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第六章 Side B
7 エリーと新しい求婚者
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金髪に水色の瞳をした青年は王太子のフェイビアンによく似た青年だった。年も同年代だが、フェイビアンよりかはいくらかイケメンのように見える。
どこかで見たことがあるような…。でも具体名はエリーの頭にはなかった。
青年は驚いたように自分の両手を見るとエリーを見てかすれたような声をだした。
「エリー…。」
私のことを知っている…?
「ありがとう!エリー!」
青年は声をあげると跪いてエリーの両手をとった。
「あ、兄上!?」
最初にその人物の正体に気づいたのは王太子のフェイビアンだった。
「兄上ですか!?いったい…、それにそのお姿は…、いなくなったころの…?」
「ああ、エイブか。久しぶりだな。」
「久しぶりって!今までどこにいらっしゃったのです!」
「大事な話があるんだ。その話は少し置いておいてくれ。」
王太子が『兄上』と呼ぶその人はまさか、行方不明になっていた…?
「セオドア殿下…?」
エリーの呼びかけに推定セオドア殿下は顔を輝かせてこちらを見上げてきた。
「私のことを覚えていてくれたのかい?ロンズデール領でちらりと会っただけだったんだが…。うれしいよ。」
「は、はあ。」
「私は魔女たちの秘術で案山子に姿を変えられていたんだ。『案山子でも結婚していい』と言ってくれる女性が現れる日まで。」
案山子でもいい…、いや、案山子の方がマシだと言っただけなのだが。
「君にとって、私が実家を陥れた憎い男なのはわかっているつもりだ。それでも、私は君に結婚を申し込みたい。」
「はあ…、はあ!?」
急に何を言い出したんだこの男は!
「わかっている!こんな職も住まいも爵位もない男に大事な娘を預けるだなんて、御父上が許すはずがないよな。必ず何とかするから少し時間をもらえ…。」
「お断りします。」
「え?」
「お断りします。めんどくさそうなので。」
エリーは誰もが憧れていた王子だったセオドアの手の中から両手を引き抜き、フェイビアンの方に向き直った。
「国王陛下にセオドア殿下が見つかったとご報告を入れるべきでは?」
「そ、そうだな。」
フェイビアンは慌てて立ち上がったところを、隣のエスメラルダに止められる。
「待って。」
「エメ?」
「セオドア殿下は王太子に戻られるおつもりですか?エイブは殿下が行方不明になられた後、それは一生懸命に王太子として励んできたんです。それを奪うおつもりですか?」
「エメ…。私は別に…。」
「別に、じゃないわ!」
エスメラルダは興奮気味に声をあらげる。もともと興奮しやすい質ではあることはエリーも三年近い付き合いで学んだ。
「あなただって、義父上がいまだにセオドア殿下とあなたを比べて責めてくるのに傷ついてるじゃない!帰ってきたなんてなったら王太子を譲れって言いだすに決まっているわ!」
「エメ、兄上はそれだけ優秀な方なんだ。私なんてまだまだだから…。」
「そんなことはないわ!エイブが頑張ってきたのを知ってるもの!」
仲良しな王太子夫妻はセオドア殿下そっちのけでイチャイチャし始める。今しがたプロポーズを断られた殿下や二人のエリーにきっぱりとフラれたブラッドリーの精神をえぐっている。
「私はブルテンの王太子に嫁いできているのよ!あなたが王太子でなくなったら、離縁させられてしまうわ!」
「そ、それは…。」
「あなたにとって私ってその程度!?愛してるって言ってくれたのは嘘だったの!?」
「エメ!?もちろん愛してるよ!ちょっと落ち着いて…!」
何故かエスメラルダは人目があるのにぽろぽろと泣き始めた。これにはエリーもぎょっとした。
「エスメラルダ様?体調がお悪いのではないですか?少し、横になられては?」
「私は大丈夫よ!」
興奮して立ち上がるエスメラルダをなだめて、なんとかソファーに座らせる。
「どうしたんだ、エメ。最近、情緒不安定じゃないか?疲れているなら公務を減らすように交渉するよ。最近は母上の分まで働いているだろう?」
「でも…。それじゃあエイブの仕事が増えるわ。」
「大丈夫だから。それに王太子も絶対にやめないから、エメは何も心配するな。」
「本当に?」
「ああ。エメと頑張って来て、ようやく認められてきたところだ。父上が兄上のことを知って、何か言ったとしても、説得する。」
フェイビアンに優しくなだめられて、医者の診断を受けるようにとエスメラルダは侍女に連れられて退室した。
「エイブ、混乱させたようだが、私は別に王太子に戻る意思はない。」
バツの悪そうな顔をするセオドア殿下は自分がもとに戻ったことで生じる問題にようやく思い至ったのだろう。エリーのことをちらりと見た後でフェイビアンに向き直った。
「父上に私が戻ったことは伝えなくていい。エスメラルダ妃の言う通りだ。きっと私に王位を譲ろうとするだろう。お前が頑張っていることは案山子の身でも聞こえてきていたよ。
エイブのことを誇りに思っているよ。」
「しかし、父上は本当に兄上のことを心配されているのですよ?」
「エイブ、とりあえず、セオドア様に何があったのかを聞こう。陛下への報告はそれからでもいいはずだ。」
ブラッドリーも次期宰相の顔になり、セオドア殿下に着席を促す。
「ああ。エリーも聞いてほしい。座ってくれるかい?」
先ほどの気のせいたプロポーズから一転、落ち着いた顔で殿下はエリーにも着席を促した。
「何から話せばいいか…。私は”魔女の森”の魔女たちに海軍への力添えを頼むために護衛をつれて魔女の森に入ったんだ。引き留めるロンズデール伯爵の言葉を無視して…。
当時の私は自分の頭脳に胡坐をかいていたんだ。その結果、魔女に何か術をかけられ、気づけばロンズデール領の片田舎で案山子をしていた。」
セオドアはエリーの方を見た。
「俺がいた畑は他領からの取引停止のせいでなくなった。俺が勝手な行動をして行方不明になったせいで君の家と領地には本当に申し訳ないことをした。償いきれることではないと思っている。」
「謝罪は今は結構です。」
エリーは淡々とした声で続きを促した。もちろん許しているわけではない。エリーの身に降りかかった不幸は多くがこの人の失踪に始まるのだから。
「ああ。その後は、エバンズ商会の倉庫で長い間…おそらく三年ほど、しまわれていたんだ。光もささず、何の変化もない倉庫で過ごすのは気がめいったよ。
そんなある日、エバンズ商会の子息に外に運び出されて、次にたどり着いたのがエリーの家庭菜園だったというわけだ。」
「そうか…、あの案山子は畑の横にあった…。では、殿下はずっとあそこで我々の話を聞いていたのですか?」
ブラッドリーはようやく案山子の出所に気づいたのか、気まずそうな顔をした。それはそうだろう。家庭菜園の横にあったガゼボはエリーのお気に入りで、毎日のようにあそこでお茶をしていた。
ヘンリーともいつもあそこで話していたし、ブラッドリーが押しかけてくるのも決まってあそこだった。
「ああ。この三年間は激動だったね。エスパルとの同盟に、エスメラルダ妃とエイブの結婚、海馬部隊の敗退、アーチボルト前侯爵の戦死、ヒューゲンを巻き込んだ三国同盟、突然現れた英雄にポートレット帝国との終戦。
全てを聞くことができたよ。話すことはできなくて、いつもつらい思いをしていたよ。」
セオドアはちらりとブラッドリーを見た。
「情報は断片的にしか入ってこなかったが、大まかには把握することができたよ。」
「魔女の秘術は、『案山子でも結婚していい』と言ってくれる女性が現れることが解除の条件、ということですが。」
「ああ。それは術をかけられた時に唯一覚えていることだ。おそらく、魔女がこの手の秘術、いや、呪いと呼んでいたが、それをかける際のルールなのだろう。」
「”呪い”ですか?」
「ああ。正確には、『正体を知られず、案山子の姿のまま愛する女性に結婚してもいいと言ってもらうこと』だ。それをなしとげれば、案山子になる前の姿に戻る、と。」
…愛する?女性?
どこかで見たことがあるような…。でも具体名はエリーの頭にはなかった。
青年は驚いたように自分の両手を見るとエリーを見てかすれたような声をだした。
「エリー…。」
私のことを知っている…?
「ありがとう!エリー!」
青年は声をあげると跪いてエリーの両手をとった。
「あ、兄上!?」
最初にその人物の正体に気づいたのは王太子のフェイビアンだった。
「兄上ですか!?いったい…、それにそのお姿は…、いなくなったころの…?」
「ああ、エイブか。久しぶりだな。」
「久しぶりって!今までどこにいらっしゃったのです!」
「大事な話があるんだ。その話は少し置いておいてくれ。」
王太子が『兄上』と呼ぶその人はまさか、行方不明になっていた…?
「セオドア殿下…?」
エリーの呼びかけに推定セオドア殿下は顔を輝かせてこちらを見上げてきた。
「私のことを覚えていてくれたのかい?ロンズデール領でちらりと会っただけだったんだが…。うれしいよ。」
「は、はあ。」
「私は魔女たちの秘術で案山子に姿を変えられていたんだ。『案山子でも結婚していい』と言ってくれる女性が現れる日まで。」
案山子でもいい…、いや、案山子の方がマシだと言っただけなのだが。
「君にとって、私が実家を陥れた憎い男なのはわかっているつもりだ。それでも、私は君に結婚を申し込みたい。」
「はあ…、はあ!?」
急に何を言い出したんだこの男は!
「わかっている!こんな職も住まいも爵位もない男に大事な娘を預けるだなんて、御父上が許すはずがないよな。必ず何とかするから少し時間をもらえ…。」
「お断りします。」
「え?」
「お断りします。めんどくさそうなので。」
エリーは誰もが憧れていた王子だったセオドアの手の中から両手を引き抜き、フェイビアンの方に向き直った。
「国王陛下にセオドア殿下が見つかったとご報告を入れるべきでは?」
「そ、そうだな。」
フェイビアンは慌てて立ち上がったところを、隣のエスメラルダに止められる。
「待って。」
「エメ?」
「セオドア殿下は王太子に戻られるおつもりですか?エイブは殿下が行方不明になられた後、それは一生懸命に王太子として励んできたんです。それを奪うおつもりですか?」
「エメ…。私は別に…。」
「別に、じゃないわ!」
エスメラルダは興奮気味に声をあらげる。もともと興奮しやすい質ではあることはエリーも三年近い付き合いで学んだ。
「あなただって、義父上がいまだにセオドア殿下とあなたを比べて責めてくるのに傷ついてるじゃない!帰ってきたなんてなったら王太子を譲れって言いだすに決まっているわ!」
「エメ、兄上はそれだけ優秀な方なんだ。私なんてまだまだだから…。」
「そんなことはないわ!エイブが頑張ってきたのを知ってるもの!」
仲良しな王太子夫妻はセオドア殿下そっちのけでイチャイチャし始める。今しがたプロポーズを断られた殿下や二人のエリーにきっぱりとフラれたブラッドリーの精神をえぐっている。
「私はブルテンの王太子に嫁いできているのよ!あなたが王太子でなくなったら、離縁させられてしまうわ!」
「そ、それは…。」
「あなたにとって私ってその程度!?愛してるって言ってくれたのは嘘だったの!?」
「エメ!?もちろん愛してるよ!ちょっと落ち着いて…!」
何故かエスメラルダは人目があるのにぽろぽろと泣き始めた。これにはエリーもぎょっとした。
「エスメラルダ様?体調がお悪いのではないですか?少し、横になられては?」
「私は大丈夫よ!」
興奮して立ち上がるエスメラルダをなだめて、なんとかソファーに座らせる。
「どうしたんだ、エメ。最近、情緒不安定じゃないか?疲れているなら公務を減らすように交渉するよ。最近は母上の分まで働いているだろう?」
「でも…。それじゃあエイブの仕事が増えるわ。」
「大丈夫だから。それに王太子も絶対にやめないから、エメは何も心配するな。」
「本当に?」
「ああ。エメと頑張って来て、ようやく認められてきたところだ。父上が兄上のことを知って、何か言ったとしても、説得する。」
フェイビアンに優しくなだめられて、医者の診断を受けるようにとエスメラルダは侍女に連れられて退室した。
「エイブ、混乱させたようだが、私は別に王太子に戻る意思はない。」
バツの悪そうな顔をするセオドア殿下は自分がもとに戻ったことで生じる問題にようやく思い至ったのだろう。エリーのことをちらりと見た後でフェイビアンに向き直った。
「父上に私が戻ったことは伝えなくていい。エスメラルダ妃の言う通りだ。きっと私に王位を譲ろうとするだろう。お前が頑張っていることは案山子の身でも聞こえてきていたよ。
エイブのことを誇りに思っているよ。」
「しかし、父上は本当に兄上のことを心配されているのですよ?」
「エイブ、とりあえず、セオドア様に何があったのかを聞こう。陛下への報告はそれからでもいいはずだ。」
ブラッドリーも次期宰相の顔になり、セオドア殿下に着席を促す。
「ああ。エリーも聞いてほしい。座ってくれるかい?」
先ほどの気のせいたプロポーズから一転、落ち着いた顔で殿下はエリーにも着席を促した。
「何から話せばいいか…。私は”魔女の森”の魔女たちに海軍への力添えを頼むために護衛をつれて魔女の森に入ったんだ。引き留めるロンズデール伯爵の言葉を無視して…。
当時の私は自分の頭脳に胡坐をかいていたんだ。その結果、魔女に何か術をかけられ、気づけばロンズデール領の片田舎で案山子をしていた。」
セオドアはエリーの方を見た。
「俺がいた畑は他領からの取引停止のせいでなくなった。俺が勝手な行動をして行方不明になったせいで君の家と領地には本当に申し訳ないことをした。償いきれることではないと思っている。」
「謝罪は今は結構です。」
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そんなある日、エバンズ商会の子息に外に運び出されて、次にたどり着いたのがエリーの家庭菜園だったというわけだ。」
「そうか…、あの案山子は畑の横にあった…。では、殿下はずっとあそこで我々の話を聞いていたのですか?」
ブラッドリーはようやく案山子の出所に気づいたのか、気まずそうな顔をした。それはそうだろう。家庭菜園の横にあったガゼボはエリーのお気に入りで、毎日のようにあそこでお茶をしていた。
ヘンリーともいつもあそこで話していたし、ブラッドリーが押しかけてくるのも決まってあそこだった。
「ああ。この三年間は激動だったね。エスパルとの同盟に、エスメラルダ妃とエイブの結婚、海馬部隊の敗退、アーチボルト前侯爵の戦死、ヒューゲンを巻き込んだ三国同盟、突然現れた英雄にポートレット帝国との終戦。
全てを聞くことができたよ。話すことはできなくて、いつもつらい思いをしていたよ。」
セオドアはちらりとブラッドリーを見た。
「情報は断片的にしか入ってこなかったが、大まかには把握することができたよ。」
「魔女の秘術は、『案山子でも結婚していい』と言ってくれる女性が現れることが解除の条件、ということですが。」
「ああ。それは術をかけられた時に唯一覚えていることだ。おそらく、魔女がこの手の秘術、いや、呪いと呼んでいたが、それをかける際のルールなのだろう。」
「”呪い”ですか?」
「ああ。正確には、『正体を知られず、案山子の姿のまま愛する女性に結婚してもいいと言ってもらうこと』だ。それをなしとげれば、案山子になる前の姿に戻る、と。」
…愛する?女性?
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