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第六章 Side B
3 エリーと二人の幼馴染
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エリーとブラッドリーの結婚はこの夏で三年となり、契約の年月を終える。ブラッドリーとアーチボルト嬢の婚約が進まなくとも、離縁のタイミングは近づいているのだ。
しかし、ブラッドリーはエリーからの離縁の話に耳を貸さなかった。
「またその話か。今は褒章の話で忙しい。また今度にしてくれ。」
その言葉通りに、ブラッドリーは全く屋敷に戻ってこなくなった。ブラッドリーがいかに後回しにしようと、これは契約書にも記された約束事である。
なので、エリーは自分で動くことにした。
エリーのことをブラッドリーは世間知らずだと思っているが、エリーが何も知らずに三年間の結婚生活を提案したわけではない。
三年間の白い結婚であったことが証明できれば、妻の方からも離縁の申し立てができるのだ。
初夏の穏やかなある日、エリーは家庭菜園の横のガゼボで嬉しい来客を迎えてお茶を飲んでいた。
「ライアンに会うのは五年ぶりになるかしら。久しぶりね。」
やってきていたのはお馴染みのエバンズ商会のヘンリーと、エリーの従弟であり今は海軍の海馬部隊に所属しているライアン・テイラー子爵令息だった。久しぶりの幼馴染との再会に、使用人たちには席を外してもらっている。
「本当はもっと早く挨拶に来たかったんだけれど、仕事が忙しくてさ。」
ライアンは短く刈り込んだ金髪頭を掻きながら照れたように言った。
「王都駐在部隊に配属になったのよね?」
「ああ。そうなんだ。ポートレット帝国の使者が行き来することが増えるだろうから、王都の警備を増強することになってさ。」
海馬部隊が海戦でやられてから、海馬部隊の活躍を王都で聞くことはなくなったが、ブルテン近海での海軍の仕事では頻繁に海馬が使われている。海軍で海馬が重要なことには変わりがない。
「辺境から王都ってことはお前、海馬部隊ではエリートなんじゃないか?」
ヘンリーは三人の中では唯一の平民だが、正直一番お金持ちである。なので別に幼馴染の二人の前でへりくだることはない。
「ああ。そうかも。今は同期では三人しかいない一等兵に昇格したんだ。」
「すごいじゃない!」
「他の二人も海馬部隊なのか?」
「いや、軍略部隊の同期だよ。内一人は次の式典の褒章で少佐に昇格するんだ。二等から少佐じゃあ角が立つから、春の人事で一等にあがったってわけ。俺はまだまだだよ。」
「ライアンも十分すごいわよ!褒章で昇格するってことは帝国との海戦に出ていたってことでしょう?ライアンは地道に魔物討伐で功績を積んでいるんだから、種類が違うわ。」
ライアンが照れたように笑う。
「褒章で少佐に昇格する一等兵…、それってアーチボルト伯爵令嬢のことだな。」
「…そうなの?」
「ああ。昇格させて箔をつけて引退して結婚だろう。どれぐらいの働きをしたのかもわからないさ。」
エリーは彼女がものすごい働きをしていたことを知っているが、それはヘンリーには教えてあげられない。困ったような顔で笑うのみだった。
一方、怒ったのはライアンだ。
「おい、ヘンリー、彼女の実力は本物だよ。少佐にふさわしいよ。」
「…なに、お前、惚れたの?」
「な…!違う!俺はずっと…!」
ライアンは真っ赤になってごにょごにょと喋る。ヘンリーは呆れたようなため息をついた。
「彼女の嫁ぎ先を知ったら、お前だって彼女に文句の一つでも言いたくなるさ。」
「どこなんだよ?」
「ここ。」
「…は?」
「アーチボルト嬢はエリーの夫であるブラッドリー・オルグレンとの婚約が内々定してるんだよ。」
ライアンは思わず固まった。
「は、はあ!?なんでエリザが既婚者に嫁ぐことになるんだよ!?それも、エリーの夫!?じゃあ、エリーはどうなるんだよ!!」
「そりゃ離縁だろう?違うの?」
ライアンは唖然とした顔でこちらを見てくる。エリーも困った顔しかできない。
「そうだと思うけれど、旦那様は全然離縁の手続きを進めてくださらないのよね…。」
「エリー!何を呑気なことを!それでいいのかよ!?」
「特になんとも思わないわ。完全な政略結婚だし。」
ライアンは「おいおい」と椅子の背にもたれる。
「でもなんでそんな縁談が成立するんだ?」
「そっちも完全な政略だ。アーチボルト家が海馬部隊敗北の責任を取って伯爵に降爵になった時に、後ろ盾に高位貴族と縁組をする話がでたんだよ。
エリーの夫が選ばれたのは、妻が離縁させやすい家の娘だったからだ。それにブラッドリー殿なら喜んでアーチボルト嬢と結婚するだろう?」
「なんで?」
「王立学園時代、彼がアーチボルト嬢に強めの矢印を飛ばしていたことは俺たちの代の卒業生はみんな知ってるからな。アーチボルト嬢がどう思っているかは知らないけど。」
「二人は思いあっているわけではないの?」
「俺が思うに、ブラッドリー殿の完全な片思いだと思うけどね。」
「俺も彼女とはよく話すけれど、そんなそぶりはなかったよ。」
そうなのか。いつのまにか二人は相思相愛だと思い込んでいた。
「で?エリー?」
「ん?」
「どうするんだよ?大人しくブラッドリー殿が離縁してくれるのを待つのか?それとも…。」
ヘンリーが言わんとするところはわかる。彼の頭にも”白い結婚による離縁”の選択肢があるのだろう。そして、エリーたちが白い結婚であると確信しているようだ。
「そうね…。あと一か月半で三度目の結婚記念日になるの。どうなっていてもその日には離縁をするつもり。」
ライアンは「そんな」と落ち込んでいるが、ヘンリーはしたり顔だ。
「ま、何でも協力するから言ってくれよ。」
しかし、ブラッドリーはエリーからの離縁の話に耳を貸さなかった。
「またその話か。今は褒章の話で忙しい。また今度にしてくれ。」
その言葉通りに、ブラッドリーは全く屋敷に戻ってこなくなった。ブラッドリーがいかに後回しにしようと、これは契約書にも記された約束事である。
なので、エリーは自分で動くことにした。
エリーのことをブラッドリーは世間知らずだと思っているが、エリーが何も知らずに三年間の結婚生活を提案したわけではない。
三年間の白い結婚であったことが証明できれば、妻の方からも離縁の申し立てができるのだ。
初夏の穏やかなある日、エリーは家庭菜園の横のガゼボで嬉しい来客を迎えてお茶を飲んでいた。
「ライアンに会うのは五年ぶりになるかしら。久しぶりね。」
やってきていたのはお馴染みのエバンズ商会のヘンリーと、エリーの従弟であり今は海軍の海馬部隊に所属しているライアン・テイラー子爵令息だった。久しぶりの幼馴染との再会に、使用人たちには席を外してもらっている。
「本当はもっと早く挨拶に来たかったんだけれど、仕事が忙しくてさ。」
ライアンは短く刈り込んだ金髪頭を掻きながら照れたように言った。
「王都駐在部隊に配属になったのよね?」
「ああ。そうなんだ。ポートレット帝国の使者が行き来することが増えるだろうから、王都の警備を増強することになってさ。」
海馬部隊が海戦でやられてから、海馬部隊の活躍を王都で聞くことはなくなったが、ブルテン近海での海軍の仕事では頻繁に海馬が使われている。海軍で海馬が重要なことには変わりがない。
「辺境から王都ってことはお前、海馬部隊ではエリートなんじゃないか?」
ヘンリーは三人の中では唯一の平民だが、正直一番お金持ちである。なので別に幼馴染の二人の前でへりくだることはない。
「ああ。そうかも。今は同期では三人しかいない一等兵に昇格したんだ。」
「すごいじゃない!」
「他の二人も海馬部隊なのか?」
「いや、軍略部隊の同期だよ。内一人は次の式典の褒章で少佐に昇格するんだ。二等から少佐じゃあ角が立つから、春の人事で一等にあがったってわけ。俺はまだまだだよ。」
「ライアンも十分すごいわよ!褒章で昇格するってことは帝国との海戦に出ていたってことでしょう?ライアンは地道に魔物討伐で功績を積んでいるんだから、種類が違うわ。」
ライアンが照れたように笑う。
「褒章で少佐に昇格する一等兵…、それってアーチボルト伯爵令嬢のことだな。」
「…そうなの?」
「ああ。昇格させて箔をつけて引退して結婚だろう。どれぐらいの働きをしたのかもわからないさ。」
エリーは彼女がものすごい働きをしていたことを知っているが、それはヘンリーには教えてあげられない。困ったような顔で笑うのみだった。
一方、怒ったのはライアンだ。
「おい、ヘンリー、彼女の実力は本物だよ。少佐にふさわしいよ。」
「…なに、お前、惚れたの?」
「な…!違う!俺はずっと…!」
ライアンは真っ赤になってごにょごにょと喋る。ヘンリーは呆れたようなため息をついた。
「彼女の嫁ぎ先を知ったら、お前だって彼女に文句の一つでも言いたくなるさ。」
「どこなんだよ?」
「ここ。」
「…は?」
「アーチボルト嬢はエリーの夫であるブラッドリー・オルグレンとの婚約が内々定してるんだよ。」
ライアンは思わず固まった。
「は、はあ!?なんでエリザが既婚者に嫁ぐことになるんだよ!?それも、エリーの夫!?じゃあ、エリーはどうなるんだよ!!」
「そりゃ離縁だろう?違うの?」
ライアンは唖然とした顔でこちらを見てくる。エリーも困った顔しかできない。
「そうだと思うけれど、旦那様は全然離縁の手続きを進めてくださらないのよね…。」
「エリー!何を呑気なことを!それでいいのかよ!?」
「特になんとも思わないわ。完全な政略結婚だし。」
ライアンは「おいおい」と椅子の背にもたれる。
「でもなんでそんな縁談が成立するんだ?」
「そっちも完全な政略だ。アーチボルト家が海馬部隊敗北の責任を取って伯爵に降爵になった時に、後ろ盾に高位貴族と縁組をする話がでたんだよ。
エリーの夫が選ばれたのは、妻が離縁させやすい家の娘だったからだ。それにブラッドリー殿なら喜んでアーチボルト嬢と結婚するだろう?」
「なんで?」
「王立学園時代、彼がアーチボルト嬢に強めの矢印を飛ばしていたことは俺たちの代の卒業生はみんな知ってるからな。アーチボルト嬢がどう思っているかは知らないけど。」
「二人は思いあっているわけではないの?」
「俺が思うに、ブラッドリー殿の完全な片思いだと思うけどね。」
「俺も彼女とはよく話すけれど、そんなそぶりはなかったよ。」
そうなのか。いつのまにか二人は相思相愛だと思い込んでいた。
「で?エリー?」
「ん?」
「どうするんだよ?大人しくブラッドリー殿が離縁してくれるのを待つのか?それとも…。」
ヘンリーが言わんとするところはわかる。彼の頭にも”白い結婚による離縁”の選択肢があるのだろう。そして、エリーたちが白い結婚であると確信しているようだ。
「そうね…。あと一か月半で三度目の結婚記念日になるの。どうなっていてもその日には離縁をするつもり。」
ライアンは「そんな」と落ち込んでいるが、ヘンリーはしたり顔だ。
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