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第三章 Side A
6 エリーと新しい大将
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父亡き後を継ぐ大将は彼の長男であるフレデリックにほぼ決定していたが、一つ不安要素としては、彼がまだ少将であるという点があった。
今は前代未聞の国家の危機であった。そこで27歳の若大将が立つことを不安視する声が出た。一番切れ者の大将に次ぐ階級の中将といえば辺境駐在部隊のタイラー中将だが、彼は分家の出身で本家から血も遠かった。
それはそれで不満が出る可能性があり、結局のところフレデリックが大将になることで落ち着いた。
「アーチボルト少将が次の大将になるだなんて大丈夫なのか…、いや、きっと大丈夫だな!」
「いや、少将には大軍を率いた経験はないだろう?」
「大丈夫さ!少将はとても頭がいいじゃないか!」
「……お前、昨日は俺と同じ意見だったじゃないか?」
二人の兵が話しながら去って行く。その背後に現れたのはサムを連れたエリーだ。
「こんなものでいいかしら?あんまりやりすぎるとサムも疲れてしまうものね。昨日はふらふらだったし。」
サムの頭を撫でてやると満足そうに眼を細める。エリーとサムは昨日から士気の下がっている兵を見つけてはサムの不思議な力で強制的に鼓舞するということを繰り返していた。
「働かないほど気落ちしている兵はもういないはずだけれど、サムの力がいつまで続くかわからないし、早く次の海戦が始まってくれた方がいいかもしれないわ。」
エリーが遠くポートレット帝国の方を見た時、緊急事態を告げる鐘がなった。
運命の今年二戦目が始まる。
ーーーー
先の大敗で海馬40体が死亡または行方不明となっていたが、海馬部隊の兵八人は散開した海馬に振り落とされた後、幸運にも味方の船に回収されて基地に帰還していた。
特に軍の士気を下げるほど落ち込んでいたのは彼らで、「絶対に勝てない」「ポートレット帝国に侵略される」という弱音を吐き、悪い空気を垂れ流していた。
サムの不思議な力で弱音は垂れ流さらんくなっていたが、彼らの気持ちを上向きにさせるニュースが第二戦中の海軍基地に飛び込んできた。
「メアリー!」
「ソフィー!」
波止場に現れたのは灰色の海馬たちだ。一体、一体、と現れ、ついに八体の海馬が海軍基地に帰り着いた。先の大敗から二週間後のことである。
「エリー、どう思う?」
「灰色の海馬は死んでいないはずなので、八体しか戻ってこなかったというのが気になります。」
執務室で仕事をしている兄・フレデリックの補佐をしながらエリーは答える。
「残りの海馬はどこへ行ったのか。相棒が死んでしまった場合は野生に帰ったとしても、もし捕虜になっている兵がいたら海馬たちは…。」
「ポートレット帝国に行っているかもしれないな。」
「新しい対海馬兵器の開発につながるかもしれません。」
先の大敗で猛威を振るった新兵器だが、初見殺しなだけで対策は簡単である。船から大砲のように鋭い刃が発射される。射程距離は大砲よりは短いが、幅が広く命中精度が高いと考えられる。
その場にいた軍略部隊の兵の観察眼となんとか生存した兵から聞き取った話で今、対策が練られている。
「圧倒的な武力さを覆す策や新兵器を俺たちも考えないといけないな…。」
「エスパルからの援軍はどうですか?」
フレデリックは難しい顔で目を通していた書状から顔をあげた。
「どうやら、こちらの傘下に入ることには難色を示しているようだ。」
「やはりそうですか…。」
父が戦死した穴は大きい。父は国内外に名をはせる有名な海軍の頭だった。20年近く大将を務め、その間はもちろん負けなしだ。
それが、経験の少ない若将に変わった。大将がいることを見越して結んだ協力関係だったのに話が違う、と。
正直、軍の作戦は父が考えていたわけではない。父が立ち上げた軍略部隊で日々練られている作戦が使われている。兄に足りないのは、『この人なら勝たせてくれる!』と思わせるカリスマ性だろう。
兄の下で勝ち星を挙げ続けることができれば、周囲の見方も変わるはずだ。
そのためにも、この二戦目が大事だ。
指揮を執るのはベテラン中将、軍師として支えるのは軍略部隊のトップであるエバンズ大佐だ。サムによる仕込みもした。
ポートレット帝国はこれまで海馬部隊を駆使して戦うブルテンしか見ていない。策を弄して戦うブルテンは見たことがないのだから、そこにつけこむ隙がある。
どうか、いい知らせを…。
エリーが待ち望む知らせはその三日後、海軍出発から一週間後のことだった。
「ポートレット帝国、撤退しました!」
早馬ならぬ早海馬が戦場から舞い戻り、基地に朗報を届けてくれた。
「敵は出軍した船の半数を失い、撤退しております!」
「そうか!よくやった!」
つけこむ隙に対して、ブルテンはポートレット帝国と同じ策を用意していた。
新兵器を装備した軍船である。
同盟国であるエスパル独自のものであり、エスパルとの戦闘経験のないポートレット帝国にとっては初見のものだ。
案の定、ポートレット帝国の海軍は前回の大敗したブルテン海軍と同じように、初見の武器に対応できずに大敗したわけだ。
ポートレット帝国でもこちらと同じように新武器の対策を講じてくるだろうから、安心はできないがしばらく侵攻は止まるだろう。そもそもポートレット帝国とブルテンは最も近い地点を結んでも三か月は船旅が必要だ。
最も近い属国との間でも一月半は必要だ。油断は禁物ではあるが、次の侵攻は夏になるだろう。
何より、ブルテンが海馬以外の戦闘術を、前回の大敗から間を置かずに展開してきたというのは、ポートレット帝国の次の作戦を大いに悩ませるだろう。
気は抜けないが、新大将であるフレデリック・アーチボルトは海馬部隊がなくとも海軍は戦えることを示したのだ。
ポートレット帝国にも、エスパルにも、そしてもちろんブルテン国内にも。
今は前代未聞の国家の危機であった。そこで27歳の若大将が立つことを不安視する声が出た。一番切れ者の大将に次ぐ階級の中将といえば辺境駐在部隊のタイラー中将だが、彼は分家の出身で本家から血も遠かった。
それはそれで不満が出る可能性があり、結局のところフレデリックが大将になることで落ち着いた。
「アーチボルト少将が次の大将になるだなんて大丈夫なのか…、いや、きっと大丈夫だな!」
「いや、少将には大軍を率いた経験はないだろう?」
「大丈夫さ!少将はとても頭がいいじゃないか!」
「……お前、昨日は俺と同じ意見だったじゃないか?」
二人の兵が話しながら去って行く。その背後に現れたのはサムを連れたエリーだ。
「こんなものでいいかしら?あんまりやりすぎるとサムも疲れてしまうものね。昨日はふらふらだったし。」
サムの頭を撫でてやると満足そうに眼を細める。エリーとサムは昨日から士気の下がっている兵を見つけてはサムの不思議な力で強制的に鼓舞するということを繰り返していた。
「働かないほど気落ちしている兵はもういないはずだけれど、サムの力がいつまで続くかわからないし、早く次の海戦が始まってくれた方がいいかもしれないわ。」
エリーが遠くポートレット帝国の方を見た時、緊急事態を告げる鐘がなった。
運命の今年二戦目が始まる。
ーーーー
先の大敗で海馬40体が死亡または行方不明となっていたが、海馬部隊の兵八人は散開した海馬に振り落とされた後、幸運にも味方の船に回収されて基地に帰還していた。
特に軍の士気を下げるほど落ち込んでいたのは彼らで、「絶対に勝てない」「ポートレット帝国に侵略される」という弱音を吐き、悪い空気を垂れ流していた。
サムの不思議な力で弱音は垂れ流さらんくなっていたが、彼らの気持ちを上向きにさせるニュースが第二戦中の海軍基地に飛び込んできた。
「メアリー!」
「ソフィー!」
波止場に現れたのは灰色の海馬たちだ。一体、一体、と現れ、ついに八体の海馬が海軍基地に帰り着いた。先の大敗から二週間後のことである。
「エリー、どう思う?」
「灰色の海馬は死んでいないはずなので、八体しか戻ってこなかったというのが気になります。」
執務室で仕事をしている兄・フレデリックの補佐をしながらエリーは答える。
「残りの海馬はどこへ行ったのか。相棒が死んでしまった場合は野生に帰ったとしても、もし捕虜になっている兵がいたら海馬たちは…。」
「ポートレット帝国に行っているかもしれないな。」
「新しい対海馬兵器の開発につながるかもしれません。」
先の大敗で猛威を振るった新兵器だが、初見殺しなだけで対策は簡単である。船から大砲のように鋭い刃が発射される。射程距離は大砲よりは短いが、幅が広く命中精度が高いと考えられる。
その場にいた軍略部隊の兵の観察眼となんとか生存した兵から聞き取った話で今、対策が練られている。
「圧倒的な武力さを覆す策や新兵器を俺たちも考えないといけないな…。」
「エスパルからの援軍はどうですか?」
フレデリックは難しい顔で目を通していた書状から顔をあげた。
「どうやら、こちらの傘下に入ることには難色を示しているようだ。」
「やはりそうですか…。」
父が戦死した穴は大きい。父は国内外に名をはせる有名な海軍の頭だった。20年近く大将を務め、その間はもちろん負けなしだ。
それが、経験の少ない若将に変わった。大将がいることを見越して結んだ協力関係だったのに話が違う、と。
正直、軍の作戦は父が考えていたわけではない。父が立ち上げた軍略部隊で日々練られている作戦が使われている。兄に足りないのは、『この人なら勝たせてくれる!』と思わせるカリスマ性だろう。
兄の下で勝ち星を挙げ続けることができれば、周囲の見方も変わるはずだ。
そのためにも、この二戦目が大事だ。
指揮を執るのはベテラン中将、軍師として支えるのは軍略部隊のトップであるエバンズ大佐だ。サムによる仕込みもした。
ポートレット帝国はこれまで海馬部隊を駆使して戦うブルテンしか見ていない。策を弄して戦うブルテンは見たことがないのだから、そこにつけこむ隙がある。
どうか、いい知らせを…。
エリーが待ち望む知らせはその三日後、海軍出発から一週間後のことだった。
「ポートレット帝国、撤退しました!」
早馬ならぬ早海馬が戦場から舞い戻り、基地に朗報を届けてくれた。
「敵は出軍した船の半数を失い、撤退しております!」
「そうか!よくやった!」
つけこむ隙に対して、ブルテンはポートレット帝国と同じ策を用意していた。
新兵器を装備した軍船である。
同盟国であるエスパル独自のものであり、エスパルとの戦闘経験のないポートレット帝国にとっては初見のものだ。
案の定、ポートレット帝国の海軍は前回の大敗したブルテン海軍と同じように、初見の武器に対応できずに大敗したわけだ。
ポートレット帝国でもこちらと同じように新武器の対策を講じてくるだろうから、安心はできないがしばらく侵攻は止まるだろう。そもそもポートレット帝国とブルテンは最も近い地点を結んでも三か月は船旅が必要だ。
最も近い属国との間でも一月半は必要だ。油断は禁物ではあるが、次の侵攻は夏になるだろう。
何より、ブルテンが海馬以外の戦闘術を、前回の大敗から間を置かずに展開してきたというのは、ポートレット帝国の次の作戦を大いに悩ませるだろう。
気は抜けないが、新大将であるフレデリック・アーチボルトは海馬部隊がなくとも海軍は戦えることを示したのだ。
ポートレット帝国にも、エスパルにも、そしてもちろんブルテン国内にも。
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