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第一章 Side A

7 エリーと海軍の海馬たち

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エリーが海軍に所属してから半年が過ぎた。見習い兵となってから最初の半年は海馬を使役できるかどうかを見る期間であり、冬までに海馬を使役した新人兵三人は鼻高々に海馬部隊へと入隊していった。

その後、海馬部隊の先輩たちに影響されて態度が大きくなるのは目に見えている。

三人のうちの一人はアーチボルトの分家のちょっとかわいい顔をした女性兵なのだが、すでにエリーよりも偉いと言いたげだった。


一方のエリーはその頭脳を見込まれ、見習い兵としては異例だが、”海軍の頭脳”こと軍略部隊に所属することとなった。

戦闘時の作戦の立案や見回りなどの計画を立てている、脳筋海軍唯一の頭脳派集団である。エリーは見習い兵の仕事をこなしながら、軍略部隊の先輩に付き従い、軍略を学んでいた。

軍略部隊を率いるのはポール・エバンズ大佐で、彼は商人の家の出身で平民からのたたき上げの軍人だ。まだ弱冠25歳であった。

「俺はアーチボルト本家の出だからって甘やかすことはない。しっかり仕事に励むように。」

「はい!」


海馬部隊の若い兵たちが問題を起こしたのはエリーが軍略部隊に配属されてから三か月たった春のことだった。

もともと、海馬部隊の若い兵たちは一般兵の上官を内心ではバカにしている気配があった。これまで、外には出ていなかったが、ついに海賊の掃討作戦において事件が起きた。


ブルテンは海路での貿易を盛んに行っている。特に海を挟んで隣り合う、ヒューゲン、オールディー、エスパルの三国からの商船はさかんにブルテンの港に入港していた。
そこを狙う海賊がブルテン近海では問題となっており、その取り締まりも海軍の仕事だ。

先日、ヒューゲンからの高価な美術品を積んだ商船が海賊の被害にあい、積み荷を奪われた。その海賊の根城がまさかのアーチボルト領内の海岸沿いにあることが判明し、討ち入ることとなった。

積み荷は取引相手である高名な貴族がすべて無傷で取り返すことを要求しており、作戦は慎重を極めた。偵察を行い、軍略部隊が慎重に作戦を練り、実行に移した。


作戦が順調に進んでいたところで、海馬部隊が問題を起こした。

逃走する海賊を追いかけて捕獲することが命令であったのに、待機時間にしびれを切らして勝手に突入をしたのだ。


結果、海賊は捕まったが交易品は海に沈んだ。



「まったく!やってくれたよ!」

エバンズ大佐は後始末に追われて、大変不機嫌だった。

「海馬部隊が暴走したときに俺たちに止める方法がないのは問題だな!」

エバンズ大佐が黒髪を掻きむしりながら罵るのを部下たちは黙って直立して聞いている。もちろんその中にはエリーもいる。
その場にはわずか30人程度の軍略部隊のうち、アーチボルト領にいたものが全員集められていた。

「ただでさえ馬鹿ばっかりの海馬部隊の小僧が!上官がいなければ本当に使えないを通り越して足手まといだ!」

もう少しで『酒を持ってこい!』と言い出しそうな様子のエバンズ大佐は突然に真剣な顔になり、集まっていた部下たちに近くに寄るように言った。


「命令違反は重大な規律違反だが、奴らは除隊にはならない。わかるな?海馬部隊だからだ。厳しくとも減俸と謹慎だろう。下げるほど階級も高くないやつらだしな。
見習い、お前たちが同じことをやったら即除隊だからな。」

途中でエバンズ大佐が鋭く睨みつけたのはエリーともう一人の軍略部隊の見習い兵のアイザック・スミスである。彼は軍立学園を首席で卒業した秀才であった。

「だから、今後も同じようなことがおこる可能性がある。俺たちは規律違反をしようとする海馬部隊の小僧たち…、小娘もいたな…、あいつらを作戦に従わせる方法を考える必要がある。」

エリーの頭にはぽんぽんといくつかのアイデアが浮かぶ。一人だけ明るい顔をしていたためか、エバンズ大佐がエリーを名指しして「なんでもいいから意見を言ってみろ」と声をかけてきた。

「短期的・長期的にいくつか考えられる案があります。まず短期的には、兵を止めるのではなく、海馬を止めるという方法です。」

「ほう。どういう意味だ?」

「階級の低い海馬部隊の兵たちは、若く経験不足というのもありますが、海馬を使いこなせていないために階級があがらないというのもあげられます。
これは本人の技量の他に海馬の知能が低いということが考えられます。」

「海馬の知能差問題か…。」

「そういった海馬はとある人物に惹かれて、相棒の兵の命令を無視する場合があります。」

「たしかに、海馬たちは大将が来ると大喜びで寄っていくな。しかし、常に作戦に大将を呼ぶことはできないぞ。」

「大佐、実は軍略部隊にも大将を超える海馬キラーがいます。」

エバンズ大佐は一瞬わからないという顔をしたが、ふとエリーの足元を見て納得したような顔をした。

「そういえばお前の犬は妙に海馬に好かれるという名目で保護されたんだったな。」

考えるように視線を漂わせた後、大佐は「いい案だ」と言ってサムの海馬吸引力を確かめるための視察のスケジュールを組んだ。


「長期的な案もあるんだったな。」

「安直ですが、海馬部隊を使わない作戦を立てることです。」

現在、海軍のほぼすべての作戦に海馬部隊が参加している。海馬部隊の存在が主軸で作戦が立てられている。しかし、正直、今回の作戦は海に逃げる海賊を追うために海馬が使われただけだ。

「たしかにな。今回の作戦は、海馬部隊がいなくても問題がなさそうだったしな。」

さすが、エバンズ大佐だ。よくわかっている。

「これまでは、海馬部隊を含めなければ文句が出たが、今回のことを踏まえれば海馬部隊を使わないという選択も…、文句を言わせずにできるかもしれないな。」

その場で大佐はすぐに特別チームを立ち上げて、過去の作戦を海馬なしで立案するように命じた。そこには同期のアイザックも参加することになった。

…私も参加したい。

そんな気持ちをみすかした大佐はニヤリとしてエリーを見た。


「こればっかりは軍立学園を卒業していないお前には難しいだろう。お前は短期策の方だ。」



ーーーー



翌日、早速エリーはサムを連れてエバンズ大佐と一緒に海馬部隊の訓練の様子を見学していた。

この日は若手兵が海馬上から的に向かって矢を放つ訓練をしていた。配属三年以内は見習いとなるが、彼らは海馬を海上で停止させてそこから矢を放っていた。揺れる波の影響を受けるためか、なかなか的にはあたらない。

しかも、訓練中にも関わらず、数頭の海馬はサムの方に興味を示しており、なおのこと足場が安定しないようだ。


その中で一頭、白い体に黒いブチ柄の海馬だけは海上でぴたりと制止し、乗り手が矢を放ちやすいようにサポートしていた。

「今の見習いの海馬はどっこいどっこいだが、あの一頭だけは頭がいいようだな。」

大佐が小声でエリーに話しかけてくるので、エリーも頷く。

「やはり、体色が白に近い方が頭がいいのでしょうか。彼は私と同期の…、ライアン・ジョーンズです。隣の領地の子爵家の出だったと思います。」


見習いが休憩として海馬を連れて波止場に戻ってくるタイミングで、沖で訓練していた兵たちも帰ってきて波止場は混雑した。

その中でも、サムに興味を示して相棒の兵たちの誘導を無視する海馬が現れて、大佐は満足したようにエリーに頷いて見せた。

サムによる『海馬吸引作戦』は実行可能性が高いと判断されたようだ。エリーもにっこりしてサムの頭を撫でまわしてやると、なんだか少し不満そうな顔でこちらを見てきた。


「おい!お前!何をやっているんだ!?見習いが正規兵の前をふさぐな!」

そこに聞きなれた兄の怒鳴り声が響き、振り返ると、兄のウォルターが先ほどのライアンを叱責しているところだった。
どうやら、ライアンのブチ柄の海馬がウォルターの灰色の海馬の行く手をふさいでしまったらしい。

「も、申し訳ありません。まだ、完全にコントロールはできなくて…。」

「海馬を操れなければ正規兵になんてなれないぞ!」

相変わらず偉そうな兄はふんぞり返ってライアンの前を抜けていった。

「あそこはフレデリックならコントロールのアドバイスまで授けるところだが…、なぜ兄弟でああも違うかな…。」

エバンズ大佐は長兄のフレデリックと同期だ。


それは奴が脳筋だからです…。とは、エリーは声には出さなかった。




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