブルテンやエスパルの意匠を取り入れたブティックもある!あと王都にもない珍しい紅茶を取りそろえたカフェがある!」

「今は買い物などできませんわ。」

「取り置いてもらって帰国時に買えばいいだろう?…だめかい?」

キャサリンはまたため息をついて「いいですよ。」と呆れたような困ったような顔で答えた。もちろんヨーゼフは飛び上がらんばかりに喜んで、すぐに秘書に店を予約させた。


「ちなみに、私は紅茶が好きなわけではありませんよ?」

「え?」



ーーーー



ヒューゲンの港からブルテンの王都直通の港まで、海が落ち着いていれば二週間で到着する。キャサリンはあまり船が得意ではないらしく、半ばグロッキーになっていたところを甲板に連れ出したり、気を紛らわせたりしてヨーゼフは甲斐甲斐しく世話を焼いた。

キャサリンには鬱陶しそうにされたが。


同行していた部下である軍のガブリエル・ザイフリート中将はその姿を見て、「やっぱり噂とはあてにならないものだな。」と独り言ちていた。


ブルテンに到着した一行を出迎えたのは外交担当であるキャサリンの兄、ベネディクト・ダンフォードと宰相の息子であり次期公爵である、ブラッドリー・オルグレンの二名だった。
ブラッドリーともヨーゼフは面識があり、友好的な握手を交わした。

「よくおいでくださいました。お忙しい中、ありがとうございます。」

「いえ、こちらこそ。お招きありがとうございます。妻とは、おそらく面識があるのでしょうが。キャサリンです。」

ブラッドリーとキャサリンの目が合うとバチンと火花を散らすように、一瞬二人の目が細められた。


「ええ。彼女は王立学園の一年先輩で、共に生徒会で活動しておりましたから。」

「お久しぶりですね。はお元気ですか?」

「…ええ。」

「たしか、結婚されてところでしたか?晩餐会などでお会いできるのを楽しみにしていますわね。」

「…ああ。」

苦虫をかみつぶしたかのような顔をするブラッドリーにヨーゼフは首をかしげる。ベネディクトは終始ニコニコしていた。

「キャシー、ダンフォード家にも暇を見つけて来てくれよ?」

「もちろんよ、お兄様。」

「よろしければ、バッツドルフ公もご一緒に。」

「ありがとうございます。」

ヨーゼフたちが滞在するのは王都にあるヒューゲンの大使館であるため、挨拶をしてこの場は別れることになる。


「ブラッドリー殿とはどういう関係なんだい?」

馬車でそう尋ねるとキャサリンが怪訝な顔をする。

「先ほど言われた通り、王立学園でともに生徒会として活動しておりましたが。」

「何か、並々ならぬ因縁があるように見えたよ、キャシー。」

「まあ、それは気のせいですわ、旦那様。」

「いや、キャシーもとげとげしかったし、ブラッドリー殿も嫌そうな顔をしていた。」

「そうでしたか?気づきませんでしたわ。」

「絶対そうだ。キャシーは思うところない相手に対してあのようにツンツンしない!」

キャサリンはむっとした顔をして、ヨーゼフを睨むように見てきた。


「旦那様、最近ちょっと口うるさくはありませんか?」

「うるさ…!?」

「私、白い結婚に関する契約書を作らなかったことを後悔しています。不要な会話はしないを加えておけばよかったです。」

その発言にヨーゼフの心は重くなる。しかし、少し嬉しくもある。キャサリンが気づいているかは不明だが、彼女がヨーゼフに向ける言葉は結婚当初と比べると随分と直接的だ。本来は回りくどい言い回しをあまり好まないのだろう。


ちょっとにやけたヨーゼフの顔を見て、キャサリンは引いていた。小さくヨーゼフに聞こえない声で「犬みたい…」と呟きながら。




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