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第一章 無計画な婚約破棄

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ある日、事件は起きた。


それは卒業まで一カ月というタイミングでのことだった。ヨーゼフがマリアに会うために南校舎のいつもの場所に向かっていると、校庭からマリアの声が聞こえてきた。

「私が一体何をしたというのですか!?」

見れば校庭には人だかりができていて、複数の令嬢がマリアを囲んでいる様だった。令嬢たちの声はもごもごと聞こえるだけだが、マリアの声から、どうやらマリアが何かを責められているようだ。

ヨーゼフはマリアとの関係が表向きは秘密になっていることも忘れ、慌ててその場に駆け寄った。後ろからは側近であるクラウスもついてくる。


「何事だ?」

その場にいた令嬢たちはまず頭を下げたが、マリアはそのようなことはしない。ヨーゼフを見て顔を輝かせると駆け寄ってきて抱き着いた。

「ヨーゼフ様!この人たちが私を責めるのです!」

「何?」

「私がヨーゼフ様につきまとっていると…。クラウディア様を差し置いてふてぶてしいと…。」

マリアは悲しそうに俯く。

「私からヨーゼフ様に別れを告げておそばを去るように…と…!」

ヨーゼフは目を見開いた。まず、マリアとの関係を令嬢たちが知っているらしい、ということに驚いた。秘密裏に逢瀬をかわしていたはずだが、どこからか情報が洩れているようだ。そして、このマリアの様子から、もうごまかすことは難しいだろう。ここでヨーゼフがマリアとの関係をごまかせば、マリアが嘘つきかのようになってします。


「ヨーゼフ殿下、発言よろしいでしょうか?」

目下の者は目上の者に話しかけられるまで話しかけてはいけない。それを忠実に守っていた貴族令嬢たちだが、沈黙を破り、一人が手をあげた。

「私、一年のビアンカ・アスマンと申します。」

アスマン…、アスマン辺境伯家のご令嬢か。アスマン辺境伯はヒューゲンの東の辺境を守る、重要な一族である。東側の諸国のさらに東には好戦的なポートレット帝国があるため、一番ヒューゲンで攻め入られる可能性のある地域だ。

「私たちは、一年の女子に課される試験も兼ねたお茶会の課題で同じチームなのです。しかし、マリア様は放課後の話し合いに一度も参加しておらず、今日こそは参加していただかねばとお話にきたのです。
訳を聞けば、ヨーゼフ殿下とのお約束があるというお話で。しかし、このままではマリア様は年度末の試験で不合格をつけられてしまいます。殿下、週に一日でいいのでマリア様を私たちとの打ち合わせに参加させてもらえないでしょうか?」

「違うわ!ヨーゼフ様!」

よく通るビアンカ嬢の声をさえぎるように、マリアは声を上げた。

「お茶会の打ち合わせは授業中で終わっているの!この人たちは私とヨーゼフ様を引き離したくてそんなことを言っているのよ!」

マリアは必死な顔で訴える。

「信じて!」

「もちろん信じているよ、マリア。」

マリアはほっとした顔でうるんだ目で見上げてくる。そちらに気を取られていたヨーゼフはビアンカが呆れたように鼻を小さく鳴らしたことに気づかなかった。

「私どもは嘘は申しておりません。年度末の課題とは、授業内で収まるものではないのです。殿下もいくつかこなされているのでご存じでしょう?同級生や教員に聞き取り調査を行ってくださってもかまいません。」

「しかし、マリアが嘘をつくとは…。」

「先ほどから、大変なれなれしくされておりますが、そもそもマリア様は殿下のなのでしょう?」

ビアンカは金髪に近い栗色の髪を背中に流しながら、ため息をつく。

「ことあるごとにマリア様は殿下との関係をほのめかされます。打ち合わせにマリア様が参加できない旨は承知いたしました。しかし、今後も参加されないとなれば、私たちも教師の方に報告しなければなりません。年度末の課題を放棄したとみなされれば、進学はできないこと、殿下とマリア様の今後の関係を考えてもことですわ。
殿下が適切な判断をしてくださることを望みます。」

ビアンカは美しいカーテシーを披露すると、その場にいた令嬢たちと共に去って行った。遠巻きにこちらを見ていた学生たちがそわそわとしている。その間もマリアは近い距離でヨーゼフに寄り添ったままだった。


「きっと、クラウディア様だわ。」

「クラウディア?」

「クラウディア様が私とヨーゼフ様の仲を引き裂こうとしているのよ!」

「いや、クラウディアはそんなこと…。」

「でも、クラウディア様は婚約が解消されたらもう結婚は難しくなるとみんなが言っていたわ!だから、ヨーゼフ様にすがりつくために私を排除しようと…!教育係をやめたのだってきっとそだわ…!」

ヨーゼフはクラウディアはそんなことをしないと重ねて言ったが、『私のことを信じてくれないの!』とマリアは泣き出す始末。マリアの涙に気をとられ、ここまでマリアが必死になるのならば、本当にクラウディアが何かしているのかもしれないとヨーゼフは思うようになった。


この間、後ろに控えるクラウディアの弟であるクラウスが何も言わないことに、ヨーゼフは何の疑問も持たなかった。


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