上 下
28 / 75
第三章 Side A

8 エリーと異国からの王太子妃

しおりを挟む
「エリー?」

エスメラルダ妃は首をかしげてエリーの方を見た。

「お久しぶりです、殿下。こちらは私の妹です。」

「お初にお目にかかります。エリザベス・アーチボルトと申します。」

「私のお友達もエリーと言うのよ。」

「よくある名前ですからね。」

「今からちょうどあの話をしようと思っていたんだ。エメ、隣に座ってくれ。」

エスメラルダ妃が席に着くとフェイビアンは次の話題をだした。


「エメから大陸の話をいろいろと聞いて、大将にぜひ話を聞きたいと思ったんだ。大陸には”魔法”と呼ばれる不思議な術を操る者や、獣の術を使う者がいるという。私も伝聞でしか聞いたことはなかったが、エメは見たことがあるそうなんだ。」

「はい。」

エリーも大陸にいるという不思議の術を使う者たちのことは聞いたことがある。ブルテンと国交のある国の中にも結界の術を使う聖女がいる国があるが、いわゆる”魔法使い”と呼ばれる人々が暮らす国との間に国交はない。

「ポートレット帝国が侵攻し、落とした国の中にはそのような秘儀を持つ国があるかもしれない。その時、我が国とエスパルで対抗しきれるかというと不安だ。」

「たしかに、その懸念はございます。しかし、我が国だけでできる対策はたかが知れております。そのためのエスパルとの同盟であり、他国との交渉も続いております。」

「…我が国にも不思議の術を使うという民がいる。」

「…殿下。」

フレデリックは窘めるようにフェイビアンに声をかけるが、フェイビアンは膝の上でこぶしを握る。

「”魔女の森”の魔女たちに力添えを頼めないだろうか?」

「殿下、セオドア殿下が魔女の森に向かって行方不明になられたことはもちろん覚えておいでですよね。」

「わかっている!私は行かない!」

「…我々に行けと申されているのですか?」

「ち、違う!」

フレデリックの鋭い目線にフェイビアンは大慌てした。それを横からエスメラルダ妃が手を握ってなだめる。どうやら二人は良好な夫婦関係を結べているらしい。

「違うんだ。侯爵に聞きたかったのは、魔女たちの力を海軍に組み込むというのは可能なのかどうか、ということだ。魔女たちは先の流行り病の治療薬の作成に力を貸してくれた。他にも秘密の技があると思うのだが。」

「そうですね…。私が報告を受けている範囲では、薬草の知識の他に、変化の術を使うとか。その変化の術がどの範囲まで作用するかわかりませんが、使いようはあるかと思います。
また、予言の術を使う者もいるとか。侵攻の時期を予言してもらえればこちらに有利に働くでしょう。
しかし、もう少し技の情報がなければ積極的に魔女たちと接触しようとは思いませんね。」

フレデリックは顎に手をやった。

「魔女たちは大陸の内地にある国で王侯貴族たちに迫害されていたそうです。我々から接触しても力を貸してはくれないでしょう。」

「そうか…。隣の領であるアーチボルト侯爵はそこまでの情報を仕入れているのだな。」

「いえ、これは妹のエリザベスから報告されたものです。」

「君が?」

「はい。」

エリーも話を振られて答える。

「海軍にロンズデール領の子爵家の生まれの者がいます。彼は魔女の子孫らしく、魔女の術に詳しいのです。私も魔女たちの技を軍で生かせないかと思い、いろいろと彼に聞きました。」

「そのような者がいるのか!」

「魔女の森の周辺では、魔女の子孫は多くいるそうですよ。」

「では、その子孫たちから働きかければもしや…!」

フェイビアンの瞳は期待できらきらとし始めた。しかし、フレデリックは渋い顔だ。

「その兵は海馬部隊に所属しております。将来有望な兵であり、そのような仕事に出すことは大将として受け入れられません。」

「そ、そうか…。しかし、その者の家に協力を頼むことはできるな。」

「ロンズデール伯爵家の分家ですので、ロンズデール伯爵家に声をかけることとなるでしょうね。」

「それは、父上に反対されそうだな。」

そこでふとエリーは思い出す。

「確か、ロンズデール伯爵の亡き奥方はその子爵家の出だと聞いております。」

「なに?」

「ブラッドリー殿の奥方も魔女の子孫であられるはずです。」



ーーーー



エリーがフレデリックと共にタウンハウスに帰ると甥っ子にもみくちゃにされていたサムが嬉しそうに甥っ子を置き去りにして寄ってきた。尻尾がフリフリしている。

「サム、ただいま。」

頭を撫でてやると満足そうな顔をする。

「エリー、今日は大変だったな。特にあのブラッドリー殿の話、いいのか?」

「致し方ないです。確かにオルグレン公爵家の後ろ盾を得られればアーチボルト家には最善です。」

「お前は一度、求婚を断っているだろう?いい扱いは受けないかもしれないぞ?」

「…致し方ありません。」

「まあ、心配する必要はないかもしれないが。」

「…どういうことです?」

「ブラッドリー殿の四年前の求婚、どう言って父上を説得したかきいているか?」

「知りません。」

「ブラッドリー殿はエリーとは秘密の恋人同士だったと言ったらしい。」

「はあ!?」

エリーは素っ頓狂な声をあげた。

「なぜ!?そんな嘘を!?」

「まあ、本人に聞いてみるといい。お前は本当に鈍いからな。自分じゃわからないだろう。」

え、なんか馬鹿にされてる?

エリーがむっとした顔をするのをフレデリックは笑って頭をぽんぽんと撫でた。足元ではサムが『どういうこと?どういうこと?』と言うようにぐるぐると歩き回っていた。



ーーーー



その年のポートレット帝国の侵攻はエスパルとの連合軍でなんとか退けることができた。しかし、沖合で何日も向かい合うような、これまでにはない戦闘が続き、軍は疲弊していた。

冬が始まるタイミングでようやくアーチボルト前侯爵の葬儀が行われた。そして帰ってこなかった兄姉を含む、今年の侵攻で亡くなった兵たちの葬儀もだ。

残念ながら父の遺体はない。空の墓に墓碑だけが立っている。

悲しむ暇などないと突き進んできた兄妹二人もさすがに現実を突きつけられ、二人で墓碑の前に座り込んでいた。エリーの横にはサムの姿もあった。

「父上が戦死するだなんて、想像もしていませんでした。」

「そうだな。父上はいつも活力にあふれて大きかったからな。」

フレデリックは父と同じ赤毛ではあるが父のような筋骨隆々な男ではない。エリーは父と同じ深い青の瞳を持つが快活な性格ではない。
二人とも性格はどちらかと言えば母に似ており、頭脳派であった。

父は脳筋であったが、その明るさが常に二人の光だった。何があっても二人のことを愛してくれて、庇護してくれていた父はもういないのだ。

鼻の奥がつんとして膝を抱える。兄の手が頭に乗り、サムがべったりとくっついてくる。


悲しむのは今日だけだ。明日からはまた来年の侵攻に向けて策を練らなければならない。王命による縁談も来ることが決まっている。

だから、悲しむのは今日だけなのだ。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

銀の髪に咲く白い花 ~半年だけの公爵令嬢と私の物語~

新道 梨果子
恋愛
 エイゼン国大法官ジャンティの屋敷に住む書生、ジルベルト。ある日、主人であるジャンティが、養女にすると少女リュシイを連れ帰ってきた。  ジルベルトは、少女を半年で貴族の娘らしくするようにと言われる。  少女が持ち込んだ植木鉢の花が半年後に咲いたら、彼女は屋敷を出て行くのだ。  たった半年だけのお嬢さまと青年との触れ合いの物語。 ※ 「少女は今夜、幸せな夢を見る ~若き王が予知の少女に贈る花~」「その白い花が咲く頃、王は少女と夢を結ぶ」のその後の物語となっておりますが、読まなくとも大丈夫です。 ※ 「小説家になろう」にも投稿しています(検索除外中)。

Two seam

フロイライン
恋愛
女子高校野球界に突如現れた水谷優里 彼女は男子に匹敵する豪速球を武器に人々の注目を集めるが‥

【完結】あなたの色に染める〜無色の私が聖女になるまで〜

白崎りか
恋愛
色なしのアリアには、従兄のギルベルトが全てだった。 「ギルベルト様は私の婚約者よ! 近づかないで。色なしのくせに!」 (お兄様の婚約者に嫌われてしまった。もう、お兄様には会えないの? 私はかわいそうな「妹」でしかないから) ギルベルトと距離を置こうとすると、彼は「一緒に暮らそう」と言いだした。 「婚約者に愛情などない。大切なのは、アリアだけだ」  色なしは魔力がないはずなのに、アリアは魔法が使えることが分かった。 糸を染める魔法だ。染めた糸で刺繍したハンカチは、不思議な力を持っていた。 「こんな魔法は初めてだ」 薔薇の迷路で出会った王子は、アリアに手を差し伸べる。 「今のままでいいの? これは君にとって良い機会だよ」 アリアは魔法の力で聖女になる。 ※小説家になろう様にも投稿しています。

どうして私にこだわるんですか!?

風見ゆうみ
恋愛
「手柄をたてて君に似合う男になって帰ってくる」そう言って旅立って行った婚約者は三年後、伯爵の爵位をいただくのですが、それと同時に旅先で出会った令嬢との結婚が決まったそうです。 それを知った伯爵令嬢である私、リノア・ブルーミングは悲しい気持ちなんて全くわいてきませんでした。だって、そんな事になるだろうなってわかってましたから! 婚約破棄されて捨てられたという噂が広まり、もう結婚は無理かな、と諦めていたら、なんと辺境伯から結婚の申し出が! その方は冷酷、無口で有名な方。おっとりした私なんて、すぐに捨てられてしまう、そう思ったので、うまーくお断りして田舎でゆっくり過ごそうと思ったら、なぜか結婚のお断りを断られてしまう。 え!? そんな事ってあるんですか? しかもなぜか、元婚約者とその彼女が田舎に引っ越した私を追いかけてきて!? おっとりマイペースなヒロインとヒロインに恋をしている辺境伯とのラブコメです。ざまぁは後半です。 ※独自の世界観ですので、設定はゆるめ、ご都合主義です。

赤貧令嬢の借金返済契約

夏菜しの
恋愛
 大病を患った父の治療費がかさみ膨れ上がる借金。  いよいよ返す見込みが無くなった頃。父より爵位と領地を返還すれば借金は国が肩代わりしてくれると聞かされる。  クリスタは病床の父に代わり爵位を返還する為に一人で王都へ向かった。  王宮の中で会ったのは見た目は良いけど傍若無人な大貴族シリル。  彼は令嬢の過激なアプローチに困っていると言い、クリスタに婚約者のフリをしてくれるように依頼してきた。  それを条件に父の医療費に加えて、借金を肩代わりしてくれると言われてクリスタはその契約を承諾する。  赤貧令嬢クリスタと大貴族シリルのお話です。

【完結】婚約解消を言い渡された天使は、売れ残り辺境伯を落としたい

ユユ
恋愛
ミルクティー色の柔らかな髪 琥珀の大きな瞳 少し小柄ながらスタイル抜群。 微笑むだけで令息が頬を染め 見つめるだけで殿方が手を差し伸べる パーティーではダンスのお誘いで列を成す。 学園では令嬢から距離を置かれ 茶会では夫人や令嬢から嫌味を言われ パーティーでは背後に気を付ける。 そんな日々は私には憂鬱だった。 だけど建国記念パーティーで 運命の出会いを果たす。 * 作り話です * 完結しています * 暇つぶしにどうぞ

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。

氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。 聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。 でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。 「婚約してほしい」 「いえ、責任を取らせるわけには」 守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。 元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。 小説家になろう様にも、投稿しています。

処理中です...