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第六章 Side B

6 エリーと驚きの事実

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ブラッドリーの屋敷を出たエリーはそのままヘンリーが勧めるホテルに宿泊した。そこは中級程度の宿で高すぎず、安すぎず、今のエリーの懐でもまかなえる程度のところだった。さすがヘンリーである。

まず、エリーはエスメラルダ王太子妃に手紙を書いた。エスメラルダからは気兼ねなく手紙をやり取りしたいと直接手紙を送ることを許されていた。
普通であれば王太子妃への手紙は検閲の対象である。

三年間の白い結婚で離縁したこと、オルグレン公爵家を出て城下のホテルに宿泊していること、ブラッドリーが公表するまでは離縁の件は内密にしてほしいことを記し、ヘンリーに託した。
オルグレン家の紋章がないので無事に届くかはわからないが、きっと大丈夫だろう。


実際に大丈夫だったようで、五日後にエスメラルダ付きの侍女が妃殿下からの使いとしてホテルまでやってきた。

「荷物をすべて持って王城へお越しください。エスメラルダ様が王城に泊まるように、と。」

王城に泊まることは辞退したかったが、荷馬車まで用意されていたために断りづらく、ホテルの支配人にヘンリーへの言伝を頼んで荷物を持った。

侍女はエリーの背負った案山子をちらりと見たが特に何も言わなかった。ゴミと間違えて捨てられては困るので、エリーは案山子を自分で持つことにしたのだ。


城に着くと、焦った様子のエスメラルダが出迎えた。

「エリー!心配したのよ!あんな手紙を送ってきて!」

エスメラルダは勢い余ってエリーに抱き着いた。

「ブラッドリー・オルグレンを執務室から呼び出して𠮟りつけてやったわ。あいつ、私が呼ぶまであなたが出て行ったことに気づいていなかったみたいよ。」

「まあ…。屋敷に帰っていなかったんでしょうね。」

リチャードからの帰宅要請も無視したに違いない。この件で使用人たちが責められていないといいが。

「あなたの幼馴染だっていうヘンリー・エバンズが手紙を運んでくれたのだけれど、その後、事情を聴きに呼び出した時にブラッドリー・オルグレンが乗り込んできてね?
『お前が俺の妻をたぶらかしたのか!』ってものすごい剣幕で怒鳴っていたわ。私たち王太子夫妻の前で、よ。」

ええ…。何やってるの、あの人。

「あなたの幼馴染、素敵ね。『学がないから何もできないと、エリーを侮っていたお前が悪い。』ってあいつを突き放していたわ。」

ヘンリーがそんなことを…?胸がじわりと温かくなった。

「今日、あなたを迎えること、あいつにバレてしまっているのよ。きっとエイブが喋ったんだわ。でも、せっかくだし、最後にびしっと言ってやったら?なんだかあいつ、あなたとよりを戻すつもりでいるみたいよ?」

「え?そんなのありえません!」

「そうよね?だからきっぱりフッてしまいなさい。私は全面的にあなたの味方よ。」

それではまるでブラッドリーが私のことを好きなようだが、最愛の人はどこへ行ったのか…。



ーーーー



通された王太子夫妻のプライベート空間にはすでにブラッドリーが王太子殿下と共にいた。エリーがエスメラルダと入室するとブラッドリーは目を吊り上げて立ち上がった。

「エリザベス!」

「すでに離縁して仲ですから呼び捨てにしないでください。」

エリーにぴしゃりと言われて、ブラッドリーは出鼻をくじかれたようで驚いた顔をした。

「ブラッド、落ち着け。夫人…、いやロンズデール嬢も座ってくれ。……背中にあるのは、なんだ?」

そういえばとエリーとエスメラルダも背中を振り返る。エリーは宿から案山子を背負ったままだった。とりあえず、と案山子を背からおろして用意された席に座る。


「ロンズデール嬢がエメに送った手紙を私も読ませてもらった。内密に、ということだったのにすまない。」

「いえ、公表されたくなかっただけなので、問題ございません。」

「離縁の手続きだが、正式に教会に受理されていた。もし、ブラッドの再婚話を気にしての離縁なら、その話はなくなったから気にしなくてもいいんだ。」

王太子の言葉に目を丸くする。

「では、アーチボルト嬢は英雄殿に嫁がれる、と?」

「エリーは求婚されただけでまだ返事はしていないが、二人の結婚はサマル殿を海軍に囲い込むことになるから、国としても望ましいんだ。そうでなくても、今回の海戦で少佐まで昇進したエリーを海軍から出すのももったいないだろう?
イヴァン皇子の件が懸念点だったが、サマル殿という決まった相手がいるのであれば問題ないだろう。」

では、ブラッドリーは最愛の人を手に入れることは叶わないということのようだ。しかし、それとこれは話が別だ。


「王太子殿下、私たちはオルグレン様が再婚されなくとも、三年で離縁する予定でした。ですので、問題ありません。」

「…どういうことだい?」

「オルグレン様とは婚約の際に結婚は三年までという契約を交わしています。」

エリーはもう契約は終わったし、問題ないだろうと契約書を懐から取り出して王太子に渡した。それを読んだ王太子は驚いた顔でブラッドリーを見た。
横からエスメラルダもそれを覗き込み、眉尻をつりあげる。

「ですから、今回の離縁は合意の上なのです。なぜオルグレン様が怒っていらっしゃるのかわかりません。」

「確かに、こういった契約を結んでいた。しかし、勝手に離縁するのは違うだろう!」

「勝手ではありません。私は何度も話し合おうとしましたが、その度に忙しいと突っぱねてきたのはオルグレン様です。なので私は、契約更新の意思なしとして、当初の予定通りに離縁をしただけです。」

「それは…、忙しかったのはお前だって知っているだろう!」

「つまり、契約終了しても問題なかったということです。」

「そんなわけがないだろう!」

「では、何が問題なのですか?」

エリーはうんざりとしてブラッドリーに尋ねる。

「なぜ、私とオルグレン様の離縁が問題になるのですか?もともといずれ離縁する約束で、別に愛する人がいるのでしょう?外聞の問題ならば今は公表せずに、しかるべき時まで伏せておけばいいことではないのですか?
私はもともと社交をほとんどしていませんでした。妃殿下とその周辺にさえ口裏を合わせてもらえれば、問題はないのでは?」


ブラッドリーはぐぬぬといった表情で押し黙っている。横で黙って見ている王太子夫妻は呆れ顔だ。

「おい、ブラッド、ここは『愛しているから妻に戻ってほしい』というところだろう?」

「そんなんでエリーを引き留められると思っているの?大事なことは何も言っていないじゃない。」

「俺は別にを愛しているわけじゃない…!」

「「はあ!?」」

「ただ、今すぐ離婚されるのは困るというだけで…。」

エリーはブラッドリーのめちゃくちゃな理論にため息をついた。

「絶対に再婚はしません。オルグレン様と再婚するぐらいならここにある案山子かかしと結婚する方がマシです。」

「なっ……!!」


ブラッドリーが絶句したその時だった。

エリーの座るソファーに立てかけるようにしておかれていた案山子が突然に光り、エリーを見ていたブラッドリーと王太子夫妻は眩しさに顔を伏せた。

驚いて振り返ったエリーが光の中に見たのは…。


端正な顔立ちの金髪の青年だった。


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