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第五章 Side A
閑話 サムの独白 1
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サムは本名をサマル・ウォーと言った。ルクレツェン魔法大国の狼獣人の一族の生まれであり、その才能を見込まれて次期当主候補として幼い頃から厳しい教育を受けていた。
生まれ持った魔力量の多さから、魔法属性は狼獣人の一般的な闇魔法の他に風魔法を持っていた。実は、複数属性をもつ狼獣人は過去にもおらず、サムが初めてのことだった。
そして、サムは三つの時に初めて獣化に成功する。これも異例のことだ。通常、初めての獣化は8‐10歳の間におこるのだから。獣化のタイミングが幼すぎたためか、サムは子狼に変化しかできなかったが、これからどんどん成長するに違いないと大人たちは喜んだ。
「サマルは大きくなったら当主になってウォー家を盛り立てていくのよ。」
母からはそう言われて育った。なんでも、母は狼獣人ではなく弱小の鼠獣人であったため、ウォー家に嫁に入って相当な苦労をしていたらしい。
優秀な息子を生んだことが母の誇りであったのだ。
母に褒められることが嬉しくて、サムはそれはもうがむしゃらに魔法の修業を頑張ったのだ。
”闇魔法”とは相手の精神に作用する魔法である。相手に思い通りの行動をさせたり、意見を変えさせたりすることができる。
ただ、狼獣人に対してこれを使うことは一族ではご法度とされていた。母は昔、闇魔法で嫌な思いをしたことがあるらしく、誰彼構わず遊びで闇魔法をかけてはいけない、とサムに言い聞かせていた。
”風魔法”は文字通り、風を操る魔法であり、母から譲り受けた属性だ。優秀な風魔法の使い手であった母はそのすべてを息子に余すとことなく教えてくれた。
風魔法の最も強力な技は”かまいたち”といって鋭い風の刃を繰り出す技だ。これをいたずらに人に向けてはならないと母はサムに教えた。これは人を助け、守るために使う技なのだ、と。
そして、10歳になるころにはサムはどちらの魔法もすっかり極め、神童と呼ばれていた。
魔法の修業に励む間に、サムは外の世界に興味を持つようになった。外国語に堪能な出入りの商人たちと交流を持ち、異国語を学ぶようになった。
まずはすでに話せるオールディー語に近いブルテン語を、その後、その商人がおすすめだというポートレット帝国語を学んだ。
「ポートレット帝国では我が国の魔道具をヒューゲンの三倍の値段で買ってくれるのですよ。これから付き合いも増えていくだろうし、学んでおいて損はないでしょう。」
外の世界に思いを馳せる息子を母はいつも心配していた。
「サマル、ルクレツェンは他国と交流をしていないの。商人たちもね、珍しい品を持ってはいるけれど、関所で交流をしているだけで異国まではいけないのよ。」
ウォー家は排他的な家だったが、ルクレツェンも排他的な国だった。
サムが13歳の春に日常は一変した。
従弟が獣化したことにより、サムの獣体が狼ではなく犬であったことが判明したのだ。
犬…。
サムはヒューゲンからの犬図鑑を見ていた。そこに載るジャーマン・スピッツ犬にサムはそっくりだ。
「おい!あそこにお犬様がいるぞ!」
「いくら神童って言われててもその正体が犬なんじゃな!」
もてはやされるサムに対していい思いを抱いていなかった親戚の少年たちは、サムを散々犬だと呼んでからかった。別にそれは我慢できた。我慢できなかったのは…。
「まさか…!犬だったなんて…!」
母は父の腕の中で毎晩泣き崩れていた。
「それでもサマルが優秀な子であることには変わりないじゃないか。」
「でも!犬だなんて一族に受け入れられないわ!」
母がヒステリックに叫んでいる様子をサマルはいつも扉の陰から見ていた。自分が大好きな母を追い詰めている。そう思ったサムはわずかな荷物で家を飛び出していた。
もう、ルクレツェンにいる意味はない。行ってみたかった異国に行こう。
風魔法と闇魔法を使いこなすサムにとって関所はないのと同じだ。あっというまにヒューゲン側に抜けた。
ヒューゲンに出て、サムは初めて闇魔法が万能ではないことを知った。闇魔法が効かない人物が確かに世界には存在するのだ。
そして、サムは世間知らずだった。物の価値も知らず、わずかばかりの所持金はすぐに底をつき、宿にも泊まれなくなった。働かなければならないが、魔法は神童であっても、それがどんな仕事に生かせるのか、サムは全く知らなかった。後は多少の異国語が話せるくらい。
小汚いガキが通訳の仕事ができると言っても誰が信用するだろうか。しかも、ブルテン語と、あのポートレット帝国語である。ポートレット帝国が侵略国家であることをサムはヒューゲンに出てきて初めて知った。
万策尽きたサムは犬に変化して生活することにした。
犬として愛想を振りまき、時に闇魔法も駆使して食べ物を得た。寝床も犬であれば雨さえしのげればいい。
せっかくだから、ブルテンに行ってみよう。そう思い立って闇魔法を使って商船に紛れ込んだ。なぜか犬の姿では簡単な風魔法しか使えないから。
この商船では闇魔法が効きやすい人が多く、サムは悠々自適な船旅をしていた。
しかし、あと三日ほどでブルテンというところで、船は海賊に襲われた。
「なんだ?この犬、売り物か?」
ナイフを持った海賊たちに迫られて、闇魔法をとりあえず放ち、サムは海に飛び込んだ。
「あ!おい!」
「放っておけよ。」
海賊たちは追って来なかった。船から十分に距離を取ったサムは人型になって風魔法を使おうとして、ぎょっとする。馬の上半身に魚の下半身。魔物が追ってきたのだ。それもたくさん。
パニックになったサムは闇魔法をひっちゃかめっちゃかに発動する。食べるな!陸に行かせてくれ!この時初めて闇魔法が魔物に対しても有効であることをサムは初めて知った。
魔物たちはサムの体を鼻先で押しながら、陸地までぐんぐんと泳いでいったのだ。たどり着いた先は、あの”海馬の入り江”であった。
よろよろと入り江にたどり着いたサムは魔力切れを起こし、その場で犬の姿のまま倒れてしまった。
生まれ持った魔力量の多さから、魔法属性は狼獣人の一般的な闇魔法の他に風魔法を持っていた。実は、複数属性をもつ狼獣人は過去にもおらず、サムが初めてのことだった。
そして、サムは三つの時に初めて獣化に成功する。これも異例のことだ。通常、初めての獣化は8‐10歳の間におこるのだから。獣化のタイミングが幼すぎたためか、サムは子狼に変化しかできなかったが、これからどんどん成長するに違いないと大人たちは喜んだ。
「サマルは大きくなったら当主になってウォー家を盛り立てていくのよ。」
母からはそう言われて育った。なんでも、母は狼獣人ではなく弱小の鼠獣人であったため、ウォー家に嫁に入って相当な苦労をしていたらしい。
優秀な息子を生んだことが母の誇りであったのだ。
母に褒められることが嬉しくて、サムはそれはもうがむしゃらに魔法の修業を頑張ったのだ。
”闇魔法”とは相手の精神に作用する魔法である。相手に思い通りの行動をさせたり、意見を変えさせたりすることができる。
ただ、狼獣人に対してこれを使うことは一族ではご法度とされていた。母は昔、闇魔法で嫌な思いをしたことがあるらしく、誰彼構わず遊びで闇魔法をかけてはいけない、とサムに言い聞かせていた。
”風魔法”は文字通り、風を操る魔法であり、母から譲り受けた属性だ。優秀な風魔法の使い手であった母はそのすべてを息子に余すとことなく教えてくれた。
風魔法の最も強力な技は”かまいたち”といって鋭い風の刃を繰り出す技だ。これをいたずらに人に向けてはならないと母はサムに教えた。これは人を助け、守るために使う技なのだ、と。
そして、10歳になるころにはサムはどちらの魔法もすっかり極め、神童と呼ばれていた。
魔法の修業に励む間に、サムは外の世界に興味を持つようになった。外国語に堪能な出入りの商人たちと交流を持ち、異国語を学ぶようになった。
まずはすでに話せるオールディー語に近いブルテン語を、その後、その商人がおすすめだというポートレット帝国語を学んだ。
「ポートレット帝国では我が国の魔道具をヒューゲンの三倍の値段で買ってくれるのですよ。これから付き合いも増えていくだろうし、学んでおいて損はないでしょう。」
外の世界に思いを馳せる息子を母はいつも心配していた。
「サマル、ルクレツェンは他国と交流をしていないの。商人たちもね、珍しい品を持ってはいるけれど、関所で交流をしているだけで異国まではいけないのよ。」
ウォー家は排他的な家だったが、ルクレツェンも排他的な国だった。
サムが13歳の春に日常は一変した。
従弟が獣化したことにより、サムの獣体が狼ではなく犬であったことが判明したのだ。
犬…。
サムはヒューゲンからの犬図鑑を見ていた。そこに載るジャーマン・スピッツ犬にサムはそっくりだ。
「おい!あそこにお犬様がいるぞ!」
「いくら神童って言われててもその正体が犬なんじゃな!」
もてはやされるサムに対していい思いを抱いていなかった親戚の少年たちは、サムを散々犬だと呼んでからかった。別にそれは我慢できた。我慢できなかったのは…。
「まさか…!犬だったなんて…!」
母は父の腕の中で毎晩泣き崩れていた。
「それでもサマルが優秀な子であることには変わりないじゃないか。」
「でも!犬だなんて一族に受け入れられないわ!」
母がヒステリックに叫んでいる様子をサマルはいつも扉の陰から見ていた。自分が大好きな母を追い詰めている。そう思ったサムはわずかな荷物で家を飛び出していた。
もう、ルクレツェンにいる意味はない。行ってみたかった異国に行こう。
風魔法と闇魔法を使いこなすサムにとって関所はないのと同じだ。あっというまにヒューゲン側に抜けた。
ヒューゲンに出て、サムは初めて闇魔法が万能ではないことを知った。闇魔法が効かない人物が確かに世界には存在するのだ。
そして、サムは世間知らずだった。物の価値も知らず、わずかばかりの所持金はすぐに底をつき、宿にも泊まれなくなった。働かなければならないが、魔法は神童であっても、それがどんな仕事に生かせるのか、サムは全く知らなかった。後は多少の異国語が話せるくらい。
小汚いガキが通訳の仕事ができると言っても誰が信用するだろうか。しかも、ブルテン語と、あのポートレット帝国語である。ポートレット帝国が侵略国家であることをサムはヒューゲンに出てきて初めて知った。
万策尽きたサムは犬に変化して生活することにした。
犬として愛想を振りまき、時に闇魔法も駆使して食べ物を得た。寝床も犬であれば雨さえしのげればいい。
せっかくだから、ブルテンに行ってみよう。そう思い立って闇魔法を使って商船に紛れ込んだ。なぜか犬の姿では簡単な風魔法しか使えないから。
この商船では闇魔法が効きやすい人が多く、サムは悠々自適な船旅をしていた。
しかし、あと三日ほどでブルテンというところで、船は海賊に襲われた。
「なんだ?この犬、売り物か?」
ナイフを持った海賊たちに迫られて、闇魔法をとりあえず放ち、サムは海に飛び込んだ。
「あ!おい!」
「放っておけよ。」
海賊たちは追って来なかった。船から十分に距離を取ったサムは人型になって風魔法を使おうとして、ぎょっとする。馬の上半身に魚の下半身。魔物が追ってきたのだ。それもたくさん。
パニックになったサムは闇魔法をひっちゃかめっちゃかに発動する。食べるな!陸に行かせてくれ!この時初めて闇魔法が魔物に対しても有効であることをサムは初めて知った。
魔物たちはサムの体を鼻先で押しながら、陸地までぐんぐんと泳いでいったのだ。たどり着いた先は、あの”海馬の入り江”であった。
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