9 / 75
第一章 Side A
閑話 フェイビアンの独白
しおりを挟む
フェイビアン・ブルテンはブルテン王国の第二王子として生まれ、優秀な王太子である兄を尊敬し、将来は友人たちと兄を支えて国を守っていくのだと信じて疑ったことはなかった。
全てが変わってしまったのは、王立学園の中等部に入学して二月ほどたった時だ。
兄が突然、行方不明になり、万が一に備えて王太子教育を受けることとなった。
王太子教育は難しいことばかりだったが、フェイビアンは必死に食らいついた。もちろんそこそこに優秀だ。しかし、兄に王太子教育をした教師陣や父はこれではいけないと頭を悩ませた。
兄には劣る、と。
父である国王が兄に劣るフェイビアンに箔をつけるために、いろいろなことをし、すべてがこれまでの、そしてこれからのフェイビアンの友人関係をずたずたに壊した。
まず、婚約者候補だったエリザベス・アーチボルト侯爵令嬢との婚約話はなかったことになった。
フェイビアンはエリザベスに対して友情以上の感情は持っていなかったが、親友の一人だと思っていた。次に与えられた婚約者は王族にルーツをもつダンフォード公爵家のキャサリン・ダンフォード公爵令嬢である。
婚約者に誤解を与えてはいけないと、エリザベスとは距離を置くことになり、彼女は高等部に進学せずに軍に入隊した。フェイビアンは親友の一人を失った。
宰相の息子であるブラッドリー・オルグレンはフェイビアンを優秀に見せるために様々な我慢を強いられた。
首席の座をフェイビアンに譲り、生徒会長の座をフェイビアンに譲り、卒業生代表の座をフェイビアンに譲った。ブラッドリーは徐々に卑屈な態度を取るようになり、フェイビアンも彼には強く出られなくなった。
『自分の方が優秀なのに』と恨まれているような気がして、以前の様になんでも話せる親友だとは思えなくなっていた。
フェイビアンに成績を譲ったのはブラッドリーだけではない。平民のヘンリー・エバンズという男子生徒がブラッドリーに次ぐ成績で次席で入学していたが、三席だったフェイビアンに譲らされた。
ここは権力で上から圧力をかけてのことらしく、その学生は高等部に進学した今もフェイビアンに近づくことはない。
新しい婚約者のキャサリンとの関係も、構築する前に解消となった。国防のためにエスパル国の王女と婚約することになったのである。
婚約期間はわずか一年と少し。こちらの事情なので新しい婚約者を国王が探している。有力な候補はブラッドリーなのだが、彼は受け入れないだろう。
ブラッドリーがずっと幼馴染でフェイビアンの婚約者候補であったエリザベスに思いを寄せていたのはフェイビアンからすると明白であった。
目ざとい貴族令嬢はエリザベスに嫉妬し、くだらない悪口を言って発散していたほど明白であったが、おそらくエリザベス当人は気づいていなかっただろう。
ブラッドリーはエリザベスを諦めていないのではないかと思う。
頼りになる兄はいない。心を許していた親友もいない。新しい友人もいない。
フェイビアンは孤独だった。
エスパルからやってくる婚約者であり妻となる王女が自分に心を開いてくれることを、そしてせめて友情をはぐくめることをフェイビアンは願っていた。
ーーーー
「お初にお目にかかります。エスメラルダと申します。」
妻となるエスパル国の王女は結婚式の一か月前にブルテン入りした。エスパル特有の浅黒い肌にこげ茶のくるくるとした髪をした同い年の王女は意思の強さを感じさせるハシバミ色の瞳をしていた。
「フェイビアンだ。これからよろしくお願いします。」
二人はしばし無言で見つめあった。
「…フェイビアン様には婚約者がいらっしゃったと聞きましたが、この婚姻にご不満はありませんか?」
ずいぶんはっきりと尋ねられた。後で知るのだが、これがエスパル式らしい。
「不満はないよ。私の立太子は予定になかったことだからね。元婚約者とも最近の付き合いなんだ。私は、王女殿下が慣れ親しんだ国を離れることになってしまったことの方が気になるよ。」
エスメラルダは驚いたように瞬きをした。
「フェイビアン様はお優しいのですね。でも、一国の王女として生まれたからにはどんな縁談も覚悟しています。ただ…、夫婦となるのですから、夫となる方とは仲睦まじく過ごしたいと思っています。」
ああ、彼女なら大丈夫だ。
フェイビアンははにかんだように笑った。
「私もです。」
全てが変わってしまったのは、王立学園の中等部に入学して二月ほどたった時だ。
兄が突然、行方不明になり、万が一に備えて王太子教育を受けることとなった。
王太子教育は難しいことばかりだったが、フェイビアンは必死に食らいついた。もちろんそこそこに優秀だ。しかし、兄に王太子教育をした教師陣や父はこれではいけないと頭を悩ませた。
兄には劣る、と。
父である国王が兄に劣るフェイビアンに箔をつけるために、いろいろなことをし、すべてがこれまでの、そしてこれからのフェイビアンの友人関係をずたずたに壊した。
まず、婚約者候補だったエリザベス・アーチボルト侯爵令嬢との婚約話はなかったことになった。
フェイビアンはエリザベスに対して友情以上の感情は持っていなかったが、親友の一人だと思っていた。次に与えられた婚約者は王族にルーツをもつダンフォード公爵家のキャサリン・ダンフォード公爵令嬢である。
婚約者に誤解を与えてはいけないと、エリザベスとは距離を置くことになり、彼女は高等部に進学せずに軍に入隊した。フェイビアンは親友の一人を失った。
宰相の息子であるブラッドリー・オルグレンはフェイビアンを優秀に見せるために様々な我慢を強いられた。
首席の座をフェイビアンに譲り、生徒会長の座をフェイビアンに譲り、卒業生代表の座をフェイビアンに譲った。ブラッドリーは徐々に卑屈な態度を取るようになり、フェイビアンも彼には強く出られなくなった。
『自分の方が優秀なのに』と恨まれているような気がして、以前の様になんでも話せる親友だとは思えなくなっていた。
フェイビアンに成績を譲ったのはブラッドリーだけではない。平民のヘンリー・エバンズという男子生徒がブラッドリーに次ぐ成績で次席で入学していたが、三席だったフェイビアンに譲らされた。
ここは権力で上から圧力をかけてのことらしく、その学生は高等部に進学した今もフェイビアンに近づくことはない。
新しい婚約者のキャサリンとの関係も、構築する前に解消となった。国防のためにエスパル国の王女と婚約することになったのである。
婚約期間はわずか一年と少し。こちらの事情なので新しい婚約者を国王が探している。有力な候補はブラッドリーなのだが、彼は受け入れないだろう。
ブラッドリーがずっと幼馴染でフェイビアンの婚約者候補であったエリザベスに思いを寄せていたのはフェイビアンからすると明白であった。
目ざとい貴族令嬢はエリザベスに嫉妬し、くだらない悪口を言って発散していたほど明白であったが、おそらくエリザベス当人は気づいていなかっただろう。
ブラッドリーはエリザベスを諦めていないのではないかと思う。
頼りになる兄はいない。心を許していた親友もいない。新しい友人もいない。
フェイビアンは孤独だった。
エスパルからやってくる婚約者であり妻となる王女が自分に心を開いてくれることを、そしてせめて友情をはぐくめることをフェイビアンは願っていた。
ーーーー
「お初にお目にかかります。エスメラルダと申します。」
妻となるエスパル国の王女は結婚式の一か月前にブルテン入りした。エスパル特有の浅黒い肌にこげ茶のくるくるとした髪をした同い年の王女は意思の強さを感じさせるハシバミ色の瞳をしていた。
「フェイビアンだ。これからよろしくお願いします。」
二人はしばし無言で見つめあった。
「…フェイビアン様には婚約者がいらっしゃったと聞きましたが、この婚姻にご不満はありませんか?」
ずいぶんはっきりと尋ねられた。後で知るのだが、これがエスパル式らしい。
「不満はないよ。私の立太子は予定になかったことだからね。元婚約者とも最近の付き合いなんだ。私は、王女殿下が慣れ親しんだ国を離れることになってしまったことの方が気になるよ。」
エスメラルダは驚いたように瞬きをした。
「フェイビアン様はお優しいのですね。でも、一国の王女として生まれたからにはどんな縁談も覚悟しています。ただ…、夫婦となるのですから、夫となる方とは仲睦まじく過ごしたいと思っています。」
ああ、彼女なら大丈夫だ。
フェイビアンははにかんだように笑った。
「私もです。」
3
お気に入りに追加
69
あなたにおすすめの小説
人質姫と忘れんぼ王子
雪野 結莉
恋愛
何故か、同じ親から生まれた姉妹のはずなのに、第二王女の私は冷遇され、第一王女のお姉様ばかりが可愛がられる。
やりたいことすらやらせてもらえず、諦めた人生を送っていたが、戦争に負けてお金の為に私は売られることとなった。
お姉様は悠々と今まで通りの生活を送るのに…。
初めて投稿します。
書きたいシーンがあり、そのために書き始めました。
初めての投稿のため、何度も改稿するかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。
小説家になろう様にも掲載しております。
読んでくださった方が、表紙を作ってくださいました。
新○文庫風に作ったそうです。
気に入っています(╹◡╹)
日給10万の結婚〜性悪男の嫁になりました〜
橘しづき
恋愛
服部舞香は弟と二人で暮らす二十五歳の看護師だ。両親は共に蒸発している。弟の進学費用のために働き、貧乏生活をしながら貯蓄を頑張っていた。 そんなある日、付き合っていた彼氏には二股掛けられていたことが判明し振られる。意気消沈しながら帰宅すれば、身に覚えのない借金を回収しにガラの悪い男たちが居座っていた。どうやら、蒸発した父親が借金を作ったらしかった。
その額、三千万。
到底払えそうにない額に、身を売ることを決意した途端、見知らぬ男が現れ借金の肩代わりを申し出る。
だがその男は、とんでもない仕事を舞香に提案してきて……
果たされなかった約束
家紋武範
恋愛
子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。
しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。
このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。
怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。
※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。
銀の髪に咲く白い花 ~半年だけの公爵令嬢と私の物語~
新道 梨果子
恋愛
エイゼン国大法官ジャンティの屋敷に住む書生、ジルベルト。ある日、主人であるジャンティが、養女にすると少女リュシイを連れ帰ってきた。
ジルベルトは、少女を半年で貴族の娘らしくするようにと言われる。
少女が持ち込んだ植木鉢の花が半年後に咲いたら、彼女は屋敷を出て行くのだ。
たった半年だけのお嬢さまと青年との触れ合いの物語。
※ 「少女は今夜、幸せな夢を見る ~若き王が予知の少女に贈る花~」「その白い花が咲く頃、王は少女と夢を結ぶ」のその後の物語となっておりますが、読まなくとも大丈夫です。
※ 「小説家になろう」にも投稿しています(検索除外中)。
聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる
夕立悠理
恋愛
ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。
しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。
しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。
※小説家になろう様にも投稿しています
※感想をいただけると、とても嬉しいです
※著作権は放棄してません
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
冷酷非情の雷帝に嫁ぎます~妹の身代わりとして婚約者を押し付けられましたが、実は優しい男でした~
平山和人
恋愛
伯爵令嬢のフィーナは落ちこぼれと蔑まれながらも、希望だった魔法学校で奨学生として入学することができた。
ある日、妹のノエルが雷帝と恐れられるライトニング侯爵と婚約することになった。
ライトニング侯爵と結ばれたくないノエルは父に頼み、身代わりとしてフィーナを差し出すことにする。
保身第一な父、ワガママな妹と縁を切りたかったフィーナはこれを了承し、婚約者のもとへと嫁ぐ。
周りから恐れられているライトニング侯爵をフィーナは怖がらず、普通に妻として接する。
そんなフィーナの献身に始めは心を閉ざしていたライトニング侯爵は心を開いていく。
そしていつの間にか二人はラブラブになり、子宝にも恵まれ、ますます幸せになるのだった。
不能と噂される皇帝の後宮に放り込まれた姫は恩返しをする
矢野りと
恋愛
不能と噂される隣国の皇帝の後宮に、牛100頭と交換で送り込まれた貧乏小国の姫。
『なんでですか!せめて牛150頭と交換してほしかったですー』と叫んでいる。
『フンガァッ』と鼻息荒く女達の戦いの場に勢い込んで来てみれば、そこはまったりパラダイスだった…。
『なんか悪いですわね~♪』と三食昼寝付き生活を満喫する姫は自分の特技を活かして皇帝に恩返しすることに。
不能?な皇帝と勘違い姫の恋の行方はどうなるのか。
※設定はゆるいです。
※たくさん笑ってください♪
※お気に入り登録、感想有り難うございます♪執筆の励みにしております!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる