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3 永遠姫と初めてのお城

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国の名門貴族である九条くじょう家には五歳のおしゃまなお姫様がいた。使用人たちを振り回しながら大好きな両親にべったりとひっついて、今日も元気に暮らしていた。

お姫様の名前は永遠とわ。最近では服装のみならず、母の振舞いも真似する姿が父にとってはラブリーな女の子である。


「…永遠、そのうさちゃんポシェットには何が入っているんだ?」

「え?…手ぬぐいだよ!」

母の鋭い追及を逃れるためにその場しのぎの嘘をついてしまった永遠だが、今日はいつもと違った装いをしている。


春らしい濃淡の異なる桃色を組み合わせた衣装に黄みがかった白い帯を結んだ。帯は後ろで可愛い大きなリボンになっている。(そのためうさちゃんを背負うことはできなかったのだが。)
足元は動き回る永遠のためにフレアになっており、飾りにレースを使った和洋折衷な装いだ。髪型はいつものお団子スタイルに花を飾っている。

ちなみにうさちゃんポシェットとは左肩から斜め掛けにしているウサギのアップリケのついた巾着型のカバンのことだ。


「永遠、可愛らしい衣装だね。お花は母上とお揃いかな?…このポシェットは必要かい?」

「…ひつようだよ!!」

抱き上げてくれた父が明らかに衣装から浮いているうさちゃんポシェットを手に取ろうとしたので慌てて両手でポシェットを隠す。
その時、中から、クシャという紙が丸まるような音がしたのをしっかりと父は聞いたが、それ以上追及しようとはしなかった。父は優しいのである。


母は同行する父の秘書である鳴海に「永遠から絶対に目を離すな」なんて命令をしていたことは永遠は全く気付かないで母の衣装をうっとりと眺めた。

永遠が桃色なのに対して、母は青色を組み合わせた着物に白い帯を結んでいる。永遠のように大きなリボンやフレアなスカートは付いていないが、所々で永遠の衣装と同じデザインをいれている。

例のごとく『おそろいがいい!』と主張した永遠の願いを渋々受け入れた形である。見る人が見なければお揃いだとはわからないような些細なお揃いだが、永遠には十分だった。
衣装を着つけてもらっている間も、『母上とおそろいなんだよ!』と大変元気に騒いでいた。


父も今日はかっこいい正装姿だ。家族そろってめかしこんでいるのは、先の反乱が集結したお祝いの会のため城にお呼ばれしているからである。

そう、永遠は今日生まれて初めて両親の働く城に行くのだ。


「じゃあ、行ってくるよ。朝子、留守番をよろしく。」

「いってらっしゃいませ。」

永遠は父に抱えられたまま、わくわくしながら馬車に乗った。

「今日は永遠と同い年の子供もたくさん来るからね。友達ができるといいね。」

父が座席に永遠を下ろしながら教えてくれて、思わず目を輝かせる。「友達!ほしい!」と大喜びする永遠がばたばたさせる足を母が押さえる。

「永遠、今日は鳴海から離れないように。」

「う、うん!」

永遠はきょろきょろと視線をさまよわせる。「これ、絶対なにか企んでる」「苦労を掛けるね、鳴海」と父と母が鳴海と会話していたが、永遠の耳には届いていない。
今日のために準備してきた大事な計画を思い起こすのに夢中だったのだ。うさちゃんポシェットを大事に抱え、紙がすれるようなカサカサという音がして、ばっちり車内に響いた。



ー---



馬車にはわずか10分しか乗っていなかった。それはそう。城の門と屋敷は徒歩でも通えるほどの近距離なのだ。

永遠がウキウキしながら馬車から飛び降りようとするのを母が後ろから止めて、先に馬車から降りていた父が永遠を抱き上げて馬車から降ろしてくれた。
今日はいい天気であったため、外に宴の席が用意されており、たくさんの人がすでにいた。中には永遠と同い年ぐらいの子供も。

帝が紫色の着物をまとって挨拶をし、くつろいでくれと言って下がっていった。永遠は目をまん丸に見開いて帝の顔をよく覚えようと凝視する。永遠の目についたのは、帝の目元だ。大好きな父によく似ている。

帝が下がると膳が複数運ばれてきて、それぞれの席に並べられ、歓談が始まった。

「九条将軍はすっかり時の人になってしまったわね。」

永遠たちの隣の席には父と母よりやや年上の夫婦と永遠と同年代の男の子が二人いた。夫婦の奥さんの方が父に話しかけてきた。

時子ときこ殿、弘巳ひろみ殿、久しぶりだね。」

永遠も父と母の間から夫婦の方を見た。男の人はどこかで見たような…?
母も知り合いのように挨拶を交わし、永遠の方を見て二人を紹介してくれた。

「永遠、鳴海のお兄さんの弘巳殿とその奥さんの時子殿だ。」

「なるみのお兄さん?」

「挨拶は?」

「くじょうとわです!5才です!」

永遠の元気いっぱいの挨拶に夫婦は思わず微笑ましそうに目を細める。

「永遠ちゃん、父上と母上の無事を祈って神社に百度参りをしたのよね?私も真似をして息子たちと行ったのよ?残念ながら永遠ちゃんには会えなかったけれど。」

「うん!とわ、百回おまいりしたんだよ!」

「すごいわね。」

「永遠姫、素敵な衣装だね。」

「うん!ははうえとおそろいなんだよ!」

夫婦の息子たちの自己紹介…となる前に父と母に「陛下がお呼びです」と声がかかった。

「陛下が?食事が来たばかりだが…?」

「行こうか。鳴海、悪いけど永遠を頼むよ。」

去っていく父と母を見送ってすぐに永遠は行動を起こした。


「なるみ、とわ、お手あらいに行きたい。」

「え?」

父と母の目から逃れることはできないが、鳴海ならいけるという自信の下に。



ー---



お手洗いから鳴海の目を盗んでこっそりと逃げ出す。父と母、そして朝子の目から逃れるのは不可能であるが、鳴海なら裏をかくのは割と簡単である。
なんというか、考え方が読めるのだ。こうすれば鳴海にはばれない、みたいなのがなんとなくわかるのだ。

「よーし!行くぞ!」

永遠にはとある計画があった。大事に抱えるうさちゃんポシェット、この中には帝への直訴状が入っているのだ。


永遠もう、父と母とあんなにも長く離れるのは嫌なのだ。ずっと一緒にいるためにはどうすればいいのか、永遠は真剣に考えた。

父と母を反乱の鎮圧に向かわせたのは帝だ。そして、父と母は帝の命令に嫌だとは言えない。つまり、帝に父と母を遠くに行かせないでとお願いする必要がある。

そこで考え付いたのがこの”直訴状”だ。

『帝にお伝えしたい義がございます!』と言って帝に渡すのだ。


イメージトレーニングはばっちりだ!さあ!帝をさがすぞ!

脱走した永遠はきょろきょろとあたりを見渡す。帝は一番偉い人だから、一番豪華で安全な場所にいるはずだ。それに父と母が向かった方向に向かえばいい。

永遠はちょっと考えた後、ぱたぱたと走り出した。



ー---



先ほどまで永遠の両親である九条家当主夫妻と話していた帝その人は城のとある一室から庭が望める縁側に座っていた。そばに控えるのは中性的な面立ちの女性、皇后とやたらとイケメンの護衛の青年である。

「陛下、小さな侵入者が来るようですが…。」

「小さな?宴に参加している貴族の子供か?」

「おそらく、四、五歳の。」

「ふむ。まあ害がないならそのままでいい。」

しばらくすると、植え込みのあたりがガサガサと揺れて花と葉っぱを飾ったお団子頭の可愛らしい女の子が顔を出した。

「…あれか。」

「あれです。」

「父親に顔がそっくりだな。名前も聞くまでもない。」

四歳ぐらいの女の子は植え込みから出てくると、肩から下げたウサギのポシェットをがさがさといじり、くしゃくしゃになった紙を取り出して掲げた。


「みかどにお伝えしたいぎがございましゅ!」

緊張した九条家の長女、永遠姫は決め台詞で盛大に噛んでしまった。



ー---



首尾よく(と永遠自身は思っている)帝と巡り合い、直訴状を手渡した永遠だが、なぜか今は帝の横に座ってその手元を覗き込んでいる。
帝のそばにいた皇后が優しい手つきで永遠の髪に刺さった葉っぱを取ってくれている。

「『ちちうえとははうえを戦に行かせないでください』と。父上と母上の漢字はまだ書けないのに戦は漢字で書けるのか。いやよく見たらこの戦、点がひとつ足りないな。」

帝の手には赤い墨のついた筆。その筆でちょいちょいと永遠の直訴状に赤を入れていく。

「『ちちうえ』と『ははうえ』に漢字があるって知らなかった。」

永遠は帝の書いた文字をまじまじと見つめる。

「勉強が足りないな。」

帝、手厳しい。ちょっと母に似ている。

「それにこういう書状には自分の名前を書くものだ。」

そう言って帝は書状の末尾に”九条永遠”と書いてくれた。永遠が目を輝かせる。

「これ、とわの漢字?とわ、九は習ったよ!これで『くじょう』って読むの?」

「そうだ。そしてこっちの漢字で『とわ』と読むんだ。」

「とわの名前、かっこいい!」

「私がつけたからな。」

永遠は驚いて帝の顔を見上げた。

「へいかがとわの名前つけたの?」

「弟に頼まれたからな。お前の父上だ。」

「父上はへいかの弟なの?へいかはとわのおじさん?」

「私にはまだ子供がいないからな。もしかしたら父上になるかもしれないぞ?将来は帝にならないか?」

永遠は言われたことがよくわからなくてきょとんとしたがそばに控える皇后と護衛はぎょっとしている。

「とわは大きくなったら九条家のとうしゅになるんだよ?みかどにはなれないよ?」

「帝になれば両親を戦に行かせないように命令できるぞ?」

「へいかはめいれいしてくれないの…?」

永遠は心底驚いた顔で帝を見上げた。直訴状を届ければ、それは聞き入れられるものだと思い込んでいたのだ。

「お前の父上と母上はめちゃくちゃ強い男とめちゃくちゃ賢い女だぞ?弱い兵士を1000人送るよりも早く戦を終わらせられるんだ。
お前は父上と母上が家にいるなら、他の人がいくら死んでも問題ないと言うのか?」

帝の言葉にそばに控える二人は再びぎょっとして心配そうに永遠を見る。ひどいことを言われて泣き出すのではないかと思ったのだ。


永遠はちょっと考えた後、顔をあげた。

「じゃあ、戦をしないようにすればいいよ。とわ、戦がおきないようにする人になる。」

「帝か?」

「九条家のとうしゅとけんぎょうできるお仕事がいい。」

そこはぶれない永遠であった。


帝が苦笑して永遠の頭をぽんぽんと叩いていると、そこに来客が永遠と同じく植え込みの方からやって来た。

「永遠!」

腕を組んで仁王立ちするのは大好きな永遠の母である。

「母上!!」

永遠は縁側から飛び降りると植え込みを突っ切って母に抱き着こうとしたのを、植え込みの二歩手前で母に無言の威圧で止められる。

「陛下、うちの娘が失礼しました。今、主人がそちら側にいって娘を連れて行きますので。」

「よいよい。楽しい時間を過ごせた。将来が楽しみな娘だな。」

帝の陽気な返事のすぐ後に、建物の中側から大好きな父がやってきた。永遠に向かって手を広げているので母の頷きを確認した永遠は、大急ぎで縁側に戻って父に飛びついた。
帝が「この元気さはいったいどっちに似たんだ?」と呟いたが永遠の耳には入らない。

「永遠は陛下にどんなご用事があったんだい?」

「じきそじょうを渡しに来たんだよ!」

「じきそじょう?」

永遠を抱き上げた父が首をかしげる。帝が手に持っていた赤のたくさん入った書状を父に渡す。中を確認した父が目を丸くした。

「しばらくは子供孝行してやるんだな。」

「そうですね。ありがとうございます。兄上。」


またな、と手を振る帝と皇后に父の肩越しに手を振りながら永遠と帝の初対面は終了した。



ー---



「申し訳ございません。奥様。」

永遠を見失った鳴海は平謝りだが、母は気にするなというように手を振った。

「どうせ影から護衛がついているんだから命の危険はない。陛下とお話しできたのは永遠にはいい経験になっただろうし。」

現在、帝位継承順位第三位である永遠には凄腕の護衛がついていた。こっそり一人で行動したつもりの永遠だが、一人になったことなどこれまで一度もないのだった。





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