二人のエリーと遅れてあらわれるヒーローたち

ぺきぺき

文字の大きさ
上 下
26 / 75
第三章 Side A

6 エリーと新しい大将

しおりを挟む
父亡き後を継ぐ大将は彼の長男であるフレデリックにほぼ決定していたが、一つ不安要素としては、彼がまだ少将であるという点があった。

今は前代未聞の国家の危機であった。そこで27歳の若大将が立つことを不安視する声が出た。一番切れ者の大将に次ぐ階級の中将といえば辺境駐在部隊のタイラー中将だが、彼は分家の出身で本家から血も遠かった。
それはそれで不満が出る可能性があり、結局のところフレデリックが大将になることで落ち着いた。


「アーチボルト少将が次の大将になるだなんて大丈夫なのか…、いや、きっと大丈夫だな!」

「いや、少将には大軍を率いた経験はないだろう?」

「大丈夫さ!少将はとても頭がいいじゃないか!」

「……お前、昨日は俺と同じ意見だったじゃないか?」

二人の兵が話しながら去って行く。その背後に現れたのはサムを連れたエリーだ。

「こんなものでいいかしら?あんまりやりすぎるとサムも疲れてしまうものね。昨日はふらふらだったし。」

サムの頭を撫でてやると満足そうに眼を細める。エリーとサムは昨日から士気の下がっている兵を見つけてはサムの不思議な力で強制的に鼓舞するということを繰り返していた。

「働かないほど気落ちしている兵はもういないはずだけれど、サムの力がいつまで続くかわからないし、早く次の海戦が始まってくれた方がいいかもしれないわ。」

エリーが遠くポートレット帝国の方を見た時、緊急事態を告げる鐘がなった。


運命の今年二戦目が始まる。



ーーーー



先の大敗で海馬40体が死亡または行方不明となっていたが、海馬部隊の兵八人は散開した海馬に振り落とされた後、幸運にも味方の船に回収されて基地に帰還していた。

特に軍の士気を下げるほど落ち込んでいたのは彼らで、「絶対に勝てない」「ポートレット帝国に侵略される」という弱音を吐き、悪い空気を垂れ流していた。

サムの不思議な力で弱音は垂れ流さらんくなっていたが、彼らの気持ちを上向きにさせるニュースが第二戦中の海軍基地に飛び込んできた。

「メアリー!」

「ソフィー!」

波止場に現れたのは灰色の海馬たちだ。一体、一体、と現れ、ついに八体の海馬が海軍基地に帰り着いた。先の大敗から二週間後のことである。


「エリー、どう思う?」

「灰色の海馬は死んでいないはずなので、八体しか戻ってこなかったというのが気になります。」

執務室で仕事をしている兄・フレデリックの補佐をしながらエリーは答える。

「残りの海馬はどこへ行ったのか。相棒が死んでしまった場合は野生に帰ったとしても、もし捕虜になっている兵がいたら海馬たちは…。」

「ポートレット帝国に行っているかもしれないな。」

「新しい対海馬兵器の開発につながるかもしれません。」

先の大敗で猛威を振るった新兵器だが、初見殺しなだけで対策は簡単である。船から大砲のように鋭い刃が発射される。射程距離は大砲よりは短いが、幅が広く命中精度が高いと考えられる。

その場にいた軍略部隊の兵の観察眼となんとか生存した兵から聞き取った話で今、対策が練られている。

「圧倒的な武力さを覆す策や新兵器を俺たちも考えないといけないな…。」

「エスパルからの援軍はどうですか?」

フレデリックは難しい顔で目を通していた書状から顔をあげた。

「どうやら、こちらの傘下に入ることには難色を示しているようだ。」

「やはりそうですか…。」

父が戦死した穴は大きい。父は国内外に名をはせる有名な海軍の頭だった。20年近く大将を務め、その間はもちろん負けなしだ。
それが、経験の少ない若将に変わった。大将がいることを見越して結んだ協力関係だったのに話が違う、と。

正直、軍の作戦は父が考えていたわけではない。父が立ち上げた軍略部隊で日々練られている作戦が使われている。兄に足りないのは、『この人なら勝たせてくれる!』と思わせるカリスマ性だろう。
兄の下で勝ち星を挙げ続けることができれば、周囲の見方も変わるはずだ。


そのためにも、この二戦目が大事だ。

指揮を執るのはベテラン中将、軍師として支えるのは軍略部隊のトップであるエバンズ大佐だ。サムによる仕込みもした。
ポートレット帝国はこれまで海馬部隊を駆使して戦うブルテンしか見ていない。策を弄して戦うブルテンは見たことがないのだから、そこにつけこむ隙がある。

どうか、いい知らせを…。

エリーが待ち望む知らせはその三日後、海軍出発から一週間後のことだった。


「ポートレット帝国、撤退しました!」

早馬ならぬ早海馬が戦場から舞い戻り、基地に朗報を届けてくれた。

「敵は出軍した船の半数を失い、撤退しております!」

「そうか!よくやった!」

つけこむ隙に対して、ブルテンはポートレット帝国と同じ策を用意していた。

新兵器を装備した軍船である。


同盟国であるエスパル独自のものであり、エスパルとの戦闘経験のないポートレット帝国にとっては初見のものだ。

案の定、ポートレット帝国の海軍は前回の大敗したブルテン海軍と同じように、初見の武器に対応できずに大敗したわけだ。

ポートレット帝国でもこちらと同じように新武器の対策を講じてくるだろうから、安心はできないがしばらく侵攻は止まるだろう。そもそもポートレット帝国とブルテンは最も近い地点を結んでも三か月は船旅が必要だ。
最も近い属国との間でも一月半は必要だ。油断は禁物ではあるが、次の侵攻は夏になるだろう。

何より、ブルテンが海馬以外の戦闘術を、前回の大敗から間を置かずに展開してきたというのは、ポートレット帝国の次の作戦を大いに悩ませるだろう。


気は抜けないが、新大将であるフレデリック・アーチボルトは海馬部隊がなくとも海軍は戦えることを示したのだ。

ポートレット帝国にも、エスパルにも、そしてもちろんブルテン国内にも。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?

雨宮羽那
恋愛
 元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。 ◇◇◇◇  名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。  自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。    運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!  なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!? ◇◇◇◇ お気に入り登録、エールありがとうございます♡ ※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。 ※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。 ※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています

水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。 森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。 公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。 ◇画像はGirly Drop様からお借りしました ◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径
ファンタジー
婚約破棄から始まる国の崩壊 『知らなかったから許される』なんて思わないでください。 それ自体、罪ですよ。 ⭐︎他社でも公開します

【完】貧乏令嬢ですが何故か公爵閣下に見初められました!

咲貴
恋愛
スカーレット・ジンデルは伯爵令嬢だが、伯爵令嬢とは名ばかりの貧乏令嬢。 他の令嬢達がお茶会や夜会に勤しんでいる中、スカーレットは領地で家庭菜園や針仕事などに精を出し、日々逞しく慎ましく暮らしている。 そんなある日、何故か公爵閣下から求婚されて――。 ※こちらの作品は『小説家になろう』にも投稿しています

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

私を虐げた人には絶望を ~貧乏令嬢は悪魔と呼ばれる侯爵様と契約結婚する~

香木陽灯
恋愛
 「あなた達の絶望を侯爵様に捧げる契約なの。だから……悪く思わないでね?」   貧乏な子爵家に生まれたカレン・リドリーは、家族から虐げられ、使用人のように働かされていた。   カレンはリドリー家から脱出して平民として生きるため、就職先を探し始めるが、令嬢である彼女の就職活動は難航してしまう。   ある時、不思議な少年ティルからモルザン侯爵家で働くようにスカウトされ、モルザン家に連れていかれるが……  「変わった人間だな。悪魔を前にして驚きもしないとは」   クラウス・モルザンは「悪魔の侯爵」と呼ばれていたが、本当に悪魔だったのだ。   負の感情を糧として生きているクラウスは、社交界での負の感情を摂取するために優秀な侯爵を演じていた。   カレンと契約結婚することになったクラウスは、彼女の家族に目をつける。   そしてクラウスはカレンの家族を絶望させて糧とするため、動き出すのだった。  「お前を虐げていた者たちに絶望を」  ※念のためのR-15です  ※他サイトでも掲載中

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

処理中です...