二人のエリーと遅れてあらわれるヒーローたち

ぺきぺき

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第五章 Side A

閑話 サムの独白 3

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サムはエリーに隠れて見習い兵に交じった鍛錬を始めた。エリーは海軍で”軍略部隊”とよばれる頭脳派集団に所属して日々頑張っている。もちろんそれだけではなく、体も鍛えており、男にも負けない。

自分には魔法があるから鍛錬は必要ないと思っていたサムだったが、マッチョほど闇魔法が効かないという現実に焦りを覚えていた。
また、この前、たまたま人型の時にエリーとすれ違って衝撃の事実に気づいたのだ。

サムは新しく入ってきた見習い兵に紛れて人間のご飯を食べてきた帰りであり、エリーは同期のアイザックと食堂に入っていくところだった。背が高く、がっしりしたアイザックとエリーがお似合いに見えて思わずむっとしたのだが、そこで衝撃の事実に気づいた。

エリーの背…、人型の俺より高くない…?


サムは成長期がやってくることを祈って、毎日牛乳を飲み、適度に運動をし、良く寝た。



ようやくサムの身長がエリーに並んだ頃、エリーは辺境部隊に配属となった。もちろん、サムはエリーについて行った。

綺麗なエリーの登場で、辺境部隊のむさくるしい男たちはざわついていた。自分が綺麗であることに無自覚なエリーに、サムは心配になってしまう。
貴族令嬢として、海軍で体を鍛えながらも自分の身だしなみもきちんと整えるエリーは海軍の中では異彩を放ち、人目を引く美しさがあった。そして、年々磨かれていた。

闇魔法を使うが故に、人の心理に敏いサムは心配になってしまうのだ。

男世界でそんなに綺麗になったら、みんなから好かれてしまう。

良からぬことを考える奴が出てきたらどうするんだ?

エリーに求婚する奴がでてきたらどうしよう。


気付けばエリーは18歳になっていた。貴族では結婚適齢期に入るらしい。たまの休日のピクニックで、エリーの膝の上に頭を乗せて、優しくなでてもらっているときに、「嫁に行くとき、サムは連れて行ってもいいのかな…」とつぶやかれた時は心臓が止まるかと思った。

エリーと二人きりの休日が台無しだった。


エリーの周りにはエリーのことを気に入っている男がごろごろといる。


まずは同期のアイザック。エリーのそばにいる頼れる同期だし、いつエリーもくらっと言ってしまうかわからない。闇魔法も効かないし。
なるべく一緒の時はサムが間に割り込んで、エリーがアイザックといい雰囲気にならないように邪魔をしている。実際にエリーは鈍いからいい雰囲気にはどう頑張ってもならない。

次に、もう一人、同期のライアン。彼は海馬部隊員で辺境でのエリーの観察対象だから、見ているうちにころっと恋に落ちてしまうかもしれない。
ライアンもエリーを『エリザ』なんて呼んで特別扱いするし、気が抜けない。幸い、ライアンは闇魔法にかかるので、エリーを好きにならないように誘導している。

…遊びで闇魔法をかけてはいけないという母の言葉が頭をよぎるが、これは遊びではない。エリーの身を守るためだ。


一番手ごわいのはエリーの上官である、エバンズ大佐だ。エリーは彼のことをとても尊敬しているし、大佐もエリーの頭脳を買っている。嵐の夜に二人きりになったら間違いなくエリーは大佐に恋をしてしまうだろう。
実際、海軍を担う人材である大佐とエリーの婚約話はエリーの知らないところで存在していた。ちょろいエリーの父親が簡単に教えてくれたところ、大佐がエリーが適齢期の間に少将に上がれば打診をするつもりらしい。

エリーの父親と長兄には会うたびに、『エリーに結婚はまだ早い』という暗示をかけている。

父親はちょろいが、曲者なのはエリーの長兄のフレデリックだ。闇魔法にはかかっているはずなのに、理性の力でそれをねじ伏せてくる時がある。
内心、エリーを嫁にやりたくないと思っているのに、平然と「エリーももうすぐ適齢期だ」と口にするのだ。


かつてのサムは闇魔法さえ使えれば無敵なのではないかと思っていたが、上手くいかないことの方が多い。


一番どうにかしたいエリーの心にはどうあっても手が届かない。闇魔法がエリーに効いていたとしても、エリーに愛犬以上の思いを抱いてもらうことはできない。

人がもともと持たない感情を持たせることは、闇魔法でもできないのだ。

…エリーが『サムが人なら良かったのに』と言ってくれたら、サムはすぐにでも人型を取れるのに。


犬のままではいつかエリーは誰かと家のために結婚してしまう。それを止めることはできない。だけれど、サムが実は人だったと知った時、エリーはサムのことを軽蔑しないだろうか。

脳裏によぎるのはサムが犬だと分かった後の母の悲しむ様子だった。



ーーーー



人であることを打ち明けられないでいたある日、エリーは辺境部隊を取り仕切るタイラー中将に呼び出された。

「ポートレット帝国との過去にない大規模な海戦が一週間前に勃発し、わずか一日でスピード決着した。結果は我が軍の敗戦だ。海馬40体が死亡または行方不明になっている。」

「海馬40体…。」

40体とはアーチボルト領に駐在していた海馬部隊のほとんどではなかろうか。大変なことが起きたなと、サムは思った程度だったが、エリーは青ざめて息をのんだ。

「まさか…、大将が?」

え、エリーの父親が?

「戦死された。出軍してポートレット帝国の謎の兵器に海馬ごと真っ二つにされたらしい。その後、海馬部隊は海馬の制御を失い散開した。」

まさかの事態にサムは硬直した。


「アーチボルト二等はすぐにアーチボルト領に戻り、本家としての責任を果たせ。」

そうしてエリーはサムを連れてアーチボルト領へと戻った。


エリーは父親が死んでも泣かなかった。フレデリックと再会して、固く抱き合っていた時も泣きはしなかった。以前断った縁談が復活して後味の悪い婚姻を迫られることにねっても泣かなかった。

エリーが泣いたのは、その年のポートレット帝国の侵攻が終わり、ようやく戦死者たちの葬儀が行われたその日だった。

父親の空っぽの墓の前ですすり泣いているエリーをフレデリックはしっかりと抱きしめていた。サムは隣に寄り添うことしかできなかった。

もし、自分がこの時、人型であったなら、エリーを抱きしめてあげることができたのに。


…あのいけ好かない奴からエリーをさらって逃げることもできるのに。


葬儀の翌日、エリーはあのクールな少年、今は青年と、話をしていた。エリーに対する感情に敏感になった今ならわかる。この男はエリーのことが好きなのだろう。

「結局、オルグレン公爵家に嫁いでくることになったな。」

思いを伝える気なんてさらさらなさそうな不機嫌な顔で、男はエリーに話しかけた。

「ええ。そうですね。」

エリーの声も冷たい。サムに呼びかけるときはもっと愛にあふれている。…ペット愛だけれど。

「奥方は離縁の件はご存じなのですか?」

奥方!?こいつ、結婚しているのか?なのにエリーと結婚を!?

「ああ。もともとダンフォード家との縁談を回避するために結婚した仮初の妻だ。社交もしていないし、影響もない。…エリーもこうなることになるのなら、あの日に王立学園に戻っていればよかったのに。」

どこまでも素直になれない男は馬鹿にしたような口調でそんなことを言う。しかし、エリーは何の感情も男に返さなかった。

「確かに、私は宰相様とブラッドリー様が望むような高位貴族の夫人にはなれないのでしょう。社交をさせられない妻として公爵邸に滞在することになる。
アーチボルト家のためになるなら、私はそれでもかまいません。」

「…エリー?」

「ですが、奥様との間に遺恨を残さないように取り計らってください。奥様と話し合って、一番適切な道を選んでください。第二夫人になったとしても文句はありません。」

「俺は君を第二夫人にするつもりなんて…。」

「私はどのようになっても構いません。」


エリーと男の間には深すぎる溝がある。エリーが幸せになる未来がサムには見えなかった。



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