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第三章 無計画な告白
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ヒューゲンの王都からオールディーの王都までおよそ二週間かかる。一か月の滞在も合わせると、二か月ほどの旅となる。
他の国と比べると近いのでキャサリンの初めての国外外交としては適切だったかもしれない。
出発前夜にまたマリアがヒステリックを起こし、「抱いてくれ」とせがまれたが、ヨーゼフは手を付けずに逃げるように出立した。
かれこれ二年近くマリアとは関係を持っていない。どうしても、できなかった。
二週間の旅路だが、泊まる宿は国の代表にふさわしく、高級宿だ。各地の食事は美味しいし、温泉が有名な土地もある。嫌なことを忘れてくつろぎたいところだが、旅の間はどうしてもキャサリンと過ごす時間が増える。
なるべく仲睦まじい姿を見せたいとヨーゼフが要所では馬車を一緒にするよう頼んだからだ。
あいかわらずキャサリンは馬車の旅であってもしっかりと化粧をして髪を巻いていた。朝食の席では優雅に紅茶を飲み、馬車の中では特に会話もなかった。
さすがに無言の馬車旅が辛くなったヨーゼフからぽつぽつと話しかけるようになった。
「君は、その、もう少しくつろいでくれてかまわない。長旅の間、ずっと家にいる時のように着飾っているつもりかい?」
「別に着飾ってはいませんわ。今日も略式のワンピースです。」
そう言われてまじまじと服をみれば、確かにリラックスした装いだ。キャサリンが着ているから高価な服に見えてしまった。
「いや、しかし、化粧はしているだろう?」
「私は常に他人の前では化粧をしていますので。」
言外に、お前は家族ではないと言われてしまった。
「その…、旅はつらくはないか?」
「快適に過ごさせていただいています。」
「そ、そうか。」
会話が続かない。
「何か…、好きなものや見たいものはあるか?」
「…好きなものですか?」
キャサリンが怪訝な顔をする。その顔つきは幼く見える。いや、実際彼女はヨーゼフより9つも年下なのだが。
「私はこの工程で何度もオールディーに行っているから、特産品などは一通り試している。気になるものがあれば紹介しよう。」
「とおっしゃられましても、工程を変えるわけにはいきませんでしょう?」
「ああ。使用人に買いに行かせたり、宿での食事に出させたりする程度だが…。」
「そうですわね…。郷土料理などが食べられれば十分ですわ。」
「宝石やドレスの類はいいのか?」
キャサリンは散財するわけではないが、身分にあった高価なものをためらいなく買う。遠慮は全くしない。それだけの身分に彼女もヨーゼフもあるのだから構わないが。
「必要な物は全部荷物にありますもの。いくつかオールディーの宝飾品を王都で購入する予定ですし、馬車の旅の間は結構ですわ。旦那様も欲しいものがあるならば帰りの旅路で買われた方がいいかと。」
マリアの存在をさりげなく匂わせてくる。出立直前のマリアの様子を思い出してげんなりした。
「マリアの話はしないでくれ。」
「別に大切なお方のお話はしておりませんが。」
今のところ、マリアが本邸に押しかけてくるようなこと、つまりは結婚した日にキャサリンに釘を刺されたような事態にはなっていない。しかし、時間の問題のような嫌な予感がする。
特に、キャサリンと二人で長期間留守にした後には…。
「はあ…。」
思わずため息がもれた。
ーーーー
憂鬱な二週間かと思われたキャサリンとの旅路も、仕事の話をするようになってからは思いのほか楽しく過ごすことができた。キャサリンはオールディーに行くのは初めてのことらしく、いろいろとヨーゼフに尋ねてくるようになったのだ。
「ブルテンとオールディーの仲は悪くないだろう?」
「ええ。ですが、やはり船旅を二週間ほどする必要がありますから、なかなか国外旅行に出る貴族はおりません。」
「ならば観光に出てみてはどうだ?聖女のいる国であるから、教会などは美しいよ。」
「そうですわね。」
ヨーゼフは良ければ一緒にと誘いかけたが、ヨーゼフ自身には外交の予定がパンパンに詰まっている。二人で出かける、というのは難しいだろう。
そうして、二人はオールディーの王都に到着し、すぐに国王夫妻、王太女夫妻に到着の挨拶をしに行った。するとそこには懸念した通り、艶のある黒髪に可愛らしい顔立ちのデジレ王女がいて、きらきらした目でうっとりとヨーゼフを見ていた。
思わず、キャサリンの腰を抱き寄せてしまったことは誰にも責められまい。
他の国と比べると近いのでキャサリンの初めての国外外交としては適切だったかもしれない。
出発前夜にまたマリアがヒステリックを起こし、「抱いてくれ」とせがまれたが、ヨーゼフは手を付けずに逃げるように出立した。
かれこれ二年近くマリアとは関係を持っていない。どうしても、できなかった。
二週間の旅路だが、泊まる宿は国の代表にふさわしく、高級宿だ。各地の食事は美味しいし、温泉が有名な土地もある。嫌なことを忘れてくつろぎたいところだが、旅の間はどうしてもキャサリンと過ごす時間が増える。
なるべく仲睦まじい姿を見せたいとヨーゼフが要所では馬車を一緒にするよう頼んだからだ。
あいかわらずキャサリンは馬車の旅であってもしっかりと化粧をして髪を巻いていた。朝食の席では優雅に紅茶を飲み、馬車の中では特に会話もなかった。
さすがに無言の馬車旅が辛くなったヨーゼフからぽつぽつと話しかけるようになった。
「君は、その、もう少しくつろいでくれてかまわない。長旅の間、ずっと家にいる時のように着飾っているつもりかい?」
「別に着飾ってはいませんわ。今日も略式のワンピースです。」
そう言われてまじまじと服をみれば、確かにリラックスした装いだ。キャサリンが着ているから高価な服に見えてしまった。
「いや、しかし、化粧はしているだろう?」
「私は常に他人の前では化粧をしていますので。」
言外に、お前は家族ではないと言われてしまった。
「その…、旅はつらくはないか?」
「快適に過ごさせていただいています。」
「そ、そうか。」
会話が続かない。
「何か…、好きなものや見たいものはあるか?」
「…好きなものですか?」
キャサリンが怪訝な顔をする。その顔つきは幼く見える。いや、実際彼女はヨーゼフより9つも年下なのだが。
「私はこの工程で何度もオールディーに行っているから、特産品などは一通り試している。気になるものがあれば紹介しよう。」
「とおっしゃられましても、工程を変えるわけにはいきませんでしょう?」
「ああ。使用人に買いに行かせたり、宿での食事に出させたりする程度だが…。」
「そうですわね…。郷土料理などが食べられれば十分ですわ。」
「宝石やドレスの類はいいのか?」
キャサリンは散財するわけではないが、身分にあった高価なものをためらいなく買う。遠慮は全くしない。それだけの身分に彼女もヨーゼフもあるのだから構わないが。
「必要な物は全部荷物にありますもの。いくつかオールディーの宝飾品を王都で購入する予定ですし、馬車の旅の間は結構ですわ。旦那様も欲しいものがあるならば帰りの旅路で買われた方がいいかと。」
マリアの存在をさりげなく匂わせてくる。出立直前のマリアの様子を思い出してげんなりした。
「マリアの話はしないでくれ。」
「別に大切なお方のお話はしておりませんが。」
今のところ、マリアが本邸に押しかけてくるようなこと、つまりは結婚した日にキャサリンに釘を刺されたような事態にはなっていない。しかし、時間の問題のような嫌な予感がする。
特に、キャサリンと二人で長期間留守にした後には…。
「はあ…。」
思わずため息がもれた。
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憂鬱な二週間かと思われたキャサリンとの旅路も、仕事の話をするようになってからは思いのほか楽しく過ごすことができた。キャサリンはオールディーに行くのは初めてのことらしく、いろいろとヨーゼフに尋ねてくるようになったのだ。
「ブルテンとオールディーの仲は悪くないだろう?」
「ええ。ですが、やはり船旅を二週間ほどする必要がありますから、なかなか国外旅行に出る貴族はおりません。」
「ならば観光に出てみてはどうだ?聖女のいる国であるから、教会などは美しいよ。」
「そうですわね。」
ヨーゼフは良ければ一緒にと誘いかけたが、ヨーゼフ自身には外交の予定がパンパンに詰まっている。二人で出かける、というのは難しいだろう。
そうして、二人はオールディーの王都に到着し、すぐに国王夫妻、王太女夫妻に到着の挨拶をしに行った。するとそこには懸念した通り、艶のある黒髪に可愛らしい顔立ちのデジレ王女がいて、きらきらした目でうっとりとヨーゼフを見ていた。
思わず、キャサリンの腰を抱き寄せてしまったことは誰にも責められまい。
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