二人のエリーと遅れてあらわれるヒーローたち

ぺきぺき

文字の大きさ
上 下
60 / 75
第六章 Side B

3 エリーと二人の幼馴染

しおりを挟む
エリーとブラッドリーの結婚はこの夏で三年となり、契約の年月を終える。ブラッドリーとアーチボルト嬢の婚約が進まなくとも、離縁のタイミングは近づいているのだ。

しかし、ブラッドリーはエリーからの離縁の話に耳を貸さなかった。

「またその話か。今は褒章の話で忙しい。また今度にしてくれ。」

その言葉通りに、ブラッドリーは全く屋敷に戻ってこなくなった。ブラッドリーがいかに後回しにしようと、これは契約書にも記された約束事である。

なので、エリーは自分で動くことにした。


エリーのことをブラッドリーは世間知らずだと思っているが、エリーが何も知らずに三年間の結婚生活を提案したわけではない。

三年間の白い結婚であったことが証明できれば、妻の方からも離縁の申し立てができるのだ。


初夏の穏やかなある日、エリーは家庭菜園の横のガゼボで嬉しい来客を迎えてお茶を飲んでいた。

「ライアンに会うのは五年ぶりになるかしら。久しぶりね。」

やってきていたのはお馴染みのエバンズ商会のヘンリーと、エリーの従弟であり今は海軍の海馬部隊に所属しているライアン・テイラー子爵令息だった。久しぶりの幼馴染との再会に、使用人たちには席を外してもらっている。

「本当はもっと早く挨拶に来たかったんだけれど、仕事が忙しくてさ。」

ライアンは短く刈り込んだ金髪頭を掻きながら照れたように言った。

「王都駐在部隊に配属になったのよね?」

「ああ。そうなんだ。ポートレット帝国の使者が行き来することが増えるだろうから、王都の警備を増強することになってさ。」

海馬部隊が海戦でやられてから、海馬部隊の活躍を王都で聞くことはなくなったが、ブルテン近海での海軍の仕事では頻繁に海馬が使われている。海軍で海馬が重要なことには変わりがない。

「辺境から王都ってことはお前、海馬部隊ではエリートなんじゃないか?」

ヘンリーは三人の中では唯一の平民だが、正直一番お金持ちである。なので別に幼馴染の二人の前でへりくだることはない。

「ああ。そうかも。今は同期では三人しかいない一等兵に昇格したんだ。」

「すごいじゃない!」

「他の二人も海馬部隊なのか?」

「いや、軍略部隊の同期だよ。内一人は次の式典の褒章で少佐に昇格するんだ。二等から少佐じゃあ角が立つから、春の人事で一等にあがったってわけ。俺はまだまだだよ。」

「ライアンも十分すごいわよ!褒章で昇格するってことは帝国との海戦に出ていたってことでしょう?ライアンは地道に魔物討伐で功績を積んでいるんだから、種類が違うわ。」

ライアンが照れたように笑う。

「褒章で少佐に昇格する一等兵…、それってアーチボルト伯爵令嬢のことだな。」

「…そうなの?」

「ああ。昇格させて箔をつけて引退して結婚だろう。どれぐらいの働きをしたのかもわからないさ。」

エリーは彼女がものすごい働きをしていたことを知っているが、それはヘンリーには教えてあげられない。困ったような顔で笑うのみだった。
一方、怒ったのはライアンだ。

「おい、ヘンリー、彼女の実力は本物だよ。少佐にふさわしいよ。」

「…なに、お前、惚れたの?」

「な…!違う!俺はずっと…!」

ライアンは真っ赤になってごにょごにょと喋る。ヘンリーは呆れたようなため息をついた。

「彼女の嫁ぎ先を知ったら、お前だって彼女に文句の一つでも言いたくなるさ。」

「どこなんだよ?」

「ここ。」

「…は?」

「アーチボルト嬢はエリーの夫であるブラッドリー・オルグレンとの婚約が内々定してるんだよ。」

ライアンは思わず固まった。

「は、はあ!?なんでエリザが既婚者に嫁ぐことになるんだよ!?それも、エリーの夫!?じゃあ、エリーはどうなるんだよ!!」

「そりゃ離縁だろう?違うの?」

ライアンは唖然とした顔でこちらを見てくる。エリーも困った顔しかできない。

「そうだと思うけれど、旦那様は全然離縁の手続きを進めてくださらないのよね…。」

「エリー!何を呑気なことを!それでいいのかよ!?」

「特になんとも思わないわ。完全な政略結婚だし。」

ライアンは「おいおい」と椅子の背にもたれる。


「でもなんでそんな縁談が成立するんだ?」

「そっちも完全な政略だ。アーチボルト家が海馬部隊敗北の責任を取って伯爵に降爵になった時に、後ろ盾に高位貴族と縁組をする話がでたんだよ。
エリーの夫が選ばれたのは、妻が離縁させやすい家の娘だったからだ。それにブラッドリー殿なら喜んでアーチボルト嬢と結婚するだろう?」

「なんで?」

「王立学園時代、彼がアーチボルト嬢に強めの矢印を飛ばしていたことは俺たちの代の卒業生はみんな知ってるからな。アーチボルト嬢がどう思っているかは知らないけど。」

「二人は思いあっているわけではないの?」

「俺が思うに、ブラッドリー殿の完全な片思いだと思うけどね。」

「俺も彼女とはよく話すけれど、そんなそぶりはなかったよ。」

そうなのか。いつのまにか二人は相思相愛だと思い込んでいた。


「で?エリー?」

「ん?」

「どうするんだよ?大人しくブラッドリー殿が離縁してくれるのを待つのか?それとも…。」

ヘンリーが言わんとするところはわかる。彼の頭にも”白い結婚による離縁”の選択肢があるのだろう。そして、エリーたちが白い結婚であると確信しているようだ。

「そうね…。あと一か月半で三度目の結婚記念日になるの。どうなっていてもその日には離縁をするつもり。」

ライアンは「そんな」と落ち込んでいるが、ヘンリーはしたり顔だ。


「ま、何でも協力するから言ってくれよ。」



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?

雨宮羽那
恋愛
 元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。 ◇◇◇◇  名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。  自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。    運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!  なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!? ◇◇◇◇ お気に入り登録、エールありがとうございます♡ ※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。 ※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。 ※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています

水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。 森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。 公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。 ◇画像はGirly Drop様からお借りしました ◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径
ファンタジー
婚約破棄から始まる国の崩壊 『知らなかったから許される』なんて思わないでください。 それ自体、罪ですよ。 ⭐︎他社でも公開します

【完】貧乏令嬢ですが何故か公爵閣下に見初められました!

咲貴
恋愛
スカーレット・ジンデルは伯爵令嬢だが、伯爵令嬢とは名ばかりの貧乏令嬢。 他の令嬢達がお茶会や夜会に勤しんでいる中、スカーレットは領地で家庭菜園や針仕事などに精を出し、日々逞しく慎ましく暮らしている。 そんなある日、何故か公爵閣下から求婚されて――。 ※こちらの作品は『小説家になろう』にも投稿しています

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

私を虐げた人には絶望を ~貧乏令嬢は悪魔と呼ばれる侯爵様と契約結婚する~

香木陽灯
恋愛
 「あなた達の絶望を侯爵様に捧げる契約なの。だから……悪く思わないでね?」   貧乏な子爵家に生まれたカレン・リドリーは、家族から虐げられ、使用人のように働かされていた。   カレンはリドリー家から脱出して平民として生きるため、就職先を探し始めるが、令嬢である彼女の就職活動は難航してしまう。   ある時、不思議な少年ティルからモルザン侯爵家で働くようにスカウトされ、モルザン家に連れていかれるが……  「変わった人間だな。悪魔を前にして驚きもしないとは」   クラウス・モルザンは「悪魔の侯爵」と呼ばれていたが、本当に悪魔だったのだ。   負の感情を糧として生きているクラウスは、社交界での負の感情を摂取するために優秀な侯爵を演じていた。   カレンと契約結婚することになったクラウスは、彼女の家族に目をつける。   そしてクラウスはカレンの家族を絶望させて糧とするため、動き出すのだった。  「お前を虐げていた者たちに絶望を」  ※念のためのR-15です  ※他サイトでも掲載中

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

処理中です...