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第二章 無計画な白い結婚
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ヨーゼフが外交に精を出すようになると、長期で国をあけるということも多くなり、マリアと過ごす時間も少なくなっていった。
やがて、ヨーゼフが27歳の頃に兄である王太子エアハルトは退位した父王に代わり国王の座につき、第一王子が立太子した。ヨーゼフの第二王子としての役目はなくなり、バッツドルフ公爵位を賜り、臣籍へと降下した。
この頃にはマリアとの騒動の記憶も薄れ、美貌の独身大公として、また国内外でモテ始めた。
「ヨーゼフ様!これはどういうことなの!?」
半年ぶりにあったマリアに突き付けられたのは、とある平民向けの大衆紙だ。貴族たちの恋模様が面白おかしく描かれたもので、一面をヨーゼフに関する話題が覆っていた。
「『美貌の大公、オールディの薔薇姫との禁断の愛か』ですって?」
「マリア…、そんなの嘘に決まっているじゃないか。」
「毎月、毎月よ!あなたに関する記事が出るの!あなたの妻が誰になるのか、賭けの対象にまでなっているの!」
ここまでなら恋人の浮気に心を痛める女性である。
「みんな私のことなんて忘れてしまっているわ…!」
しかし、マリアの嘆きは自分の存在が忘れ去られていくことにあった。ヨーゼフの愛人騒動の際にも、不名誉な注目であったにも関わらず、自分に注目が集まったことを喜んでいたマリアだ。
ヨーゼフもマリアのそういった面にさすがに気づくようになっていた。
「マリア、それは全部嘘だ。私は誰とも結婚しない。」
ヨーゼフは軋む心を隠しながらマリアを慰める。
「それにもうすぐずっと暮らしたがっていた貴族街の屋敷に住める。こんな平民たちの噂に惑わされる必要はないよ。」
バッツドルフ姓を賜ったヨーゼフは城にほど近い一等地に大きな屋敷を構えることとなった。そこにはマリア用の離れも用意されている。
同じ屋敷で暮らそうとは思えないほどにヨーゼフの気持ちは冷めていた。それでも、マリアをこのような身分に落とした自責の念がヨーゼフをマリアに縛り付ける。
「ねえ、ヨーゼフ、私、あなたの子供がほしいわ。」
「え?」
「バッツドルフ家には跡取りが必要でしょう?あなたには私しかいないのだから、私が生むしかないじゃない。」
マリアの欲をはらんだ目にヨーゼフはぞっとした。
「避妊を徹底することが前国王夫妻に君を愛人とすることを認めてもらう条件だ。」
「あの頃は第二王子、今は大公よ。条件も見直されるべきだわ。」
ヨーゼフを押し倒さんと迫ってくる姿は、運命の姫とは程遠い姿だった。
ーーーー
新しい屋敷に引っ越してからは、毎日マリアに会うことになった。マリアが運命の姫ではないことを毎日のように見せつけられるのが辛く、自然と仕事を理由に帰宅の足は遠のき、積極的に国外の仕事を入れた。しかし、国外の仕事でもパートナーがいない、というのが不便になるようになってきた。
そんなある日のことだった。
「ヨーゼフ、よく来てくれた。」
ヨーゼフは兄である国王エアハルトの執務室に呼び出されたのはバッツドルフ姓になって二年、屋敷に引っ越して。執務室には宰相もおり、重大な話であることが予測できた。
「どういったご用件でしょう、陛下。」
「ポートレット帝国とブルテン王国が長年海戦を行っていることは知っているな?」
「もちろんです。」
「ブルテン王国はエスパル王国と同盟を結んだが、今年の初戦でブルテン海軍は大敗し、かの有名なアーチボルト将軍を失った。その後、優秀なご子息の功績で盛り返しているが、何があってもおかしくはない。
ヒューゲンにとってもブルテンの敗北は国の危機だ。ブルテンとエスパルからは三国同盟の打診があった。」
「ヒューゲンもブルテン、エスパルと共に戦う道を選ぶわけですね。」
「ああ。」
これまで、ブルテンを援護するかどうかは国内でも大きく意見が分かれていた。もともとエアハルトは積極的な同盟への参加を考えていたが、即位して間もなく、なかなか貴族たちをまとめられていなかった。
「そこで、だ。エスパルがブルテンとの同盟の際に王太子に姫を輿入れさせたな?」
「はい。私も結婚式に参加させていただきました。」
ここで嫌な予感がしてくる。もちろんヒューゲンもブルテンを婚姻によるつながりを持とうと考えるだろう。しかし、結婚したばかりのブルテン王太子夫妻には子はいないし、王太子には今は兄弟もおらず、ヒューゲン王家にも姫はいない。
となると、ヒューゲン王家に姫を迎え入れるという話になる。
「ヒューゲンもブルテンと婚姻による関係を持とう、ということでしょうか?」
「ああ。」
「しかし、ブルテン王家の直系に王女殿下や王太子殿下に釣り合う未婚の王子や姫はおりませんが…。」
「傍系には未婚の令嬢がいる。数代前の王弟の一族であるダンフォード公爵家に20歳の未婚の令嬢がいるそうだ。」
「ダンフォード家の令嬢…、ブルテン王太子殿下の婚約者だった方ですか。」
ブルテンの王太子はエスパルの姫を迎えるにあたり、一度婚約を解消している。年齢的にもその元婚約者だろう。
「しかし…、20歳では王太子殿下の相手としては…。」
「違うに決まってるだろう。お前の相手だ。」
ああ…、やっぱり…。
やがて、ヨーゼフが27歳の頃に兄である王太子エアハルトは退位した父王に代わり国王の座につき、第一王子が立太子した。ヨーゼフの第二王子としての役目はなくなり、バッツドルフ公爵位を賜り、臣籍へと降下した。
この頃にはマリアとの騒動の記憶も薄れ、美貌の独身大公として、また国内外でモテ始めた。
「ヨーゼフ様!これはどういうことなの!?」
半年ぶりにあったマリアに突き付けられたのは、とある平民向けの大衆紙だ。貴族たちの恋模様が面白おかしく描かれたもので、一面をヨーゼフに関する話題が覆っていた。
「『美貌の大公、オールディの薔薇姫との禁断の愛か』ですって?」
「マリア…、そんなの嘘に決まっているじゃないか。」
「毎月、毎月よ!あなたに関する記事が出るの!あなたの妻が誰になるのか、賭けの対象にまでなっているの!」
ここまでなら恋人の浮気に心を痛める女性である。
「みんな私のことなんて忘れてしまっているわ…!」
しかし、マリアの嘆きは自分の存在が忘れ去られていくことにあった。ヨーゼフの愛人騒動の際にも、不名誉な注目であったにも関わらず、自分に注目が集まったことを喜んでいたマリアだ。
ヨーゼフもマリアのそういった面にさすがに気づくようになっていた。
「マリア、それは全部嘘だ。私は誰とも結婚しない。」
ヨーゼフは軋む心を隠しながらマリアを慰める。
「それにもうすぐずっと暮らしたがっていた貴族街の屋敷に住める。こんな平民たちの噂に惑わされる必要はないよ。」
バッツドルフ姓を賜ったヨーゼフは城にほど近い一等地に大きな屋敷を構えることとなった。そこにはマリア用の離れも用意されている。
同じ屋敷で暮らそうとは思えないほどにヨーゼフの気持ちは冷めていた。それでも、マリアをこのような身分に落とした自責の念がヨーゼフをマリアに縛り付ける。
「ねえ、ヨーゼフ、私、あなたの子供がほしいわ。」
「え?」
「バッツドルフ家には跡取りが必要でしょう?あなたには私しかいないのだから、私が生むしかないじゃない。」
マリアの欲をはらんだ目にヨーゼフはぞっとした。
「避妊を徹底することが前国王夫妻に君を愛人とすることを認めてもらう条件だ。」
「あの頃は第二王子、今は大公よ。条件も見直されるべきだわ。」
ヨーゼフを押し倒さんと迫ってくる姿は、運命の姫とは程遠い姿だった。
ーーーー
新しい屋敷に引っ越してからは、毎日マリアに会うことになった。マリアが運命の姫ではないことを毎日のように見せつけられるのが辛く、自然と仕事を理由に帰宅の足は遠のき、積極的に国外の仕事を入れた。しかし、国外の仕事でもパートナーがいない、というのが不便になるようになってきた。
そんなある日のことだった。
「ヨーゼフ、よく来てくれた。」
ヨーゼフは兄である国王エアハルトの執務室に呼び出されたのはバッツドルフ姓になって二年、屋敷に引っ越して。執務室には宰相もおり、重大な話であることが予測できた。
「どういったご用件でしょう、陛下。」
「ポートレット帝国とブルテン王国が長年海戦を行っていることは知っているな?」
「もちろんです。」
「ブルテン王国はエスパル王国と同盟を結んだが、今年の初戦でブルテン海軍は大敗し、かの有名なアーチボルト将軍を失った。その後、優秀なご子息の功績で盛り返しているが、何があってもおかしくはない。
ヒューゲンにとってもブルテンの敗北は国の危機だ。ブルテンとエスパルからは三国同盟の打診があった。」
「ヒューゲンもブルテン、エスパルと共に戦う道を選ぶわけですね。」
「ああ。」
これまで、ブルテンを援護するかどうかは国内でも大きく意見が分かれていた。もともとエアハルトは積極的な同盟への参加を考えていたが、即位して間もなく、なかなか貴族たちをまとめられていなかった。
「そこで、だ。エスパルがブルテンとの同盟の際に王太子に姫を輿入れさせたな?」
「はい。私も結婚式に参加させていただきました。」
ここで嫌な予感がしてくる。もちろんヒューゲンもブルテンを婚姻によるつながりを持とうと考えるだろう。しかし、結婚したばかりのブルテン王太子夫妻には子はいないし、王太子には今は兄弟もおらず、ヒューゲン王家にも姫はいない。
となると、ヒューゲン王家に姫を迎え入れるという話になる。
「ヒューゲンもブルテンと婚姻による関係を持とう、ということでしょうか?」
「ああ。」
「しかし、ブルテン王家の直系に王女殿下や王太子殿下に釣り合う未婚の王子や姫はおりませんが…。」
「傍系には未婚の令嬢がいる。数代前の王弟の一族であるダンフォード公爵家に20歳の未婚の令嬢がいるそうだ。」
「ダンフォード家の令嬢…、ブルテン王太子殿下の婚約者だった方ですか。」
ブルテンの王太子はエスパルの姫を迎えるにあたり、一度婚約を解消している。年齢的にもその元婚約者だろう。
「しかし…、20歳では王太子殿下の相手としては…。」
「違うに決まってるだろう。お前の相手だ。」
ああ…、やっぱり…。
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